Pages

2024年9月23日月曜日

音楽と脳 ② 記憶を呼び覚ます「音楽」の不思議


 どこか、街や店、あるいはなにかのイベントやライブ会場などで、若い頃に流行っていた曲が流れてきたとき、聴きながら思わず口ずさんで、「歌詞をほとんど覚えている」ことに気づき、驚いたという経験がないだろうか。自分が好きでよく聴いていた曲なら覚えていても不思議はないが、よくラジオで流れていたね~というくらいの曲でも、何十年たっても思い出せることがある。若い頃の記憶、なかでも「若い頃に(特に10代とか)聴いた音楽の記憶」は、なにか特別なのかもしれない。

 このあたりに、前回8/24公開の『音楽と脳 ① 「音楽の記憶」の不思議』で紹介した、アルツハイマー型認知症の人が、若い頃に好きだったビートルズの曲を聴いたことがきっかけとなり、認知症の症状が改善し、QOLが向上した理由を解く鍵がありそうだ。

 ではさっそく、話をすすめていこう。キーワードは、音楽と記憶、そして話し言葉。

 

 

記憶の基本メカニズム

 

 ……と、本題にいく前に、「記憶」の基本を簡単に。「記憶」にはいくつかの分類方法があり、今回つかうのは「時間軸による記憶」。




話し言葉はこんなに音楽的

 

 今回、参考資料として読んだ本のいくつかに、「音楽と言語は性質も、脳内での認知回路もよく似ている」や、「人は、人の声を思わせる音の組み合わせを好む」といったことが書かれていた。(※この場合の「言語」とは、話し言葉、聴く言葉。耳から入る場合に限ってのこと。以後、主に「話し言葉」と使用)

 音楽の要素には、リズム、メロディライン、音の強弱、和音、ハーモニー、歌詞、楽器の種類……などがある。(*歌詞が入っているが、話し言葉とは異なり、決まった言葉が並ぶので、音楽の要素の1つと数える)

 対して、話し言葉にも、リズムがある。話すときには抑揚もつく(音楽でいうところのメロディライン的な)。内容によって抑揚のアクセントも変わる。声の大きさに強弱もある。声の高さも変わる。

 驚いたり、感動したり、急いでいたりすると、話のテンポやリズムが早くなり、声がいつもより高く、大きくなって、抑揚の上がり下がりも激しくならないだろうか。

 逆に、疲れていたり、落ち込んでいたり、あるいは相手をいたわるようなときは、ゆっくりと、落ち着いたリズムとトーンで話す。怒っているとき、退屈しているとき等も、それぞれに特徴がある。

 

「こないだの決勝戦の試合、見た? すごかったねー! 感動したよー!」

「今日、仕事で失敗しちゃって……。あぁ、明日、会社、行きたくない……」

「心配しなくて大丈夫だよ。ママがついているよ」

 

 話し言葉はこんなに音楽的。人と人の会話はもっと複雑な要素がたくさんあるし、音楽には話し言葉にはない要素(メジャーやマイナーといった和音や、楽器の種類など)もあるので、単純には言えないけれど、よく似ていることがわかる。脳内で認知する経路が近いというのも、納得。

 もしかしたら、ヒトの進化のなかで、〔話し言葉〕と〔音や音楽〕というのは、共に進化して、適応してきたのではないかしら。それこそ、現人類の直接の祖先であるホモ・サピエンス(*3)だった時代から、厳しい環境を生き延びるために共進化した……? 

 そんなことも考えてしまうが、そのあたりの話は来月にまわし、今月は、アルツハイマー型認知症のふたり、トミーとポールに起きた症状改善&QOL向上の理由、謎を探っていくことにする。

 

 

ヒトも生き物だから加齢による変化はしかたないけれど……

 

 人は誰でも、年齢を重ねていくと、脳が少しずつ縮んでいく。そのとき、脳全体がまんべんなく縮むのではなく、特に、記憶をつくりだす「海馬」や、脳に入ってきたたくさんの情報を分析したり、記憶を保持する「大脳新皮質」の縮み率や働きの低下が顕著らしい。トホホ。

