2024年8月25日日曜日

音楽と脳 ① 「音楽の記憶」の不思議

 

(写真:iStock)


「ヒトはなぜ歌うのか」―― 今年のGW中に放送されたNHKのドキュメンタリー番組のタイトルです。再放送もあったので、ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、実は、昨年夏、私個人のブログで「人はなぜ音楽が好きなんだろう」というテーマで、音楽と脳の関係について書こうとしていたのです。結果的にはA4に1枚分くらい書いただけで、放り出してしまったのですが。

ではどうして、WebVANDAに書こうとしているのか。それも音楽サイトで脳の話……? そのあたりのことを、私個人のブログにまとめてみました。長い“ひとりごと”のような感じで恐縮なのですが、よろしければ、お時間のあるときにでも、お読みいただければ……。


「音楽と脳」25年来の自分への宿題とWebVANDA、そしてちょっと言い訳(💦)(ブログ「風の通る道」by  mamaneko から)

 

「音楽と脳」について調べてみたいというのは、私にとっては25年来の「やってみたいテーマ」で、きっかけは『特命リサーチ200X』というテレビ番組。この番組でリサーチャーという仕事をしていて、脳科学が関係する企画もいくつか考えて、リサーチをしました。そのなかで、「音楽と脳」に関する企画を立ち上げたいと思ったものの、その当時は「これ!」という資料を探しあてることができなくて、よって企画にもならず……。

そして、今。自分のブログに書いたような、ちょっとトホホな成り行きではあるものの、ここにきてやっと、なんとか形にすることができそうです。

「音楽と脳」ということで、脳科学の説明も出てきますが、できるだけ楽しく、「へぇ、そうなんだね~!」と思える記事にしたいと考えています。キーワードとなるのは、記憶、進化、脳内報酬系、言語と音楽。連載としては2回か3回になる予定です。どうぞおつきあいください。

 

音楽を聴いているときの脳が、一生懸命、働いていて、ちょっとかわいい

 

たとえば、8ビートの曲を聴いているとする。

ツツ-タン ツツ-タン ツツ-タン ツツ-タン ツツ-タン ・・・

ヒトの脳には先のことを「予測」する機能が備わっていて、こうしたリズム(ビート)があると、「次も、同じ間隔で、同じツツ-タン」が来るよね、と予測する。今回参考にした番組や書籍資料によると、予測して、予測通りになると「嬉しい」と感じることが研究で確かめられているそうだ。

 

脳には「報酬系」(快楽中枢)という回路があって、それは、人が生きていく上でとても重要な部分で(人類という大きな括りで考えると、生存、種の保存という意味でも)、五感などの生存に必要なあらゆる情報が伝わる部分なのだけれど、こんなささやかなこと、リズムの予測が当たった!ということだけで、「嬉しい」なんて、なんともかわいらしい。

 

が、安定したリズムは、安心感も呼ぶが、飽きてもくる。

(※幼い頃に聴く音楽の多くは、童謡「チューリップ」のように、リズムもメロディラインも単純なものだが、成長するにつれ、聴いた音楽を予測し、喜び、学習して、それらが蓄積されてきて、次第に飽きて、より複雑な音楽を好むようになってくる。14くらいから脳のそうした部分がより活発に動くようになり、成熟していくそうだ。日本で言えば中学2年生頃からか……!)

 

普段、実際に私たちが耳にする音楽は、ずっと単調なビートが続くことはなく、たとえば、こんなふうなリズムパターンが組み合わされ、もっと複雑なビートだ。

ツツ-タン ツツ-タン ツツ-タン ツツ-ドコドコ 

のように小節の最後に異なるリズムが入ったり、

ツツ-タン ツツ-タン ツツ(空のリズムがあって)ンタン! 

