2025年3月2日日曜日

近藤健太郎:『Strange Village』

 The Bookmarcsやthe Sweet Onions、近年はSnow Sheepでの活動でも知られる、近藤健太郎がソロ・シンガーソングライターとしてのデビュー・アルバム『Strange Village』(blue-very label/FLY HIGH RECORDS / VSCF-1780/blvd-049)を3月5日にリリースする。
 2021年5月に7インチでリリースしたファースト・ソロシングル『Begin』から約4年、その間にThe Bookmarcsの『BOOKMARC SEASON』(2021年9月)やSnow Sheepの『WHITE ALBUM』(2023年3月)といった別グループでの曲作りやレコーディングを挟みながら、ソロ用の楽曲を仕上げていった姿勢には敬服するばかりだ。

 本作では近藤が敬愛するThe Beatles(特にポール・マッカートニー)をはじめ、60年代以降の英国ロックや同国の70年代パワー・ポップ、80年代前半のネオアコースティック、70年代アメリカン・ポップスから映画音楽に至るまで幅広い音楽ジャンルへのオマージュを隠すことなく内包させた集大成というべき、全編英語歌詞のアルバムを完成させたのだ。“Strange Village”というタイトルはこれまでの作品からは意外ではあったが、少し不思議で魅惑的なポップス、空を超え夢の中で見た物語の世界を旅するように聴いて欲しいという、近藤の想いがあるという。 
 共同プロデューサーには、『Begin』でもタッグを組みサウンド作りで全面的に関わってきた及川雅仁で、これまでにRicaropeや常盤ゆう等のサウンド・プロデューサーとしてインディーポップス・ファンには知られている。 またゲスト・ミュージシャンには、伝説のコラボレーション・アルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』(1982年)に参加したシンガーソングライターの杉真理を筆頭に、small gardenの活動や小林しのとのコラボも記憶に新しい小園兼一郎、名古屋市を拠点に活動をするインディーポップ・デュオthe vegetabletsの西田浩一と西田美紀が参加している。ミックスダウンは及川、マスタリングはmicrostarやnicely niceでの活動の他、昨年は松尾清憲の『Young and Innocent』のサウンド・プロデューサーを務めた佐藤清喜が担当しているのも注目だ。
 アルバム・デザインにも触れておくが、名作『ジョンの魂』(1970年)を彷彿とさせるコンポジションのジャケットやブックレット写真とデザイン全般はfumika arasawa、ブックレット写真の一部はdavis k.clainが手掛けており、blue-very label作品ではお馴染みのアートディレクション・チームが手掛けている。


 弊サイトではお馴染みの近藤のプロフィールにも改めて触れよう。1998年に男性3人組のポップス・バンドthe Sweet Onions(以降オニオンズ)を結成し音楽活動を開始する。同バンドでは2枚のフルアルバムをリリースしている。2000年にはオニオンズのドラマー高口大輔に、Coa Records所属のバンドHarmony Hatchのメイン・ソングライターだった小林しのと3人組ユニット”Snow Sheep”を結成し、23年越しでファーストアルバム『WHITE ALBUM』をリリースしたのは記憶に新しい。
 そして2011年には、アコースティック・ユニット”manamana”を主宰していた、作編曲家でギタリストの洞澤徹との男性2人のポップス・ユニットThe Bookmarcsを結成し、これまでに3枚のフルアルバムをリリースしている。この様に多岐に渡る形態で活動し、それぞれでボーカル、ギター、ピアノ、ソングライティングを担当しており、オニオンズが所属する自主レーベルphilia recordsも主宰して、CDリリースやイベント企画、小林しのや藍田理緒への楽曲提供やサウンドプロデュースも手掛けてきた実績の持ち主である。 
 現在はラジオ番組『The Bookmarcs Radio Marine Café』(マリンFM)のナビゲーター、『ようこそ夢街名曲堂へ!』(K-mix)の準レギュラーとして出演するなどラジオ・パーソナリティーとしての顔も持っている。

