2023年10月31日火曜日
生活の設計:『キャロライン / むかしの魔法』(DesignforLiving Records / SKSK002)
2023年10月21日土曜日
Let's Have A Luau!
Luauの数々(Candix-X-Ariola 筆者蔵)
Hawii州Maui島を先日山火事が襲った、現在も復興中であり1日も早い復興を祈念する。Maui島には偶然Kokomoという地名があるが、The Beach Boysのヒット曲で脚光を浴びた当地はカリブ海に比定されている。Hawaii繋がりで言えば、The Beach Boysの記念すべきデビュー盤(1961年Candix 331)のB面「Luau」がある。後年「Pet Sounds」製作時にメンバーがあしげく通ったレストランもThe Luauだ、インスト曲「Pet Sounds」の南国風味はこれらの影響か?
Luauとは何か?Hawaii旅行の経験があればLuau showなどの名前で催されるディナーショーなどでLuauの名を耳にしているだろう。現代のLuauは、Hawaiiの観光業において重要な位置を占めており、観光客にとってHawaii文化を体験する素晴らしい機会となっている。
Luauはそもそも、Hawaii文化における重要な伝統的な祝祭の一つであって、彼の地の歴史や文化を祝うために何世紀にもわたりさまざまな目的で開催された。出生、結婚、戦勝などの重要な生活の出来事を記念するためと同時に、宗教的な儀式や酋長や高位の人物を称えるためにも使用された。
数百年前に遡る伝統で、古代のLuauは「ʻahaʻaina」とも呼ばれた。"aha" は「集まり」を意味し、「aina」は「食事」を意味する。一般的に、通常のLuauよりも各式のあるもので、伝統と儀礼に焦点を絞ったイベントであった。この名称は、タロイモの葉とココナッツミルクで調理された伝統的な地元の料理にちなんで名付けられた。Luauは広範な準備を必要とした、準備には数日から数週間かかることがあり、参加者は食べ物を集め、料理を用意し、儀式のための建造物を建て、装飾を楽しんだ。Luauはしばしば宗教儀礼で始まり、神々への食物の捧げ物やチャントや祈りで客人をもてなした。古代のLuauは単なる食事だけでなく、コミュニティが一堂に会してその機会の喜びを共有した、それは「ohana」(家族)と「hō'ike」(共有)の感覚を強化することとなる。
近世Hawaii王家は従来の閉鎖的な慣習から無礼講を趣とする開明的なものへと転換した。従来の慣習では女性や社会の下位階級の人々は男性と一緒に食事をしてはならず、祭りで供される特定の食べ物、通常はバナナ、豚肉、モイなどの一部のリーフフィッシュは食べてはいけないとされていた、一般的な料理、たとえばポイ、サツマイモ、他の種類の魚のみ許可された。しかし、1819年、Kamehameha2世王が女性を食事に招待し、「Luau」として知られるようになった。Kamehameha3世の1847年のLuauでは、4,000本以上のタロイモの植物、271匹の豚、482個のポイ(タロイモのすりつぶし)、2,245個のココナッツ、および5,000匹の魚を注文し、出席者に贅沢な祝宴でもてなした。同様に、自身を「陽気な君主」と称するKalakaua王も、1883年に彼の50歳の誕生日のLuauを開催し、1,500人以上のゲストを3回に分けてもてなした。
Kamehameha3世の1847年のLuauとKalakaua王の1883年のLuauは、壮麗さと豪華さを垣間見せてくれる。これらのLuauは、Hawaiiの歴史の一部として根付いてきた豊かな文化的伝統とおもてなしの重要性を示しており、Hawaii文化における食べ物、エンターテインメント、共同体の精神が重要な役割を果たしてきたことを反映している。Kamehameha3世とKalakaua王は、Hawaiiの歴史を形作る上で重要な役割を果たし、彼らのLuauはその系譜と伝統を象徴している。
Hawaiiがアメリカ合衆国の一部となった後もLuauは文化的な慣習として維持され、後に観光業に取り入れられ、Hawaii音楽やフラダンスのパフォーマンス、伝統的な衣装を披露している。
一方でThe Beach Boysによる楽曲の「Luau」からはあまりHawaiiの風土が与えてくれる大きなおもてなし感がない、ややトロピカルなムードはあるものの、surfin’ musicらしささえも遠く感じる。本盤の前年1960年のヒットAnnette Funicelloによる「Pinapple Princess」のB面に「Luau Cha Cha」がある。
Kay Starr「The Man Upstairs」(1954年最高7位)
B面の「If You Love Me (Really Love Me)」は、もともとフランスで「Hymne à l'amour」としてMarguerite Monnot作曲、Édith Piafによって歌詞がつけられた曲が本国でヒットし、Geoffrey Parsonsによって英語の歌詞が付けられ米国でもKay Starr盤が大ヒットした。日本でも岩谷時子の歌詞で越路吹雪が歌う「愛の賛歌」として有名だ。
Bruce名義だがDorinda作?ここでもBMIとなっている
Sonny Knight「Confidential」(1956年最高8位)
LAのR&Bシンガーでピアニストのスマッシュヒットで、B面は例によって息子のBruce名義だ、おそらくDorindaの手によるものだろう。DorindaはASCAPへの預託が多く、Bruce名義ではBMIが多い、本盤も同じ仕様となっており裏には何かがあるのだろうか?
