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2024年1月28日日曜日

Ian Stewartについて

 The Rolling Stonesのファンからは "Stu(スチュ) "としてよく知られているであろうIan Stewartというピアニスト。以前の記事で書いたDownliners Sectの1stアルバム、『The Sect』でもセッションピアニストとして参加していると言われていて、(Ian Stewart ではなくJohn Paul Jones、もしくはBrian Jonesという説もある。) 私はここから初めてその名前を知り、しばらくThe Rolling Stones結成時のメンバーだったと知らなかった。

 One Ogly Child / Downliners Sect

 彼はスコットランドの出身だけれど、1962年、化学会社の事務員としてロンドンで勤務していた。本業とは別にジャズクラブでブギウギピアノを弾いたりもしていて、ある日ジャズ・ニュース誌の、R&Bバンドへの参加者募集の広告に応募する。その広告主だったBrian Jonesと出会い、その後Mick Jagger、Keith Richards、Bill Wyman、Charlie Wattsが加わりThe Rolling Stonesが結成されたそうだ。

 ところがレコードデビューよりも前に、マネージャーだったAndrew Loog OldhamがIan Stewartをメンバーから外してしまう。彼の容姿がThe Rolling Stonesのアウトローなイメージに合わないことや、メンバーが6人もいるバンドは顔を覚えてもらえないとの考えからだった。許されたのは、ツアーやレコーディングにはセッションミュージシャンとして参加し、ロードマネージャーとして関わっていくことだった。そんな不当な扱いにも関わらず、彼はその立場を受け入れたという。Ian Stewartという人物の懐の深さを想像すると同時に、バラードやマイナーキーの曲など、弾きたくないものは頑なに断ったという彼のスタンスを考えると、結果的に正式メンバーではない自由な立場も悪くなかったのかもしれないとも思った。Ian Stewartが断った曲は別のセッションピアニストNicky Hopkinsが補い、その後もBilly Preston やChuck Leavellなど、複数のピアニストが参加している。

 正式メンバーではなくなったものの、その後20年以上The Rolling Stonesと共に活動したIan Stewartのピアノやオルガンなどの演奏は

「You Can Make It If You Try」(1964 年『The Rolling Stones収録』)

「Let It Bleed」(1969 年『Let It Bleed』収録)

「Brown Sugar」、「Dead Flowers」(1971年『Sticky Fingers』収録)

「It's Only Rock 'n Roll (But I Like It)」

 (1974年『It's Only Rock 'n' Roll』収録)

「Honky Tonk Women」

 (1970 年『Get Yer Ya-Ya's Out! The Rolling Stones in Concert』収録)

その他、彼らのアルバムの中で多数聴くことができる。

 Mick JaggerやKeith Richardsよりも5歳年上で、ドラッグに手を出さずゴルフや古い蒸気機関車が趣味だったような彼は、グループの調和を保つ役割でもあり、メンバーからは大きな信頼を寄せられていたそう。

 The Rolling Stonesが所有していた移動式のスタジオ "モービルユニット" の管理も行っていたIan Stewartは、このスタジオを他の様々なミュージシャンに貸し出していたのでそれらの録音に参加することもあった。特に有名なのはLed Zeppelin が1971年にリリースした「Led Zeppelin IV」収録の「Rock And Roll」への参加。その後もLed Zeppelinとは交流が深かったようで1975年のアルバム『Physical Graffiti』では「Boogie with Stu」という曲も収録されている。

 他の有名な共演として、The Rolling Stones にも大きな影響を与えたシカゴ・ブルースの巨匠Howlin' Wolfとのセッションがある。チェス・レコードのプロデューサーNorman DayronがEric Claptonに話を持ちかけたことで1970年、Howlin' Wolf、Hubert Sumlinとイギリスのミュージシャン達とのセッションが実現した。ロンドンのオリンピック・サウンド・スタジオで行われ、Eric Clapton、Steve Winwoodなどと共にBill Wyman やCharlie Watts 、Ian Stewartも参加している。この録音は『The London Howlin Wolf Sessions』として1971年にリリースされた。

 彼が共演したミュージシャン、参加した作品はその他数多くあるけれど1981年にリーダー作となるアルバムを残している。1979年から、Ian StewartはRocket 88というプロジェクトグループの中心となって活動していた。メンバーは流動的だったようで数多くのミュージシャンがこのプロジェクトに参加している。唯一公式公開されたのがドイツ、ハノーバーのRotation Clubで録音された1981年リリースのライブ盤 『Rocket88』で、この時のメンバーは

