2021年7月17日土曜日

吉田哲人:『光の惑星 / 小さな手のひら』(なりすレコード/NRSP-796)

 
 作編曲家、リミキサーとして多くの作品に携わり、近年シンガーソングライターとしても活動している吉田哲人(よしだ てつと)が7インチのセカンド・シングル『光の惑星 / 小さな手のひら』を7月23日にリリースする。
 彼は大阪芸術大学卒業後の98年にThe Orangers名義でデビューしアルバムやEPのリリースの他、様々なコンピレーションへの楽曲提供やリミキサーとして参加してきた。2001年にはその活躍により小西康陽氏が主宰するReadymade Entertainment所属のマニピュレーターとしてよりメジャーなプロダクションに関わっていく。その後も鈴木亜美やきゃりーぱみゅぱみゅから竹達彩奈、Negicco、チームしゃちほこ、私立恵比寿中学、WHY@DOLL(ホワイドール)など多くのアイドルの楽曲に関わり、その手腕は業界でも一目置かれていた。 


 そんな裏方仕事が多かった彼だが、19年よりシンガーソングライターとして7インチでファースト・シングル『ひとめぐり / 光の中へ』をリリースする。
 荒井由実時代のユーミンが74年にリリースした名盤の誉れ高い『Misslim』を意識したジャケットにまず反応するが、曲調とサウンドはオフコースの「Yes-No」(『We Are』収録/80年)に通じて興味深い。筆者の推測にすぎないが、小田和正氏はサビの展開をクリス・レアの「Fool (If You Think It's Over)」(78年)に影響を受けたコード進行先行で作ったのではないだろうか。筆者も「Yes-No」はリアルタイムに好きで聴いていたので、吉田の「ひとめぐり」には注目していた。そして2年振りにリリースされるのが、ここで紹介するセカンド・シングル『光の惑星/小さな手のひら』なのだ。

『ひとめぐり / 光の中へ』

 さてここでは筆者の解説と、吉田がソングライティングやレコーディング中にイメージ作りで聴いていた楽曲をセレクトしたプレイリスト(サブスクで試聴可)を紹介するので聴きながら読んでいただきたい。

 
『光の惑星』/ Sputrip 

  A面の「光の惑星」は、バーチャル・アイドル・プロジェクトPalette Project(パレプロ)から結成された、シティポップ・アイドルユニットSputrip(スプートリップ)に昨年提供したデビュー曲をセルフ・カヴァーしたものだ。吉田は作編曲の他リッケンの12弦ギターとプログラミングを担当し、ストリングス・アレンジとキーボード類は、以前弊サイトで紹介したユメトコスメの長谷泰宏が参加している。
 サウンド的にはシティポップというより、全盛期のThe Style Councilにも通じるノーザンソウルをベースにしたネオ・アコースティック・サウンドの発展系で、ストリングスのフレーズやグロッケンのオブリガートを効果的にあしらった良質なポップスである。Sputripのヴァージョンとはアレンジと楽器編成が異なるのでSputripのファンはこちらもチェックすべきだ。 

 そしてB面の「小さな手のひら」だが、和製ソフトロックとして完成度が高く、筆者も6月頭に音源を入手してから好んで聴き込んでいた。この曲は吉田が作編曲と全ての演奏、プログラミングをしているワンマン・レコーディングである。
 作詞は元WHY@DOLLの浦谷はるなの書き下ろしで、東京は千代田区神田のイベント・スペース “神保町試聴室” の存続を救うためのドネーション・コンピレーション・アルバムとして昨年発売された『STAY OPEN ~ 潰れないで 不滅の試聴 室に捧ぐ名曲集~』のラストに収録されていた。
 吉田による無垢なメロディラインと浦谷の慈愛に満ちた詞の世界には、一聴して虜になったので多くを語りたくないのだが、チェンバロに弦楽四重奏、バスチューバのベースライン、ピッコロ・トランペットのソロなどバロック風のアレンジが効果的である。そして何より「多くを 与えなくていい たったひとり 抱きしめ 愛して あなたの光で・・・」というサビのパンチラインと、それを歌い上げる吉田の素朴なヴォーカルに心打たれてしまう。
 筆者の本年度の邦楽ベストソング候補であり、弊サイト読者にも強く勧めるので、下記のリリース元レーベルのサイトなどで早期に予約して入手しよう。 

なりすレコード・通販サイト:https://narisurec.thebase.in/items/45522424



 【吉田哲人プレイリスト】
 
●Airwaves / Thomas Dolby(『From Brussels With Love』1980年)
◎2019年末~2020年始めに行ったロンドンでずっと探していたCrépusculeのコンピ『Merry Christmas(TWI 450)』を買えたことでCrépuscule熱が再燃。『The Golden Age Of Wireless(光と物体)』収録のアレンジがなされているver.も好きだが、コロナ禍においては内宇宙的なこちらの方が気分。 

