昨年3月のセカンド『Rain or Shine』(VSCF-1778)は、ファーストの『PASTORAL』(VSCD-3197/2017年)以上に音楽通のシティポップ・ファンの間で話題となり、今年5月には同アルバムのリリース・ライブの実況録音『Live in Tokyo 2022』を自主制作盤としてリリースしたのも記憶に新しい。
前2作のオリジナル・アルバムが鬼才シンガー・ソングライターの関美彦によるプロデュースだったのに対し、本作は幣サイトでもお馴染みのThe Bookmarcsのメンバーで、作編曲家の洞澤徹が手掛けている。2021年10月に配信リリースしたシングル「Never Can Say Goodbye」以来のタッグが、フルアルバムとして結晶したことは非常に喜ばしい。
前文の通り本作『TOKYO magic』は、洞澤が作編曲とプロデュース、演奏面でも全てのギターとプログラミングをしていることで、サウンド・プロダクション的にはThe Bookmarcs(以降ブクマ)のそれに通じている。今回のレコーディングに参加したドラムの足立浩とベースの北村規夫をはじめ、サックスの伊勢賢治も2021年の最近作『BOOKMARC SEASON』でプレイしている。またセカンドの『BOOKMARC MELODY』(2018年)に参加したハープ奏者の池田桂子、洞澤がブクマ以前に組んでいた男女ユニットmanamanaやサポートしていたdahlia時代から共演しているフルート奏者の吉田一夫がそれぞれ1曲に参加している。そしてゲスト・コーラスとして、ブクマのヴォーカルである近藤健太郎が1曲参加しているのも注目したい。
レコーディングとミックスは洞澤がホーム・スタジオでおこない、マスタリングは多くの作品も手掛け実績のあるマイクロスター佐藤清喜が担当している。ひと際印象に残るアルバム・ジャケットのアート・ディレクションはインタビューでも触れているが、青野自身が手掛けており、ポートレート撮影は星野泰晴によるものだ。
ここでは筆者による全収録曲の詳細な解説、また本作の曲作りやレコーディングについて青野におこなったテキスト・インタビューと、ソングライティングやレコーディング期間中にイメージ作りで聴いていたプレイリストをお送りするので、聴きながら読んで欲しい。
青野りえ『TOKYO magic』全曲試聴トレイラー
では収録曲の解説をしていこう。冒頭の「TOKYO スクランブル」は、9月5日に先行配信リリースされたリード曲で、モジュレーションが変化していくシンセサイザー・パッドが印象的なハッシュ系のダンス・ミュージックだ。足立の生ドラムとシンセ・ベースのコンビネーションが肉感的で、青野としては新たな一面を見せたグルーヴで新鮮に聴けるだろう。またアルバム・コンセプトである“ファンタジックなTOKYO(東京)”をイメージした歌詞の世界観がうまく表現されていて、韻を踏んだサビの歌声のリフレインが耳から離れない。
続く「Sync of Stars」は、足立と北村のリズム隊とプログラミングされたパーカッションのポリリズムに洞澤のギター・カッティングが絡んでいく、疾走感のあるシティポップで、松任谷由実のツアー・メンバーを長年務める伊勢の一級のアルトサックス・ソロに魅了される。また全般で青野自身によるシルキーな多重コーラスもクールな歌詞を演出していて完成度が高い。
軽快な等身大のラヴソングである「ジンライムの恋人」は、ウォーターフロントのバーでデートする若いカップルの姿を描いている。サウンド的にはフェンダー・ローズ系エレピの散りばめ方、クリシェで下降するヴィブラフォンのオブリガードなどよく練られている。
一転してカーティス・メイフィールドなどの70年代ニューソウルの匂いがする「Night and Day」は、青野としては新境地だろう。洞澤による複数の巧みなアコースティック・ギターから構築された上層部と、アフロ・ファンクなリズム隊の土台が独特のグルーヴを生んでいる。この様にサウンドが一変しても安定した世界観を作っている青野の表現力はやはりプロフェッショナルと呼ぶしかない。
前曲のインパクトから振り子が戻されるような、静かなラヴソング「Sailing」はこの普遍さが聴く度に心に染みてくる名曲である。王道のコード進行と言えるが、洞澤のアレンジ・センスで聴き飽きない。『elfin』(1987年)から『retour』(1990年)までの主に佐藤準がアレンジを手掛けた、今井美樹のアルバムを愛聴するファンは聴くべき曲である。
未発表収録曲の内、筆者がファースト・インプレッションでベストトラックに挙げたのが「ムーンライト・カクテル」だ。シカゴソウル系のリズム・パターンに、ホーン・シンセや青野自身によるコーラスが効果的に被さっていくサウンドが心地良い。ブクマでは「Let Me Love You」(『BOOKMARC MUSIC』収録/2017年)のサウンドに通じるが、よりリズミックになってシンコペーションの輪郭が浮かび上がっている。
