2021年3月2日火曜日

【追悼 フィル・スペクター特集】追悼対談 ~ ウワノソラ'67 角谷博栄


 60年代初期から70年に掛けて、自ら設立したフィレス・レコードで革新的レコーディング手法”ウォール・オブ・サウンド”を駆使し、ヒット・ソングを生み出した偉大なプロデューサー、フィル・スペクター(Phil Spector)が、現地時間の1月16日午後6時35分に収監先のカリフォルニア州立刑務所内で、新型コロナウイルスによる合併症により逝去された。享年81歳だった。 

 定期誌VANDA及び弊サイト読者には説明不要だが、60年代のロック、ポップスでフィルの革新的手法の影響を受けたミュージシャンは少なく無い。その代表格はブライアン・ウィルソンであることは、先月のコラム【Wall of Soundサイドから見たThe Beach Boysサウンドの変遷】を読んで頂ければ理解されるだろう。ハル・ブレインジョー・オズボーンなど名うてのミュージシャン達を配したThe Wrecking Crew(レッキングクルー)による演奏と共に、この時代を象徴したサウンドは永遠に音楽ファンの心に残るだろう。
 日本でフィルの影響が強いミュージシャンとして大滝詠一氏が筆頭に挙がるが、ここではその大滝氏のナイアガラ・サウンドを経由し、ウォール・オブ・サウンドをオリジナル楽曲で昇華させたアルバム『Portrait in Rock'n'Roll』(UWAN-001 / 2015年)をクリエイトしたウワノソラ'67(=ウワノソラ)の角谷博栄と、フィル・スペクターを追悼しウォール・オブ・サウンドの魅力についての対談をお送りする。なお昨年角谷がNegiccoのKaedeに提供した「さよならはハート仕掛け」(『秋の惑星、ハートはナイトブルー。』収録)など良質なガールポップの源流としてもフィルの存在は極めて大きく、再評価すべき存在なのだ。
 文末には角谷と筆者が各自選曲した、【フィル・スペクター・ソング・ベスト10】と【ウォールオブサウンド・フォロワー・ソング・ベスト10】を掲載しサブスクでプレイリスト化したので、聞きながら読んで頂きたい。

『Portrait in Rock'n'Roll』 / ウワノソラ'67 

角谷博栄 

●先ずはフィル・スペクターの訃報の一報を知った時はどういう感情が沸きましたか? 

◎角谷博栄(以下角谷): とても寂しい気持ちでいっぱいになりました。 ご冥福をお祈りいたします。 

●フィルはラモーンズの『End Of The Century』(79年)の後、80年以降表立った活動をしていない状態でした。
60年代末生まれの僕でも後追いで、80年代初期に大滝詠一氏や山下達郎氏のラジオ番組をガイドにそのアーカイブを聴き漁っていたという状況です。僕よりかなり若く、80年代後半生まれの角谷君にとって、フィル・スペクターって何者なんだ?ということになると思うんですが、ウォール・オブ・サウンドを聴くようになった経緯を聞かせて下さい。 

◎角谷:きっかけは親父が持っていたアメリカのオールディーズのオムニバスやジョン・レノンのアルバムだった気がします。同時に達郎さんの「ヘロン」(1998年 / フィルの影響下にある編曲)なども流れていて。そういう家庭だったので小学生の頃から自然と好きで聴いておりました。
中学や高校になると達郎さんのラジオや大滝さんを聴いているうちにまた自然と繋がっていった感じです。全くリアルタイムな世代ではないのですが、青春時代の音のように感じています。

●成る程、当時そのオールディーズのオムニバス・アルバム、またジョンの各アルバム(『ジョンの魂』、『Imagine』、『Some Time In New York City』、『Rock 'N' Roll』)の中でも特にフィル・スペクターのサウンドとして意識した曲はなんでしょうか?
また今回フィルが手掛けたベスト10を選んでもらいましたが、その思い入れについて聞かせて下さい。

