前作『ALL THE WORLD IS MADE OF STORIES』から実に6年振りとなる待望の新作で、弊サイトでも高評価しているmicrostarの佐藤清喜をサウンド・プロデューサーに迎え、これまでにない”新たな松尾清憲の音楽フィールド”を感じさせる作品となっている。
まずは松尾のプロフィールに触れるが、1980年に伝説のバンド、”CINEMA”(シネマ/他のメンバーは鈴木さえ子、一色進など。 プロデュースはムーンライダーズの鈴木慶一)でデビューし、音楽通を唸らせるそのブリティッシュロック系サウンドは話題となる。そしてCINEMA解散後の84年にソロデビュー・シングル「愛しのロージー」(プロデュースはライダーズの白井良明)を発表しCMにも使われスマッシュ・ヒットする。翌年同曲を収録したファースト・ソロアルバム『SIDE EFFECTS~恋の副作用』をリリースし、CINEMA時代以上に音楽ファンに知られる存在となった。
また87年には『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』の参加や「バカンスはいつも雨(レイン)」のヒットで知られるシンガー・ソングライターの杉真理とのポップス・バンド、“BOX”(他のメンバーは小室和幸、田上正和)、同じく杉と96年に”Piccadilly Circus”(他のメンバーは伊豆田洋之、上田雅利など)を結成してアルバムをリリースしている。昨年2023年にはCINEMA時代から旧知の仲である鈴木慶一とのユニット「鈴木マツヲ」を結成し、『ONE HIT WONDER』(日本コロムビア)をリリースしたばかりである。
ソングライターとしてもこれまでに、鈴木雅之のヒット曲「恋人」(1993年)をはじめ、稲垣潤一からおニャン子クラブまで幅広く多くのアーティスト、アイドル達に楽曲を提供している。
松尾清憲 - Young and Innocent Teaser
ここでは松尾にとって記念すべきニューアルバム『Young and Innocent』の全収録曲を、「愛しのロージー」リリースのリアルタイムに予約購入して、お昼の校内放送で紹介した当時十代半ばだった筆者が解説していく。
本作収録12曲の内、3曲で作詞の共作者が加わる以外全てのソングライティングは松尾自身が手掛け、全曲のアレンジ、全楽器演奏とプログラミングはサウンド・プロデューサーの佐藤が受け持つというスタイルで制作されている。
ゲスト・コーラスにはmicrostar佐藤の相方で作詞家としても活躍している飯泉裕子、そして松尾の盟友である杉真理も参加している。
冒頭の「夢見た少年( I Had a Dream )」は、作詞作曲共に松尾によるシャッフル・ビートの軽快な曲で、彼のルーツを紐解く歌詞の世界を美声で聴かせる。ソングライターとしても多くの実績を持つ松尾であるが、やはりボーカリストとして一流であることを再認識させるのだ。サビのコーラスには松尾自身と佐藤も参加している。
続く「スパークするぜ」は杉が作詞を手掛け、コーラスにも参加している。先行配信されたこの曲は盟友2人のコラボレーションということで、サウンドにはビートルズ~10㏄やパイロットなど英国ポップからの影響を感じさせて、BOXやPiccadilly Circus時代からのファンは喜ぶであろう。特に松尾のリードボーカルに杉のコーラスが重なる瞬間は堪らない。
ストリングスとコーラスのアレンジからソフトロック色が強い「ロング・ロング・ビーチ」は、初期microstarの匂いがしており、佐藤の持ち込んだ要素が色濃い良曲だ。タイトルからイメージ出来るように、ビートルズとビーチボーイズ風のコーラス・パターンがマニア心をくすぐる。
松尾清憲 - ロング・ロング・ビーチ(Music Video)
一転して英仏のミュージックホール・スタイルの曲調とサウンドを持つ「煌めきのアラベスク」は、松尾の引き出しの多さを証明している。往年のポップス・ファンにはABBAの「Money, Money, Money」(1976年)、『ソフトロックA to Z』や弊サイト読者にはEdison Lighthousの「What's Happening(涙のハプニング)」(1971年)をそれぞれイメージさせるだろうが、このシアトリカルな歌詞の世界観は、DEAF SCHOOL(デフ・スクール)ではないだろうか。彼が在籍したCINEMAこそ日本のデフ・スクールだった。ここでもそんな拘りを感じさせて聴き飽きさせない。効果的なコーラスには佐藤と飯泉も参加している。
