2023年11月12日日曜日

Ellie:『90s Baby』(Happiness Records/ HRBR-029)


 ラヴ・タンバリンズ(Love Tambourines)として、1993年にシングル「Cherish Our Love」でデビューして30年。ヴォーカリストのEllie(エリ)がフォース・アルバム『90s Baby』を11月15日にリリースする。
  前作『NEO BITCHIZM(ネオ ビッチズム)』(HRBR-019)から3年、同作プロデューサーの SWING-O を再び迎え、音楽活動30周年となるアルバムをクラウドファンディングによるプロジェクトで制作された本作は、彼女にとって記念碑的作品であり原点回帰とも呼べる内容になった。 

  Ellie 名義では96年のファースト『Bitch In Zion』を皮切りに、2018年『Stay Gold』、前作『NEO BITCHIZM』と寡作であるが、eli名義の『Rita』(2007年)を含めると、本作でソロ・アルバムを5作品発表している。何より彼女をアイドル視しているタレントの千秋など芸能界にまで熱烈なファンがいることでその影響力は計り知れるだろう。
 彼女が所属したラヴ・タンバリンズは1991年に結成され、93年にDJ兼クラブイベント・オーガナイザーの瀧見憲司氏が主宰するCrue-L Recordsからシングル「Cherish Our Love」でデビューした。94年のシングル「Midnight Parade」のヒットで人気に火が付き、翌95年のファースト・アルバム『Alive』が異例の10万枚以上のセールスを記録する。残念なことに同年末にはメンバーの音楽的方向性の違いにより、僅か4年間の活動で解散したことで、その存在は伝説化した。


 本作に話を戻すが、前作同様プロデュースと全てのアレンジはキーボーディストのSWING-Oで、本作では9曲中5曲の作曲をEllieと共作している。現在FLYING KIDS のメンバーだが、これまでにKyoto Jazz Massive、CHARA、KREVA等への楽曲提供やプロデュース、ツアー・キーボーディストとしての実績があり、参加作品は150作を超えた気鋭のキーボーディストなのだ。またレコーディングに参加したサポート・ミュージシャンも前作から継続メンバーが多く、ベーシストのSUNAPANNGこと砂山淳一とドラマーの久保正彦、ギタリストの伊原“anikki"広志、パーカッションの米元美彦。またラヴ・タンバリンズ時代からのサポート・メンバーで、真心ブラザーズ、奥田民生などのセッションにも参加しているトランペッター兼パーカッショニストの西岡ヒデロー、アコースティック・ギタリストでせどこうじが新たに参加している。因みに伊原は1曲、せどは3曲の作曲をEllieと共作し本作に貢献している。
 エンジニアリングとミックス、マスタリングは、初期ラヴ・タンバリンズのパーカッショニストで、流線形のサブメンバーでもある平野栄二が前作同様に担当しており、彼が主宰するスタジオ・ハピネスでレコーディングされている。

 ここでは筆者による全収録曲の詳細な解説をお送りする。
 冒頭の「キミに夢中」は10月18日に先行配信されたシングルで、レゲエのリズムで歌われるピースフルなラヴソングだ。以前よりEllieが支援している南相馬と杉並のトモダチプロジェクトの関係者、クラウドファンディングの応募で集まった一般参加者ら大人数によるコーラスとハンドクラップは壮観である。
 何より共作者であるSWING-Oのオルガンを中心とした、リズム・セクションの大らかなグルーヴの気持ちよさに尽きる。本格的なトーキング・スタイルのEllieによるコーラスも聴き逃せない。

 
Ellie - キミに夢中(Official Music Video) 

  続く「Hey Mr.DJ」は、SWING-Oとの共作による硬質なディスコ・ファンクで、歌詞のテーマも東京のナイトクラビングがベースになっている。やはりこの手のサウンドでは、SUNAPANNGのベースと久保のドラムのプレイが前面に出ており、伊原の16ビートのカッティングも加味して疾走感がたまらない。SWING-Oによるトークボックス、70年代後半のディスコ・ムーブメントで多用されたコーラス・スタイルなどマニア心をくすぐる。
 一転して西岡によるトランペット・ソロのイントロから始まる「Talk 2 Me」は、メッセージ性のあるスケールの大きいソウル・ナンバーで、Ellieのネイティブ・スピーカー並みの英語歌詞のヴォーカルやコーラスの表現力が聴きものだ。作曲にはせどが加わっている。 

Midnight Parade
Love Tambourines

 プレスキット入手後、ファースト・インプレッションで真っ先に惹かれたのが4曲目の「Longtime Woman」だ。前作でリメイクされたラヴ・タンバリンズ時代の傑作「Midnight Parade」を彷彿とさせる、ミッドテンポのブルース・ファンクで、レニー・クラヴィッツの『Are You Gonna Go My Way』(1993年)を愛聴していた筆者には直撃であった。共作者の伊原によるハードなリード・ギターを相手にEllieのシャウトが炸裂し、ホーン・アレンジのヴォイシングのセンスなど含めサウンド全体が一級品であり、ライヴで聴きたい曲の最有力候補ではないだろうか。
 前曲からクールダウンさせる「Get Emotional」と、続く「Feeling Better」は全てのキーボードとプログラミングを共作者のSWING-Oが担当しており、両曲とも90年代初期のスイング・ビートをルーツとするR&Bだ。前者はエレガントなデジタル・シンセのピアノのコード・ワーク、テンションで鳴っているリード・シンセとシンコペートするストリングス・シンセのコントラストが効果的で、後者はよりドープなリズムトラックにラテンなエッセンスをアクセントにしている。いずれも少ない音数のサウンド空間で、Ellieの巧みなヴォーカルとコーラスを引き立てている。

 本作収録曲中やや異色かも知れないが、フィラデルフィア・ソウル風のオールド・スクールなコーラス・ワークから始まる「マスク越しのキス」は愛すべきスウィートなラヴソングである。共作者のSWING-Oによりプログラミングされたヒップホップ・ライクなドラムトラックに、SUNAPANNGによる重低音響くウッドベースのコンビネーションが意外にもマッチしている。コロナ禍の恋愛事情をテーマにした、Ellieによる歌詞のセンスもチャーミングで素晴らしい。
 初期のリンダ・ルイスや『Perfect Angel』(1974年)の頃のミニー・リパートンを彷彿とさせる、フェンダー・ローズ系エレピとアコースティック・ギター、パーカッションだけの編成の「おなかすいた」も埋もれてならない隠れた名曲だ。Ellieとバンド・メンバーによる無垢なコーラスや歌詞に「Try a little tenderness」と、オーティスの名曲の一節が不意に出てきてハッとさせられた。アコギを担当したせどとの共作である。
 ラストの「Very Special Day」は、再びアコギのせどとの共作で、SWING-OのエレピにSUNAPANNGと久保のリズム隊がバックアップした、ラヴ・タンバリンズ時代の「Marry Me Baby」にも通じる風通しの良いフリーソウル系ラヴソングだ。普遍的でナチュラルな歌詞も相まって、若いリスナーにもアピールするだろう。EllieのヴォーカルにSWING-Oがコーラスをつけている。

 総評として全曲のアレンジを手掛けたプロデューサー、SWING-Oの豊富なアイディアと、レコーディングに参加した全てのミュージシャン達の活躍により、前作以上にバラエティーな楽曲構成となり、各時代のEllieファンにアピール出来る全天候型なソロ・アルバムになったと言える。
 レビューを読んで興味を持った音楽ファンは、是非入手して聴いてみてほしい。

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