2023年12月10日日曜日

なんちゃらアイドル:『Sentimental Jukebox』


 御茶海(みさみ)マミと、あおはるによる2人組アイドル・グループ、なんちゃらアイドルが初のカバー・アルバム『Sentimental Jukebox』(NARISU COMPACT DISC/HAYABUSA LANDINGS / HYCA-8062)を12月13日にリリースする。
 
 個性派が多い地下アイドル界にあって、彼女たちはデビュー当初から「曲と性格は良いアイドル」をモットーにしており、彼女達を支えるスタッフも音楽通の人材がバックアップしている。その裏付けとしてシングルやステージではカーネーションやムーンライダーズなど、一般のアイドルは取り上げることは無いであろう往年の拘り派バンドの曲をカバーしているのだ。
 また幣サイトで評価しているRYUTistへの楽曲提供で知られる鬼才シンガー・ソングライターの柴田聡子の作品も取り上げていることから、アイドル業界の中でも唯一無二の存在と言えるだろう。
 
左からあおはる、御茶海マミ
(撮影:畔柳純子)

 なんちゃらアイドルは、2014年もにライブハウス新宿JAMの定期開催されていたアンダーグラウンド・イベント“なんちゃらキカク”をきっかけにして結成された。メンバーの卒業などを経て、現在は御茶海マミとあおはるの2人組として活動している。これまでに11枚のシングルCDと2枚の7インチ・シングル、そして2020年にファースト・アルバム『さよならOdyssey』、2022年にはセカンドの『Life Goes On』をリリースしており、現在もヒットし続けているのだという。
 また2021年には唯一のアルバム『MOTION PICTURE』(81年)を鈴木慶一氏がプロデュースし、松尾清憲や鈴木さえ子も所属した伝説のブリティッシュ・サウンド系バンドの”シネマ”の一色進と松田信男とのコラボレーション・アルバム『M.A.M.I.』(なんちゃらアイドルloves一色進&松田信男の名義)も話題となった。更に今年の10月18日には、伝説のメロコア・ロックバンド”SUPER STUPID”の中心メンバー兼ギタリストの大高ジャッキーとのコラボレーション・アルバム『Silver METAL Love Song, Baby』をリリースしたばかりで、その縦横矛盾なフットワークの軽さには脱帽させられるばかりだ。またメンバーの御茶海マミも1stシングル『芸術偶像mode』をリリースしてソロでも活動の幅を広げている。

(撮影:畔柳純子)

 さて本作『Sentimental Jukebox』だが、古今の邦楽ポップス、ロック曲13曲を収録したカバー・アルバムで、先ずその選曲のセンスや突飛な折衷感覚に唸ってしまった。カバーの原曲絡みのスペシャル・ゲストとして、シンガー・ソングライターの鈴木祥子とムーンライダーズの鈴木博文が参加している。サウンド・プロデューサーは『Life Goes On』でメイン・ソングライターだった、ロックバンドのスキップカウズの遠藤肇が手掛けており、エレキ・ギターやエレキ・ベースの演奏、プログラミングのバックトラック制作からエンジニアリングまで、全曲ほぼ彼のワンマン・レコーディングでおこなわれた。マスタリングは幣サイトで紹介した作品ではお馴染みのマイクロスター佐藤清喜が担当している。
 なお本作からは11月29日に先行として、PUFFYの31枚目のヒット・シングル「SWEET DROPS」(2011年)を8cmCD(短冊CD)でなんちゃらアイドル loves 鈴木祥子名義でリリースしている。この原曲のソングライティングを手掛けたのは鈴木だが、カップリングにもその鈴木の「恋のショットガン(懲りないふたり)」を取り上げるという温故知新なオマージュ振りが嬉しい。しかも鈴木本人が両曲にドラムとコーラスで全面参加しているというから、双方のファンにとっては、少し早いクリスマス・プレゼントになったのではないだろうか。