 年をとると、新しいことが覚えにくくなる。物忘れが増える。昔のことは覚えているのに、最近のことが思い出せない、といったことが起きてくるのは、このためだ。

 アルツハイマー型認知症(*4)は、何らかの原因で脳にアミロイドβというたんぱく質がたまり、それが神経細胞を破壊して、脳が委縮することで発症。発症後は時間の経過とともに進み、それに伴い症状も進行していく。

 ただでさえ加齢による萎縮がある上に、病気としての萎縮が加わってしまうわけだから、そのスピードも現れる症状も重いものになる。

 現時点では主に、生活習慣を整える、適切な運動をする、趣味的なことを作業療法として取り組むなどして、症状の悪化を食い止める、遅らせるという治療法がとられている。

 

 前回8/24に公開した「音楽と脳①」のなかで紹介したアルツハイマー型認知症患者のふたり(トミーとポール)も、そうした治療を続けていたはずで、そのなかで、とりわけ効果があったのが音楽療法、特にビートルズの曲だったということだろう。

 参考にした番組(NHK フロンティア「ヒトはなぜ歌うのか 2024年5月2日放送)のなかで、研究者は、ふたりの回復ぶりの理由を次のように分析していた(*注:NHKのwebサイトのほうには、このふたりの話はほとんど触れられていない)。

 

     Music Memory Network(音楽記憶ネットワーク):脳内に「音を聴く聴覚野」「快楽物質を出す報酬系」「記憶」の領域をつなぐネットワークがあり、特に、「報酬系」が刺激を受けて、ネットワーク全体が活性化。ふたりの脳を調べたところ、特に、報酬系のなかの「内側前頭前野」が活性化していることが認められた。この領域はヒトの脳で特に発達した重要な場所。

 

     記憶のこぶ:思春期に聴いた音楽が、その人にとって特別な曲として強く記憶に焼きつくという現象がある。トミーとポールの例では、そのきっかけとなった曲の1つがビートルズだった。トミーにはさらに、生涯のパートナーと出会ったころによく聴いていた曲もあり、それを聴くことで、記憶が掘り起こされ、そこからさらに他の記憶や当時の感情も引き出されてきた。

 

 わかるような、わからないような……。そこで、私なりに参考資料を読んで、疑問点を調べつつ、これはこういうことなのかな?等と考えたことがあるので、それに沿って、もう少し具体的に書いてみたい。

(※とはいえ、私は専門家ではなく、脳科学のほんの端っこをかじった程度の素人考えであることを、あらかじめお知らせしておきます(汗)。そのうえで、読み物として楽しんで読んでいただけると幸いです)

 




 音楽の記憶が呼び覚まされるとき

 

 さきほど、音楽と話し言葉は性質も、脳内での認知の仕組みも似ていると書いたが、ひとつ、大きく異なるのは、音楽の場合は「1曲」という〝かたまり〟があること。

 ある「1曲」の記憶には、リズムやメロディといった音楽的要素のほかに、曲のタイトル、アーティストの名前、音楽ジャンル、いつ聴いたか、誰かと一緒に聴いたか、CDショップで購入したとか、誰かに貸したとか、なにか個人的な想い出があるかなど、感情や嗜好、状況、環境も合わせたさまざまな要素、情報が含まれている。

 「1曲」の、こうした1つ1つの要素が、脳内で情報として分析され、記憶されて、その後、それぞれが繋がり合う形で長期記憶に保持される。 

 このときの記憶保持のイメージとしては、たとえば、夜空の星座を思い浮かべると理解しやすいかもしれない。人が夜空に見上げる星座は、いくつもの星と星を繋げてなにかの「姿」を想像するようにして、1つの星座としての像がイメージされている。音楽の記憶も、1つ1つの小さな要素の記憶データが繋がって、「1曲」の記憶として認識する、という感じ。

(ときどき、「記憶の引き出しをあける」という表現を見かけるが、引き出しにまとまって入っているというよりは、星座のような状態。1つ1つを繋ぐ線は、何年も時間が経過したり、反復して思い出すことがなければ、細くなっていくので、思い出そうとしても、タイトルが思い出せないとか、誰かに貸したんだっけ……といったことも起きるというわけだ)