 
近藤健太郎 (Kentaro Kondo) "Strange Village" 
1st.full album trailer 

 ここからは筆者による収録曲の詳細な解説と、近藤と及川が曲作りとレコーディング中にイメージ作りで聴いていたプレイリストを紹介する。
 冒頭の「We aren't free (as it is now)」は、ビートリーな導入部からマニアは唸るだろう。敢えて挙げないが、メンバーのソロ含め複数の曲がオマージュされているので聴いて確認しよう。本編はアコースティック・ギターの刻みと複数のエレキギターから構築されており、導入部でも演奏されるメロトロンやアナログシンセを模したカシオトーン含め近藤が演奏し、及川もベース以外に他のエレキギターやドラム、パーカッションまで担当して2人でこのサウンドを完結させている。タイトルにもある”We aren't free(僕達は自由じゃない)”という問題意識のある歌詞と、近藤の爽やかな歌声とのギャップが英国ロック直系である。
 続く「Find Love」は、キャッチーなメロディとプリティなサウンドが印象的なラヴソングで、この曲も近藤と及川の2人だけでレコーディングされており、近藤による一人多重コーラスも聴きものだ。
 そして「The Magic Is Coming」だが、これまでの近藤のソロ曲では主流でなかったブルーアイドソウル系の濃いサウンドで、センター右寄りのエレキギターのカッティングと左チャンネルのクラヴィネット系キーボードの刻みが心地いい。このサウンドのカラーは、恐らく共同プロデューサーの及川のセンスやThe Bookmarcsの洞澤からの影響もあるだろう。本曲にはthe vegetabletsの西田浩一、美紀夫妻がコーラスと同アレンジで参加して、その存在感のある歌声を聴かせており、small gardenの小園兼一郎もサックス・ソロで特徴的なプレイを披露して、マジカルでポジティブな歌詞の世界を演出している。筆者はマスタリング直後の音源を聴かせてもらって、ファースト・インプレッションで最も反応した曲である。
 再び2人だけでレコーディングされた「Floating Bird」は、近藤が弾くエレピのリフやヴォコーダーをかましたコーラスが耳に残る。プリティなサウンドと対比した、”Stop watching silly TV shows(馬鹿げたTV番組を観るのをやめよう)”の歌詞が、スノッブな近藤の心情を現わしていて、Prefab Sproutのパディ・マクアルーンに通じるものを感じた。


 弊サイト読者が最も好むだろう「She Is Mine」は、シャッフル・ビートで始まる、とっておきのソフトロックである。この愛すべき曲には、伝説のシンガーソングライター杉真理がコーラスで参加し、その美声でこの曲を格調高くしている。アレンジ的にもよく練られていて、及川がプレイするヴィブラフォンの旋律を聴いて切なくなるビーチボーイズ・ファンもいるだろう。詞曲共に完成度が高く、本作を代表する曲の候補としても挙げておきたい。
 変拍子ビートのパートを持つ「City In The Cloud」は、目まぐるしく転回し実験的でありながらポップスとしてまとまっている小曲だ。連打されるキックのシンコペーションを強調させる的確なマイキングがなされていたり、突然ピアノのグリッサンドが挿入されたりとアイデアも素晴らしく、よく研究されている。
 一転して「Tonight」では、アコースティック・ギターのアルペジオによる静かなラヴソングで、曲の進行に合わせてアコースティック・ピアノやリズム隊が加わっていく。対位法のオブリガードはMaaya Kosekiによるフレンチホルンで、この曲の雰囲気に効果的である。
 続く「Ebony Night」でもKosekiのフレンチホルン、更にMarin Sugawaraのフルートが加わることで、本作の”少し不思議で魅惑的なポップス”というコンセプトに沿ったアレンジが施されていて聴き飽きない。トッド・ラングレンの「The Night the Carousel Burnt Down」(『Something/Anything?』収録/1972年)を彷彿とさせて好きになってしまう。
 カントリー・タッチのトラベルソング「Silent Adventure」も味わい深い曲で、近藤のアコースティック・ギターのカッティングに及川のパーカッション(ボンゴ)が絡んでいく間奏では、Sugawaraのフルートがソロを取って、旅した土地の景色をフラッシュバックさせてくれる。


