本作では先行で収録の5曲中4曲が配信済みで、既にサブスク等で聴いている音楽ファンがいるかも知れないが、ジャケットのアートワークを含めた美的センスが流線形=クニモンド瀧口の魅力なので、是非フィジカルでも入手して欲しい。
本作ではキリンジからソロに転向し、シンガー・ソングライター(以下SSW)の杉瀬陽子らとのTHE LAKE MATTHEWS(ザ・レイク・マシューズ)でも活動した、堀込泰行をヴォーカリストに迎えている。堀込とのコラボレーションは、2020年11月にSSWの一十三十一(ヒトミトイ)とのドラマ・オリジナル・サウンドトラック『Talio(タリオ)』(VICL-65441)を紹介しているので記憶に新しいと思う。
全曲のソングライティングとリズム・アレンジを手掛ける瀧口は、レコーディングではソリーナ(アープ製ストリングス・シンセサイザー)とProphet-5のアナログ・シンセサイザー、コーラスを担当している。バンドメンバーは北山ゆう子(ドラム)、山之内俊夫(ギター)、平野栄二(パーカッション)、平畑徹也(キーボード)、松木俊郎(ベース)で、Talioのセッションから加わった若手SSWのシンリズムはストリングスとホーン・アレンジをここでも担っている。
また瀧口が今年2月から始動したCMT Production(City Music Tokyo Production)のレーベル、"CMT Records"から7月6日にソロ・アルバム『サン・キスド・レディー』(CMTR5)をリリースしたばかりの女性シンガー、ナツ・サマーもコーラスで参加している。同作は本作プロデューサーの瀧口をはじめレコーディング・メンバーが全員参加しており、兄妹アルバムとして位置付けされるので流線形ファンは是非チェックして欲しい。筆者は先行7インチでリリースされた、メロウなラヴァーズ・レゲエの「トワイライト・シャドウ」(CMTR4)が特にお気に入りだ。
参加メンバーについては説明不要かも知れないが、saigenjiやEllieなどの多くのアルバムでエンジニアとしても著名な平野をはじめ、北山と山之内は青野りえの『Rain or Shine』(VSCF-1776/FRCD-071)、松木はRISA COOPERの『RISA LAND』(HYCA-8027)に参加するなど最近の話題作にも参加している手練ミュージシャン達なのが流線形の強みでもある。
制作スケジュールとしては、主要曲のリズムセクションのベーシックトラック・レコーディングと歌入れは2016年に終了していたが、瀧口の更なる拘りもあり月日が流れた。その後未完成曲を含め試行錯誤した結果、今回5 曲をミニアルバムという形にまとめてリリースすることを決めたということだ。
流線形としては、2009年に沖縄県出身のシンガー・ソングライター比屋定篤子とのコラボレーションアルバム『NATURAL WOMAN』(HRAD-00041)のリリース後、プロデューサーや選曲家として多忙になった瀧口にニューアルバムを待望していたファンも多かったので、ここでこうして形になって嬉しい限りである。
ここでは筆者による本作の全曲レビューに加えて、サブ企画として流線形のバンドメンバーで、音楽通として知られ弊サイトにも協力している松木俊郎が、ベーシストとして敬愛するスコット・エドワーズ(Scott Edwards)氏の追悼企画として、氏のベストプレイを挙げプレイリスト化したのでサブスクを含めて紹介したい。
「3号線(feat. 堀込泰行)」
アルバム冒頭の「3号線(feat. 堀込泰行)」は、オリジナルはファースト・アルバム『シティ・ミュージック』(ALCM2004/2003年)収録曲で、サノトモミの歌唱で洗練されたブルーアイド・ソウルをルーツにしたものだった。リアレンジしたここではBPMをやや下げて、堀込の落ち着いたヴォーカルをフューチャーし、シンリズムによる緻密なクラウス・オガーマンに通じるオーケストレーションを施したことで、ナイト・ドライヴィングに合う和製AORに仕上げられている。イントロなど他パートで聴ける印象的なフルートは映画やアニメなど多くのスタジオ・セッションで活躍する坂本圭だ。
アレンジの基本モチーフとしては、名曲「Feel Like Making Love」(ジーン・マクダニエルズ作)のボブ・ジェームス(『One』収録)のカバー・ヴァージョンをイメージさせるのは容易だが、リズムの肝となる特徴的な松木のベースラインが、マイケル・ヘンダーソンの「In The Night Time」(同名アルバム収録)やクルセイダーズの「Keep That Same Old Feeling」(『Those Southern Knights』収録)のそれを彷彿とさせて非常にクールである。オリジナルと全く異なるアプローチで曲をリメイクさせる手法は、『NATURAL WOMAN』で比屋定篤子のソロ作「まわれ まわれ」(『ささやかれた夢の話』収録)でもトライしていて、一級の音楽マニアの瀧口ならではのセンスだろう。
続く「ふたりのシルエット(feat. 堀込泰行)」は、2013年9月の比屋定篤子とのコンサート(めぐろパーシモンホール)で初披露された「誘惑(仮)」がオリジナルだという。筆者も当日この会場にいて(ももクロ等に楽曲提供する平山大介が同行していた)演奏を聴いていたので、このようにリアレンジされたヴァージョンを聴けるのは感慨深い。
それから約2年半後にレコーディングされたのが今回のテイクらしい。
ここでも名手達のプレイとシンリズムのストリングス・アレンジが堀込のヴォーカルを引き立てている。イントロの北山による繊細なハイハット・ワークはスティーリー・ダンの「Deacon Blues」(『Aja』収録)のそれを思わせ、曲全体的に山之内のギターはデイヴィッド・Tに通じるプレイをしており、平畑のフェンダー・ローズもそれに呼応している。またナツ・サマーのシルキーなコーラスもこの曲の雰囲気に不可欠なエレメントだと感じた。マニアックなことに触れると、そのサビ後半のコーラスが入る前のストリングス・フレーズがドラマティックスの「In The Rain」(『Whatcha See Is Whatcha Get』収録)に通じていて思わず唸ってしまった。
本作中間部に収録された「インコンプリート」は、唯一先行配信していないインスト曲で、ナツ・サマーと瀧口がスキャットを担当したブラジリアン・フュージョンである。
