2024年6月15日土曜日

漫画『音盤紀行』『音街レコード』 作者・毛塚了一郎ロングインタビュー②「聴き継ぐ音楽」

 

(左)『音盤紀行』2巻 表紙  毛塚了一郎著  株式会社KADOKAWA  2023/(右)同書「探訪デイ・トリッパー」より。一番下のコマに、「レコードは誰かに聴き継がれていくモノだから」のセリフがある)


「レコードは誰かに聴き継がれていくものだから」「私の好きな曲が……50年、100年後の人にまで届いてくれるといいな」――『音盤レコード』2巻の中で語られるこうした言葉が印象に残った。

このセリフを書いた作者の毛塚了一郎さんにお話を伺ってみたい。これが、今回、インタビューをお願いしたいと思った動機である。いろいろと話をしていくなかで、毛塚さんから、こころ動かされる言葉がいくつも出てきて、毛塚さんの音楽への想い、音楽マンガを描くことへの真摯な姿勢が感じられて、とても気持ちのよいインタビューとなった。

インタビュー①「想像の音」とも併せ、ぜひ、毛塚さんの言葉をお読みください。

 

話し手:毛塚了一郎さん(漫画家)、担当編集  聞き手・構成:大泉洋子

 

★「曲そのものが本物」という音楽の特殊性

 

―― 何年か前に観た『音響ハウス』という映画の中で、「いい曲とは?」という問いかけがあって、それに対して、坂本龍一さんや佐野元春さんら出演アーティストの皆さんが、それぞれが考える「いい曲」について語っていたのが興味深くて、それが「いい曲ってなんだろう?」を考えるきっかけでした。そして昨年、『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』をつくっていく過程で、「いい曲ってなんだろう」ということを再び考え出すようになって。私の中では、「歌い継ぎたいと思う曲かな」という考えに至っているんですが、そんなこともあって、毛塚さんにも、同じ質問を投げかけてみたいと思ったという次第です。

 

毛塚 そうですね、時代を超えて、どう継がれていくかっていうのは、いろんな形があると思うんですよね。音楽だと、レコードやCDに記録されて、そのまま未来に残るということが音楽文化の継承という意味の大きなところだし、あと、音楽は楽譜として残ると、その人本人が歌わなくても、他の人が歌い継いだときに……それ自体はオリジナルではないんですけど……曲そのものが本物だから、それもひとつの継承なんじゃないかなっていう面もありますよね。それは、音楽の特殊なところかなと思います。絵画とかだと、その人本人が描いたものじゃないとオリジナルとは認められないから。

 

―― 確かにそう考えると、音楽って特殊ですね。音楽は、つくったり、最初に歌った本人が歌えなくなっても、歌自体は本物だし、後の人が歌えば、その曲が消えることなく、残っていきますし……。

 

(『音盤紀行』2巻「カンシオン・パラ・マニャーナ」より。三線を弾くシャイな少女が、人との出会いのなかで、少しずつ変わっていく)

 

毛塚 でもその一方で消えていった曲もあるはずなんですね。たとえば、少数民族のなかで、紙や楽譜もなくて、口承だけで伝わってきていた音楽は、レコードとしても記録されていないし、どこかの段階で消えてしまったんだろうなっていうのもあるし……。そういう、音楽そのものの儚さ、消えていった音楽もあったんだろうなというのは感じますね。でも、レコードっていうものができて、記録することができて、商品として売るという市場が生まれて、それによって結果的に受け継がれる。記録媒体が誕生したことで、受け継がれるっていうことが圧倒的に増えた。レコードが生まれてからの時間は、人間の時代でいうと、わずかな、まだ新しいメディアだと言えるのかもしれないんですけど……。

 

担当編集 ちょうどいま描いている話が、そういう話で……。

 

―― あ、そうなんですねー!

 

毛塚 フォークとか民謡とかが、どうやって受け継がれてきたんだろうっていう。民謡は、譜面だけが残って、それを次の時代の人が、新しい解釈、いろんな演奏もしながら、継いでいるわけですね。そういうなんか……なんでしょうね、パブリックドメインみたいな、公共のものになっているんですね。

 

担当編集 アメリカだと、スミソニアン博物館群のなかにカントリー・ミュージック殿堂博物館っていうのがありますね。

 

毛塚 その曲自体が文化となっているという……。

 

―― 民謡は楽譜によって……楽譜ということは明治以降の話ですか。

 

毛塚 いや、そうとも限らないです。楽譜っていっても、西洋の楽譜と、日本古来の楽譜は違うので……。

 

―― あぁ、確かに……。

 