 脳内での記憶は(音楽に限らず、どんな記憶でも同じことだが)、1つ1つの小さな記憶が繋がり合って、なにか「1つのもの」として記憶される。曲であれば、ある「1曲」として特定した記憶となる。そして、思い出すときには、このうちの、何か1つでもきっかけがあれば、次々と連想、連動して思い出す、という仕組みになっているようだ。

  ……と考えていくと、トミーとポールの認知機能が回復し、家族や友人との会話を楽しめるようになり、社会活動にも積極的に参加するなどQOLが向上していった理由が、なんとなくみえてくる。私が考えたのは、次のような脳の動き。

 

●最初にビートルズの曲を聴いたとき、その「曲」がたくさん持っている要素、大脳新皮質に長期記憶として保持されていた、その「曲」のいくつもの記憶データのなかの(でも、海馬や大脳新皮質の働きが低下して、思い出せなくなっていた)何かがひっかかり、メロディや歌詞を思い出す糸口になった。

●NHKの番組での研究者の分析によれば、「思春期に聴いた曲は、その人にとって特別な曲として強く記憶に焼きつくという現象がある」。10代中ごろから、脳全体がぐぐっと成熟する時期とも重なる。脳の成長期に聴いた音楽は、特別な意味を持つのかもしれない。

●曲を聴きながら、なんとなく一緒に歌うことができた。

→メロディや歌詞を聴きながら、脳内では瞬時に、「次の歌詞はなんだっけ?」と推測するという作業が行われており、それが瞬間的な記憶を保持する機能や、海馬、大脳新皮質の働きを刺激し、活性化していく。

→思い浮かべた歌詞やメロディが少々まちがっていても、だいたい歌えていれば、「嬉しい」と感じる。続けていくうちにもっと正確に歌えるようになれば、「もっと嬉しい!」。

●それは脳にとって喜びであり、脳内の報酬系が活発化!(ドーパミンをはじめとするさまざまなホルモンの分泌量も増加)

●曲を聴き、思い出して歌うことは、海馬、大脳新皮質、大脳辺縁系など脳の多くの部分をつかう。よって、脳全体の機能が活性化して、昔の大切なエピソード記憶も呼び覚まし、思い出すことができて、家族や友人との関係も大きく改善。そこでまた、脳も、脳の持ち主である本人も「嬉しい!」。

●音楽のいいところは、1つの曲が終わるまで続くこと。その曲が終わるまで聴き続けるので、脳は活性化を続けられる。2曲、3曲と聴いていけば、その時間はもっと伸びる。(*会話の場合、すれ違ってあいさつするだけだと、そこで止まってしまうし、会話する相手がいても、会話が続かないことがある。それによって会話するのを避けるようになってしまうことも……)


 こうした積み重ねが、半年、1年……と続くうちに、萎縮する一方だった脳の萎縮が止まったり、あるいは、少しでも神経回路の働きが活発化し、脳全体の働きがよくなった、ということがあったのではないだろうか。

 

 実はこの原稿を書いていたころ、NHKの「首都圏情報ネタドリ」という番組で認知症についてとりあげられているのを見た。

 俳優の山本學さん(現在87歳。2年前に軽度認知障害と診断)の経験談を中心に構成。完治することはないとされている認知症だが、軽度の段階(MCI軽度認知障害)で気がついて、運動や食事療法などを根気よく続ければ、「萎縮していた脳がふっくらしてくる」「脳の容積が増したり、神経回路網が発達したりして、認知機能障害の進行を抑制できる」ケースがあると紹介されていた。

 トミーとポールは軽度ではなかったけれど、さまざまな療法にプラス、ビートルズをきっかけとした音楽的な療法も功を奏したのだろう。

 もしかしたら、加齢による脳の萎縮のスピードを止められ……はしないだろうけど、ゆっくりにすることはできるのかも! 