ブリッジの歌詞「摩天楼の先まで 三つ数えて・・・」(これは1コーラス目)での巧みなテンポ感やアクセント、サビの表現力などシンガーとして青野の魅力が堪能できるのだ。
吉田のフルートが効果的な「Eyes」は、「Night and Day」同様ニューソウル・ルーツのサウンドで、カーティスよろしくワウワウをかました洞澤のギター・カッティングや、池田のハープを含む緊張感のあるストリングス・アレンジなど、この曲も青野としては新境地ではないだろうか。サウンドに呼応するミステリアスな歌詞にも非凡な才能を感じさせる。
再びライトメロウな「ビタースウィート・アワー」は、ブクマ名義で発表しても不思議ではない曲調とサウンドであり、それもその筈で近藤がコーラスで参加している。詳細はインタビューでも触れているので読んでほしい。洞澤のギターについては、デイヴィッド・T・ウォーカーを意識した多彩なプレイが繰り広げられ、不毛の愛を綴った歌詞の世界を演出している。
青野りえ「Never Can Say Goodbye」MV
そして本アルバム制作のきっかけとなった、青野と洞澤の2021年の初コラボレーション曲「Never Can Say Goodbye」が、このポジションに収録されているのはよく計算されている。配信リリース当時、事前にプレスキットを聴かせてもらった際、唐突なドラムフィルのイントロから「Never can say goodbye(さよならなんて、言えないわ)」のサビのコーラスという、完璧でドラマチックなスタートに初見でノックアウトしてしまった。
ヴァースのグルーヴは当時筆者も聴き込んでいたベニー・シングスの「Music」(2021年)に通じていて、Real Thingの「Rainin' Through My Sunshine」(1978年)や山下達郎の「あまく危険な香り」(1985年)を愛する音楽通も許容するであろうクール・サウンドで、悪い訳が無いという感想だった。とにかく理屈抜きに大好きな曲なので7インチ化して欲しい、いやして下さい!
ラストの「夢のほとり」は、洞澤による複数のアコースティック・ギターのみをバックにした、東京の夜の情景を綴った詩情溢れるバラードだ。音数が少ないバッキングなので、青野の表現力がより聴ける、本作のアンコールとして相応しい曲なのである。
これまでより多くのリスナーに聴いてもらえる作品が作れた~
●本作は前作『Rain or Shine』からのリリース・ペースが約1年半ということで、『PASTORAL』からのインターバルと比べれば、かなり縮まりましたね。
やはり『Rain or Shine』と同作のリリース・ライブが高評価にされたことで、創作意欲が高まったということでしょうか?
◎青野:まず『Rain or Shine』の前に「Never Can Say Goodbye」の配信リリースがありました。時期的に、アルバムの先行配信みたいなタイミングだったので、関さんから「Never Can Say Goodbye」も『Rain or Shine』に収録したほうがよいのでは、という話も出たんですけど、私としては、関さんの作品と洞澤さんの作品はきちんと分けてパッケージしたい思いがあったので、敢えて入れませんでした。
そして「Never Can Say Goodbye」を収録するための洞澤さん作品は別で作ります!というのは2022年3月の時点で公言していましたので、あまり時間を空けずに作らなければいけないという使命感みたいなものがあったと思います。
●「Never Can Say Goodbye」は配信リリースのみのシングルながら、当時から注目されて今でも聴き続かれている名曲ですからね。関さんと洞澤さんの作品はきちんと分けてパッケージしたいという、アルバム=トータリティな作品集にしたいという拘りに、青野さんの美意識を感じます。
お二人のソングライティングとサウンド・アプローチの違いをどのように捉えていますか?
◎青野:関さんの音楽は、世界観みたいなものがはっきり決まっていてブレないので、どんなアプローチをしても最終的にセンスの良い関さんの作品になります。なので音楽に関して私は口を出すことなく、安心して全てお任せしていました。
洞澤さんは作・編曲家としての幅が広いので、ジャンルや方向性についてはある程度話し合って相談しながら作品をまとめていくような感覚がありました。私の要望にも応えてくださったり、私がこれまで歌ったことのないジャンルを試してくださったりしたことで、シンガーとして幅広い表現ができました。
洞澤さんの曲はとにかくメロディが美しくてキャッチーなので、これまでより多くのリスナーに聴いてもらえる作品が作れたと思います。
●本作の曲作りとレコーディングに入った時期を教えて下さい。またプロデューサーが関美彦さんからThe Bookmarcsの洞澤さんに変わったことで、曲作りやレコーディングの方法や進め方も異なっていると思いますが、直ぐに慣れましたか?