毛塚 楽譜を買うって、一般の人はあまりしなくなりましたけど、明治のころは、レコードと、そのレコードに入っている音楽の楽譜が別売りで売られていて、レコードは高価だから、その代用として、一般庶民の人は楽譜を買って楽しむっていう文化があったらしいんですよね。装丁もちゃんとされていて、本のような感じで売られていたようなんです。レコードの前、SPレコードの時代ですね。SPレコードって再生回数が限られるメディアで、レコード以上に摩耗が早くて、本当に高価な品だったんですね。でも、昭和の時代でも、レコード、LPとかはおいそれと何枚も買えるものじゃなかったって聞くんですけど……。

 

―― 高かったと思いますよー。うちにあるLPで一番古いのが、1970年代のはじめに出た、サイモン&ガーファンクルのベスト盤なんですけど、CBSソニーから出たもので、確か2100円だったかな。でも、2100円といっても、いまの2100円よりずっと高価なものだった気がします。兄が中学生の頃、たぶん、おこづかいを貯めて買ったんだと思います。

 

毛塚 ですよね。そういう高価なものだったから、友だち同士で貸し借りする文化とか、ダビングとか……。音楽市場に中古市場やレンタルレコード屋が生まれたりとか、人の行動、行動範囲を増やすようなことになっていったと思うんですね。最近では、レンタル文化はほとんどなくなってしまって、サブスクリプションの文化になってきましたけど。

 

―― 中古市場ということで言うと、本もそうだと思うんですけど、音楽も、どんどん新しいものが入ってくるから、どんどん返品もされて、店頭から消えてしまうけど、中古レコード屋さんって、それを留めている存在、消えていくものを留めてくれる存在なのかなって思います。

 

毛塚 中古レコード店のなかでも個人店は流通のペースがゆっくりしているので、いろんな古いものが何十年と残っているパターンも多いし、眠っている在庫みたいなものが多い。そういうところは大手とは違うと思うので、『音盤紀行』で描いていくのは個人店が多いですね。ぼく自身、そういう店が好きなので。

 

―― 少し前に、『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』のお取り扱いをご相談しに、ある中古レコード店に行ったとき、棚を見ていて、「American Flyer」というバンドのアルバムが目に留まったんです。American Flyerのバンド名は聞いたことがあったんですが、〈曲は聴いたことないかも、ジャケットもかっこいいし、買ってみよう~〉と思って、レジに持っていったら、店長さんに「これは名盤ですよ」って言ってもらえて、あ、そうなんだとすごく嬉しくなって、いそいそとうちに帰って、聴きました。私にとっては初めての出会いなんだけど、50年近くも前のものだったりするのはおもしろいなぁと思いました。


 

(聞き手・大泉が中古レコード店で出会ったAmerican Flyerの1stアルバム「American Flyer1976年/家に帰ってから、メンバーの名前にエリック・カズを見つけて、あ、そうか、エリック・カズのいたバンドだ!と気がついた。リンダ・ロンシュタットとボニー・レイットの「Cry like a Rainstorm」など多くのミュージシャンに楽曲を提供したミュージシャンで、ソングライター)

 

毛塚 世間で言う音楽の文化とは別に、自分個人のなかでの音楽の再発見っていう体験があるじゃないですか。それは音楽、レコードのよい部分だなと思うんですよね。その時代じゃなくても、それを知る機会が存在する場所っていうのがレコード屋なんだな、って。

 

―― 再発見の体験。確かに。

 

毛塚 その人にとっては、そのときの体験が初体験、というところがあるので、古いも新しいもない。ビートルズって60年代がメインの活動だったから、それ以降に聴いた人はみんな「後追い」ですけど、ビートルズがCD化されたときに、でっかいブームが起こりましたよね。ブームっていう言葉自体が流行だから、それ自体は普遍性とは違うかもしれないんですけど、でも、そういうサイクルが起きることが、その作品の普遍性を表しているんじゃないかな、と。

 

―― 2巻で、「いつの曲でも、今の体験として聴けばいいんだよね」っていうセリフがありましたね。

 

(『音盤紀行』2巻「風を聴いたら」より。音楽好きの常連さんやミヤマレコードの店長さんと話すことで、暦実ちゃんがいろいろと考えて、レコードや音楽への想いを口にしていく過程が、とてもいいんです♪)

 

毛塚 その時代、その時代で、そういうタイミングが巻き起こすおもしろさ、という面と、個人の体験として、そこで再発見するおもしろさ、音楽の二面性というか……。ちょっと話を戻して、「いい曲ってなにか」を考えると、聴いた人のなかに、どれだけ残っているかっていうこともある気がしますね。昔、好きだった曲って、どうでもいいようなときに、あ、あの曲!って思い出して、頭の中で一日中流れていること、ありませんか。

 

―― 頭の中で、ですよね。あります、あります!