 『Rock 'N' Roll』 / John Lennon 

◎角谷:意識した曲は小学生時代に聴いていたアルバムにはありませんが、ウワノソラ’67のアルバムのタイトルは実はジョン・レノンの『Rock 'N' Roll』(1975年)からヒントを得ました。ちなみに”Portrait in“の部分は、編曲に手を貸してもらっていた深町君の家にレコードで飾ってあったビル・エヴァンス・トリオの『Portrait in Jazz』(1959年)からヒントを得ました。
幼い頃に聴いていた曲は、これはフィルの曲だ!としての認識は全くなかったのですが、根底にはその初期体験が無意識の上でずっと流れています。『Rock 'N' Roll』のアルバムでは、’67ではありませんが、ウワノソラ1st(『ウワノソラ』HRVD-004 / 2014年)の「ピクニックは嵐の中で」という曲の編曲面でとても影響を受けました。

以下【フィル・スペクター・ソング・ベスト10】で選曲した各曲について。

1 Spanish Harlem / Ben E.King(1961年) 
プロデュースがリーバー=ストーラーで作曲がリーバーとフィル。ギターがフィル・スペクターの作品です。こういったリーバー=ストーラーの現場での仕事がフィルに影響を与えていることが分かります。エコーが独特で心地よく素晴らしいですよね。とても好きな曲です。

2 Oh Yeah, Maybe Baby / The Crystals(1962年) 
ベースとキックの置き方が「Be My Baby」前夜という感じがしますね。メロも好きです。 ところで、誰もが嬉しいフィルの印象的なカスタネット・アレンジはどこから影響されたのか、フィルのアイデアだったのかふとした時にいつも気になっています。

3 Hold Me Tight / The Treasures(1963年) 
レノン=マッカートニーの作詞作曲の曲です。ビートルズバージョンより僕は断然好みなのです。大滝さんの「白い港」にも通じるリズムが印象的なアレンジです。

4 Girls Can Tell / The Crystals(1991年 / レコーディング:63年) 
エリー・グリーンウィッチ&ジェフ・バリー、フィルの作曲で、アレンジがジャック・ニッチェというタッグで出来た名曲です。誰にも突っ込まれたことがないので自分から言うのもという感じですが、’67のある曲でかなり影響を受けています。

5 Do I Love You? / The Ronettes(1964年) 
初めてこの曲を再生した時にイントロだけで、”ハイ好き~!”となった人は多かったのではないのでしょうか。今でもその感動が聴くたびに蘇ります。リアルタイムで聴いていた人はきっともう70歳以上の方なのでしょうか・・・。羨ましい限りです。 アンダース&ポンシア、フィルの作曲でアレンジがジャック・ニッチェの曲です。

6 Unchained Melody / The Righteous Brothers(1965年) 
言わずと知れたメガメガヒット曲です。ポップスのスタンダードです。 こんなに甘くて甘くて甘いロマンティックな曲が世の中にあって良いのでしょうか。良いのです。最高です。映画「ゴースト/ニューヨークの幻」(1990年)の轆轤を回すシーンではロマンティックな雰囲気をより盛り上げていて印象的でしたね。曲といいますか、エコー感はあまりフィルっぽくないのですが、前述のオムニバスにも入っていて小学生の頃から親しんでいた曲なので選んでみました。

7 (I Love You) For Sentimental Reasons
  / The Righteous Brothers(1965年) 
元々は1945年。今から76年前にリリースされたものがオリジナルです。ナット・キング・コールのカバーが一番有名だと思います。何かフィルの8分の6拍子の曲を選びたく、大体好きなのでどれを選んでもといった感じだったのですが、ウワノソラ’67の「雨降る部屋で」を作るとき影響を受けた事を思い出し選んでみました。

8. This Could be The Night / The Modern Folk Quartet
 (1991年 / レコーディング:65年) 
作曲のハリー・ニルソンがブライアン・ウィルソンに捧げる曲として書いた曲です。 僕がこの曲を初めて聴いたのは達郎さんのカバーでした。とても好きな曲です。 何といってもアクセントになっているエレキ・ギターのボトルネック奏法!かなりクールです。

9. Ballad of Sir Frankie Crisp / George Harrison(1970年)  
ジョージのこの曲が収録したアルバムはもう本当に大好きすぎていまして。どの曲を選んでも最高なのですが、エレキの鉄弦の響きが僕には痺れてしょうがないこの曲を選んでみました。 そういえば、年末にレンタルして観た、マーティン・スコセッシ監督のジョージのドキュメンタリーは最高でした。フィルも登場します。4時間ありますがおススメです!

