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ザ・コーギス、3年ぶりのニューアルバム
「Beginnings」に始まり、「Beginnings」に終わる収録曲の並び。そして、『UN-United Nations BLUE』と『UN-United Nations RED』という意味深なアルバムタイトル(以下、『BLUE』、『RED』と略して表記)。2作を並べると、地球のあちこちが線でつながっている。ザ・コーギスが3年ぶりにリリースするニューアルバムの全体のテーマとして、彼らは、「世界のつながり」とそれに相反する「分断」、そして「音楽の世界旅行」を考えた。どんなアルバムなのか、アルバムのライナーに収録された彼らの言葉を中心に、その想いをさぐってみたい。
抒情的なメロディと美しいストリングスが印象的なイギリスのポップグループ
……と、アルバムの話に行く前に、ザ・コーギスの説明を簡単に。
ザ・コーギス(THE KORGIS、以下コーギス)は、元スタックリッジのメンバー、ジェームス・ウォーレンとアンディ・デイヴィスの2人を中心に結成された伝説のポップ・ユニット。デビューシングルのリリースは1979年。
スタックリッジは「パストラル・ミュージックのビートルズ」(田園的なのどかな音楽のビートルズといった意味合い)と称され、その後継バンドであるコーギスもビートルズの影響を受けていることをメンバーが公言している。
2枚目のシングル「とどかぬ想い(If I HadYou)」(1979)と、3枚目の「永遠の想い(Everybody’s Got to Learn Sometime)」(1980)が英米で大ヒット。抒情的なメロディ、美しいストリングスやコーラスの音の重なりが印象的で、日本でも、洋楽ファンの心をぎゅっととらえたが、アンディ・デイヴィスの脱退などもあり、1982年、解散。その後、再結成、再解散、レコードの再発、ベスト盤のリリース、ライブなど、つかず離れずといった感じでの活動が続いてきた。
新型コロナウイルス感染症のロックダウン中にレコーディングされた前作
そして2021年11月、約30年ぶりとなる新作のアルバム『Kartoon World』をリリース。2020年の新型コロナウイルス感染症によるロックダウン中に、レコーディングを開始したそうだ。このときのメンバーの言葉を紹介しよう。
「コーギスのニュー・アルバムは、途切れなく50年間にわたる壮大な音楽です。それは1980年に始まり、目も眩むような成就と共に2030年に終わります。世界はとてつもない没落へと向かっており、テクノロジーではなく、愛の力だけが唯一の明白な答えなのです。過去から未来へ、我々と旅をしましょう。そして我々が知っている人類の滅亡から、我々がどのように辛うじて逃れるのかを見ようではありませんか! 『Kartoon World』は誓いと共にリリースされます。その誓いは愛に始まり、愛に終わり、それこそが今の世界に必要なことなのです」
今、世界に向けて歌わなければ、いつ歌うのか、という強い意志を感じる。そしてこのときの想いが、今回のアルバム『UN-United Nations BLUE』と『UN-United Nations RED』にもつながっていると感じる。
現在のコーギスのメンバーは、コーギス結成時からのオリジナルメンバーであるジェームス・ウォーレン(Ba./Vo./Gt.)と、1982年の最初の解散前には既にコーギスの一員になっていたジョン・ベイカー(Vo./Gt./Key.)、ジェームスの古くからの音楽仲間で2000年代に入ってからメンバーとなったアル・スティール(Vo./Gt./Key.)の3人がフロントを担い、ポール・スミス(Dr./Perc.)、ダニエル・ニコルス(Vo./Gt./Perc.)も含めた5人。
愚かさと優しさ、人間の内面を見つめる『BLUE』
「漠然としたアイデアではあるが、このアルバムは国や都市といった場所をテーマにできそうだと思った。『Nations』という言葉を使った何かがふさわしいように思えたが、その後、ロシアがウクライナに侵攻したことで、『UN-United Nations』に変更することにした」(『BLUE』ブックレットより)
『BLUE』はオーケストラによるイントロが印象的な小曲「Beginnings」(作:アル・スティール)で始まり、「Mud Huts(泥の小屋の意)」(ジェームス・ウォーレン/アル・スティール)という曲に続く。美しい地球の森を切りひらき、自然を容赦なく切ってきた人間社会を批判する内容だ。
『BLUE』には他に、「Good Old Days Of The Cold War」(アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)という曲もある。古き良き冷戦時代とは、なんと皮肉な内容だろう。ピアノの低音域のベースラインと右手のコードが8ビートを刻むアレンジが特徴的。どこか陽気で、古い映画音楽のような雰囲気の楽曲なので、タイトルや歌詞を見なければ、社会的な歌だとはわからない、そのギャップがおもしろい。制作を始めた頃の仮タイトルは、なんと、「プーチンとトランプ:ミュージカル編」だったらしい。その後、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったため、歌詞の内容が現実とはズレてしまったが、「時が経てば(この歌詞もまた)歴史に沿ったものになると予測している」とブックレットに解説されている。