と決めのリズムが入ったりする。

こんなとき脳は、「あれ?」と予測とは違うことに気がつくが、この「ちょっと裏切られた感」も、楽しいらしい。

 

この、リズムを認知したり、リズムの“欠け”に気がついたり、ということは、新生児の脳でも確認されているので(NHK「ヒトはなぜ歌うのか」で実験の様子が紹介された。4拍子の単純なリズムパターンで実験。3拍目を抜くなど)、生まれてから獲得する機能ではなくて、ヒトの脳が本来持っている機能。

音楽には、リズムに加え、メロディがあって、ジャンルや曲によっては歌詞もあり、脳はそのすべてにおいて、予測する。リズムのところで説明したような小さな予測を常に行っていて、脳内で小さな「嬉しい!」がたくさんあるのかと想像すると、なんだか微笑ましい。

ライブで、CDとは少し違うメロディラインや繰り返しのリズムがあったりすると、人は「おぉ~!」と気持ちが盛り上がったりするが、その瞬間、脳の中では、予測が裏切られた楽しさを脳内報酬系が感じているというわけだ。


メロディといえば、先日、8月17日に放送された「タモリステーション~時代を作った!昭和のCMソング50」の中で、葉加瀬太郎さんが、昭和のCMのメロディラインのことを「跳躍している」と表現していた。例として出てきたのが、「牛乳石鹸の歌」(1956年)。この歌、日本人のほとんどが歌えますよね!


ぎゅう にゅう せっけん よい    せっけん

 ド   ミ   ラ ソ   ミレ (下の)ソド


「なにもこんなに跳ねさせなくても、普通に「ドドドレ ミソソ」にしてもよかったのに、音符を跳ねさせたのは、これによってキャラクター(特色)を作るため」と解説していた。これを脳科学的に考えると、単調なメロディラインではなく、大きく上下することで、「予測」が裏切られて、次はなんの音が来るんだろう♪という楽しい予測をして、そうきたか~という「楽しさ」を感じる、ということだと思う。


ではここで、音楽を認知する脳科学的しくみを、ごく簡単に。 


これは、「音楽を聴いて、それがどんな曲かを認知する」基本の仕組みなので、ここに、「音楽を聴きながら、足でリズムを刻む」「聴いている曲に合わせて歌う」といった状況が加われば、「短期記憶」「長期記憶」も大きく関係し、「運動野」なども活性化することになり、もっと広範囲に脳を使うことになる。


 

老人福祉施設で、爆音でツェッペリン!

 

【「大音量でツェッペリンを聴く」会 老人福祉施設が開いたワケ】(「withnews」2022.09.02)という記事を知ったのは約2年前。記事がアップされて間もない頃だった。

ちょうどこの時期、編集の仕事で、高齢者サロンに関する書籍を制作しており、著者からの原稿が届いて、あれこれと作業をするなかで、自分の勉強用にと各地の高齢者サロン、老人福祉施設の取り組み等を検索していたときのこと。

タイトル1行で、たちまち惹きつけられて記事を読み、驚き、おぉ~、これは画期的だ、これからこういうの、大事だよー、うちの近くにもこういうセンターがあったらいいのにー♪  とテンションがあがったことをよく覚えている。

開催したのは、神奈川県横浜市にある「老人福祉センター横浜市戸塚柏桜(はくおう)荘」。

withnews」のこの記事で紹介されているのは、センターによる事業「No Music No Life」。開催日は20228月6日(土)7日(土)*この事業は現在も続いていて(素敵!)毎月第一土曜日の午後開催。参加できるのは、横浜市内に住む60歳以上の人、とある。

……思わず、横浜市に引っ越したくなった()

 

老人福祉センターらしからぬ企画に、開催前から旧twitterではツイートが相次いで、「セットリストはなんだろう」「なんの曲がかかるのか」など、話題になっていたようだ。

そして、当日明らかになったセットリストは、8月6日という開催日に合わせ、レッド・ツェッペリンが1971年に初来日し、広島で行った「愛と平和チャリティコンサート」と同じ。これは、ファンにとってはたまらないですよねー! センターの人が、当時の記録を調べて、セットしてくれたのかと思うと、グッときます。