Alexis Korner(ギター・ボーカル)

Jack Bruce(ベース・ボーカル)

Charlie Watts(ドラム)

Ian Stewart(ピアノ)

Bob Hall(ピアノ)

George Green(ピアノ)

Hal 'cornbread' Singer(テナーサックス)

Don Weller(テナーサックス)

John Picard(トロンボーン)

Colin Smith(トランペット)

Ian Stewart自身の演奏は「Swindon Swing」の1曲のみで、プロデュースがメインになっている。

Swindon SwingRocket88

  1962年にIan StewartとBrian Jonesが出会った時、Wynonie Harrisのような音楽を期待していたIan Stewartに対して、Brian Jonesが考えていたのはSlim Harpo、 Jimmy Reed、Muddy Watersのような音楽だった。ピアノやテナーサックスが活躍するスタイルではなく少しがっかりしたそうで、『Rocket88』は、長年彼が実現したかったことを追求した作品のようだ。"Rocket88" という名前はIan Stewartが敬愛するPete JohnsonのRocket88 Boogieという曲に由来。The Rolling Stones加入前グラフィックデザイナーだったCharlie Wattsがジャケットデザインを手がけている。

Rocket88』(Atlantic – SD 19293)

 1985年、The Rolling Stonesはアルバム『Dirty Work』を制作していた。Ian Stewartもこれに参加していたのだけれど、呼吸器の問題を抱え始め、症状を見てもらう為にこの年の12月診療所を訪れていた。ところがその待合室で心臓発作を起こし47歳の若さで亡くなった。翌年の1986年にリリースされた『Dirty Work』にはIan Stewartへの追悼として、彼が弾くブルースのスタンダード「Key to the Highway」の30秒程の演奏がシークレットトラックとして収められた。

 時が経った2011年、Ian Stewartから多大な影響を受けたイギリスのピアニストBen Watersは『Boogie 4 Stu』というトリビュートアルバムをリリースした。ハイライトとされるBob Dylanのカバー曲 「Watchin’ The River」など、このアルバムにはThe Rolling StonesのメンバーやIan Stewartを愛する多くのミュージシャンが参加した。ラストの「Bring It On Home」(Sam Cookeのカバー曲)は1984年のモントルー・ジャズ・フェスティバルでのRocket88の未発表ライブ音源で、生前のIan Stewart本人の演奏を聴くことができる。


参考・参照サイト:

https://timeisonourside.com/chron1962.html

https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/music/features/ian-stewart-the-sixth-rolling-stone-2236089.html

https://web.archive.org/web/20080222190116/http://www.out-take.co.uk/ot/ray_connelly.php

https://web.archive.org/web/20130203015627/http://www.beggarsbanquetonline.com/decades.htm

https://iorr.org/talk/read.php?1,1396603

 https://www.scotsman.com/whats-on/arts-and-entertainment/rolling-stones-pay-tribute-to-forgotten-scots-bandmate-ian-stewart-1435783

 https://ianstewartsixthstone.blogspot.com/

 https://www.irocku.com/history-lesson-the-rolling-stones-piano-players/

 https://www.timeisonourside.com/SOWatchingThe.html


執筆者・西岡利恵

60年代中期ウエストコーストロックバンドThe Pen Friend Clubにてベースを担当。


【リリース】
8thアルバム『The Pen Friend Club』をCD、アナログLP、配信にて発売中。

【ライブ】
・2024/1/28 (土)​
      東京タワー・Club333
・2024/3/17 (日・昼)​
      高円寺JIROKICHI
・5月5日(日・昼)
  御茶ノ水・KAKADO
・6月29日(土)
  栃木・岩下の新生姜ミュージアム
・7月13日(土)
​  神戸・Wメリケン波止場




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2024年1月14日日曜日

秘密のミーニーズ:『Our new town』


  “令和のはちみつぱい”と称される西海岸フォーク・ロック・バンドの“秘密のミーニーズ”が、2021年のセカンド・ミニアルバム『down in the valley』以来約3年半ぶりとなる、フルアルバム『Our new town』(NARISU COMPACT DISC/HAYABUSA LANDINGS / HYCA-8066)を1月24日にリリースする。
 ファースト・フルアルバム『It's no secret』(2017年)や前作『down in the valley』が、音楽通に高い評価を得ているだけに、この新作にも期待が高まるばかりだ。