●Cloud Babies / Blueboy(『If Wishes Were Horses』1992年)
◎シングル収録の2曲を作曲していた時期は、このあと世界は如何なるのか先が全く見通せず、国内ではライブハウスはバタバタと消えていっていた。故に音楽をあまり聴きたい気分にならなかったが、それでもたまに聴きたくなるのはこのようにシンプルなアレンジの曲が多かった。
A guitar and that alone sounds like heaven。

Guess I’m Dumb / Louis Philippe(『Ivory Tower』1988年)
◎VANDA読者には言わずもがなの、ルイ・フィリップによるカバー。グレン・キャンベルのオリジナルよりもこっちの方が好みだったりします。こちらシングルカットもされておりそのジャケットを見ていただければ、と。
『Guess I’m Dumb』Louis Philippe(Él / GPO 40)
7インチ・ジャケットのデザインに注目

●’Til I Die -Alternate Mix / The Beach Boys
◎邦題『私が死んでも』。どのように世界が変わっていくのかもしくは変わらないのかが分からない状況の中、音楽も自分の核となっているものを確かめるように聴いていた。オリジナルも当然好きだがこちらの方がより何処かへ遠くへ流されていく様な気になる。僕は大海原に浮かぶコルク 荒れ狂う波に漂っている。

●Such a Sound / Birdie(『Triple Echo』2001年)
◎Dolly MixtureのデプシーとEast Villageポール・ケリーのユニット。制作時はあまり派手なアレンジではない音楽を選んで聴いていたのですがそれにも飽きが来ることがあり、試しにサブスクで適当に流していたときに不意に流れてきたのがこれ。アップテンポながらに煩くない、かつ印象的なアレンジで無茶苦茶ハマった。『光の惑星』の源流のひとつ。

●You Mary You / Louis Philippe(『You Mary You』1987年)
◎うちのカミさん曰く、我が家で1番流れるのはこの曲だそうで。レコードでもCDでもサブスクでもよく聴いている。12inchのB-1に『The Beach Boys / Little Pad』のカバーが収録されていて最高。こういうシングルが作れたらいいのに。作れるように頑張ろうと生きる活力を与えてくれる曲でありシングル。

●くさひばり / 赤い鳥(『書簡集』1974年)
◎大学生の頃、のちに僕と一緒にコンピ『テクノ歌謡(P-vine)』を作る山本ニューさんが「これ吉田くんは好きだと思うよ」と貸してくれたVANDA 18号『特集「ソフトロック大辞典 A to Z」』と同時にくれたLP『赤い鳥 / What A Beautiful World』を聴いて衝撃を受けて以来、ずっと赤い鳥はマイ・フェイバリットなのでやはり聞き返していたのですけれども、この曲は特に何度も聞いた。

●By The River / Brian Eno(『Before And After Science』1977年)
◎『小さな手のひら』制作時はシンプルなアレンジのものかアンビエント感あるものを主に聴いていた。その中に当然イーノも入っていたのですがアンビエントばかりに飽きてきて、ふとイーノのヴォーカルものを久々に聴いてみて妙に感動したというかヴォーカリストじゃない人の歌の魅力を再発見した。Through the day, As if on an ocean Waiting here。

●At Last I Am Free / Robert Wyatt
(『Nothing Can Stop Us』1982年)
◎邦題『生きる歓び』。CHICのカバー。歌詞の内容は本来男女関係の歌なのですがロバート・ワイアットが『遂に自由になった』と歌うと別次元の歌に聞こえる。「命あっての物種やで、吉田くん」と若い頃にモダン・チョキチョキズのリーダー矢倉さんに言われたのをよく思い出す今日この頃。

●ふたりで生きている / オフコース
(『The Best Year Of My Life』1984年)
◎小学校3年生から大好きなアルバムのラストを飾る名曲。オフコースは僕の中では絶対的な存在なので細かく言う事もないのですが、コロナ禍においては生きてい(られ)る、それが『今が僕にとっていちばん素敵な時かも知れない』。歳と経験を重ねて歌詞の理解が深まった。

●切手のないおくりもの / 財津和夫
(『サボテンの花 ~ grown up』2004年)
◎『小さな手のひら』は歌詞を浦谷はるな(ex. WHY@DOLL)さんにお願いしたのですが、その際にこういう世界観の歌詞にして欲しいと提示した曲。世界平和を願いつつ、その第一歩はまず身の回りの小さな幸せから、と常々思っていて。この曲はひとつの理想形。誰が歌っても良い曲だと分かる。本当に素晴らしい。

●The Kiss / Judee Sill(『Heart Food』1973年)
◎『小さな手のひら』は初出が神保町試聴室ドネーションCDという性格ゆえ、それまでの僕の作家としてある種の数や成果を求める楽曲と同じ作り方では意味がない、自分の内側から出てくるものでなければという思いから、明確なインスパイア元はこれといって無いつもり。とはいえ何かしらの影響から逃れる事はポップスにおいては難しく、楽器の編成や一部コード進行はこの曲からの影響だと思う。貴方達の涙は私達が拭い去りましょう。


(本編テキスト:ウチタカヒデ) 

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