 

毛塚 そういうのって、聴いていないときでも、頭のなかでちゃんと循環している感じなのかな、って思ったりしますね。ライブの即興性とか、その場その場で感動できるすばらしさというのもあるんですけど、何も聴いていない、その音楽を体験していないときでも、自分のなかでちゃんと循環している、残っている。その残響というか、その残る時間というのは、いい曲ってなんだろう、を考える1つのポイントになるのかもしれない。

 


★自分の時間と一緒に変化していく音楽や作品

 

毛塚 昔よく聴いた曲で、そのときは本当にいいなと思っていた曲でも、あまり聴かなくなったとか、忘れちゃうっていうのも、たくさんあって。……マンガの話になってしまうんですけど、すぐにフワッと消えてしまわないような作品をつくりたいっていう思いは、ずっとありますね。そういう作品をどうつくればいいのかっていうのは、なかなかわからないんですけど、1回読んだだけではわからない、でもそれは複雑なものということではなくて、1回読んだだけでのおもしろさがあって、さらにもう1つ深さがあるっていう。マンガの場合、ぼくはそれをよく感じます。

 

―― 毛塚さんの話を聞いて思ったのが、小説やマンガ、映画でも、「わかりたい」と思うのがいい作品なのかなって。1回ぱーっと読んで、読んだ、読み終わった、じゃなくて、もう1回読んでみたいなと思う感じ。それじゃあ、音楽、いい曲はどうなんだろうっていうのはあるんですけど……。

 

毛塚 う~ん……。その……当時の自分の心境とか時間、時を経て、自分の気持ちもだんだん変わってきて、また別の見方ができるようになるときがあって、自分の時間と一緒に変化していく作品っていうのがあるんですよね。それは想い出ともつながっていったりするので、そういう作品や音楽は、いいと思いますね。

 

―― 自分の時間と一緒に変化していく。それが、いい曲であり、いい作品。あぁ、それ、あるかもしれない。

 

 

★自分が選び取るという体験が、自分の「好き」への自信につながる

 

―― 私が『音盤紀行』を知ったのは……下村さんの本をつくるときに、音楽関係の本をたくさん読んだんですね。新刊書店や古本屋さんで見つけることもあったし、ネットでも検索したり、探したりして、そのなかで『音盤紀行』も知ったんです。タイトルと簡単な内容説明と、あとは表紙の絵に惹かれて購入しました。内容もしみじみといいなぁ~と思ったし、それと本のつくりがとてもきれいでした! 表紙カバーも、レコードの部分がつるつるとした加工を施していたりして、凝ったつくりをしているなぁって……。

 

担当編集 UV厚盛という加工です。『青騎士』はまだ新しい雑誌なので、雑誌もコミックスも、書店の棚のなかでも一番端のほうに置かれることが多いんですね。そういう場所だからこそ、紙や造本、ブックデザインにこだわってつくっていかないとって考えてます。加工も積極的におこないます。

 

―― コミックスというより、書籍のようなつくりになっていますよね。ただ、あの……ネットで単行本を購入したので、最初から単行本で読んでしまったんですけど、本来はマンガ雑誌の『青騎士』で連載があって、何話かたまると単行本になるという、普通の流れですよね。

 

毛塚 そうですね。

 

―― 私、10歳で『りぼん』を読み始めて40歳まで30年間、毎月、マンガ雑誌を買い続けてきた人生だったんです。『りぼん』から始まって、『別マ』『mimi』『LaLa』、そのあとは、少女マンガもオトナになるっていうキャッチコピーで誕生した『コーラス』とか『ヤング・ユー』とか……。レディースコミックじゃなくて、作家さんも歳を重ねていくから、若い頃は主人公が高校生だったのが、歳をとってきたら、主人公も働く女性になっていたりっていう。

 

担当編集 少女マンガ特有の現象ですよね。描き手が成長して、読者も成長して、一緒に成長していくというかたちで、これは少年マンガ、青年マンガよりも少女漫画に顕著な現象です。

 

―― あ、そうなんですね。でも、出産、子育てで、マンガ雑誌を買わなくなって、間が空いてしまったら、マンガ雑誌を買う行為に戻れなくなってしまって、気になるマンガがあると、単行本で買うようになってしまって……。

 

担当編集 いや、それは大泉さんだけのことではなくて、近年は雑誌ではなく単行本のほうが商売の要になる時代になってしまってます。

 

―― 今度、本屋さんに『青騎士』を探しに行きます!