 先ず彼らのプロフィールに触れるが、2011年3月リーダーでメイン・ソングライター、各種ギター兼ボーカルの渡辺たもつを中心に結成し、翌年ボーカル兼アコースティック・ギターの菅野みち子が加入する等メンバー変遷を経て、2018年より現在のバンド編成になった。60~70年代の西海岸ロックに影響されており、特にクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングやザ・バーズを彷彿とさせる複合コーラスを活かしたフォークロック・サウンドを持ち味としたバンドである。
 これまでに2枚のミニアルバムとフルアルバムは『It's no secret』、ファースト・ミニアルバム『おはなフェスタ』(2014年)にデモ音源や未発表音源、ライヴ音源をボーナス・トラックとして追加し14曲を収録した拡張盤『おはなフェスタ~past masters~』を2018年にリリースしている。
                  

 現メンバーは渡辺の他に、ベースの相本廉、リード及びスライド・ギターの青木利文、ドラム、パーカッションの高橋U太、そしてメインボーカルだった菅野みち子が2021年5月で音楽活動を休止したため、本作ではオリジナル・メンバーだったボーカル兼コーラスの淡路遼が6年振りに復帰した。更にサポート・女性ボーカルとしてmayugen(マユゲン)を加え、男女混成3声コーラスを復活させている。
 また本作では現ムーンライダーズで、ジャック達のオリジナル・ドラマー、セッション・ドラマーとしてはあがた森魚を皮切りに、大江千里、堂本剛等々多くの著名シンガーのサポート実績があり、音楽プロデューサーやレコーディング・エンジニア、マスタリング・エンジニアとしても活躍している夏秋文尚(なつあき ふみひさ)をプロデューサー、エンジニアとして迎えており、その存在は極めて大きい。それにゲスト・キーボーディストとして、ソロプロジェクトbirchや多くのセッションで知られる松野寛広も参加している。
 ジャケット・イラストにも触れるが、KADOKAWA発行の隔月刊漫画誌『青騎士』に「音盤紀行」を連載中で単行本化もしている漫画家の毛塚了一郎(けずか・りょういちろう)が、本作のために描き下ろしのイラストを提供しており、以前弊サイトでも紹介したIKKUBARU(イックバル)の7インチ・シングル『Summer Love Story』『LAGOON / THE FOUR SEASONS』のジャケットも手掛けていたので、記憶に新しいと思う。

 
秘密のミーニーズ『Our new town』トレーラー 

 ここでは筆者による全曲レビューと、バンドを代表してリーダーの渡辺が曲作りやレコーディング中のイメージ作りで聴いていたプレイリストを紹介する。
 冒頭の「イディオムズ」は、渡辺のソングライティングによるブルース系シャフル・ビートと仏教用語に通じる四文字熟語を持つ歌詞が特徴的で、センターの12弦アコースティック・ギターのカッティングに右チャンネルの青木のリード・ギターのリフや松野によるフェンダー・ローズのフレーズが有機的に絡んでいく。
 渡辺のリード・ボーカルに重ねられた淡路とmayugenのコーラスのヴォイシングもこの曲のムードをよく形成していて耳に残る。本作の導入曲として相応しいと言える。
 続く「午前0時2分」も渡辺作だが、一転してメジャー・キーでニュー・ソウル系の跳ねる3連リズムが心地良く、高橋と相本によるリズム隊の安定したコンビネーションを聴ける。リード・ボーカルは淡路が取っており、渡辺とmayugenがコーラスをつけている。比較的ストレートと思われるこの曲も一筋縄ではいかず、最終サビ以降の後半パートでは、スティーリー・ダンの「King Of The World」(『Countdown To Ecstasy』収録 1973年)のそれを彷彿とさせるジャズ・ロック的インター・プレーに転回して、スティーリー・マニアの筆者は好きにならずにいられない。この曲では渡辺がエレキ・シタール、プロデューサーの夏秋がボンゴやタンバリン、トライアングルなどパーカッションをプレイしている。 