10. Angel Baby / John Lennon(1986年 / レコーディング:73年) 
60年リリースのRosie & The Originalsのカバーです。その後ジョンの『Rock 'N' Roll』のアルバム時にレコーディングされリリースされず、お蔵入りで十数年後にリリースという経緯があるようです。コード進行は4コードの循環のみ。大らかな時代があったのですね。4コードでもメロディがどんどん変わっていき魅了されてしまう3分間を作っているのです。
大好きすぎて前述にもありますが、ウワノソラの1stで影響されています。とにかくこのブラスのアルペジオな旋律にこのクールすぎるエコー。そしてジョンのボーカル。 洗練さと泥臭さと切なさが僕にとっては黄金比率な曲です。永遠の憧れです。 


 ●ウワノソラ'67の『Portrait in Rock'n'Roll』では、角谷君が敬愛していた大滝詠一氏を追悼するというコンセプトで製作したアルバムのようでしたが、ナイアガラ・サウンドのルーツとしてフィレスの匂いも強かった訳で、熱心に聴き込んでいたと思います。アルバム冒頭でリード曲の「シェリーに首ったけ」のイントロは、フィルが手掛けたダーレン・ラヴの「Stumble And Fall」(64年)のオマージュをしていますね。この曲をアレンジした際は多羅尾伴内(大滝詠一)の背後にジャック・ニッチェを意識していたとか?

 
シェリーに首ったけ / ウワノソラ'67 

 Stumble And Fall / Darlene Love 

◎角谷:当然意識はしていました。アルバムとしても曲としても多大に影響はあります。 ちなみに””大滝詠一氏を追悼するというコンセプトで製作した”というものとはちょっと違うと僕は思っています。”ただ田舎の大学生が想いを馳せて作っただけのもの”であって、そんな大それたものでもおこがましいものでも無いように思っております。
もちろん大滝さんへの想いも十分にありましたが、亡くなる前から制作は進めていまして。誰も知らず誰も聞かない。もうそれでいいと。この作品で音楽を作ることは最後になるかもなぁと思いながら作っていましたので。実のところそんな余裕なんてものはなく、ただただ最後にやってみたかったという気持ちが一番大きかったのです。 

●「シェリーに首ったけ」のアレンジでは、ナイアガラ経由のフィレス・サウンドの影響として、特に意識した点はありますか?
ホーン・セクションはテナー・サックスが2管、バリトンとアルト、トロンボーンが各1管の編成ですが、ミックスであるとか。 また2015年にインタビューした際は、同時録音出来ない分をダビングしたということでしたが、ドラムとピアノは2回、エレキ及びアコースティック・ギター、12弦ギターは合計20本分、打楽器類も20回オーバー・ダビングを施したと。カスタネットは5人で同時演奏したりと、そのレコーディングに対する姿勢には敬服するばかりですよ。

◎角谷:管楽器に関しては、ダブル以上は確実に録音しています。ドラムは「シェリーに首ったけ」がダブリング、「Station No.2」と「Hey×3・Blue×3」はツインです。カスタネットは5人ではなく50回のオーバー・ダビングです。夜の23時ぐらいに大学に忍び込んで、朝に他の学生が登校してくるまで永遠に録音していた日が何日かありました。「おはようみんな、僕はこれから帰って寝るよ」と。
フィルのようにモノラルではありませんが、リファレンスとして聴いていました。

「Station No.2」のPro Tools(プロ・ツールス)の
マルチトラック画面(91トラック使用している) 

●オーバーダブを50回は偏狂的かも知れない(笑)。でもその様なレコーディングにトライした志は、大滝氏がウォール・オブ・サウンドをオマージュしようとした精神に通じますよ。
ウォール・オブ・サウンドの特徴として、同じパート(スコア上も)を複数のプレイヤーで同時録音して音圧を出すというパブリック・イメージが強いですからね。この他にアレンジ面やレコーディング方法で参考にしたポイントはありましたか?