もちろん、コーギスらしいポップスも健在。ポンポンポン……というかわいらしい音のカウントから、風が吹き抜けるような爽やかなアコースティックギターで始まる「Someday, Charlie, Someday」(イアン・クーパー/アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)は、私がこの『BLUE』で一番好きな曲。ブックレットに収められたインタビューでは、それぞれのアルバムで「自分たちが好きな曲、おすすめの曲」を聞いているが、アルとジェームスが、この曲をあげている。
明るい旋律ながら、時折、切ない音が入る。コーラスの音の重なりも、コーギスらしい清々しさ。ブックレットの曲紹介によれば、「トーキー映画が生まれた時期のハリウッドにタイムスリップし、チャーリー・チャップリンを批判する(彼には何の罪もない)」とのことだが、歌詞をみる限り、批判しているようには見えないけれど……。
次の曲「Letter To Geelong」(ジョー・マテラ/アル・スティール)もアコースティックギターと明るくおだやかな旋律が印象的な曲。故郷に残してきた人びとと手紙のやりとりをするストーリーは、優しさに満ちている。女性ボーカルの声はダニエル・ニコルズ。コーギスに女性ボーカルが加入したことで、歌の表現も、コーラスのニュアンスの幅も広がっているのだとわかる。
そのあとも、「Prison Break」(クリス・ホプキンス/アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)、「Another Perfect Day in St.Thopez」(ジョン・ベイカー/アル・スティール)と、ポップでコーギスらしい曲が続く。
「Prison Break」は後半の間奏にプログレアレンジが入ってくるところで、思わず、ニヤリ。そこまでのアレンジが、イギリスのポップグループらしい、どこかキュートでピュアな雰囲気のメロディとアレンジなので(歌詞は、脱獄しようっていう内容だけどね……(笑))、一瞬、お?と思うが、そこからまたポップなメロディに戻っていくアレンジ、歌詞とのギャップも含めてすべて、ウイットに富んでいて、これもコーギスの魅力のひとつである。
「Another Perfect Day in St.Thopez」は、〈君は今どこにいるの〉の歌詞で始まる。終わった恋を思い出し、昔の恋人に心の中で話しかけている。ちょっと切ないけれど、かわいらしいラブソング。この曲を作ったジョン・ベイカーの18歳の頃の経験がもとになっているそうだ。歌詞に、The Beach BoysやThe Beatlesも出てくる。遠い日の思い出は、とてもやさしい眼差し。年齢を重ねた今だからこそ書ける、ということだろう。
ジョン・ベイカーの年齢は不明だが、ジェームス・ウォーレンと同世代だとすれば、60代後半~70代前半、か(Wikipediaによると、ジェームスは1951年8月10日生まれ。御年73歳!)。 70代になって、恋の歌をこんなに瑞々しくうたい、演奏するのはとても素敵なことだと思う。
『BLUE』も終わりに近づき、最後から2曲目の曲「Matala Moon」(マーリー・デヴィッドソン/アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)は、美しいピアノの音色で始まる。バカラック・スタイルのフルオーケストラの演奏、メインボーカルをつとめたゲストミュージシャンのマーリー・デヴィッドソンとジェームス・ウォーレンのコーラスワークが息をのむほど美しい1曲。マーリーはこの曲でグランドピアノも弾いている。普通のコーラスに加え、ジェームスが対旋律をとる部分もあり、彼の高音域の声が楽曲に清らかさを添える。この「Matala Moon」も、アルとジェームスが「好きな曲」にあげている曲だ。
悲観の先に希望を見つける『RED』
コーギスのコア・メンバーであるジェームス・ウォーレン、ジョン・ベイカー、アル・スティールの3人が唯一そろって「自分が好きな曲、おすすめの曲」としてあげたのが、「End Of An Era Feeling」(クリス・ホプキンス/ジェームス・ウォーレン/アル・スティール/イアン・クーパー)。重厚で美しいオーケストラサウンドで始まるこの曲は、歌の部分にもすべてコーラスワークが入っており、音の重なりのやわらかさ、優しさが感じられる。
全体でみると、〈Aah~it’s that end of an era feeling〉という1行、曲のタイトルでもあるこの部分が鍵となって、それぞれテーマを持ったいくつかの曲パートをつなぎ、構成される「組曲」のような楽曲にしあがっている。
ブックレットに収められた3人のインタビューによると、この曲は1960年代終わりのリバプールが舞台。ビートルズは解散し、ラブ&ピースは終わり、サイケがグラムロックにとって代わろうとしていた時代を表現しているという。歌詞にも1960年代の出来事が綴られており、それは、いっけんポップなサウンドやアレンジとは真逆の、悲観的なもので、現代の私たちが生きる世界にも同じことが言えるのではないかと、どこか不安にかられるような内容でもある。
一転して、ソウルフルなアレンジの「Coffee In New York」(アル・スティール/ジョン・ベイカー)に続く。ブルックリンのカフェで、まだ見ぬ君へ、そして去っていった人への想いを歌うラブソングのようでいて、同時に、時を超えて継がれていく「何か」にも思いを馳せる。