普段、同センターの利用者は70歳以上が多いが、この“家ではとても聴けない大音量でレッド・ツェッペリンを聴く”企画に参加した多くが60代だったそうだ。

 「胸いっぱいの愛を」(1969)、「移民の歌」(1970)、「天国への階段」(1971)といったヒット曲のリリース年から考えると、中学生で初めて聴いたとしても……60代といっても60代後半の人がほとんどか? あ、でも、後追いで聴いている人もいると思うので……そうか、60代が中心というのはわかる気がする。

まさに「世代!」の企画。

また、参加者のほとんどが、この老人福祉センター横浜市戸塚柏桜荘の利用は初めてだった。老人福祉施設は基本的に60歳以上が対象だが、いまの60代には敬遠されがち(確かに私も、60歳で老人と言われると……という感じ、あります^^;)。

しかし、センターとしては、まだまだ若い60代のうちから、こういう施設の存在を知ってもらい、接点をつくってほしい、社会とのつながりが途切れないように……という意図もあったそうで、施設側の狙い通りの結果になったというわけだ。


さてそれで、なぜ、「音楽と脳」というテーマで、老人福祉センターによる事業「大音量で、みんなで、ツェッペリンを聴く」を紹介したかというと、音楽を聴いたり、歌ったりすることが、脳にとてもよいからだ。

音楽を聴くことは一般に、脳を広範囲に活性化する。同世代の音楽、好きなミュージシャンを一緒に聴き、リズムに乗ったりすることは、さらに強く脳が活動することになる。ヒトも生物だから加齢には抗えない……ショボン。でもそんな世代に差しかかる時期に、こういう催しで音楽を聴くことは、とてもよいことだと思える。仲間も増えるし。

そしてさらに、近年、音楽は脳によい……というレベルをはるかに超えて、ヒトにとって計り知れないほどの重要な役割を持っていることが、近年、わかってきている。そのひとつが……



若い頃に好きだった曲で記憶が蘇った


今年の5月2日、NHKのドキュメンタリー番組「フロンティア」で、「ヒトはなぜ歌うのか」が放送された。番組で取り上げられた事象は大きく分けて2つ。

1つは、アルツハイマー型認知症患者の、言葉と音楽と記憶の不思議

もう1つは、アフリカのカメルーン共和国やコンゴ共和国などの熱帯雨林に暮らす狩猟民族「バカ族」の、「音楽が言葉よりも大事な意味をもつ」という生活が示す深い意味について。バカ族は、1020万年前のDNA(もしくは遺伝的特徴)を色濃く残しており、近年、人類と音楽や言葉の関係、進化的意味などを探るべく、注目されているそうだ。

 (※番組のサイトはこちら。ただ、公式サイトではバカ族の話がメインで、認知症患者の話題はほとんど出ていないです。それについては今からここでまとめていきます)

  

番組で紹介されていたのは、トミーとポールという2人の男性(現在の年齢が明記されていなかったが、たぶん70歳台)。10年ほど前にアルツハイマー型認知症を発症し、発症からしばらくの間は、自分の名前も、銀行ATMのパスワードも、家族との思い出も忘れてしまって、また、周囲の人との会話も難しかったそうだ。会話には、相手の言うことを聞いて理解して、短期的に記憶して、それに対して自分の考えを話すという、複雑なしくみがある。アルツハイマー型認知症では、認知症の中でも特に「記憶」に関する部分がダメージを受けやすいという特徴があるという。

 

しかし現在、トミーとポールは、家族と普通に日常を送り、お互いの家を行き来したり、ふたりで会うときには、ポールがギターを弾いて、ふたりでビートルズを歌い、新たに歌を作ることもあるというのだ。

 

特別なことをしたわけではない。ふたりで会うときに、ビートルズの歌を一緒に歌う時間を持った、というだけ。

 

(写真:iStock)


