2022年を迎えThe Beach BoysもCapitolデビュー60周年となる。本来ならば何か企画がありそうなところだが、今のところリリース予定はない。やはり政権交代のジンクスか?ニュースもツアーやMike Love所有の豪邸の売却話程度である。Mike陣営の共和党保守派への傾倒はトランプ政権時顕著であったのは明白であり、その末期においては何度か報道され、その扱で肯定的なものはまれであった。西海岸メディアのリベラル派を敵に回しては分が悪いのは明らかだ、そんな状況でリリースされた本作は、インタビュアーにJason Fine(Rolling Stone誌編集者)を起用をしたことからわかるように、リベラル論壇からのThe Beach Boysへの祝福といっていいだろう。(ただし、Mikeへのインタビューは皆無だ。)
本作はBrianとThe Beach Boysの知識ゼロで見た場合、有名人の故郷や旧宅を訪ね、グルメスポット(本当に登場する)も紹介し、時折有名人の礼讃話が挿入される構成で、なんだか偉い人なんだという印象で終わりそうな、日本のバラエティ番組でもよくある作りだ(日本なら最後温泉にでも入ってエンディングだろう)。
弊誌読者目線で本作を鑑賞した場合でも、新事実の発見といった画期的トピックは極小である。画面の向こうに見えるBrianは本人には失礼かもしれないが、近年のライブ会場でも置物状態のBrianそのものであり、インタビューにも口数少なく返答する無愛想な老人でしかない。筆者も当初はBrianの安否確認ドキュメンタリーなのでは?と、先入観を持っていた。本作はほぼ時系列に故郷やBrian旧宅をJasonの運転でクルーズしていくが、作中序盤からBrianは20代から幻聴と統合失調症であることが明かされる。車中という閉鎖空間で家族以外の人物と話すだけでも、本人は苦痛なはずだ。しかし作中のBrianはいたっておだやかだ、これはJasonの長年の取材から得られた信頼関係からくるものであって、作中何度も発作的に恐怖心に取りつかれそうになるBrianをJasonがやさしく忍耐強く受け止めている。その信頼関係から、お茶目なBrianを見せてくれる場面もある。行きつけのレストランに駐車しようとした時、「障害者コーナーがあるからそこに停めよう」と自ら誘い躊躇するJasonに「いいよいいよ、いっつもそこだから大丈夫」と誘導までしたり、スイーツをペロリと片付けながらもなかなかヘビーな話をしたりする。
好々爺といった風情のBrianだが、加齢とともに記憶も失うかと思われたが、インタビューに対し時折かなり克明なエピソードが帰ってくるのが驚きだ、あからさまに兄弟との薬物使用や暴飲暴食のエピソードを披露したりするのが悲惨を通り越してなぜか微笑ましい。
大半は言葉少なげなBrianとのやり取りが占めるのだが、Jasonの語りかけに対するBrianの見せる視線や表情やジェスチャーが言葉以上の大きな情報を我々にもたらしてくれる。過去の自分や物故した肉親や知人に対して見せるこれら非言語的な振る舞いと空気感から、弊誌読者ならば絶対たまらずじわーっと込み上げてくること必定である。特に本作タイトル「Long Promised Road」を車中で聴きながら見せるBrianの表情にはBrianの深い内面の一部を覗いているような気分にさせ、本作の中でも見せ場だ。
資料的なものでは、ファミリーヒストリーの領域が多いため、時折初公開と思しき幼少時の写真やプライベートな8mnフィルムの数々は貴重だ。また旧宅を訪ねるシーンではBellagio通りへ行く道順は「Busy Doin' Nothin'」の歌詞どおりに本当に辿って行けるのが興味深い。
また、DVDのみ収録の映画からカットされた部分で母Audreeのシーンがあるのだが、配信のみリリースの「I Can Hear Music:20/20session」に収録されている「Is It True What They Say About Dixie」(ヴォーカルはAudree)は配信されているヴァージョンとは異なりここでしか聞けない。Wilson家母子の微笑ましいセッションだ。
他にはYoutube動画などでも見られる「Good Vibrations」セッション時の動画は既出のものと比べてアングル違いがあり、Columbia studioと思しきスタジオのコントロールブースでのBrian一行の風景は貴重だ。
また本編ではHelp Me Rhondaセッション以降険悪となった実父Murryからの8ページにわたるBrian宛の1965年5月8日付けの絶縁状も取り上げられている。
本作から伝わるのは長い人生で信頼、財産、家族や知人を時には失いながらも、それと同じくらいの世俗の名声や愛情、賞賛を得ながらも淡々とピアノに向かい続けるBrianの姿である。天性の才能とは文字通り天からの授かりものである、しかしこの才能を宿す替りに約束された道を歩んでいかねばならない。天はなかなか厳しい約束をBrianに課すものだ、と呆れながらもBrianを見守っていこう。
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