ルー・クリスティがそのキャリアにおいて、MGM RecordsとBuddah Recordsの狭間の短期間所属したColumbia Records時代の未発表音源を多数発掘し、リマスターを施して英Ace Recordsから『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』(CDTOP 1601)のタイトルでコンピレーション・アルバムとしてCD化リリースしたので紹介したい。
ペンシルバニア州グレンウィラード生まれのルー・クリスティ(本名:Luigi Alfredo Giovanni Sacco/1943年2月19日生まれ)はハイスクール時代のヴォーカル・グループ、Lugee & The Lions(ルジー&ザ・ライオンズ)を経て、1961年にニューヨークに出てセッション・ボーカリストとして働きながらチャンスを掴むことになる。62年にクリスティとのソングライター・チームでその後もヒット曲を生み出すトワイラ・ハーバートとの共作オリジナル曲「The Gypsy Cried」(Roulette/R-4457)がそれであり、全米で100万枚以上を売り上げヒットとなった。この曲により4オクターブの音域を持つ歌声でスター・シンガー・ソングライターとなったのだ。
翌63年の「Two Faces Have I」(Roulette/R-4481)もヒットしたが、クリスティが兵役期間に入ったために一時的に低迷するが、除隊した65年にRouletteから大手のMGM Recordsに移籍し、ハーバートとの共作による「Lightnin' Strikes」(MGM/ K13412)を全米ナンバー・ワン・ヒットさせる。
この曲からアレンジャーとして参加したのが、フランキー・ヴァリ配するフォー・シーズンズの多くのシングル曲を手掛け、業界でもヒット・メーカーとして知られていたチャーリー・カレロである。翌66年の「Rhapsody in the Rain」(MGM/K13473)ではプロデュースもカレロが手掛け、フォー・シーズンズ・サウンドを踏襲する音像でヒットさせた。しかし同年の「Painter」(MGM/K13533)、ジャック・ニッチェがアレンジした「If My Car Could Only Talk」(「もし愛車が話せたら」タイトルが酷すぎる MGM/K13576)、再びカレロで「Since I Don't Have You」(MGM/ K13623)をリリースするも大きなヒットには繋がらなかった。
同年クリスティのマネージャーだったスタン・ポーリーはColumbia Recordsへの移籍を計画し(MGM経営陣と関係が良好ではなかったからと推測される)、67年2月16日に正式契約する。翌17日からカレロのプロデュースの下で新曲がレコーディングされた。ここからは「Shake Hands and Walk Away Cryin」など計4枚のシングルがリリースされたが、実際はその3倍以上の曲がレコーディングされていた。
本作ではそんな関係者でさえ耳にすることが出来なかった13曲もの未発表曲が発掘され収録されているのだ。これら67年の音源は、弊誌監修の『ソフトロックAtoZ』シリーズの最終版『SOFT ROCK The Ultimate!』(2002年)でも触れておらず、MGM Records(1965年~1966年)とBuddah Records(1968年~1972年)の狭間の短期間に相当し、クリスティの最大ヒット曲「Lightnin' Strikes」と、The Millenniumの「There Is Nothing More To Say(語りつくして)」(『Begin』収録/1968年)の異歌詞カバー「Canterbury Road」(Buddah/BDA-76)を繋ぐミッシングリンクとして、非常に貴重なものであることは間違いないので、弊サイト読者にも強くお勧めする。
左上から時計回りに「Shake Hands and Walk Away Cryin」
「Self Expression(The Kids on the Street Will Never Give In)」
「I Remember Gina」「Don't Stop Me(Jump Off the Edge of Love)」
では本作『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』の主な収録曲を解説していこう。
冒頭は先に述べた4枚のシングル収録曲のオリジナル・モノ・ヴァージョンで、「Shake Hands and Walk Away Cryin / Escape」(Columbia/4-44062)、「Self Expression(The Kids on the Street Will Never Give In) / Back To The Days Of The Romans」(Columbia/4-44177)、「Gina(I Remember Gina に表記変更される) / Escape」(Columbia/4-44240)、「Don't Stop Me (Jump Off the Edge of Love) / Back To The Days Of The Romans」(Columbia/4-44338)である。