 

担当編集 文化として習慣をつくる。人に習慣になってもらうっていうところが最終的な行動の目標としてありますね。マンガは雑誌を読む習慣、音楽はレコード屋に行く習慣……。

 

毛塚 習慣ってブームの対極にあるものだから。その場の熱量だけじゃなくて、定期的に足を運ぶ、行動するっていう。それができたら、いいなと思いますね。

 

―― さっきも少しお話ししましたが、下村誠の本をお取り扱いいただきたくて、ある中古レコード屋さんに行ったときに目に留まったのがAmerican Flyerのアルバムで、買うときに店長さんに「これは名盤ですよ!」と言われて、すごく嬉しかったですね~。アマ〇ンだったら、American Flyerは薦めてこない、絶対に()

 

毛塚 そういうのは、わかります()

 

担当編集 そういう本をつくろうとしていますよね、我々も。見つけられて、「お!」ってなるやつね。これ、おれが見つけたんだって思ってもらえる本。

 

毛塚 本屋もそうなんですけど、レコード屋も……自分が主体として動いて、作品を見つけられるっていう環境が、ぼくはすごく大事だと思っていて。店からのおすすめ、その店に何度か通っているうちに、だんだん信頼関係っていうのが生まれてくるので、この店がおすすめしているんだったら間違いないな、とか、平積みで置かれていたりとか、そういう中から自分が選び取った、多くの中から選んだっていう行為自体が、その作品に対する思い入れと強くする、ということはあると思うんですよ。たくさんある中から選び取るのって、いろんなものに触れないと、自分が本当に好きと思えるものかっていうことがわからない。失敗しながらでも、ジャケ買いしたら思っていたのと違った、とか、そういうこともありながら、それを自分の経験として積み重ねていくっていうのは、自分の「好き」っていうものに対する自信みたいなものにつながってくるんじゃないかなって思いますね。音楽でも、マンガでも。

 

 

★音楽が聴こえてきそうな店や街並み

 

―― ストーリーもそうなんですけど、誌面を見ると、毛塚さんの限りないレコード愛を感じます。店内のレコード棚に並んでいるアルバムジャケットやポスターが本当に細かい! 見たことないようなジャケットもあれば、これってあのアルバムを参考にしているのかなぁ、と思ったり……。(表紙などカラー面で)アルバムにつけられたラベルの色で、実際にあるアルバムか架空のアルバムかを分けているという記事を読みましたが……。


(『音盤紀行』1巻「追想レコード」で出てくるミヤマレコードの店内の様子。アルバムジャケットがていねいに描かれていて、つい1枚1枚、確かめたくなる)

 

毛塚 そう…ですね(笑)。これは、何かを描くと、「あ、これ、あのジャケだ」って言ってくる音楽マニアが多いから、対策として、架空のものもまぜたんですよ。全部、答え合わせをされるのが恥ずかしいので(笑)、架空のジャケットもまぜて描こうって。

 

―― (笑)。でも、店の中に置かれているレコードジャケット1枚1枚が、とてもていねいに描かれているから、本当にレコード屋さんにいるようです。それと、お話ごとに描かれる街並みも好きです。街の様子やバイクとかの乗り物、昔ながらの、ちょっとひなびた喫茶店とか、片側アーケードの街とかも……。水澤レコードを探しに行く話に片側アーケードが出てくるじゃないですか。片側アーケードのある街並みって、なんか、いいですよね。

 

(向かって右から『音盤紀行』2巻「探訪デイ・トリッパー」より。片側アーケードの街並み/中央『音盤紀行』1巻「追憶レコード」より。背景の道が少しねじれて交差している。こういう道、どこかで歩いたことがあるような、ないような…/左「探訪デイ・トリッパー」より。すべての話にこういう見取り図がついているのも、イメージが広がって楽しい)

 

毛塚 そういうのは、ぼくが実際に行った場所を参考にしています。地方のレコード屋はやっぱりアーケードの中だろうなとか、ひなびた喫茶店があるといいな、とか。ちょっとした日帰り旅行的なおもしろさが描けたらいいなとか、と思って。『音盤紀行』という、せっかくタイトルに「紀行」という言葉が入っているので、旅するおもしろさみたいなものも少しずつ増やしていってます。

 

担当編集 いま描いている3巻は、わりと「旅」がテーマですね。コンセプトアルバム的なつくりかなぁ、っていう感じで。

 

―― お、そうなんですね~、3巻が楽しみです! では最後に、ジャケット画の話を聞かせてください。このWebVANDAでもご紹介させていただいていますが、何枚か、アルバムのジャケット画を描かれていますよね。IKKUBARUさん、秘密のミーニーズさん……。きっかけは何かあったのですか?



