デビュー・シングル『ローマでチャオ/ヘンな女の子』と今年2月にリリースされた『素直な悪女 c/w ラ・ブーム ~だってMY BOOM IS ME~』(VSEP860 /現在廃盤)では、コロンビア人元プロボクサーの父親と日本人の母親の間に生まれたハイティーンのモデル兼女優、タレントのアンジーひよりを迎えて制作していた。この2枚はノスタルジックなキャビンアテンダントのコスチュームを着用した彼女のジャケット・フォト効果もあり、即ソールドアウトしてしまったという超人気盤だった。
そんな前作にも少し触れるが、「素直な悪女」は高浪と飯泉のオリジナル曲で、岡田によるホーン・アレンジにはフランスの巨匠ミッシェル・ルグランの「la pasionaria」(『Le Jazz Grand』収録/1979年)からの影響が強く、ルグランが作編曲した緻密で構造的なスコアを米東海岸のミュージシャンがプレイしたというヨーロピアン・ジャズの匂いがするクールでハードエッジなリズムを持つポップスだ。DJ諸兄はレコードバックに入れておくべき1曲だろう。
カップリングの「ラ・ブーム ~だってMY BOOM IS ME~」は、シンガーソングライターのカジヒデキがブリッジ解散後の1997年にソロでメジャー・デビューしたシングル曲で、渋谷系アーティストとして一般にもその名を知らしめたヒット曲である。セカンド・バースからサビに掛けての広範囲をXTCの「Mayor Of Simpleton」(『Oranges & Lemons』収録/1989年)からの影響を受けていた。ここでのカバー・ヴァージョンは、全編的にディスコ・ビートのダンス・ミュージックにモディファイされており、イントロにはBeckの「The New Pollution」(『Odelay』収録/1997年)のそれを引用していてマニア心をくすぐる。
Wink Music Service / Fantastic Girl - Der Computer Nr.3
2024/4/24 Release
カップリングの「Der Computer Nr.3」は、ユーロ・ガールポップの最高峰とされるフランス・ギャル(France Gall 本名:Isabelle Geneviève Marie Anne Gall)がドイツ語で歌った1968年作のカバーで、ドイツ人作詞家兼プロデューサーのGeorg Buschorと、彼とのコンビで多くのヒット曲を生み出した作曲家のChristian Bruhnのソングライティングによる曲だ。1968年7月4日にドイツのポピュラー・ミュージック・コンクール“Deutscher Schlager-Wettbewerb”で3位を獲得し、同国のポップス・チャートでも最高24位を記録した。歌詞のテーマはコンピューターによる恋人選びで、登録されたデータベースから相性が合う異性を的確に紹介するという点で、現在の婚活サイトの先祖だろう。
それはさておき、肝心のサウンドに触れよう。この曲は一聴すれば陽気なバブルガム・ポップスだが、イントロから重要なエレメントとなるリフで牽引する構造はR&Bがルーツである。ホーランド=ドジャー=ホーランドがモータウン専属だった時代(1961年~1967年)にこのパターンを発明したと言って過言ではないと思うが、彼らは古き良きスイング・ジャズやジャイヴ・ミュージックで演奏されたホーン・セクションのフレーズを、当時エレキギターやエレキベースにアダプトしてポピュラー・ミュージックのエレメントとして昇華させたのだ。弊サイト読者にはお馴染みのトニー・マコウレイが作曲した「Love Grows (Where My Rosemary Goes)」(Edison Lighthouse/1970年)から京平先生作曲の「男の子女の子」(郷ひろみ/1972年)、ニューウェイヴ時代にはXTCのコリン・モールディング作の「Life Begins at the Hop」(1979年)などもこの構造でアレンジされているのが理解出来る筈だ。
ここではオリジナルを踏襲しつつ、よりスムーズなシェイクのリズムを基調とし、肝心のリフはイントロでサリーのベースから奥田のエレキギターが受け継いでオクターブ・ユニオンでプレイしている。原“GEN”秀樹の巧みなドラミングも含め、YMOヴァージョンの「Tighten Up」(1980年/オリジナル:Archie Bell & the Drells/1968年)に通じる洒脱なダンス・ミュージックに仕上げられていて、一流のセンスを感じさせるのだ。このサウンドに高浪にサポートされたオーバンドルフのボーカルが乗ることで新鮮に聴けてしまう。またオリジナルではベルリン訛りが強い独人男性によるブレイクのコンピュータ・ヴォイスの台詞は、オーバンドルフと高浪が独語の呪文のように節をつけ、二人楽しく歌っているのがハートフルでいい感じだ。原曲の良さを継承し、オーバンドルフのキャラクターを活かしたチルドレン・ソフトロック風のガールポップにブラッシュアップされていて、ギャル・ファンの筆者も非常に嬉しいカバー・ヴァージョンである。
※筆者所有フランス・ギャル『Der Computer Nr.3』
オリジナル・ドイツ盤7インチ(Decca / D19935)
