2023年8月18日金曜日

映画『Barbie』(2023 配給 Warner Bros. Entertainment Inc.)



 映画『Barbie』の世界興行収入は好調で、我邦でも公開するものの、米国で同時期に公開され興行成績好調な『Oppenheimer』とのコラボ画像がSNSに投稿され物議を醸している。

    本作の予告編映像にはなんと、The Beach Boys「Fun, Fun, Fun」が使われており深い因縁を感じさせる。また、主演のBarbie役Margot Robbieは最近のインタビューの中で、幼少からのThe Beach Boys愛を吐露している。幼少時カセットテープでThe Beach Boysばかり聴いて過ごし、その忠誠心からThe Beatlesを聴くのを嫌がったほどだ。さらにドキュメンタリー(「An American Band」または「Endless Harmony」のどちらかだろう)の視聴を通じてThe Beatlesの掴んだ栄達を本来は凌駕する存在であることを確信している。さらにMargot自身映画『Once Upon A Time In Hollywood』でSharon Tate役を演じており、Sharonの居住する物件がTerry Melcherがそもそも住んでいた由縁でその命を狙われることとなるのだがTerry繋がりでMargotが愛するThe Beach Boys史の一部を演じていたのだとすると感慨深い。


 冒頭で深い因縁と申し上げたのは、Barbieを生み出したMattel社発祥の地そのものがWilson家の生家のあるHawthorneである。また、The Beach Boysで脚光を浴びる前のHawthorneは軍港San Diegoの後背地にあってNorthlopをはじめとする航空産業の拠点であり、Marilyn Monroeが幼少期を過ごした地であった。

 Mattel社の創業者であるHandler夫妻の愛娘Barbaraの名前とって人形Barbieが誕生し後に発売される人形Kenの名前も同様に令息Kennethからつけられた。Kenneth自身は弊誌でもおなじみsoft rock系レーベルCanterburyを立ち上げている。


Canterbury C-516
The Yellow Balloon- Can't Get Enough Of Your Love(筆者蔵)

    Barbieの発売は1959年であった、それから2年後の1961年にKenが発売された。ちょうどThe Beach Boysが「Surfin」でCandixレーベルからデビューした年だ。同曲が61年後半にスマッシュヒットを記録したものの年明けにはヒットチャートから退場寸前であった。ちょうどいい塩梅というか渡りに船か?デビュー時世話になっているMorgan家より再びレコーディングのオファーがあったのだ。

    Wilson家のオリジナル曲ではなく、Morgan家の作曲で録音済みのトラックにヴォーカル+ハーモニーでの参加することとなった。レコーディングに参加したのはヴォーカルはBrian、コーラスにはAlとCarlそして母Audreeだったようだ。The Beach Boysではなく即席のKenny and the Cadetsと名乗り、そのタイトルは「Barbie」。そう、発売間もないKenの立場からのBarbie讃歌といった趣か?


 1991年リリースの本番トラック11.What Is A Young Girl Made Of (Stereo) (Prev. Unissued Take)のエンディング部分でBrianとCarlの会話とおぼしき音声を聴くことができる


    Kenny and the Cadetsのためにレーベルも用意された。Morgan家は有象無象の弱小レーベルを立ち上げるのを好んだ、Randyとは一説によるとDot record創設者のRandy Woodからとったといわれている。本作以外のリリースは1作もないもののいきなりカタログナンバーに422が割り当てられた。レーベル創設に有名人の関与を匂わせたり、カタログナンバーを多めにつけることによって、ラジオDJなどに興味を持たせ、権威づけるハッタリとして上記の手法は加州では多くの弱小レーベルが用いた手口だったのだ。


プロモ盤(左)正規盤(右)
プロモ盤は数十部、正規盤は100部程度存在する(上記2点筆者蔵)

 そういった姑息な手段が功を奏する前に本盤は市場から姿を消す。それから十余年加州周辺の熱烈なコレクター達は古道具屋のみならず、プレス工場の元社員宅からラジオ局の元倉庫番宅に至るまで執拗な探索を続けていた。Morganの立ち上げた有象無象の弱小レーベルのシングル盤はあちこちで発見され、ある者はほとんど引退状態だったMorgan宅へ押しかけ直に在庫の正規盤やプロモ盤を取引する者も現れた。そこで再びKenny and the Cadetsが脚光を浴びた、Morganの手元にあった少量のプロモ盤はカラービニールで2色混合の珍しいものだった。この希少性で西海岸のコーラス・グループコレクターには結構人気が出たが、この時点では正体不明のままだったのだ。

 黒人系コーラス・グループのコレクターが多かったので、聞くなり白人系なのは明らかだった。次第に「これはひょっとしてBrian?」という見解が増え、Morgan家の証言からもBrian達の関与が明らかとなった。


Ken-He's A Dollのキャッチフレーズで発売された
数年後Brianの手がけたThe Honeysのシングルは「He's A Doll」(筆者蔵)

 次のMattel社繋がりでは、The Beach BoysのPet Sounds期のパートナー、Tony Asher。彼は広告代理店のコピーライターとして言葉選びの巧みさで定評があったが、頭角を現したのはMattel社のテレビコマーシャルの一連のジングルであったのだ。Mattel社は多くのキャラクター人形を手がけているが、それらのうちの一つThe Flintstonesは何度か映画化もされている。2000年公開の『The Flintstones In Viva Rock Vegas』のサウンド・トラックでは久々のBrianとTony作の「This Isn't Love」が収められている。



   Barbieの登場後キューバ革命が起こり、Kenの登場後キューバミサイル危機へと発展する。その後米ソは核軍備拡張競争を加速していく。EV企業創業者Elon Muskは、Mattel社のかつての本社から車で数分の場所に航空宇宙会社SpaceXを立ち上げる。Wilson兄弟の生家は至近距離だ。ご存知の通り同社はUkraineの戦場で保有する衛星を通じて同地域の軍事インフラを支えている。宇国の事変以来「冷戦2.0」突入と言われている、昨今の映画『Barbie』と『Oppenheimer』の同時流行は哲学者ヘーゲルの説く時代精神に選ばれた運命か?できれば真夏の気まぐれであることを祈りたい。

(text by Akihiko Matsumoto-a.k.a MaskedFlopper)

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