2023年末にクラウドファンディングを実施し、目標額を大幅に超える183%を達成し制作され翌年3月に配信リリースされたのが本作で、ソロ名義のアルバムとしては、2010年2月のファースト・フルアルバム『十九色』以来となる。それぞれ異ジャンルのクリエイター達とのソングライティング・タッグにより、ソロシンガーとして新たな活動に踏み出した記念碑的作品であり、配信後に多くのファンの切望によって今回10インチ・アナログとしてフィジカル化されたのは喜ばしいことだろう。
本作に参加したクリエイターの顔触れを挙げると、新鋭のシンガーソングライター(以降SSW)でマルチプレイヤーの浦上想起、国立音楽大学出身のプロデューサーでTomggg(トムグググ)こと藤城達也。またアイドル・ユニットNegiccoなど多くの楽曲提供でも知られる女性SSWの辻林美穂、2017年に解散したファンクバンドの“カラスは真っ白”のボーカル兼ギタリストだったやぎぬまかなが、書き下ろしの新曲を提供しており、その人選の多彩さだけでも理解してもらえると思う。
更に2018年清浦が、アイドル・ユニットRYUTisに作詞提供した「無重力ファンタジア」(作曲:ムハンマド・イックバル)のセルフカバーを追加し合計5曲を収録している。因みに今回のセルフ・ヴァージョンの編曲は、Plus-Tech Squeeze Boxのハヤシベトモノリが担当し、新たなサウンドに生まれ変わっているので注目だ。
弊サイトでは2022年12月にTWEEDEESの『World Record』をレビューしているが、改めて清浦のプロフィールに触れておこう。
2002年より子役~女優(『3年B組金八先生・第7シリーズ』の生徒・大胡あすか役で知られる)として活動し、2007年にはテレビアニメ『スケッチブック 〜full color's〜』のオープニングテーマ曲「風さがし」で歌手としてデビューする。その後計5枚のシングルと1枚のフルアルバムをリリースした。
2012年4月のソロ・ライブ後に一旦歌手活動を休止し、2015年に元Cymbals(シンバルズ)のリーダーでメインソングライターの沖井礼二からの誘いにより、TWEEDEESを結成する。TWEEDEESでは現在までにアルバム4枚、ミニアルバム2枚をリリースしている。
セッション・ボーカリストとしてはCM、映画やドラマ、アニメの劇伴、ゲーム音楽に参加し、その活動は多岐に渡る。また近年ではWink Music Serviceやザ・スクーターズの活動で知られる、サリー久保田が率いるカバー・バンド、サリー久保田グループのフューチャリング・ボーカリストとして参加したことも記憶に新しい。
清浦夏実『Breakfast』ティザー
ここからは収録曲の解説をしていく。
A面冒頭の「Illusion」は浦上想起の作編曲に清浦が作詞した曲で、浦上が一人多重録音で構築したサウンド・スケープにいきなり圧倒させられる。清浦の歌詞も寓話的な散文詩もこのサウンドにマッチしており、透明感ある歌声と共にこの世界観を演出している。
続く「無重力ファンタジア」は、インドネシアで活動するAOR~シティポップ・バンドのイックバル(IKKUBARU)のフロントマン、ムハンマド・イックバル(Muhammad Iqbal)が作曲し、清浦の幻想的な歌詞でRYUTisに提供した名曲だ。RYUTistのオリジナル・ヴァージョンはメンバー達によるフェアリーなコーラスとソプラノ・サックス・ソロが印象的なメロウ・グルーヴで、筆者も2018年の年間ベストソングに挙げていた。イックバルによる2021年のセルフカバーでは、ムハンマドがオリジナルより早いBPMの異なるトラックで仕上げいて、間奏のソロもエレキ・ギターにアダプトしている。
そして清浦による本作のセルフカバーでは、編曲を担当したハヤシベトモノリのプログラミングにより再構築され、また新たに生まれ変わっている。アレンジのモチーフとなっているのは、Rah Bandの「Clouds Across The Moon」(85年)というのは、音楽通の読者なら一聴して理解出来るだろう。この腰のあるベース・ラインがグルーヴの肝になっており、隙間を活かしながらオブリガードやブレーク・パートを挟んだことでサウンド的にも広がって豊かになっている。またこの曲では、ひと際スウィートな歌唱法で挑んだ清浦は、作詞家としても優れていて、「真空のカルーセル(※回転木馬の仏語訳)乗って あなたと星を巡るの 銀河に抱かれたなら 私たち無重力」という、サビの幻想的なパンチラインは替えのきかない美しさなのだ。
B面冒頭曲は辻林美穂の作編曲による「対岸の人」で、A面とは一転して橋本歩ストリングスによる生の弦楽五重奏が、ドヴォルザークの室内楽を彷彿とさせるコントラバスが効いたサウンドで出迎えてくれる。辻林自身はアコースティックピアノをプレイする他、ボレロ・パターンのスネアドラムや木管セクションまでプログラミングしている。この様なクラシカルなサウンドに、清浦の瑞々しい風景描写の歌詞と無垢な歌唱が心を打つのだ。
続く「さくら・フルール」は、Tomgggの作編曲による80年代テクノポップ風のプリティなアニバーサリー・ソングで、3分少々の短い尺にいくつものシーンを綴っていく歌詞と溌溂とした歌声が印象に残り、この曲でも清浦の非凡さを感じさせる。
B面ラストでタイトル曲の「Breakfast」は、やぎぬまかなの作編曲による本作唯一のバンド編成サウンドで、レコーディングにはTWEEDEESのライブ・サポート・ギタリストでもあるqurosawaや、セッション・ベーシストとして活動する大澤伸広、the band apart(ザ・バンド・アパート)のドラマーである木暮栄一と手練ミュージシャン達が参加し、やぎぬま自身もプログラミングやその他の楽器をプレイしている。qurosawaの縦横無尽なギターをフューチャーした性急的エイトビートのこの曲は、本作中最も毛色が異なるかも知れないが、ライブ活動にも熱心な清浦の想いが込められているだろう 。
以上のように本作は複数のクリエイターが持ち込んだ異なるサウンドを自身の世界に内包させたことで、シンガーソングライター清浦夏実としての新たな魅力を開花させた作品となった。
なお本作は限定プレスの10インチ・アナログなので、非常に枚数が限られているため、筆者の解説で興味を持った弊サイト読者や音楽ファンは、下記リンク先から早期に予約して入手して欲しい。
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