Talioセッションのインスト群とは明らかに異なり、本作用に多数制作された中の一部がこの曲とのことで、全編が今後発表される可能性があるかも知れない。アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「Love's Holiday」からメドレーになっている「Brazilian Rhyme (Beijo)」(『All 'N All(太陽神)』収録)のテイストに近い。
「メロディ(feat. 堀込泰行)」
「メロディ(feat. 堀込泰行)」は瀧口が自らホーン・アレンジも担当したアップテンポのサマー・アンセムだ。手練なバンドメンバー達だけに16ビートに対するアプローチは見事で、北山と松木のリズム隊に山之内のカッティング、平畑のローズのフレーズとクラヴィネットの刻みが有機的に絡んでいく。スタッカートが効いたイントロのトランペットは名手の島裕介のプレイで、間奏とアウトロでの山之内のギターソロなど聴きどころは多い。堀込の声質も加味してセカンド・ヴァースにはネッド・ドヒニーの「Each Time You Pray」(『Hard Candy』収録)に通じていて甘酸っぱい想いがする。
ラストの「潮騒(feat. 堀込泰行)」は、一十三十一の『CITY DIVE』(HBRJ-1004)収録の「人魚になりたい」の歌詞違いヴァージョンで、こちらがオリジナル歌詞とのことだ。「人魚になりたい」では打ち込み主体で、佐藤博の「I Can't Wait」(『Awakening』収録)に通じるサウンドが印象的だったが、本作ではバンドの生演奏でしなやかなメロウ・グルーヴを展開している。
サビでは本作収録曲中随一ともいえる堀込の名唱が聴けるのでチェックして欲しい。間奏のサックス・ソロは副田整歩(ソエダナオム)で、土岐英史氏に師事したという表情豊かなプレイを披露している。ストリングス・アレンジは瀧口が担当して、生のリズムセクションに対しソリーナでプレイしており、このコントラストが初期AORの匂いをさせてたまらない。
以上本作は5曲収録のミニアルバム形式であるが、曲毎の聴き応えがあるのでトータル・タイムを感じさせない濃い内容となっているので、この夏に入手して繰り返し聴いて欲しい。
【スコット・エドワーズ(Scott Edwards)追悼企画】
スコット・エドワーズのベストプレイ
確か『Talio』のレコーディング時、クニモンド瀧口氏に「一番好きなベーシストって誰?」と急に訊かれました。あらためて考えてみて、思い浮かんだのがスコット・エドワーズです。ジェームス・ジェマーソンのマナーを完璧に受け継ぎ、リー・スクラー的なメロディアスさがあり、後のAOR時代のアレンジにばっちり適応したプレイは、これからもずっと私の教科書です。
今作のリズム録音は何年も前なのであまり意識はしていなかったものの、やはり影響はあると思います。やはりクニモンド瀧口制作の瀧川ありさ『Warmth』あたりはモロだと思うので是非聴いて下さい。
松木俊郎
松木俊郎(流線形)選曲
■Can't Get You Out Of My Life / Eric Andersen
(『Be True To You』/ 1975年)
■Let Me Live In Your Life / The Originals
(『California Sunset』 / 1975年)
■Groovin' On A Natural High / Lamont Dozier
(『Right There』/ 1976年)
■Whachersign / Michael Omartian (『Adam Again』/ 1977年)
■Whatcha Gonna Tell Your Man / Boz Scaggs
(『Down Two Then Left』/ 1977年)
■If There's A Way / The Waters (『Waters』/ 1977年)
■Love In The Afternoon / Dionne Warwick
(『Love At First Sight』/ 1977年)
■Delayed Reaction / Lonette McKee
(『Words And Music』/ 1978年)
■Lovin' Fever / High Inergy(『Steppin' Out』/ 1978年)
■Special Kinda Lady / Arthur Adams
(『I Love, Love, Love, Love, Love, Love, Love My Lady』
/ 1979年)
※サブスクには登録された8曲のみ収録
ウチタカヒデ(WebVANDA管理人)選曲
■The Well Is Dry / The Four Tops
(『Meeting Of The Minds』 / 1974年)
■Don't Leave Me / Lamont Dozier
(『The New Lamont Dozier Album - Love And Beauty』/ 1974年)
■Love Machine / The Miracles(『City Of Angels』/ 1975年)
■Whachersign / Pratt & McClain
(『Pratt & McClain Featuring "Happy Days"』/ 1976年)
■Caricatures / Donald Byrd(『Caricatures』/ 1976年)
■Love Hurts (Love Heals) / Daryl Hall & John Oates
(『Beauty On A Back Street』/ 1977年)
■I'm A Fool For You, Girl / T. Rex
(『Dandy In The Underworld』/ 1977年)
■Reunited / Peaches & Herb(『2 Hot!』/ 1978年)
■Closet Man / Dusty Springfield
(『Living Without Your Love』/ 1978年)
■Baby You Still Got It / Captain And Tennille
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