 というだけではなくて、年齢に関係なく、いつのときも、音楽を聴くことは脳にとって、とても良いことなんだなぁ、人にとって必要なものなんだなぁ、と感じる。音楽、大事☆*

 だからというわけではないが、音っておもしろいね、音楽っていいね、という人が増えるといいなぁ。音楽の授業とかで、こういう話ができたらいいのにねぇ、と思ったり……。


それはともかく……。

NHKの番組ではふたりの近況も紹介されていた。

 認知症の症状は残っているが(そもそも加齢もあるし…)、それでも以前よりずっと、表情が豊かになり、家族や友人との会話を楽しんだり、外出したり、と、おだやかな日々を送っている。昔、バンドをやっていたんだというポールは再び作曲をするようになったそうだ(でも、思いついた歌詞やメロディはすぐに書き留める。「書いておかないと、忘れちゃうからね」と笑うポールはとても楽しそう)。

 また、ふたりで「認知症の会」に出向き、参加者の前でビートルズの曲を演奏するといった活動もしている。参加者は思い思いに口ずさむ。なかには楽しそうに踊りながら歌っている人もいる。ふたりは、自分たちがビートルズの曲で救われたことから、ほかの人にも、同じように元気に健康になってほしいという気持ちで演奏しているのではないだろうか。

 音楽のチカラも大切だけれど、自分が誰かの役に立っている、このことは生きていくうえで大きな希望になると思う。このふたりだけの話ではなく、年齢も関係なく、誰にとっても。

 

 来月は、「音楽と脳」最終回。「音楽が言葉よりも大事な意味をもつ」暮らしをする「バカ族」の話を中心に、音楽がなぜ生まれたのか、ヒトにとって音楽とは何なんだろう、といったテーマでまとめていきます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 余談

 トミーとポールはイギリス人なのかな。そのあたりも番組では詳しく紹介されていないのでわからないのだが、イギリス人だとすれば、この事例は、世代的にも共通の好みが「ビートルズ」となるのはわかりやすい。ふたりが活動している「認知症の会」でも、みんな、一緒に歌っていた。それにしても、こういう事例を知るにつけ、ビートルズってやっぱり偉大なんだなと思う。当時の熱狂を推測すると、英語圏ならあり得るかしら。アメリカとか。

 日本だとこうはいかないだろうなぁ。同じような認知症の会があったら、ある程度ヒットした日本の曲をいくつも準備しないといけないかもしれない。あるいは、歌手別、ジャンル別、とか。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

●用語ガイド

(*1)大脳新皮質:大脳皮質の外側をぐるっと囲んでいる、しわしわの部分。大きく4つに分けられ(前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉)、知覚、記憶、言語、思考、判断など高次の脳機能を担う部分。生物の進化としては新しい領域であり、この部分が大きいことが、ヒトの脳の特徴。ヒトに最も近い近縁種であるチンパンジーと比べても、約3倍の大きさがある。大きいので、しわしわにたたまれて頭蓋骨内に収まっている。

海馬(*2)を含む大脳辺縁系:大脳皮質の内側にある領域で、発生学的に古い脳。帯状回、偏桃体、海馬、海馬傍回、側坐核などからなり、記憶、情動、本能行動、喜怒哀楽などの感情、睡眠、自律神経調節など多彩な機能に関係。

 (*3)ホモ・サピエンス:約30万年前、アフリカに出現。私たち現人類の直接の祖先とされている。それまでの人類ともっとも異なるのは「言葉を使う」ようになったこと。ホモ・サピエンスはネアンデルタール人と比べると力が弱く、身体能力が劣っていたが、言葉によって仲間同士で協力したり、遠くまで届く道具をつくり出すなどして、生存に適応していったものと考えらえる。大脳の前頭葉も大きくなり、額が垂直に持ち上がり、眉のあたりの盛りあがりが小さくなるなど、現代人とほぼ同じような風貌。

(*4)アルツハイマー型認知症:認知症のなかでも原因として最も多いのが「アルツハイマー型認知症」。国立長寿医療研究センターのHPによると、アルツハイマー型認知症は全認知症の67.6%と、全体の7割近くを占める。ほかには、血管性認知症、レビー小体型認知症などがある。

 