ニュージャックスイング系バックトラックの「Night People」は、都会的で洒脱な比喩を持つ歌詞の世界と相まって非常にスタイリッシュなバラードである。それこそ郷ひろみなどベテラン歌謡シンガーに取り上げてもらいたい完成度を誇っている。効果的なアコースティックギターのソロは佐藤のプレイだ。
同じ打ち込み系でも80年代英国テクノの匂いがする「BETWEEN ~ 君との間に」は、トニー・マンスフィールドのサウンドを彷彿とさせて懐かしくも新しい。作詞したのは松尾同様ムーンライダーズ・ファミリーのミュージシャンで、ハルメンズのボーカリストとしてメジャーデビューし、その後パール兄弟の活動や作詞家でも成功したサエキけんぞうで、初々しいラヴソングを綴っている。
本作後半はファンキーなシンセベースが特徴的なグルーヴィーな「Color of Love」から始まる。このサウンドからは意外であるが、作詞は先月古希を迎えたばかりのムーンライダーズの鈴木博文が手掛けている。日本ニューウェイヴ期の吟遊詩人として影響力のある鈴木だけに、描かれる世界観や言葉選びはさすがである。サビでリフレインする特徴的なコーラスは飯泉によるものだ。
前曲から一転するが、クラシカルで朗々とした松尾の美声を聴けるのが「風のアリア」である。本作中で最も異色かも知れないが、Procol Harum(プロコル・ハルム)など英国ロックの良心を受け継ぐ曲調とサウンドに崇高な気持ちにさせられる。
複数のギターがタペストリー(織物)のように絡み合って展開する「ビギナーズ」は、80年代ネオアコースティック・ファンにも堪らないサウンドではないだろうか。この複数のギターなど全ての楽器の演奏とプログラミングを担当した佐藤は、コーラスにも参加して八面六臂の活躍をしている。筆者的にも非常に好みの曲調とサウンドである。
ハチロクのロッカバラード「恋ゆえに」は比較的ストレートなサウンドだが、こういう装飾の少ない曲こそ松尾の巧みな歌唱力が際立つ。ホーン・アレンジなど全体的な音像は、フィル・スペクターがプロデュースを一部手掛けて途中放棄したジョン・レノンの『Rock 'N' Roll』(1975年)に通じており好きにならずにいられない。
次もバラードが続き、「I Want You Back」は4分刻みのピアノを中心にシンプルな編成で、ファースト・ヴァースをはじめ一部のパートはボコーダーを通したボーカルでアクセントを持たせて聴き飽きさせない。特徴あるコード進行から、メロディックなベースラインやファズをかましたエレキギターのリフ、タムのフィルを多用したドラミングなどポール・マッカートニー・イズムを感じさせるので、ポール信者も聴くべき曲だろう。
そしてラストの「ジュリア」は、4月24日に7インチ・シングルで先行リリースされた、ソロデビュー曲「愛しのロージー」リリース40周年記念に相応しい、完全無欠のパワー・ポップだ。フィレス・サウンドやビートルズからフレンチ・ポップまで多くのアーティスト達の楽曲のエッセンスを摘出していて、ピッツィカートを模したショートディレイで飛ばしたストリングスシンセやカスタネットのフィンガー・ロール、耳に残るエレキギターの対位法のオブリガード等々細部まで聴くほどにその緻密さに感心させられる。コーラスには飯泉も参加し松尾の美声をサポートしている。
7インチ・リリース元の雷音レコードを主宰しジャケットアートを手掛けたのは、松尾清憲フリークを自認するイラストレーター兼漫画家の本秀康(もと ひでやす)で、本作収録曲からのこの曲をチョイスしたという。ジョージ・ハリスンの熱狂的ファンとして知られ、『レコード・コレクターズ』誌で長年連載を持っていた彼だけにその審美眼は確かである。
『ジュリア』(雷音レコード/RHION-36)
最後に総評として、マスタリングされたばかりのwav音源を4月後半から繰り返し聴いているが、本作『Young and Innocent』は非の打ち所がなく、2024年の邦楽ベスト・アルバム候補であり、松尾清憲のソロ作品としても代表作になったのではないだろうか。なによりこの先も長く長く聴き続けられることを筆者も保証するので、レビューを読んで興味を持った弊サイト読者は是非入手して聴いて欲しい。
(テキスト:ウチタカヒデ)
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