コーギスの歌詞は(特に、今回の新作『BLUE』『RED』では)文字となった単語の裏に、あるいは、その言葉を選んだ背景に、違う意味合いを持たせるものが多く、聴く人によっていろいろに解釈できるものが多い。
新作のアルバムを聴く際、まず最初に聴くときには全体のサウンドから入る人が多いと思う。そこから、歌詞や細かいところを聴いていく感じ。今回、私もそうだったが、歌詞の世界も感じていくにつれ、矛盾を感じたり、気づきもあったりした。もしかしたら、今後、数カ月後、数年後に聴いたら、また違う聴き方になるかもしれない。
3曲目の「Born Under A Full Moon」(アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)もそんな曲のひとつで、アル・スティールの子どもが誕生した日のことがモチーフとなっている。その日、ライブに出演したあと、病院に向かう途中、見上げた空に満月が輝いていたのだそうだ。
命が継がれていくことの希望を感じる一方で、「深い闇」「道化師」「愚か者」といった歌詞も出てくる。ブックレットに収録されたインタビューでアル自身も、この曲について、「悲観的な‘世界の終わり’タイプの曲」と語っているが、楽曲のアレンジはボサノバ調の陽気な響き。これをどう聴くか。
次の曲は、「Oppenheimer(Stuck In This Moment)」(クリス・ホプキンス/アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)で、理論物理学の研究に生涯を捧げたロバート・オッペンハイマー、‘原爆の父’である彼の生涯のパラドックスがテーマ。しかし、アコースティックギターの音で始まり、コーギスらしいコーラスアレンジが施され、重いテーマを歌うわりには、メロディもアレンジも優しい。こうしたバランス感覚もコーギスらしさのひとつなのだろう。
このあとも、ポップなロックテイストの曲が続くが、テーマ、世界観はさまざまだ。たとえば、オーストラリアの熱帯雨林の森林火災にアイデアを得て作られた「Red Flag Day」(ジョー・マテラ/ジェームス・ウォーレン/アル・スティール)。あるいは、年配の人物が鏡を眺めながら過ぎ去った年月に思いを巡らせる「Hey Old Friend」(ジョン・ベイカー/ジェームス・ウォーレン/アル・スティール)。昔のことを思い出す歌詞にはビートルズのエピソードも。曲の最後はアレンジが一変し、マイナーに変調して、淋しさが漂うエンディングになっているが、最後の歌詞は「Oh yeah…」が続く。ビートルズの「I’ll Get You」からのオマージュだそうだ。
最後から2曲目は、「Sticky Note For The End Of The
World」(アル・スティール/ジェームス・ウォーレン)。人類が地球を支配した後の世界が舞台。熱帯雨林は燃え上がり、天変地異が次々と陸地を海に沈めていく地球上に、わずかに残った人類が生き延びるためにもがく物語だ。
sticky noteとは付箋のこと。歌詞には、「欲しければ与えよ」「誠実な人間になれ」「すべての人種の血は赤い」といった言葉が並び、生き残った人類がこれからなにをすべきか、大事なことを忘れないように付箋に書いていると意味合いだろうと思う。豊かに広がる印象のオーケストラアレンジ、落ち着いたメロディライン、コーギスらしい瑞々しいコーラスアレンジに、大事なことを成し遂げるための決意のようなものさえ感じる。まさに、名曲。
そして、『RED』ラストの曲は、「Beginnings」。『BLUE』の1曲目「Beginnings」と2曲目「Mud Huts」を受ける内容であり、初心に戻り、泥小屋を建て直そうと歌う。
ブックレットに収録されたインタビューで、ジェームス・ウォーレンは、「『BLUE』があえて全曲シングルにできそうな、わかりやすいアルバムにしたのに対し、『RED』はやや実験的で、歌詞も終焉に向かうものが多いなど、それぞれのアルバムの性格に違いがあるわけだが、「Beginnings」が両者の架け橋となり、『UN-United Nations』の世界観をひとつにしてくれる」と語っている。
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「Beginnings」で始まり「Beginnings」で終わる今回の新作2枚のアルバムは、環境問題や社会情勢、政治、戦争など多くのメッセージを放っていた。一方で、昔の恋人や離れて住む家族や友人を想ってうたうあたたかな楽曲もあった。思うに、ザ・コーギスにとって、地球を想ってうたう歌も、人を想ってうたう歌も、等しく、ラブソングなのだろうなぁ。前作『Kartoon World』から続く、愛の歌。いまを生きる私たちみんな、コーギスからのラブソングを、どう受け取るか……。
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『UN-United Nations BLUE』『UN-United Nations RED』は、2枚に連なる一大コンセプト作。あえて2枚組にしないで、2作でひとつの作品にしあげたのは、ジャケットデザインを見ればわかると思う。ぜひ、2作セットでお聴きください。
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大泉洋子プロフィール
フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。主な編書に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。