 ●参考文献

『音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学』大黒達也著 朝日新聞出版 2022

『音楽と人のサイエンス 音が心を動かす理由』デール・パーヴス著 小野健太郎監訳 徳永美恵訳 ニュートンプレス 2022

『脳の闇』中野信子著 新潮社 2023

『新版 音楽好きな脳 人はなぜ音楽に夢中になるのか』ダニエル・J・レヴィティン著 柏野牧夫解説 西田美緒子訳 ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス 2021

NHKサイエンススペシャル 驚異の小宇宙・人体Ⅱ 脳と心3 人生をつむぐ臓器 記憶』NHK取材班著 日本放送出版協会 1993

NHK フロンティア「ヒトはなぜ歌うのか」 2024年5月2日放送

NHK「首都圏情報ネタドリ」2024年9月20日放送

「学研キッズネット」「教えて!認知症予防」「慶応大学医学部」「国立長寿医療研究センター」「日経クロステック」などウェブサイトいくつか

 

 

大泉洋子

フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。主な編集書に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。

2024年9月18日水曜日

わたくしのオフコース-4-/吉田哲人


 こんにちは、吉田哲人です。 
 去年の短冊CDの日から今年の短冊CDの日までの1年間にかけまして、ユニット(BABY JOHNSONZ)含む自身の作品をたくさん発売しました。
 短冊CD2枚CDアルバム3枚(特典CD含む)、ボーカル・アルバム(『The Summing Up』)のアナログ盤(CDと内容違い)が1枚と結構な量のリリースとなりましたが、皆さま、どれかひとつでも手に入れて頂けましたでしょうか。
 WebVANDAさんをはじめ、皆さまの応援のおかげで予想よりも売れていたり、思ってもいない方にまで作品がリーチしたりと、遅咲きである僕は本当に皆さまへの感謝の念が絶えない日々であります。
 ところがその一方で、若い頃からの悲願である自身のアルバム発売がこの歳(48歳)でやっと達成(本来なら若い頃に、出来れば遅くとも15年くらい前には達成しておきたかった)出来たからか、悲願というか執着していたモノから解放されたのもあり、今になって幼年期の終わり的なモノが始まり、これから精神的・作品的な成長をし始める気配を感じつつも、それと同時に所謂ミッドライフクライシスでしょうか、上手く言えないのですが年齢から来るそういったモノに襲われ、人生の点検を始めてしまい、前向きと後ろ向きな気持ちの両方が混在する、精神的にバランスを大きく崩して如何ともし難い、一向に埒が明かない日々が続いてしまっております。
 僕のような生き方をしてる方が他に見当たらない(大概の方は若いうちにアルバムを出していたりする)のもあり、アドバイスのもらい様も無く、ただただ困惑し悶々とする日々ですが、それも含めて僕しか経験出来ない人生を歩んでいると思えば、少しは気が楽になる、ような気もしております。
 ただ、めちゃくちゃしんどいっていうのが正直なところですが…。
 そんな事情もあってか暫くオフコースを聴いていなかったのですが、最近、ふとした拍子に「NEXTのテーマ」が聴きたくなり再生したところ、あまりの素晴らしさに思わず涙ぐんでしまいました。
オフコース万歳!


 さて、今回は『SONG IS LOVE』です。

 オフコースのレコードの謎に関しては、前回の『ワインの匂い』が見た目(帯)にも音的(マトリクス)にも分かりやすく、本連載の話題的にはピークだったのですが、実は、いくら探しても一向に答えどころかヒントも見つからない、連載の動機である「答えが知りたい」の、最たるものが実はこのアルバムなのです。

「マトリクス1Sの『SONG IS LOVE』をどなたかお持ちではないですか?」

 はい、このアルバムの1Sの存在が知りたいのです。本当に出会わない。最低限、僕は一回も見た事がないです。結構な量を購入したり、何枚もお店で検盤したりしてみたのですが「1S」や、「1S2」等の”1S”に準ずるモノを僕は一度も手に入れたことが無いのです。全て「2S」か、それ以降のマトリクスでした。 
 何故こんなにも出会わないのだろう?ひょっとして「1S」って市販されてない?