◎青野:最初に洞澤さんと打ち合わせしたのが2022年10月。最初の曲のデモが届いたのが年末で、そこから少し間が空いて、本格的に制作モードになったのは2023年7月です。
そこから締め切りの8月末まで、2ヶ月くらいの間のラストスパートがなかなかハードでした。この2ヶ月で9曲の歌詞を絞り出すように書きました。
洞澤さんとの制作では、途中のアレンジで曲の印象が変化していくので、最初のデモから完成形を想像するのが初めは難しくて、初期段階で歌詞をうまく書けなくてとても焦りましたね。
●スタートから少しブランクがあってリリースのスケジュール・プランが固まって、スパートをかけるという感じですね。曲先ということで、デモはM1、M2、M3・・・という風に渡されると思いますが、今回短い期間で歌詞作りは大変だったと思います。イメージ作りでインスパイアされたものは何かありましたか?
また『Rain or Shine』リリース時のインタビューで、関さんの場合、弾き語りのボイスメモを基に彼がサジェスチョンしながらセッション・メンバーとヘッドアレンジしてレコーディングしていく方法でしたが、本作での洞澤さんとの場合は具体的にどうでしたか?
◎青野:作詞のお手本は昔から変わらずユーミンと大貫妙子さんです。私はヴォイストレーナーの仕事もしているんですが、生徒さんがレッスンで歌う曲から最近のJ-POPを知る機会が多いので、自然と最近のものからも影響を受けていると思います。
例えば、藤井風さんの歌詞の自由な作風はとても良いなと思います。
今回のアルバムのテーマはTOKYOなので、久しぶりに東京タワーの展望台に上って東京の夜景をじっくり眺めたり、隅田川沿いを散歩したりしました。歌詞のヒントも見つかりましたし、「TOKYO スクランブル」のジャケット用の写真も撮れました。
洞澤さんとの制作は、まず洞澤さんからシンプルなアレンジのデモが送られてきて、それに私が仮詞と仮歌を録音して洞澤さんに返します。洞澤さんはそれを元にさらにアレンジを膨らませてゆき、仕上げていく感じです。
関さんのプロジェクトでは参加メンバーと一緒にアレンジが作られていきますが、洞澤さんは基本的に1人で最後まで仕上げるタイプで、必要な部分だけミュージシャンの方に演奏をお願いされています。
●レコーディング中の特筆すべきエピソードをお聞かせ下さい。
プロデューサーの洞澤さんをはじめ、レコーディング・セッションに参加したミュージシャンの方々の
印象についてもお願いします。
◎青野:今回はスケジュールがタイトだったこともあり、楽器のレコーディングには私はなかなか顔を出せなくて、リズム隊のお二人のレコーディングに1時間ほど立ち会ったのみです。
足立さんと北村さんはThe Bookmarcsのライブでも何度かご一緒していて、洞澤さん含め、皆さん和やかでほっこり安心できるお人柄だと思います。フルートの吉田一夫さんとは昔同じバンドでボッサやショーロを演奏していたこともあるのですが、今回はお会いできませんでした。サックスの伊勢賢治さんもリモート録音でした。
今回はとにかく私の歌詞が書けなくて制作も遅れ気味だったのですが、洞澤さんは穏やかに待っていてくださったので、ほんとうに寛大な方だなあとつくづく、感謝しています。(泣)
●レコーディングのメンバーは、やはりThe Bookmarcsのセッションのレギュラーが多いですね。それと7曲目の「Eyes」で印象的なフルートをプレイしているのは吉田一夫さんでしたか。彼はsaigenjiやチェロ奏者の徳澤青弦らとbastante(バスタンチ)というブラジリアン・フュージョン・バンドを組んでいた2000年に知り合いました。青野さんは吉田さんとバンド組んでいた時期があるんですね!業界は狭いです(笑)。
続く「ビタースウィート・アワー」ではThe Bookmarcsの近藤健太郎君のコーラスが聴こえますが、「君の気配」でデュエットした以来で、彼の参加も嬉しいですね。
◎青野:近藤さんには是非コーラスで参加してもらいましょうね、と打ち合わせの時から洞澤さんと話していました。
近藤さんに歌っていただいた部分は、「ビタースウィート・アワー」の中でも重要な部分です。
一節だけですけど、近藤さんの声は存在感があって、とても素敵に仕上がりました。コーラスは男性の声が入ると低音の厚みが出るので、他の部分も近藤さんに歌ってもらいたかったです。
そんなファンタジックなTOKYOをテーマにアルバムをつくりました~
●青野さんのアルバムはジャケット・デザインにも定評がありますが、本作のデザイン・コンセプトについてお聞かせ下さい。
◎青野:『TOKYO magic』のテーマは「外側からみた東京」なんですけど、このコンセプトで思い出したのがスティーリー・ダンの『Aja』のジャケットです。