IKKUBARU:『Summer Love Story』>レビュー記事
IKKUBARU:『LAGOON』>レビュー記事
IKKUBARU:『DECADE』>レビュー記事
秘密のミーニーズ:『Our new town』>レビュー記事


毛塚 IKKUBARUさんが最初でしたね。ぼくが、当時のtwitterにイラストをアップしていて、それを見たんじゃないかなと思います。IKKUBARUさん側からジャケットを描いてほしいという依頼がきました。最初は2020年の秋頃ですね。秘密のミーニーズさんは、ぼくが昔からファンで。IKKUBARUさんと同じレーベルというご縁もあって、依頼されて描きました。カーネーションさんも、ぼくが昔からファンで、トークイベントをさせてもらったり、いろいろとご縁がありまして。

 

―― ジャケット画を描くというのは、マンガを描くのとは違う緊張感とか、ありますか。

 

毛塚 ジャケット画の場合は、自分の画風というものを期待して、求めてもらっての依頼なので、その音楽を端的に表現できるかという話ですね。そこに関して、ぼくができることって何だろう、と。イラストを描くとき、まずは「場所」から考えることが多いですね。どういう雰囲気の場所か、そのアルバムに収められている音楽が聴こえてくるような場所っていうものを、ジャケットのイメージの最初のアイデアとしてあるかな。それが、ぼくが一番大事にしていることですね。

 

―― その音楽が聴こえてきそうな街の風景、街に流れる音楽……なるほど。

 

毛塚 ぼく自身が昔からレコードジャケットを見てきたなかで、あ、この音楽にはこのジャケットだなって、バシっとハマるものが何枚かあって、そういうものはやっぱりデザインとして優れているので、そういうことを大事にしました。写真とイラストとでは、ジャケットの印象が大きく変わる。ぼくがイラストを描くっていうことは、写真ではなくて、イラストじゃなきゃならないということを意識しましたね。描いているのは架空の場所だけど、どこかにあるような場所を描いているというイメージです。

 

―― IKKUBARUさんのほうには人物が出てきますが、そのあたりは何かイメージがあったんですか。

 


(日本80年代の洋楽や、日本のシティ・ポップなどに影響を受けているというIKKUBARUさん。そのサウンドは軽快でおしゃれな展開、そして、どこかせつなくて優しい音色。ジャケット画をこうして並べてみると、なにか、続いてゆくストーリー性も感じる)


毛塚 IKKUBARUさんの場合は、イラストの依頼として、キャラクターを出してほしいというのがあったので、つながりのなかで全部登場させています。秘密のミーニーズさんは、アルバムのタイトルが『Our new town』で、「街」という言葉が入っているので、街の灯りで、人がいる世界みたいなものを感じ取れればキャラクターは必要ないかなと考えて、こういう絵になりました。

 

(秘密のミーニーズさんのアルバム『Our new town』。よーく目を凝らして見ると、街の要素がていねいに描き込まれていることがわかる。確かにここには住む人がいて、日常がいとなまれていることが伝わってくる)


―― 『音盤紀行』や『音街レコード』での、音楽と楽器、レコードにまつわる人間模様のストーリーと、その幸福な音楽の世界。そして、アルバムジャケットや書籍のカバーのイラストという、マンガとはまた別の表現。これからの活躍も楽しみにしています。長い時間のインタビュー、本当にありがとうございました。

 

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後日談

インタビューから数週間後の4月20日、マンガ雑誌『青騎士』を買った。書店のなかでマンガ雑誌のコーナーに行くのも、買うのも、とても久しぶりだ。 


背表紙の『青騎士』のタイトルまわりのデザインが洒落ているなぁと思いながら表紙をめくって、びっくりした。見返しがある! 見返しというのは、書籍の構造である。目次ページもシンプル。サイズは一般的なマンガ雑誌より小さめ。表紙がペーパーバックというだけで、本体の紙質も厚みがあって、コミックスのようだ。マンガ雑誌でありながら、コミックスでもある。そういう意図もあったのだろうか。いずれにしても、担当編集の方が話されていたように、紙質もブックデザインも、こだわってつくられていることがよくわかる。

私が昔、マンガを、コミックスではなく、マンガ雑誌で読んでいたのは、コミックスとしてまとまって発行されるまで何カ月もかかるのが、待ちきれなかったから。続きが早く読みたい、ファン心理。今回、久しぶりにマンガ雑誌を購入して、眠っていたマンガ雑誌ファン心がウズウズ。もうすぐ、20号の発売日ですね(偶数月20日頃の発売)。マンガ雑誌を毎号買う生活に戻りそうな予感……。


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「いい曲ってなんだろう」という問いかけに、真摯に、いろいろな角度から考えてくださって、いい言葉がいくつも飛び出しました。私の心に一番しっくりきたのは、(最初に聴いたときから)「時を経て、自分の気持ちもだんだん変わってきて、また別の見方ができるようになるときがあって、自分の時間と一緒に変化していく作品っていうのがあるんですよね。それは想い出ともつながっていったりするので、そういう作品や音楽は、いいと思いますね」という話でした。