 「これはサンプル盤を手に入れなくては答えが出ない…。」

 そう考えたまでは良かったのですが、中々の入手困難アイテムでして、手に入れるのに時間が掛かりました。まあ、手に入れたから連載を開始したのも実はあるのですが…。

答えは『2S/2S』でした。
 

 Oh…。

 愕然としました。確定ではないものの「1S(および準ずるモノ)」は市販されていない可能性が高いと思われるからです。そりゃあ、何枚見ても「1S」に出会わないはずだわ…。
 でも、そうなると疑問がまた湧きます。
 「1S(および準ずるモノ)」は存在すらしないのか、テストプレスでは「1S」は存在したのか。
 そして、あくまで可能性が高いということからの疑問ですが、何故「1S(および準ずるモノ)」は世に出なかったのか。

これらの答えをご存知の方、若しくは、マトリクス1Sの『SONG IS LOVE』をお持ちの方からの連絡をお待ちしております。 

 さて、4回にわたって書かせてもらいました「わたくしのオフコース」ですが、
 
 今回で最終回です。
 えええええええええ~~~?! 

 レア・アイテムは他にもあるのですが、その辺は存在自体は有名ですので連載の趣旨からは離れてしまいますから触れませんが、とはいえ『ANTHOLOGY』(PRT-8085)収録の「CMメドレー」なんかは機会があればぜひ聴いて頂きたいですね。めっちゃ凄いですよ。



 という事で、最後に1番反響がありました、
 『ワインの匂い』の追加情報です。
 連載を読んでくださった方からいただいた情報によりますと、 
・ラベルの違いが確認出来るので、幾つかのプレス工場で生産されたのは間違いない(と思われる)。
・サンプル盤も円周キズがあり、針飛びする。

 これらが分かったのは本当に嬉しいです。ありがとうございました。ファン同士で共有して解ることはこれ以上は難しいのではないかと思われます。あとはもう、関係者からのタレコミや第一級の内部資料が出てくる以外、分かりようがないでしょうし。おかげさまで僕の『ワインの匂い』の探究の旅は終了です。

 話は変わって。

 最近、Prophet-10(Prophet-5 rev4の10声version)を手に入れました。当時の機材ではなく現行モデルなのですが、それでもオフコースが、特に小田和正さんはどのようにアレンジを考え、どの様に演奏したかを想像する、または、弾いて聴いて体感するには十分過ぎる楽器です。ソフトシンセでは分からなかったことが沢山ありました。

 レコードの情報もこれからもまだまだ探究していきますが、今後はサウンドの面も研究していきたいと思っております。それらが自分の作品に反映されるかどうかは、また別のお話ですが。  これまで読んでくださった皆様、オフコースのレコード盤について書かせてくださったWebVANDAさん、ありがとうございました。WebVANDAさんの方ではまた別の機会に書くこともあるでしょうから、またその日まで皆様どうぞお元気で。 

吉田哲人

p.s. 

原稿を書いておりましたら『Kazumasa Oda Original Album Analog Complete Box』が届きました(本日がフラゲ日)。明日からどっぷり浸かろうと思います。





吉田哲人プロフィール
作編曲家。 代表作『チームしゃちほこ/いいくらし』『WHY@DOLL / 菫アイオライト』等。自身もシンガー・ソングライターとしての1stアルバム『The Summing Up』、テクノ/アンビエント系楽曲アーカイブ集『The World Won’t Listen』を2023年11月に同時発売。

(テキスト:吉田哲人/編集:ウチタカヒデ

2024年9月4日水曜日

emily hashimoto:『愛の雨粒 / 流れ星ビバップ』


 シンガーソングライター(以下SSW)のemily hashimoto(橋本絵美利)が、2018年に配信でリリースしていたシングル「愛の雨粒」を7インチ・アナログ盤(unchantable recoerds / UCT057)で9月11日にリリースする。カップリングには彼女がリスペクトしている、カリスマSSWの小沢健二の「流れ星ビバップ」のカバー収録ということで話題になるだろう。
 リリース元は中塚武ArgyleFrancisの7インチ諸作で知られるグルーヴあんちゃんが主催するunchantable recoerdsだ。