秘密のミーニーズ「午前0時2分」MV

 カントリー系のロッカ・バラードである「さよならジンジャー」も渡辺のソングライティングで、ここでは前曲同様に淡路のボーカルに渡辺とmayugenがコーラスをつけて美しいハーモニーを形成している。このハーモニーに呼応する松野によるハモンド・オルガンのプレイも出色である。
 本アルバム中最も問題作は10分を超える尺の「雲の影」だろう。同名の『雲の影(Obscured By Clouds)』は1972年のピンク・フロイドのアルバムとしてプログレッシブ・ロックのファンに広く知られるが、渡辺のソングライティングによるオリジナル曲でこれまでにもライヴで演奏しているらしい。イントロからフロイド等を意識したプログレ・サウンドであり、淡路のリード・ボーカルには深いリバーブを効かせて、いきなりスタイルがパラダイムシフトしたかのようだ。右チャンネルではデイヴィッド・ギルモアが多用したユニバイブをかましたギターを渡辺が弾き、センターからやや左に青木のリード・ギターが位置して巧みなソロを披露しているが、『Red』(1974年)期キング・クリムゾンのロバート・フリップを彷彿とさせるフレーズやギター・ノイズも聴けて溜まらない。ためを効かせて空間を演出する高橋のドラミング、ブルースとバロックを行き来する松野のハモンド・オルガン等も含め、従来のミーニーズ・サウンドとは異なるので、ファンにとっては賛否が分かれるだろうが筆者は非常に好みである。                 


 本作中唯一mayugenがリード・ボーカルを取る「春は間近」は渡辺作で、フォーク・ロック調のサウンドだがポップスとしても完成度が高い。間奏後のパートでは渡辺と淡路がソフトロック的複雑なコーラスをつけ、松野と夏秋はメロトロンとグロッケンをプレイし、ソフトサイケな雰囲気を演出している。
 続く「さすらい人」は淡路のソングライティングとリード・ボーカルで、渡辺とは作風が異なる、不器用な男心を綴った歌詞が印象的だ。
 松野によるニッキー・ホプキンス風のピアノ・ソロに青木のアーシーなギター・リフが絡む間奏も非常に良い。
 カントリー・フォークの「ひとみしり」は渡辺が作曲し、元東京パピーズで現在男女ユニットar syura(アルシュラ)を組んでいる酒井陽久が作詞している。70年代のカントリー系フォーク・シーンに通じる大らかでポジティブな歌詞がサウンドにもマッチしており、淡路のボーカルに渡辺とmayugenがコーラスをつけ、この世界感を広げている。また青木のラップ・スティール・ギターと渡辺のバンジョー、松野のアコーディオンのプレイも聴きものである。
 ラストの「シングルマン・ワウワウ・フリースキャット」は渡辺の一人多重録音によるインストルメンタルで、タイトル通りエフェクティブ加工したコーラスとスキャットにギターのボディを叩いたパーカッションが入る小曲だ。 

 最後に本作の総評として、これまでのミーニーズ・サウンドの主軸だった西海岸フォーク・ロックに留まらず、ブルースやニュー・ソウル、カントリー、そして英国プログレッシブ・ロックの要素までも内包したバンドのミュージシャンシップと、プロデューサーの夏秋文尚の力を得て結晶した彼らの最新の姿を捉えたアルバムと感じた。
 筆者のレビューを読んで興味を持った読者は是非入手して聴いて欲しい。

秘密のミーニーズ『Our new town』レビュー
・プレイリスト サブスク
                    
◎秘密のミーニーズ・渡辺たもつ 
アルバム制作前後で、自分の中の「デヴィッド・クロスビーからの影響」を再認識し、彼のソロアルバムを過去〜現代まで遡って深掘りしてた時間が長かったですね。その結果がアルバムのトラック(特にNo.1,4)にも色濃く反映されている様な気がします。その他、各アルバム収録曲の直接のリファレンスとなった曲を、それぞれ挙げました。
※ボーナストラックの選曲はオリジナルではなくリイシュー盤リリース年を記載。