『SWEET DROPS』/なんちゃらアイドル loves 鈴木祥子

『SentimentalJukebox』アルバムトレーラー 

 ここからは先行シングル2曲をはじめ、筆者が気になる幣サイト読者にお薦めの収録曲を解説していく。 
 冒頭の「運命の人」は、スピッツの1997年17thシングルとして発表され、翌年リリースされた8thアルバム『フェイクファー』にはキーを下げてリレコした別ヴァージョンが収録された。オリジナルはアコースティックギターの刻みに複数のエレキ・ギターがダビングされ、アレンジと演奏に参加した当時カーネーションの棚谷祐一によるキーボードやサンプラーのドラム・ループが活躍する、ブリット・ポップからミクスチャー・ロックに移行していく時期のサウンドだった。ここではテンポアップしたアコースティック・スイングとモータウン(H=D=H)の三連ビートが融合した小気味いいリズムがシンプルな編成で演奏され、原曲が持つ美しいメロディーラインがビビッドに浮き上がる風通しの良いサウンドになっている。若々しい彼女達の歌声も相まって青春ポップスとして評価したい。

 前出の鈴木祥子作の「SWEET DROPS」は、PUFFYのオリジナルからロック好きには知られたオマージュが施されており、ヴァース(Aメロ)はThe Clashの「I Fought the Law」(1979年/オリジナルはクリケッツの1959年作)、ブリッジ(Bメロ)ではCaptain And Tennilleの「Love Will Keep Us Together(愛ある限り)」(1975年/オリジナルはニール・セダカの1973年作)、そしてサビはBay City Rollersの「Saturday Night」(1974年)のそれと、凝った構成が素晴らしかった。鈴木本人も参加した本作のカバーでは、更にイントロにThe Knack の「My Sharona」(1979年)のギター・リフを引用しており、PUFFYのオリジナルを超えるメタ・オマージュ・ポップになった。この曲のカバーから彼女達も地下アイドル界のPUFFYと呼ばれる存在になるかも知れない。

左からあおはる、 鈴木祥子、御茶海マミ
(撮影:畔柳純子)

 続く「恋のショットガン(懲りないふたり)」も鈴木作で彼女の8thアルバム『Candy Apple Red』(1997年)に収録されており、なぜシングルカットされなかったのか?と思えるほど原曲から詞曲共に完成度が高いラヴソングだった。
 26年の時を超えてここでは、10㏄の「The Things We Do For Love(愛ゆえに)」(1976年)に通じるイントロ、オブリで入るビートルズ風のコーラスやメロトロン系のキーボードなど、更に磨きをかけた仕上がりになっている。
 “ピンクのセルロイドでできた 色水入りのshotgun”というサビのパンチラインの世界観をうまく救い上げた遠藤肇のいい仕事であろう。ビートルズ、キンクスから10cc、パイロットのファンは聴くべき曲であり、筆者もファースト・インプレッションでベストトラックとして挙げたい。

 そして触れなければならない曲として、ムーンライダーズの「ボクハナク」のカバーも解説する。80年代ライダーズを愛聴していた筆者が最高作として挙げる『Don't Trust Over Thirty』(1986年)のB面にひっそり収録されたこの曲は、ソングライティングとリード・ヴォーカルを担当した鈴木博文の美学が詰まった、とっておきの曲ではないだろうか。ファンによるライダーズ・ベストテンでランクインすることはないが、この選曲センスには驚喜してしまった。
 本作のカバーでは、「川のむこうに今 燃えつきた空がおちる」の歌詞からイメージさせる、フィールド・レコーディングで録った二人のアカペラから始まる。八刻みのシンセサイザー・ベースとシンプルなドラムのプログラミングされたオケに、間奏でのハードなリード・ギターやラウドなドラムのインタープレイ、エンディングのリヴァース・コーラス、ホーミーを模したトークボックスなど、オリジナルのアレンジを現代的に解釈したサウンドに、作者である博文氏のヴォーカルやコーラスもダビングされるという贅沢なカバー・ヴァージョンとなっている。なんちゃらの二人による淡々とした歌唱も、このオタクのための失恋ソングの世界観を助長して半泣きしてしまうだろう。 

 最後に本作の総評として、ジャケット・ショットのカラオケ・シーンで安易なカバー集と誤解を受ける音楽ファンもいるかも知れないが、そんな先入観は捨てて欲しい。筆者が解説でピックアップした曲を筆頭に、オリジナルに対する溢れる愛と比類なき拘りがないと、このようなカバー・アルバムは生まれないからだ。
 興味を持った読者は是非入手して聴いて欲しい。

(テキスト:ウチタカヒデ

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