番組のなかで、ふたりは認知症の会で出会ったというナレーションはあったが、出会った時期や、なぜ親しくなっていったのか、などの詳細が紹介されていなかった。そのため推測の域を超えないが、会の活動のなかで、ビートルズの歌を聴く機会があったか、あるいは、なにかのきっかけで仲良くなり、ポールがギターを弾きながらビートルズの歌を歌うのを聴き、トミーも自然に口ずさんだ(たぶん)……という出来事があったのだと思う。

アルツハイマー型認知症を患い、自分の名前も思い出せなくなっていたのに、若い頃に好きでよく聴いていたビートルズの歌詞とギターコードはいとも簡単に思い出した、ということだ。それも偶然ではなく、常に。

そして、ビートルズの歌やそのほか自分が好きだった歌を歌っているうちに、それに関連した記憶を思い出せるようになり、自分の名前も、家族や友人のこと、仕事のことなど、次第にさまざまな記憶も思い出し、症状もだいぶ安定した。アルツハイマー型認知症の患者であることに変わりはないようなのだが、しかし、快適に、幸せな日々を送っている。


研究者が語る。

「ポールとトミーのなかで、何か不思議なことが起きているんです。

 

「不思議なこと」とは何か。その謎を解く鍵が、「バカ族」の「音楽が言葉よりも大事な意味をもつ」という生き方にあるという。それはいったいどういうことなのか。来月、この謎を解いていきます。来月もお楽しみに……!


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ちょっと追記

今回、記事を書くにあたり、老人福祉センター横浜市戸塚柏桜荘の現所長、金田さんに電話でお話を伺うことができた。

No Music No Life」はセンターの事業として、2022年7月に始まったもので、当時の所長が音楽好きなで、矢沢永吉のファンだったそう。60代の人にもこうした施設に馴染みをもってほしい、どうしたらよいか、と考えたときに、「音楽」に注目した背景には音楽好きな人がいたというわけだ。

センターのホームページを見てみると、「横浜ROCK会」という活動があることもわかった。

金田所長によると、これはセンターの利用者による自主サークル。「No Music No Life」の事業が始まった同じ時期に、市内のロック好きな人が集まって生まれたのだそうだ。毎月第一土曜日の午前中に開催されており、参加者はそれぞれ「思いの詰まった1曲」を選んで持ち寄り、午後に開催される「No Music No Life」同様に、自宅ではなかなか聴けないほどの爆音にして、音楽を楽しんでいるという。

センターのブログには、8月に開催されたときのリストが公開されている。おぉ、Jeff Beck Groupの「Highways」が入ってる! 70年代80年代のハードロックは名曲、名盤がたくさんあるので、みんなで集まって聴くと盛りあがるでしょうね。

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もうひとつ、追記

音楽サイトでの記事なので「音楽」に限定しているが、絵を描くことや、運動すること、映画や舞台を観ること等だって、脳内ではたくさんの場所が動き、予測して、報酬系が喜んでいる。音楽の作用とは異なる点があるかもしれないが、脳によいのは音楽だけではないと思うので、そのことも書き加えておく。

また、脳の持ち主である人間の状況も大事かも。音楽を聴くこともそうだが、好きなことを能動的に行うのは、実はわりとエネルギーのいることなので、そんな元気なーいという時や、気が向かない時は、無理せずにっていうことも、大事だと思う。

老人福祉センター横浜市戸塚柏桜荘で「爆音で音楽を聴く会」が開催されるのを知って、参加した人のように、何かがきっかけになる、ということもいいよね。

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●参考文献

『音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学』大黒達也著 朝日新聞出版 2022

『音楽と人のサイエンス 音が心を動かす理由』デール・パーヴス著 小野健太郎監訳 徳永美恵訳 ニュートンプレス 2022

『脳の闇』中野信子著 新潮社 2023

『新版 音楽好きな脳 人はなぜ音楽に夢中になるのか』ダニエル・J・レヴィティン著 柏野牧夫解説 西田美緒子訳 ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス 2021

NHK フロンティア「ヒトはなぜ歌うのか」(2024年5月2日放送)

 

 

大泉洋子

フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。主な編集書に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。


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