■Laughing / David Crosby
(『If You Could Only Remember My Name』1971年)
■I Think I / David Crosby(『For Free』2021年) 
■Triad / The Byrds 
 (『The Notorious Byrd Brothers(Reissue Edition)』1997年)
■Mercy Mercy Me / Marvin Gaye(『What’s Going On』1971年) 
■Dear Landlord / Bob Dylan(『John Wesley Harding』年) 
■大寒町 / あがた森魚(『噫無情(レ・ミゼラブル)』1974年) 
■Bird Song(live at Capitol Theatre) / Grateful Dead
  (『Workingmans Dead(50th Anniversary Deluxe Edition)』2020年) 
■Any Colour You Like / Pink Floyd(『The Dark Side Of The Moon』1973年)
■Heard It In A Love Song / The Marshall Tucker Band 
(『Carolina Dreams』1977年) 
■Another Sunny Day / Belle & Sebastian(『The Life Pursuit』2006年)
■Before The Deluge / Jackson Browne(『Late For The Sky』1974年) 
■New Kid In Town / Eagles(『Hotel California』1976年)
■Sugar Babe / The Youngbloods(『Earth Music』1967年)
■Christian Life / The Byrds(『Sweetheart Of The Rodeo』1968年)
■Wild Honey Pie / The Beatles(『The Beatles』1968年)
               


【イベント情報】
★秘密のミーニーズ「Our new town」ワンマンショー★
日時:2024.2.25(日)
開場:11:30  開演:ST12:00
会場:渋谷7th FLOOR

出演:秘密のミーニーズ
ゲスト:松野寛広(Keyboard, from夢見る港、birch)

前売料金2500円 / 当日料金2800円(+1ドリンク注文要)

来場者限定特典:メンバーによる当日限定
『Our new town』プロダクションノートを配布予定



(テキスト:ウチタカヒデ





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2024年1月10日水曜日

The Pen Friend Club:『Darlin' / 土曜日の恋人』


 昨年4月に新たなボーカリストNiina(にいな)を迎えたThe Pen Friend Club(ザ・ペンフレンドクラブ/以下ペンクラ)が、新体制での初音源として7インチ・アナログのシングル『Darlin'/土曜日の恋人』(Penpal Records/JET SET / JS7S391)を1月17日にリリースする。 
 彼らのファンならご存知の通り、両面共にカバー曲としてこれまでのアルバムで取り上げており、「Darlin'」はファースト・アルバム『Sound Of The Pen Friend Club』(2014年)、「土曜日の恋人」はサード・アルバム『Season Of The Pen Friend Club』(2016年)に収録されていた。今回の7インチ化に際し、プロデューサーでリーダーの平川雄一の拘りにより新たにオケとボーカル・トラックの全てをリレコーディングして生まれ変わったので、このシングルを入手して聴く価値があると言える。 
 新ボーカリストNiinaについては、昨年3月に弊サイトでおこなった独占インタビューを再読していただくとして、ここでは筆者による両曲の解説をおおくりする。

Darlin’ (試聴版)/ The Pen Friend Club

 ご存知の通り、「Darlin'」はビーチボーイズの1967年12月のシングル曲でブライアン・ウィルソンによる作曲、マイク・ラヴが作詞しており、リード・ボーカルはカール・ウィルソンが担当している。同日にリリースされた13thアルバム『Wild Honey』のB面1曲目に収録されていた。弊サイト及び『ソフトロックA to Z』愛読者には、Tony Macaulay(トニー・マコーレー)がプロデュースし、シラ・ブラックの諸作で知れれるニッキー・ウェルッシュがアレンジしたペーパー・ドールズの『Paper Dolls House』(1968年)収録ヴァージョンが知られる。 
 そして日本国内では、山下達郎が1984年に米日合同製作ドキュメンタリー映画のサウンドトラック・アルバム『BIG WAVE』でカバーして収録されたことで知られるようになるが、同アルバムの山下自身のライナー・ノーツによると、シュガー・ベイブ時代のステージから既に披露していたということだ。またこの『BIG WAVE』ヴァージョンでは、「Darlin'」のプロトタイプとして知られる、Sharon Marie(シャロン・マリー)の「Thinkin' 'Bout You Baby」(1963年/画像参照)のサビのコーラス部がオマージュされている。同曲はマイクのガールフレンドだったSharonに提供され、1964年に「The Story Of My Life」のカップリングとしてブライアンのプロデュースでリリースされている。その後1972年にはブライアンの初婚相手マリリン・ロヴェルと姉ダイアンによるガール・デュオSpring(米国外はAmerican Spring表記)の唯一のアルバム『Spring(1972年/画像参照)のA面2曲目でリアレンジして取り上げているので、ブライアンにとっても思い入れがある曲なのだろう。 