Morgan家は楽曲の原盤制作から楽曲の管理そしてマスタリング、レーベル運営を手広く手がけて全米ヒット曲も生み出すコングロマリットだった。経営状態が末期症状を迎えていたCandixに跳梁跋扈しロイヤルティを奪い合った幾多の業界人と、Morgan家が関連づけられて一部の評伝類で音楽業界に巣食う山師の仲間の一味にされているのは残念である。Morgan家の目からすれば、むしろWilson家の方が山師に映ったことであろう。
「Confidential」はなんとBob Dylanによって1967年に「The Basement Tapes」セッション時カバーされている。後にBrianとBob両雄は初顔合わせしている場所はなんと、Malibuの救急処置室だった!
「Luau」のカバーは数曲あり、南加Laguna Beach出身のDave Myers and The Surftonesがタイトルを「Laguna Limbo Luau」(Northridge Records NM101 1963年)に変えたバージョンは秀逸だ、”limbo”がついているとおり往時のHawii王家の飲めや歌えに踊らんかなのエキゾチックなインストナンバーとなっている。
加州北西部はAtascadero出身のThe Surf Teensによる「Luan」(SSU 339 1963年)はラテン風味かつsurf色濃厚のインストナンバーだ。Los Angeles Countyの西に接するSan Bernardino County一帯は驚くべきことに、ロサンゼルスのKFWBとKRLAのチャートに登場する以前から、多くのsurf musicがKMENやKFXMはじめとするSan Bernardino County地場ラジオ局でチャート上位を占めていた。このことから、やや薄口ではあるがラテン風味の「Luau」を加えた理由としては北西部のhispanic系リスナーを意識していたのだろう。
「Surfin'」は南西部のリスナー(surf music扱いされるには時間がかかったが)を考慮し、両者をターゲットにしたマーケティングをMorgan家が抱いていたことをうかがわせる。
(text by Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper)
2023年10月10日火曜日
Kippington Lodgeについて
Kippington LodgeはNick Lowe、Brinsley Schwarz、Bob Andrewsらが若い頃に在籍していたとして知られるバンド。と言ってもあまり有名ではなく、彼らのファン向けのコレクターズアイテム的な位置付けになっているよう。私は以前何かのきっかけでKippington Lodgeの方を先に知ったのだけれど、サイケデリックな要素がありながら難解に感じないポップなサウンドが心地よくて好きだった。
1967年から1969年の間に5枚シングルをリリースしたのみのバンドで、もともとは1964年にサフォーク州ウッドブリッジの学校でNick Lowe (ベース)、Brinsley Schwarz (ギター)、Barry Landerman (キーボード)、Phil Hall (ギター)が結成した学生バンドのSounds 4+1から発展したらしい。この時ドラムがなかったのでBarry Landermanが周りにある物を叩いたり、Nick Loweはティーチェストベースを手作りしていたそう。しばらく学校のイベントやドイツ空軍基地で演奏していたようだけれど、Nick Loweがサフォーク州を離れ、Brinsley Schwarzもケント州タンブリッジ・ウェルズの故郷へ戻ったことでサウンズ 4+1としては活動が停止。その後1966年にBrinsley SchwarzはThree’s A CrowdというバンドをPete Whale (ドラム)、Dave Cottam (ベース)と結成する。
グループのマネージャーだったMalcolm GlazierがEMIのプロデューサーMark Wirtzに彼らを売り込み契約。最初に録音された「Lady on a Bicycle」と「Land of Sea」は、Mark Wirtzの意向でデビューシングルA面には使用されず、「Lady on a Bicycle」はB面に、「Land of Sea」はお蔵入りとなる。Three’s A Crowd はKippington Lodgeに改名され、1967年にEMI傘下のParlophone レコードから「Shy Boy」(Parlophone-R 5645)という曲でデビューした。