皆さんは、どの話が気になりましたか。

また、私からの質問や考え、ときに経験などを話しているときに、「うん、うん」とまっすぐにこちらを見て、じっくりと聞いてくださる、その姿がとても印象的でした。お人柄ですね。

人が生きていくとき、音楽は常にそばにありますよね。思い出とセットになっていることも多い。音楽マンガとカテゴリーされる毛塚さんの作品、登場人物の多くは音楽が好きな普通の人です。ミュージシャンや楽器を演奏する人物も出てきますが、それ以外は、なにか音楽的に特別な人というのはあまりいなくて、だから、誰が読んでも、「あぁ、なんか、わかる~」という気持ちになれる。楽しくて、ときどきせつなくて、でもハッピーで、心地よいのだと思います。これからの作品も、楽しみです。

毛塚了一郎ロングインタビュー、5月、6月の2カ月にわたって読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

毛塚了一郎(けづか・りょういちろう)さん  自画像とプロフィール

1990年東京都生まれ。漫画誌『青騎士』創刊号でデビューし、現在も『音盤紀行』連載中。好きなものはレコードとレトロ建築。



大泉洋子プロフィール

フリーのライター・編集者。OLを経て1991年からフリーランス。下北沢や世田谷区のタウン誌、雑誌『アニメージュ』のライター、『特命リサーチ200X』『知ってるつもり?!』などテレビ番組のリサーチャーとして活動後、いったん休業し、2014年からライター・編集。ライター業では『よくわかる多肉植物』『美しすぎるネコ科図鑑』『樹木図鑑』など図鑑系を中心に執筆。編集した主な書籍に『「昭和」のかたりべ 日本再建に励んだ「ものづくり」産業史』『今日、不可能でも 明日可能になる。』など。編著書に『音楽ライター下村誠アンソロジー永遠の無垢』がある。


2024年6月8日土曜日

philia records『6月のフィリアパーティー』

 
 the Sweet Onions(スウィート・オニオンズ)近藤健太郎と高口大輔が主宰するインディーズ・レーベルphilia records(フィリア・レコード)が、今月22日にライヴ・イベントを開催するので紹介したい。
 出演するのは、2022年10月にファースト・フル・アルバム『Nostalgic hour(ノスタルジック・アワー)』をリリースした、シンガー・ソングライターのKARIM。
※弊サイト・インタビュー記事はこちら>KARIMA:『Nostalgic hour』
 
 同じくフィリアのレーベルメイトで、今年2月に女性シンガー・ソングライターの小林しの のセカンド・アルバム『The Wind Carries Scents Of Flowers』やSnow Sheepなどのライヴでギタリストとして参加した、シンガーソングライターのキモトケイスケのソロユニット”コルチャック”。
 またこのアルバムにサウンド・プロデューサーの一人として参加した小野剛志のワンマン·ユニット、alvysinger(アルビーシンガー)。alvysingerのステージには、ネオ・アコースティック・バンド、ザ・ランドリーズ(The Laundries)のヴォーカリスト木村孝之とのユニット、ディオゲネス・クラブ(Diogenes Club)としても曲を披露するとのことだ。

 そしてウスイユウジとウスイトモミを中心に1996年に結成された、ドリームなギターポップ・バンドのred go-cart。現メンバー4人は仙台と東京、三重に点在しながら遠距離で活動を継続しているという稀有な存在なのだ。
 初夏のafternoonを有意義に過ごしたい音楽ファンや弊社読者は、是非足を運んで欲しい。

『6月のフィリアパーティー』 
6/22(Sat)
下北沢mona records OPEN11:30 / START12:00
前売¥3,000 当日¥3,500(共に+1drink)

ACT: 
コルチャック,KARIMA,
red go-cart, alvysinger(diogenes club)

DJ:tarai(hdht!)

予約 下北沢mona records: 

philia records: 


※チケットを予約してくれたお客様
もれなく「フィリアのお土産セット」をプレゼント致します。
内容はレーベルの缶バッジと、philia所属アーティストの蔵出し音源CD‐Rです。


左上から時計回りでコルチャックKARIMA、
alvysinger、red go-cart

※出演者紹介
◎philia records/FLY HIGH RECORDSからCDリリースのKARIMA待望のライブ。
アルバムでサウンドプロデュースを務めた、The Bookmarcs洞澤徹をバンマスに迎えたバンドセットです。
◎同じくphilia recordsから配信リリース、小林しの、Snow Sheepのサポートでも大活躍のキモトケイスケことコルチャック。
◎仙台、東京、三重の遠距離素敵バンド、ドリームポップなred go-cart。
◎北海道からは唯一無二のネオアコユニット、小野剛志によるalvysinger!
The Laundriesの木村孝之もゲスト参加。小野、木村によるdiogenes clubの楽曲も演奏予定。 

(テキスト及び編集:ウチタカヒデ


2024年6月2日日曜日

松尾清憲:『Young and Innocent』


 ソロデビュー40周年を迎えるシンガー・ソングライターの松尾清憲(まつお きよのり)が、12枚目のアルバムとなる『Young and Innocent』(SOLID RECORDS / CDSOL-2028)を6月5日にリリースする。
 前作『ALL THE WORLD IS MADE OF STORIES』から実に6年振りとなる待望の新作で、弊サイトでも高評価しているmicrostarの佐藤清喜をサウンド・プロデューサーに迎え、これまでにない”新たな松尾清憲の音楽フィールド”を感じさせる作品となっている。

 まずは松尾のプロフィールに触れるが、1980年に伝説のバンド、”CINEMA”(シネマ/他のメンバーは鈴木さえ子、一色進など。 プロデュースはムーンライダーズの鈴木慶一)でデビューし、音楽通を唸らせるそのブリティッシュロック系サウンドは話題となる。そしてCINEMA解散後の84年にソロデビュー・シングル「愛しのロージー」(プロデュースはライダーズの白井良明)を発表しCMにも使われスマッシュ・ヒットする。翌年同曲を収録したファースト・ソロアルバム『SIDE EFFECTS~恋の副作用』をリリースし、CINEMA時代以上に音楽ファンに知られる存在となった。
 また87年には『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』の参加や「バカンスはいつも雨(レイン)」のヒットで知られるシンガー・ソングライターの杉真理とのポップス・バンド、“BOX”(他のメンバーは小室和幸、田上正和)、同じく杉と96年に”Piccadilly Circus”(他のメンバーは伊豆田洋之、上田雅利など)を結成してアルバムをリリースしている。昨年2023年にはCINEMA時代から旧知の仲である鈴木慶一とのユニット「鈴木マツヲ」を結成し、『ONE HIT WONDER』(日本コロムビア)をリリースしたばかりである。 
 ソングライターとしてもこれまでに、鈴木雅之のヒット曲「恋人」(1993年)をはじめ、稲垣潤一からおニャン子クラブまで幅広く多くのアーティスト、アイドル達に楽曲を提供している。

   
松尾清憲 - Young and Innocent Teaser

 ここでは松尾にとって記念すべきニューアルバム『Young and Innocent』の全収録曲を、「愛しのロージー」リリースのリアルタイムに予約購入して、お昼の校内放送で紹介した当時十代半ばだった筆者が解説していく。 
 本作収録12曲の内、3曲で作詞の共作者が加わる以外全てのソングライティングは松尾自身が手掛け、全曲のアレンジ、全楽器演奏とプログラミングはサウンド・プロデューサーの佐藤が受け持つというスタイルで制作されている。
 ゲスト・コーラスにはmicrostar佐藤の相方で作詞家としても活躍している飯泉裕子、そして松尾の盟友である杉真理も参加している。
 
 冒頭の「夢見た少年( I Had a Dream )」は、作詞作曲共に松尾によるシャッフル・ビートの軽快な曲で、彼のルーツを紐解く歌詞の世界を美声で聴かせる。ソングライターとしても多くの実績を持つ松尾であるが、やはりボーカリストとして一流であることを再認識させるのだ。サビのコーラスには松尾自身と佐藤も参加している。 
 続く「スパークするぜ」は杉が作詞を手掛け、コーラスにも参加している。先行配信されたこの曲は盟友2人のコラボレーションということで、サウンドにはビートルズ~10㏄やパイロットなど英国ポップからの影響を感じさせて、BOXやPiccadilly Circus時代からのファンは喜ぶであろう。特に松尾のリードボーカルに杉のコーラスが重なる瞬間は堪らない。 

 ストリングスとコーラスのアレンジからソフトロック色が強い「ロング・ロング・ビーチ」は、初期microstarの匂いがしており、佐藤の持ち込んだ要素が色濃い良曲だ。タイトルからイメージ出来るように、ビートルズとビーチボーイズ風のコーラス・パターンがマニア心をくすぐる。

松尾清憲 - ロング・ロング・ビーチ(Music Video)
 