『Aja』は音楽的にも最高ですけれども、ジャケットも大好きで、日本人の山口沙夜子さんがモデルをされていますよね。暗闇に女性の横顔と着物の袖がほんのりと浮かび上がっている、黒と赤と白のコントラストが目を引く作品です。’70年代にこの素敵なジャケットを見て、海外のリスナーはきっと日本について素敵な想像をしたんじゃないかなと思います。
『TOKYO magic』ではこの世界観を現代風にアレンジしてデザインしました。あくまで世界観の、思想的なオマージュなので、パロディではないです。フォントや構図にもかなりこだわって時間をかけて作りました。ジャケットもぜひチェックしていただけると嬉しいです。
●スティーリー・ダンのアルバムを10代後半から愛聴している私も、『Aja』はジャケット・デザインを含め比類なき完成度だと思います。
このジャケットをオマージュされた青野さんの細部にわたる拘りに敬服します。媒体ごとに発色が異なるとのことで、使用するデータを分けていらっしゃるとか?
◎青野:ジャケット等のデータはWEB用(RGB)と印刷用(CMYK)でカラーモードを使い分けるのが基本なのですが、今回の『TOKYO magic』のジャケットは特に、RGBとCMYKで色の違いが大きく出てしまい、印象がかなり変わってしまうので、各媒体の方には使い分けをお願いしています。
●ソングライティングやレコーディング期間中、イメージ作りで聴いていた曲をプロデューサーの洞澤さんと10曲ほど挙げて下さい。
青野りえ
・夏に恋する女たち / 大貫妙子(『SIGNIFIE』1983年)
・Aja / Steely Dan(『Aja』1977年)
・Photograph / Astrud Gilberto(『The Astrud Gilberto Album』1965年)
・Night And Day / Everything But The Girl
(『Essence & Rare 82-92』1992年)
・帰ろう / 藤井風(『HELP EVER HURT NEVER』2020年)
洞澤徹
・Infinity girl / Stereolab
(『Cobra & Phases Group Play Voltage in Milky Night』1999年)
・When I’m in Your Arms / Creo Sol(『Rose in the Dark』2020年)
・悲しいほどお天気 / 松任谷由美 (『悲しいほどお天気』1979年)
・Pastoral / 青野りえ (『Pastoral』2017年)
・昨日からの会釈 / 伊藤美奈子(『TENDERLY』1982年)
●リリースに合わせたライブの予定が判明していればお知らせ下さい。
◎青野:『TOKYO magic』発売を記念してワンマンライブを行います。
今回のアルバムのプロデューサー洞澤徹さん、極上のリズム隊・伊賀航さんと北山ゆう子さん、The Bookmarcsのサポートでもお馴染みのジャズピアニスト佐藤真也さんという、新鮮なメンバー構成での特別なライブです!
▪️2023年11月23日(祝・木)
【青野りえ『TOKYO magic』発売記念ワンマンライブ】
【会場】渋谷7th Floor(セブンスフロア)
東京都渋谷区円山町2-3 O-WESTビル7F
TEL 03-3462-4466
【時間】OPEN 18:30 / START 19:00
【料金】予約¥3,500 (+1drink)/当日¥4,000 (+1drink)
【ご予約フォーム】https://forms.gle/nAnPRJoKXxDWExRq7
【出演】
青野りえ(Vo.)
洞澤徹(G.)
伊賀航(B.)
北山ゆう子(Dr.)
佐藤真也(Pf.)
●では最後に本作『TOKYO magic』のアピールをお願いします。
◎青野:ここ数年盛り上がりを見せているシティポップですが、
海外の人達がシティポップを聴きながら想像する東京はどんな街だろう、と、
ふと思うことがあります。
きっとそれは、どこか幻想のフィルターがかかっていて、実際とは少し違う街。そんなファンタジックなTOKYOをテーマにアルバムをつくりました。
洞澤徹さんの美しいメロディと音楽愛がたっぷり詰まったアレンジとともに、TOKYOの魔法をお楽しみください!
【青野りえのサインCD屋さん】https://aonorie.booth.pm/items/5125059
※先行ご予約特典付、サインあり/無しを選べます。
(インタビュー設問作成、本編テキスト:ウチタカヒデ)
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