 本作後半はファースト・ソロシングル『Begin』収録曲のアルバム・ヴァージョンが収録されており、オリジナルの7インチのアナログからCDのデジタル用にミックスが施されている。先ず「American Pie」は、12弦ギターのアルペジオが肝になったマージービート・ポップロックで、オリジナルのイントロにあったSE類がオミットされたことで、尺が短くなっている。
 ピアノを中心にした美しいバラードの「Heaven」は、オリジナルとほぼ変わらない尺で音質を向上させたミックスになっている。この曲は2021年当時弊サイトのインタビューで近藤が触れているが、2013年頃にピアノだけで作ったデモを寝かしていたあと、ヴァースのメロディを変えてリメイクして良い仕上がりになったという。The Dream Academyのケイト・セント・ジョンのプレイを彷彿とさせる印象的なオーボエ・ソロは、「Ebony Night」でフルートをプレイしたMarin Sugawaraである。
 ソロシングル・タイトル曲「Begin」は、「American Pie」と同様に20秒ほど尺が短くなっているが、オリジナルのエンディングのSEがオミットされただけで本編に違いはなく、音質向上されている。The Beatlesの「For No One」や「Mother Nature’s Son」などポール・マッカートニーの影響下にあるソングライティングは、典型的な近藤作品といえる。フレンチホルンのソロは他収録曲と同様にMaaya Kosekiのプレイであり、この曲でも存在感を発揮している。

  曲順は前後するが、「Begin」前の12曲目の「My Sweet Farm」は、熱心なポール・ファンは一聴して分かるが「Ram On」(『Ram』収録/1971年)をオマージュして、主に近藤がウククレでプレイしている小曲だ。及川はメロディカ(鍵盤ハーモニカ)でソロやコードをつけて、近藤と2人でハンドクラップをするなど、レコーディングの楽しい雰囲気が伝わってくる。なお本収録は“Village Version”で、オリジナル・ヴァージョンは今後発表されるだろう。
 本作ラストの「Change My Mind」は、近藤のアコースティック・ピアノと及川のコントラバスを中心に演奏されるバラードで、かけがえのない友情を讃えた歌詞が秀逸であり、イノセントな近藤の歌声に心打たれる。及川はジャズ・ミュージシャンの奏法であるピッツィカートでコントラバスをプレイしており、エレキベースでは出せない重低音を響かせ、この曲をより一層崇高な音像に導いているのも聴き逃せない。


 最後に総評となるが、複数のバンドやグループで活動してきた近藤健太郎が、一人のシンガーソングライターとして紡いできた楽曲を収録した集大成といえる本作は、収録曲全てが丁重に構築されている。より近藤らしさが滲み出た作品を聴きたいと思った音楽ファンや筆者の解説を読んで興味を持った読者は、リンクしたサイトから予約入手して聴いて欲しい。


近藤健太郎『Strange Village』プレイリスト

 
近藤健太郎
◎ずっと好きで聴いてきた曲、愛あるオマージュを感じる音楽、
浮遊感が心地よいサウンドを中心にセレクトしました。

 ■Every Night / Paul McCartney(『McCartney』 / 1970年)
 ■Be Nice to Me / Todd Rundgren
(『Runt.The Ballad Of Todd Rundgren』 / 1971年)
■魅惑の君 / BOX(『BOX POPS』 / 1988年)
■Forever / The Explorers Club(『Freedom Wind』 / 2008年)
■DREAMIN' / Benny Sings(『CITY MELODY』 / 2018年)


及川雅仁
◎製作中、ビートルズ関連以外でよく聴いていたものです。
音質や編曲についても影響を受けたと思います。
ベニーシングスは以前近藤さんに教えて頂いてから大分ハマりました。

■Pay You Back With Interest / The Hollies
(『For Certain Because』 / 1966年)
■Long Promised Road / The Beach Boys(『Surf's Up』 / 1971年)
■Fight the Power, Part 1&2 / The Isley Brothers
(『The Heat Is On』 / 1975年)
■Another Day / Jamie Lidell(『Jim』 / 2008年)
■LATE AT NIGHT / Benny Sings(『CITY MELODY』 / 2018年) 
 


 (テキスト:ウチタカヒデ) 








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