 一転して英仏のミュージックホール・スタイルの曲調とサウンドを持つ「煌めきのアラベスク」は、松尾の引き出しの多さを証明している。往年のポップス・ファンにはABBAの「Money, Money, Money」(1976年)、『ソフトロックA to Z』や弊サイト読者にはEdison Lighthousの「What's Happening(涙のハプニング)」(1971年)をそれぞれイメージさせるだろうが、このシアトリカルな歌詞の世界観は、DEAF SCHOOL(デフ・スクール)ではないだろうか。彼が在籍したCINEMAこそ日本のデフ・スクールだった。ここでもそんな拘りを感じさせて聴き飽きさせない。効果的なコーラスには佐藤と飯泉も参加している。
 ニュージャックスイング系バックトラックの「Night People」は、都会的で洒脱な比喩を持つ歌詞の世界と相まって非常にスタイリッシュなバラードである。それこそ郷ひろみなどベテラン歌謡シンガーに取り上げてもらいたい完成度を誇っている。効果的なアコースティックギターのソロは佐藤のプレイだ。 
 同じ打ち込み系でも80年代英国テクノの匂いがする「BETWEEN ~ 君との間に」は、トニー・マンスフィールドのサウンドを彷彿とさせて懐かしくも新しい。作詞したのは松尾同様ムーンライダーズ・ファミリーのミュージシャンで、ハルメンズのボーカリストとしてメジャーデビューし、その後パール兄弟の活動や作詞家でも成功したサエキけんぞうで、初々しいラヴソングを綴っている。


 本作後半はファンキーなシンセベースが特徴的なグルーヴィーな「Color of Love」から始まる。このサウンドからは意外であるが、作詞は先月古希を迎えたばかりのムーンライダーズの鈴木博文が手掛けている。日本ニューウェイヴ期の吟遊詩人として影響力のある鈴木だけに、描かれる世界観や言葉選びはさすがである。サビでリフレインする特徴的なコーラスは飯泉によるものだ。
 前曲から一転するが、クラシカルで朗々とした松尾の美声を聴けるのが「風のアリア」である。本作中で最も異色かも知れないが、Procol Harum(プロコル・ハルム)など英国ロックの良心を受け継ぐ曲調とサウンドに崇高な気持ちにさせられる。 
 複数のギターがタペストリー(織物)のように絡み合って展開する「ビギナーズ」は、80年代ネオアコースティック・ファンにも堪らないサウンドではないだろうか。この複数のギターなど全ての楽器の演奏とプログラミングを担当した佐藤は、コーラスにも参加して八面六臂の活躍をしている。筆者的にも非常に好みの曲調とサウンドである。

 ハチロクのロッカバラード「恋ゆえに」は比較的ストレートなサウンドだが、こういう装飾の少ない曲こそ松尾の巧みな歌唱力が際立つ。ホーン・アレンジなど全体的な音像は、フィル・スペクターがプロデュースを一部手掛けて途中放棄したジョン・レノンの『Rock 'N' Roll』(1975年)に通じており好きにならずにいられない。 
 次もバラードが続き、「I Want You Back」は4分刻みのピアノを中心にシンプルな編成で、ファースト・ヴァースをはじめ一部のパートはボコーダーを通したボーカルでアクセントを持たせて聴き飽きさせない。特徴あるコード進行から、メロディックなベースラインやファズをかましたエレキギターのリフ、タムのフィルを多用したドラミングなどポール・マッカートニー・イズムを感じさせるので、ポール信者も聴くべき曲だろう。
 そしてラストの「ジュリア」は、4月24日に7インチ・シングルで先行リリースされた、ソロデビュー曲「愛しのロージー」リリース40周年記念に相応しい、完全無欠のパワー・ポップだ。フィレス・サウンドやビートルズからフレンチ・ポップまで多くのアーティスト達の楽曲のエッセンスを摘出していて、ピッツィカートを模したショートディレイで飛ばしたストリングスシンセやカスタネットのフィンガー・ロール、耳に残るエレキギターの対位法のオブリガード等々細部まで聴くほどにその緻密さに感心させられる。コーラスには飯泉も参加し松尾の美声をサポートしている。
 7インチ・リリース元の雷音レコードを主宰しジャケットアートを手掛けたのは、松尾清憲フリークを自認するイラストレーター兼漫画家の本秀康(もと ひでやす)で、本作収録曲からのこの曲をチョイスしたという。ジョージ・ハリスンの熱狂的ファンとして知られ、『レコード・コレクターズ』誌で長年連載を持っていた彼だけにその審美眼は確かである。
  
『ジュリア』(雷音レコード/RHION-36)

 最後に総評として、マスタリングされたばかりのwav音源を4月後半から繰り返し聴いているが、本作『Young and Innocent』は非の打ち所がなく、2024年の邦楽ベスト・アルバム候補であり、松尾清憲のソロ作品としても代表作になったのではないだろうか。なによりこの先も長く長く聴き続けられることを筆者も保証するので、レビューを読んで興味を持った弊サイト読者は是非入手して聴いて欲しい。

(テキスト:ウチタカヒデ