重複収録されたカップリング2曲を含め計6曲で、全米100位圏内のチャート・アクションがあったのは「Shake Hands ・・・」のみだったが、ビーチボーイズの「Good Vibrations」(66年)の影響下にあるパートを挿入してオマージュするなど、カレロによるアレンジングは冴えていた。因みにこの曲のセッションに参加したミュージシャンはライナーノーツによると下記のメンバーである。
Drums : Buddy Saltzman
Bass : Lou Mauro (ブックレット表記のLou Morrowは誤記)
Guitar : Ralph Casale
Piano : Stan Free
Baritone sax : Joe Farrell and George Young
Trombone : Ray DeSio
Trumpet : Bernie Glow and Pat Calello
この時期のカレロが仕切ったセッションの常連ミュージシャン達で、その他のシングル収録曲や未発表曲でも同じメンバーが参加していると考えられる。Stan Freeは他の鍵盤もプレイしている可能性があり、編成によってはギターにCharlie MacyやVinnie Bellも参加しているだろう。因みにトランぺッターのPat Calelloはカレロの実父で、George Youngは後にカレロがプロデュースする山下達郎の『Circus Town』(76年)のNew York Side収録「Windy Lady」でのアルトサックス・ソロ、フランキー・ヴァリの「Native New Yorker」(『Lady Put The Light Out』収録 / 77年)でのテナーサックス・ソロ等多くの名演を残すことになるジャズ系の一流サックス奏者だ。
そしてこのレコーディング・メンバーの中でもドラマーのBuddy Saltzman(バディ・サルツマン)は、当時の東海岸のセッションにおいてファーストコール・ミュージシャンであり、フォー・シーズンズやヴァリのソロ、モンキーズをはじめ多くのヒット曲に参加し、弊サイト読者向けでは、Alzo & Udineの『C'mon And Join Us!』(68年)やMargo Guryanの『Take A Picture』(68年)にも全面的に参加しているので、そのプレイを耳にしているだろう。弊サイト管理人である筆者が選出した、Buddy Saltzmanのベストプレイをサブスクにしたので聴きながら本記事を読んでみるのも一興だろう。
WebVANDA管理人選 Buddy Saltzman BESTPLAY
I remember Gina / Lou Christie
本作のシングル収録曲で筆者が気になったのは、『Smiley Smile』(67年)~『Friends』(68年)期のビーチボーイズを彷彿とさせる、Denny Randell & Sandy Linzer作の「I Remember Gina」のソフトサイケ感覚だ。この曲では作者であるRandell & Linzerもクリスティと一緒にコーラス・パートに参加しているのが、非常に珍しく聴きものである。
また「Shake Hands・・・」と重複でカップリングされた「Escape」は、1950年代ジャズのエッセンスを散りばめてモダンに仕上げた感覚が、40年後のWouter Hamel(ウーター・ヘメル)のファースト(2007年)のサウンドにも影響を与えているかも知れない。
未発表曲は下記の13曲で、前出のシングル曲以上に1967年アメリカのサマー・オブ・ラブという時代背景を反映して、実験性の高い意欲的なサウンドを持つ楽曲も含まれている。
The Greatest Show On Earth
Standing On My Promises
Blue Champagne
Yellow Lights Say
Paper And Paste
You've Changed
Meditation
How Many Days Of Sadness
Tender Loving Care
Gypsy Bells
Rake Up The Leaves
Holding On For Dear Love
I Need Someone (The Painter)
「The Greatest Show On Earth」はLugee & The Lions のメンバーだったクリスティの姉Amy Sacco Pasquarelliと、Linda Jones Honey、Kay Vandervort Schwemmという3名の女性による前衛的なコーラスを配し、変拍子パートを持ったクセになるソフトサイケなノベルティ・ポップで、Saltzmanの巧みなドラミングも聴きものだ。
タイトルからして渋いジャズ・テイストの「Blue Champagne」は、同時期フランキー・ヴァリの最大ヒット曲「Can't Take My Eyes Off You」(67年)をBob Gaudioと共同で手掛けたArtie Schroeckがアレンジし、中音域の柔らかい木管を配してクリスティのレイジーなボーカルを引き立てている。
続く「Yellow Lights Say」は一転して、エレクトリック・ハープシコード(初期クラビネットか?)のリフがリードするアップテンポなシェイクのナンバーで、サイケデリックな転調パートを挟んで進行する。この曲ではクリスティ自身とAmy、Lindaの軽快な三声コーラスが聴ける。