「Shy Boy」は英サイケ・ポップの重要人物Keith West(作曲のクレジットはKeith Hopkins)と彼の作曲パートナーKen Burgessの作で、後にKeith WestのバンドTomorrowのバージョンも『Tomorrow Featuring Keith West』(Parlophone-PCS7042, PMC7042)に収録されリリースされている。この曲はMark Wirtz がポップオペラをコンセプトとして構想していた『Teenage Opera』 というプロジェクトのために書かれたものだったそうだけれど、プロジェクトの方は当時未完のまま中断された。(英RPMが残された音源を基にプロジェクトを復活させ、映画のサウンドトラックとして1996年にリリース(RPM Records-RPM165))
Kippington Lodgeのデビュー作となった「Shy Boy」は、Brinsley Schwarzのボーカル以外はセッションミュージシャンが演奏していたらしく、オルガンを使っていた為メンバーにキーボード奏者が必要になり、Barry Landermanに声をかけ加入することになったそうだ。
ベースのDave Cottamが脱退しイギリスに戻ったNick Loweが加入、2作目のシングル「Rumours」(Parlophone-R 5677)がリリースされた。この曲と、B面の「And She Cried」も演奏はセッションミュージシャンだそう。制作を続けつつも、売れ行きが芳しくなかったKippington LodgeはBillie Davisのバックや、マーキークラブでサポートバンドをするなどで収入不足を補いながら活動していたらしい。
Mark WirtzがEMIを去り、3作目のシングル「Tell Me A Story」(Parlophone-R5717)はMike Collierプロデュースで録音された。B面は「Understand A Woman」で、これがKippington Lodge本人達が両面演奏した最初のシングルだったようだ。
4作目の「Tomorrow Today」(Parlophone-R5750)は、The Fortunesの「You've Got Your Troubles」やWhite Plains の「My Baby Loves Lovin」などで知られるヒットメーカーチームRoger CookとRoger Greenawayによって書かれた曲。しかしこの曲も商業的な成功は得られなかった。B面はBarry Landerman作の「Turn Out The Light」だった。この後、Barry LandermanはVanity Fareに参加するため脱退することになり、Bob Andrewsに交代。
最後のシングルに収録されたのはThe Beatlesのカバー「In My Life」(Parlophone-R 5776)と、B面はKippington LodgeでのNick Loweの唯一作 になる「I Can See Her Face」。
約2年の活動は成功には至らず、当時のイギリスでもKippington Lodgeの知名度は低かったらしい。その後Pete Whaleが脱退し、アメリカ人のドラマーBill Rankinに交代、リズムギターのIan Gommが加わる。サイケ・ポップなKippington Lodgeはやがてパブロックの代表格と言われるバンドBrinsley Schwarzへと変化した。
Kippington Lodgeの再発は、1998年にNick Lowe初期の音源を紹介するBrinsley Schwarz編集盤としてリリースされた『Hen's Teeth』(Edsel Records-EDCD 546)にシングル全10曲が収録された他、2011年にKippington Lodge 名義で 『Shy Boy: The Complete Recordings 1967-1969』 がリリースされた。これには、シングル全10曲にボーナストラックとして未発表曲、別テイク2曲、BBC公演2曲が収録されている。(RPM Records-Retro 899)
参考・参照サイト
https://theseconddisc.com/2011/07/08/nick-lowe-welcomes-you-to-kippington-lodge/
https://www.45cat.com/biography/kippington-lodge
http://sideonetrackone.com/2014/07/raised-eyebrows-short-history-brinsley-schwarz-randy/