今回のWMSに限らず、サリー久保田がプロデュースした企画はその審美眼によるセンスを感じさせるものが多い。昨年12月リリースの”サリー久保田グループ feat. 平山みき”名義では伝説の一流女性歌手に、本作同様にフランス・ギャルの知る人ぞ知るアフロサンバのシングル曲「ZoZoi」(1970年 ※オリジナルでピアノ演奏しているのは後年エリス・レジーナの夫となり音楽面を支えたセザル・カマルゴ・マリアーノだ)や、The Velvet Underground の「I'm Waiting For The Man」(『The Velvet Underground & Nico』収録/1967年)を取り上げて歌唱させるなど、ボーカリストの資質を見抜き、意表を突く絶妙のカバー選曲で音楽通を唸らせてくれたのだ。オリジナルが世界的にヒットしてアドバンテージのある選曲とは一線を画す、彼のような審美眼に裏打ちされたカバー企画は極めて少ないので今後も期待したい。
海外での再評価を背景に現在も続くシティポップ・ブームにおいて、インドネシアで活動するAOR~シティポップ・バンドのイックバル(IKKUBARU)が、デビュー10周年を記念したサード・アルバム『DECADE』(CA VA? RECORDS / HAYABUSA LANDINGS / HYCA-8070)を4月20日にアナログLP盤でリリースする。
本作は“RECORD STORE DAY 2024”のアイテムであり、前アルバル『Chords & Melodies』からは実に4年振りとなる。 2021年08月の『Summer Love Story』、2022年12月の『Lagoon』の各7インチ、昨年7月の8cm CDの『The Man In The Mirror』といったシングルのタイトル曲も含め全10曲を収録している。
これまでの作品同様に全曲がフロントマンのムハンマド・イックバル(Muhammad Iqbal、以降ムハンマド)によるソングライティングで、プロデュースとミックスも彼自身が担当しており、マスタリングはマイクロスター佐藤清喜が担当し、上記で挙げたシングル同様である。そして南国感溢れるジャケット・イラストレーションにも触れるが、KADOKAWA発行の隔月刊漫画誌『青騎士』連載中で単行本化もされた「音盤紀行」が、音楽ファンの間でも知られる、漫画家の毛塚了一郎(けずか・りょういちろう)が本作でも担当している。今年1月に弊サイトで紹介した秘密のミーニーズの『Our new town』のジャケットでも、その緻密で印象に残るイラストレーションを描き下ろしていたので記憶に新しいと思う。
冒頭の「Horizon」とB面2曲目の「Out of Your Love」は、21年6月リリースの『Amusement Park・Expanded Edition』のディスク2に収録されていた既出曲で、尺が異なるので今回のアナログ用にミックスを変えていると思われる。前者はミッドテンポのシャッフルビートのドラムに、太いシンセベースからなるリズムトラックに、ギターのアルペジオが絡む軽快なポップスで、80年代中期のUKシンセポップにも通じるので懐かしむ読者もいるだろう。後者は左右チャンネルのギター・カッティングのイントロが耳に残り、やはりシンベによるグルーヴが曲を支えている。ムハンマドのボーカルに絡むRizkiのコーラスも効果的だ。
A面2曲目の「Sound of Rainfall」は、風通しのいいソウル経由ボサノバのリズムと情熱的な歌詞のコントラストが印象的なラヴソングで、女性シンガーのMirna Nurmalaがバッキング・ボーカルで参加して、ストーリーをうまく演出している。
続く「Catch The Love」はイントロから80年代初期の日本のカシオペアからの影響を一瞬感じさせるが、本編はソウルフルなムハンマドのボーカルをRizkiが高域のコーラスで引き立てた歌ものとして完成度が高い。またゲスト・パーカッショニストのRezki Delian Kautsarによるコンガや、クレジットはないがサックス・ソロ、ムハンマドにプレイと思われるシンセ・ソロなど演奏面でも聴き応えがある。
A面のラスト曲「Summer Love Story」はレビュー前文で紹介した通り、2021年8月に7インチで先行リリースされている。故ジェフ・ポーカロが70年代後半に編み出した”ポーカロ・シャッフル”に影響されたドラミングを持つヴァース、ジェイ・グレイドン風のRizkiによる間奏のギター・ソロなどから、アル・ジャロウの「Breakin' Away」(82年/同名アルバム収録)のオマージュというべき良質なサマーAORなので必聴だ。ゲスト・ミュージシャンとしてトランペットのWisnu Mawl、トロンボーンのAldy Nugraha Noor Maasirが参加している。
Ikkubaru - Summer Love Story (Official Music Video)
B面冒頭の「I Will Be」は、オールド・タイミーなローファイ・ピアノとプログラミングされた簡素なリズムトラックにアコースティック・ギターが絡む、スローなニュージャックスイング系リズムのナンバーで、ここでもソウルフルなムハンマドのボーカルと、それをバックアップするRizkiのコーラスのコンビネーションも良い。