本作ではバカラック&デヴィッド作も取り上げられており、ディオンヌ・ワーウィックの64年のシングル「Reach Out For Me」のカップリングで、翌年彼女の4thアルバム『The Sensitive Sound Of Dionne Warwick』にも収録された「How Many Days Of Sadness」(「何日間の悲しみを」詩的で素晴らしいタイトル)だ。多くのバカラック・ソングによって埋もれていたこの曲を選曲した審美眼と、ダイヤの原石を磨き上げた荘厳美麗なオーケストレーションもカレロならではである。
またコーラス・パートでひと際存在感を放つLindaは、クリスティのペンシルバニア時代からの音楽仲間で、3人組ガールズ・グループThe Tammysのメンバーだった。The Tammysはクリスティのバック・コーラスを務めつつ、「Egyptian Shumba」(64年)をローカル・ヒットさせるが、この曲は後の70年代にイギリスでノーザン・ソウルとして発掘され現在でもDJ達に注目されている。
本作のタイトルになっている「Gypsy Bells」は、クリスティのファルセットを活かしたヴァースから転調していくソフトサイケなポップだ。この曲はベーシック・トラックと歌入れのレコーディング後に、複数のギターやハープシコード、ハープ、ヴィブラフォン、金物パーカッションをオーバーダビングしているので、当初アレンジからモディファイしていったサウンドなのだろう。サビでリフレインするAmyとLinda、Kayによるコーラスの和声もサイケデリックな雰囲気を演出している。
「Holding On For Dear Love」は、コニー・フランシスの「Vacation」(62年)の作曲をはじめ60年代に多くの名曲を残したソングライターであるGary Knight(Temkin)と作詞家Francine Neimanの作品で、クリスティがレコーディングした翌年にピッツバーグ出身の無名バンド、The Music Combinationがシングル「Crystal」のカップリングで発表している。マイナー・キーのヴァースからメジャー・キーのサビに転回していくドラマティックなポップスで、ここでもSaltzmanらしき巧みなドラミングと、Amy、Linda、Kayのコーラス隊がクリスティのボーカルを盛り上げている。
未発表曲ラストの「I Need Someone (The Painter)」は、69年12月の2週に渡り全米ナンバー・ワン・ヒットしたSteamの「Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye」の作曲で知られるソングライターのPaul Lekaと作詞家のShelley Pinzによるソフトサイケ・ポップで、Vinnie Bellのプレイと思われるエレクトリック・シタールをフューチャーしている。
Lekaといえば、弊サイト読者にはThe Lemon Pipersの諸作やThe Peppermint Rainbowの『Will You Be Staying After Sunday』(69年)などのプロデュースやアレンジ、ソングライティングで知られたソフトロック紳士録に登録される巨匠だが、この曲はThe Lemon Pipersも翌68年にファースト・アルバム『Jungle Marmalade』(68年)で取り上げ、また無名のサイケ・プログレッシブロック・バンドThe Music Asylumも同年にシングルとしてリリースしている。やはりLeka がThe Lemon Pipers に提供し、68年2月に全米ナンバー・ワン・ヒットさせる「Green Tambourine」も同様だが、当時のアメリカ社会の空気に呼応したサウンドなのだろう。
本作後半には、シングル収録曲の内「Don't Stop Me (Jump Off The Edge Of Love)」を除く5曲のステレオ・ミックス・ヴァージョンが収録されている。この内「Shake Hands・・・」、「Self Expression・・・」、「Back To The Days・・・」の3曲は、1988年にRhino Recordsからリリースされたクリスティのベスト・コンピ・アルバム『EnLightnin'ment : The Best Of Lou Christie』収録時にステレオ・ミックスされたものだ。残りの「Escape」と「I Remember Gina」は本作のために、当時の8トラックのマルチテープ!から新たにステレオ・ミックスされたということだ。特に前者はalternate vocalヴァージョンなので、モノ・ヴァージョンのトラックとは異なり尺も5秒ほど長く、聴き比べるのも面白いだろう。
蛇足だが筆者は、Rhinoの『EnLightnin'ment・・・』で初めてクリスティの楽曲群に出会い、現在も大事に所有しているCDアルバムだ。一部の中古盤相場では高騰しているらしいが、本作 『Gypsy Bells - Columbia Recordings 1967』もプレス数が限られるようなので、筆者の解説を読んで興味を持ったら早期に入手し聴いて欲しい。
(テキスト:ウチタカヒデ)
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