 両曲共にプロデュースとアレンジはカンバスの小川タカシが担当し、ギターとプログラミングなど演奏面でも中心となっている。配信時からのジャケットは、Special Favorite Musicの『World’s Magic』(2017年)や、多くの書籍装丁でも知られるイラストレーターの高橋由季とデザイナーのカヤヒロヤのデザインユニット”コニコ”が手掛けている。
 hashimotoのプロフィールに触れるが、神奈川県小田原市出身で渋谷系音楽や60ʻsファッションをこよなく愛すシンガーソングライターで、作詞家、作曲家、コラムニストとしても活動している。YAMAHAが主催する音楽サイトの楽曲コンテストで1位を獲得したことをきっかけとして2007年にメジャーデビューする。同年YAMAHA×SwitchStyleのカバー・コンピレーション・アルバム『あの日にかえりたい I want to return on that day』に原田真二の「キャンディ」を提供し好評を得ていて、これまでにオリジナル・アルバム3枚とシングル6曲を配信リリースしている。現在では企業CMやアイドルへの楽曲提供もおこなっており、ラジオ・パーソナリティーとして自身の冠番組「EmiLyのおしゃれフリーク」を全国36局のコミュニティFMで放送中である。


 ここでは筆者による収録曲の詳細な解説をしていく。 
 タイトル曲「愛の雨粒」は、hashimotoのソングライティングで、アレンジは小川が担当している。今回のヴァージョンではオリジナルからイントロ冒頭の弾き語りのパートがカットされて、ドラムから始まるが基本アレンジは同じである。小川はギターの他、各種鍵盤とドラムのプログラミング、コーラスも担当している。ベースにはカンバスで小川の元同僚だった菱川浩太郎が担当し、2コースのバースで入る天気予報のアナウンスではその声を披露している。
 アレンジのポイントになっているのは、最低限の音数ながら印象的なシンセサイザーのリフや木管系(フルート)の音とヴォイスを混ぜた浮遊感あるパッドと、パターンの異なるコーラスが複数ダビングされている点だろう。
 hashimotoのスウィートで特徴ある声質をバックアップさせるサウンドが構築され、ポップスとして完成されているのは、小川によって丁寧に掬い上げられたアレンジの効果であるのは間違いない。筆者も音源を入手した7月から幾度もリピートして聴き込んでしまったほどだ。

 
愛の雨粒 / EmiLy Hashimoto MV 

 
 カップリングの「流れ星ビバップ」は、ご存知の読者も多いと思うが、小沢健二の1995年12月のシングル『痛快ウキウキ通り』のカップリングとしてリリースされ、2003年2月のベストアルバム『刹那』に収録された際「流星ビバップ」に改名された。このオリジナルは東京スカパラダイスオーケストラのメンバーが演奏に参加し、沖祐市のハモンドオルガンがフューチャーされたドラムレスのゴスペル・フォークだった。同バンドの名ドラマーの青木達之はタンバリンなどパーカッションを担当し、ホーンセクションのメンバー加えた5名でコーラス(コールアンドレスポンス)もやっていた。

『痛快ウキウキ通り』/ 小沢健二
(Eastworld/TODT-3631)

 ここでのカバー・ヴァージョンは、小川のアレンジによりアコースティック・スウィング・スタイルで生まれ変わっている。このサウンドはアメリカン・ルーツ・ミュージックをベースにしており、ダン・ヒックスや今年リユニオンを果たした英国のフェアーグラウンド・アトラクションが特に知られるだろう。筆者はいずれの来日公演に行っているほど好きなサウンドであるが、2ビートのドラミングとウッドベースをプログラミングで再現し、チェット・アトキンスに通じるカントリー・スタイルのギター・プレイでこの曲に貢献している小川の研究心と技量には脱帽してしまった。また洒脱なピアノはジャズ・キーボーディストの植木晴彦のプレイで、hashimotoのボーカルに寄り添って引き立てている。

 本作は数量限定の7インチ・シングルということなので、筆者の詳細レビューを読んで興味を持った音楽ファンや小沢健二ファンは、リンク先のレコード・ショップなどで早急に予約して確実に入手しよう。


◎ディスクユニオン予約:https://diskunion.net/jp/ct/detail/1008881472

(テキスト:ウチタカヒデ