Thinkin' 'Bout You Baby / Sharon Marie
(Capitol US 5195)

Spring / Spring(UAS-5571)

 今回ペンクラでリレコしたヴァージョンは、ファースト収録のスタジオ版初演と基本アレンジは同じだが、ドラマーがテクニックのある祥雲貴行に代わったことやレコーディングの音質が向上されたことで、洗練さと奥行きのあるリズムトラックに仕上がっている。それによりイギリス出身であるNiinaのネイティブな英語発音と発声のボーカルが引き立っており、完成度が増しているのが理解できる。また藤本有華がボーカリスト時のライヴ・アルバム『IN CONCERT』(2020年)収録ヴァージョンでも聴けるが、セカンド・コーラスからヴァースに付加されるコーラス・アレンジもオリジナルやファースト収録にはないパートなので新鮮だ。オマージュ元はジョージ・ハリスンの「My Sweet Lord」(1970年)の“Hallelujah”のコーラス(「He's So Fine」(1963年)のそれとは異なる)ではないだろうか。このパートに限らず、曲全体にNiina、平川、リカ、そいによる美しいコーラス・ワークが施され、ペンクラらしさを象徴している。
 更に弊サイトの上級読者を刺激するポイントとして、ビーチボーイズの『Live at Knebworth 1980』(2002年)収録ヴァージョンでのアドリブがNiinaによって再現されていることを挙げておく。このKnebworthのステージではオリジナルよりアップテンポで演奏されており、エキサイトしたリード・ボーカルのカールが後半1分58秒で “I keep thinkin' 'bout my darlin'!”(僕はダーリンのことを考え続けている!)とアドリブで歌う一節があり、今回のカバーで再現されている。こんな演出を考えつく平川のマニア心に感心してしまう。

Darlin'(Live at Knebworth 1980)/ The Beach Boys 


 カップリングの『土曜日の恋人』は1985年11月にリリースされた山下達郎のシングルで、翌年4月の8thアルバム『POCKET MUSIC』に収録された。
 弊サイト読者ならご存知のように、イントロ・パートでオマージュされているゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズの「We'll Work It Out」(1965年)をはじめ、同じく「Count Me In」(1965年)やボビー・ヴィーの「The Night Has A Thousand Eyes」(1962年)等々スナッフ・ギャレットがソングライティングやプロデュースした60年代ポップスの煌めきに満ちた名曲なのだ。昭和世代には『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系列・毎週土曜日20:00~)のエンディング・テーマ(同曲オンエア期間:1985年10月~1986年9月)として知られる。 

土曜日の恋人(Live at 大阪・雲州堂 2023.10)/The Pen Friend Club

 ペンクラのリレコ・ヴァージョンは「Darlin'」同様に基本アレンジと尺はほぼ同じだが、間奏が現在休団中の大谷英紗子のテナーサックス・ソロに変わったことが大きい。『IN CONCERT』でもそのプレイが聴けるが、サード収録ヴァージョンでは山下のオリジナルや「We'll Work It Out」のイントロ(同曲間奏はレオン・ラッセルのピアノ)を踏襲して口笛(Whistle)だったので、中低域が豊かなサウンドになった。またオリジナルのドラマーである青山純のプレイ同様に、祥雲もハル・ブレインを意識したフィルを繰り出していてマニアは溜まらない。そして弊サイトの連載コラムでお馴染みの西岡利恵の的確なベース・プレイや、この曲の重要な肝である中川ユミのグロッケンも聴き逃せないのだが、コーダのフェイドアウト間際にゲイリー・ルイスの「Count Me In」のイントロ部の旋律を奏でているのに気付いたのは筆者だけだろうか?(笑)

 とにかく両曲共に新体制ペンクラの魅力と多幸感に溢れたカバー・7インチであり、このレビューを読んで興味を持った読者は、下記ショップ・リンクから予約入手して是非聴いて欲しい。

JET SET RECORD & CD ONLINE SHOP:https://www.jetsetrecords.net/i/816006240069/ 


 【イベント情報】
1月28日(日) 
東京タワー:Club333
『Live At Tokyo Tower』

The Pen Friend Club
Megumi(前The Pen Friend Clubボーカリスト)

開場17:00 開演18:00 


(テキスト:ウチタカヒデ
 貴重盤画像提供:Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper