関西で活動するシンガー・ソングライターの前川サチコが主宰するバンド、前川サチコとグッドルッキングガイがサード・アルバム『My Romance』を7月25日にリリースする。(全国流通は8月25日より)
前川は昨年10月に弊サイトで紹介したArgyle(アーガイル)の7インチ・シングル『DOWN TOWN』でゲスト・ヴォーカルとして参加していたので記憶に新しいと思う。
そもそも彼女は、個性派シンガー・ソングライターの原田茶飯事がフロントマンだったクリームチーズオブサンのメンバーで同バンド解散後、同じくドラマーだった仲井信太郎(ANATAKIKOUのメンバーでもある)と共に、前出のArgyleのリーダーでキーボード兼ボーカリストの甲斐鉄郎と、ワンダフルボーイズのベーシスト峠せめ彦(芸名が笑)を誘い、2012年秋に前川サチコとグッドルッキングガイを結成した。
その後メンバー・チェンジを経て、現在は前川、仲井、甲斐の他にギターの高田亮介(clap stomp swingin'他)、ベーシストの遠山タカシ(Argyle他)の個性的な5名で構成されている。またホーン・セクションのサポート・メンバーとして、トランペットの長山動丸、サックスの川上拓也、トロンボーンの古御門幹人の3名もレギュラーで加わっている。
これまでに『セレモニー』(2013年)、『ラストステージ』(2015年)の2枚のアルバムと、『ときめきトゥナイト/ロビンソン』(2015年)、『都会』(2016年)の2枚の7インチ・シングルをリリースしており、衣装や演出など完璧にショーアップされた彼女達のステージングに魅了される熱心なファンも多いのだ。
6年振りとなる本作『My Romance』は、昨年からのコロナ禍によるライヴ・イベントの開催制限によるステージ活動の激減などの状況から、バンドの在り方を考えた末に自主レーベルを立ち上げてリリースすることを決意したという。その設立資金とレコーディング費用をクラウドファンディグにて募集し、見事に目標金額を達成してこの度リリースに至ったのである。このように真摯に音楽活動に向き合う彼女達のスタンスには敬服するばかりだ。
なおレコーディングは大阪中央区にあるAlchemy Studio(アルケミースタジオ)でおこなわれ、エンジニアとミックスは北畑俊明氏、マスタリングは福岡直子氏がそれぞれ担当している。
さてここでは筆者による収録曲の解説と共に、前川とバンドのアレンジャーである甲斐がソングライティングやアレンジのイメージ作りで聴いていた楽曲をセレクトしたプレイリスト(サブスクで試聴可)を聴きながら読んでいただきたい。
冒頭の「涙がでちゃう」は、前川のソングライティングによるネオ・アコースティックをルーツに持つポップスだ。アコギのカッティング、ホーンやヴィブラフォンのオブリ、爽やかなコーラスなどそのサウンドは、嘗てのギターポップやスウェディッシュ・ポップのファンには強くお勧め出来る。
続く「ふたりの足跡」はシティポップ・サウンドで、前川の精細なボーカルは大貫妙子にも通じる。キャラクターやステージ衣装の派手さとは裏腹にシンガーとしての前川は極めて正統派で、それを支える甲斐のアレンジとメンバーの演奏力が聴きものだ。特にこの曲ではリズム・セクション4名のコンビネーションが素晴らしい。
本作中筆者がファースト・インプレッションで気になったのは、唯一甲斐が1人でソングライティングした「City Nights」である。アイズレー・ブラザーズの「Hurry Up And Wait」(81年)、ヴァン・マッコイの「The Hustle」(75年)、ザ・フォー・トップス「I Just Can't Get You Out Of My Mind」(73年)、デニース・ウィリアムスの「Free」(76年)など70~80年代ソウル・ミュージックの影響下にある良質なシティポップで、昨年甲斐がArgyleでカバーしたシュガー・ベイブの「DOWN TOWN」にも通じる。この曲をこよなく愛する山下達郎ファンやマニアックなVANDA読者は、一聴してその素晴らしさに気付くと思う。
このバンドの引き出しの多さを如実に現しているのが、「夢の中まで」と「素直さのかけら」で、前者はコンチネンタルなラテンで後者はスインギンなビッグバンド・ロカビリーのサウンドで舌を巻く。両曲とも前川のソングライティングで、アレンジの骨格も彼女がサジェスチョンしているようだ。
同じく前川の単独作の「ゆずれない二人」では一転して、不毛の恋愛を綴った歌詞がエレキ・ギターのアルペジオでレイジーに進行する本作中屈指の青春のラヴ・ソングで、往年のスピッツ・ファンには是非聴いて欲しい、本当に名曲だと思う。
ゆずれない二人/前川サチコとグッドルッキングガイ
「セピア」と「恋の眩暈」は作詞:前川、作曲:甲斐のソングライター・チームによる作品で、前者はジャズ・ワルツのサウンドによる大人のラヴ・ソングで、ここでは甲斐のフレンチ・アコーディオン、高田のギターソロの各プレイが出色である。後者はジャマイカン・ジャズの洗練されたレゲエ・ビートで進行する。前川の表現力のある歌唱はさすがであり、仲井と遠山のリズム隊によるタメのある演奏と共にこの曲をより魅力的にブラッシュアップしている。
ラストの「京都タワー」は本作の大団円というべき多幸感を感じさせるアコースティック・スイングで、ダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックスからギタポ・ファンには根強いフェアーグラウンド・アトラクションにも通じて楽しい。前川による大らかでペーソス溢れる歌詞の世界観も愛すべきポイントだろう。
ボーナス・トラックの「Vertige d'amour」は、「恋の眩暈」をテクノ・サウンドでアレンジされた別バージョンで、楽器編成(プログラミング)や音像など含め、80年代初期にベルギーの音楽レーベルであるクレプスキュールからデビューした、フランス人男女デュオのMikado(ミカド)の「Par Hasard」(82年/YMOの3人を虜にした)に通じて好きにならずにいられない。
バンドの在り方としては、多彩なソングライティング・センスとカリスマ性を持つ女性シンガーと、それを支える優秀なアレンジャー、手練なミュージシャン集団という構図で、当初は2000年代に筆者が高評価したモダーン今夜をイメージさせた。だが前川達はより世代観やDJ的視点で影響されたサウンドまで分け隔て無く、バンドにフィードバックさせているという点で、関西という土壌が生んだユニークなスタンスではないだろうか。筆者の解説を読んで興味をもった音楽ファンは是非入手して聴いて欲しい。
【前川サチコ&甲斐鉄郎プレイリスト】
●Walkout to winter / Aztec camera
(『High Land, Hard Rain』/1983年)
◎「涙が出ちゃう」のアレンジの元になっています。
80年代前半に全盛期だったNEW WAVEブームと対峙するように勃発した、いわゆるネオアコブームの立役者バンド。「(ジョー)ストラマーのポスターを剥がして…」という歌詞がいかにも英国人らしい。
楽曲的にはロディ・フレイムの若年寄っぷりが、逆に青臭くてキラキラしていますね。誰だったか、評論家の方が「シンセドラムが無ければ素晴らしい名曲」みたいに言うてました(笑)。
今となっては年代的な味わいです。(甲斐)
●ロマンス / 原田知世(『I could be free』/1997年)
◎これも「涙が出ちゃう」のアレンジの参考にしました。
当時流行していたスゥェディッシュムーヴメントの立役者、トーレ・ヨハンソンがプロデュースした作品だったと思います。ホンマに趣味が良いポップスですね。(甲斐)
爽やかな初夏の様なポップスにしたくてホーン・アレンジなど参考にしました。
私自身、あまり歌詞には自分の思い等は入れない様にしているのですが、このコロナ禍が収まり、大変な時期を振り返った時に笑って懐かしめる日が来ますようにと言う気持ちも込めました。(前川)
●Summer connection('7 single version)/ 大貫妙子
('7 single / 1977年)
◎「ふたりの足跡」のアレンジの参考にしました。
アルバムバージョンより、疾走感があるグルーヴが心地良いシングルバージョンが好きです。大貫さんのボーカル、各プレイヤー(特に故・村上ポンタさんのドラム!)のプレイも素晴らしいのですが、何ちゅうても坂本龍一氏のアレンジ力があっての事でしょう。
(甲斐/サブスクはアルバムVerです)
●雪のメジェーヴ / Henry Mancini
(『Charade original sound track』/1963年)
◎「夢の中まで」のアレンジの参考にしました。
ヘンリーマンシーニが音楽を手掛けた映画「シャレード」のサントラより。
本格的なラテン音楽より、映画のサントラのソフィスティケートされたラテンが好きですね。(甲斐)
●Rock This Town / The Brian Setzer Orchestra
(『The Dirty Boogie』/1998年)
◎「素直さのかけら」のアレンジの参考にしました。
ロカビリーやスウィング・ジャズにハマっていた頃があり、いつかビッグバンド的なアレンジでやってみたかったので、この曲をそういう風にしてもらいました。(前川)
●冷たい頬 / スピッツ(『フェイクファー』/1998年)
◎「ゆずれない二人」のアレンジの参考にしました。
私の世代的に、90年代スピッツやイエローモンキーやミスチル等に影響を受けており、あの時代のキラキラした王道J-POPソングにしたいなぁと思って作りました。(前川)
●L'accordéon / Serge Gainsbourg
(『French cafe music』/2006年)
◎元々は'62年の楽曲ですが、のち(80〜90年代?)に再録セルフカバーしたバージョンの方を「セピア」のアレンジ、特にギターのプレイの参考にしました。
このギターがあるから成り立っているアレンジですね。
変態ゲンズブールのダンディズムが此処に在る。(甲斐)
●Pense á moi / France gall
(『フランス・ギャルのシャンソン日記』/1966年)
◎まずは短調のワルツの楽曲を創りたくて、「セピア」の参考にしました。
拙いロリィタ歌声と渋いオルガン・ジャズが合わさってタマリマセンな。(甲斐)
●Perfect / Fairground Attraction
(『The First of a Million Kisses』/1988年)
◎これもネオアコと括れるのかな?88年なんてダサいモノしか無い時代に、古き良き時代の温故知新サウンドが新しかった。
「京都タワー」のアレンジの参考にしました。(甲斐)
●Moonlight in vermont/Jazz Jamaica
(『The Jamaican beat vol.2』/1995年)
◎特にこの曲、という訳では無いですが、Jazz Jamaicaのアレンジを「恋の眩暈」のサウンドの参考にしました。
Jamaican oldiesはイナタイほど良いですが、こういう洗練されたのも良き良き。(甲斐)
●Par Hasard / Mikado(『Forever』/2017年)
◎「Vertige d'amour」のアレンジの参考にしました。というか、パクりました。
最後に転調を繰り返してサウダージなコーラスが絡むとこまで(笑)それぐらい好きです。テクノポップスが衰退しかけた'82年頃に新しい道を示唆してくれたおフランスの彗星☆そしてエスプリ。(甲斐)
●僕らが旅に出る理由 / 小沢健二(『LIFE』/1994)
◎このアルバムみたいに何年経っても飽きない作品を作れたらと、音楽を初めてからずっと目標にしているアルバムです。(前川)