◎角谷:レコーディング方法ではいくつかあったと思いますが、アコギのバッキングに関してですと、友人から違う種類のものを10本ぐらい搔き集めてきて同じことを演奏したりしていました。そこに12弦ギターやガットギターも隠し味で同じ演奏で入れたりと。あとは3カポにしてCをAで演奏したり、マイクも違うものを用意して、マイク距離や位置、ゲインなどを変えて厚みを出そうと試みたりしておりました。製作費も生活費もほとんど無かったのですが、できる範囲で色々な事を試していました。具体的な参考は思い出せないのですが、自分のセレクトしていた音楽は何度も何度も聴きこんでいた記憶はあります。
フィルの音圧に関してですが、僕は音圧に惚れて聴いていたわけではないので、そこにあまり影響はない気がしています。というよりは低音から高音にかけての楽器の周波数の壁、そして濁りの迫力と美しさ、メロディライン、アメリカがイケイケだった頃のアメリカンドリームな雰囲気、エコーを含めた当時の録音物のサウンド感等に惚れていました。周波数や濁りを音圧というなら音圧なのかもしれません。アナログではなくCD音源で聴いていた事も純粋な音圧を意識できなかった&意識しなかったのかもしれません。アイドル視に似た気持ちもありました。

『Portrait in Rock'n'Roll』レコーディング風景 

●ハードディスク・レコーディングが主体になって、プラグイン・アプリやエフェクターで過去の様々なサウンドがシュミレーション出来る時代に、敢えて生楽器で試行錯誤している姿勢に脱帽するばかりです。そんな探求をさせてしまった、フィルのウォール・オブ・サウンドの魅力が読者にも伝わったと思います。
僕としてはウワノソラ'67名義で、また作品を作って欲しいと思っているんだけど、そんなプランはないですか?7インチ・シングルでもいいので。 

◎角谷:”ウォール・オブ・サウンド”に影響を受けた作品になるかはまだ分かりませんが、新作は作りたいとは思っています。頑張ります。


●その前に『Portrait in Rock'n'Roll』のアナログ化も熱望しています。
以前から一部ファンからも要望されていたと思いましたが、実現に向けての状況はどうでしょうか? 

◎角谷:当時は本当にメンバーもエンジニアも20代前半の仲間達で作っておりまして、ミックスを直したい気持ちがあり何度も挑戦したのですが、若さゆえの情念の部分などが失われてしまったりと試行錯誤を続けております。リリースできるならリマスタリングのみで、というのが今のところ最良とは考えています。 

●アナログ用のリミックスは既に試みていたんですね。近い未来にアナログ・LPとしてのリリースを期待しています。

◎角谷:ありがとうございます。頑張ります。


 (サブスク・プレイリストは登録楽曲のみ)
 
【勝手に選ぶ・フィル・スペクター・ソング・ベスト10】
◎角谷博栄 
1 Spanish Harlem / Ben E.King(1961年)
2 Oh Yeah, Maybe Baby / The Crystals(1962年)
3 Hold Me Tight / The Treasures(1963年) 
4 Girls Can Tell / The Crystals(1991年 / レコーディング:63年) 
5 Do I Love You? / The Ronettes(1964年) 
6 Unchained Melody / The Righteous Brothers(1965年) 
7 (I Love You) For Sentimental Reasons
  / The Righteous Brothers(1965年) 
8 This Could be The Night / The Modern Folk Quartet
 (1991年 / レコーディング:65年) 
9 Ballad of Sir Frankie Crisp / George Harrison(1970年)
10 Angel Baby / John Lennon(1986年 / レコーディング:73年)

●ウチタカヒデ
1 Dr. Kaplan's Office / Bob B. Soxx & The Blue Jeans(1962年) 
2 A Lonely Girl's Prayer / The Paris Sisters(1962年) 
3 Then He Kissed Me / The Crystals(1963年) 
4 Walking In The Rain / The Ronettes(1964年)
5 You've Lost That Lovin' Feelin'
 / The Righteous Brothers(1964年)
6 Long Way To Be Happy
 / Darlene Love(1991年 / レコーディング:65年)
7 I'll Never Need More Than This / Ike & Tina Turner(1967年)
8 Isn't It A Pity / George Harrison(1970年) 
9 To Know Her Is To Love Her / John Lennon
  (1986年 / レコーディング:73年) 
10 In And Out Of The Shadows / Dion(1975年) 



【ウォールオブサウンド・フォロワー・ソング・ベスト10】
◎角谷博栄 
1 Be My Man / Jody Miller(1965年) 
2 See My Baby Jive / Wizzard(1973年)
3 Ooh I Do / Lynsey De Paul(1974年)
4 雨は手のひらにいっぱいさ / シュガーベイブ(1975年) 
5 Born to Run / Bruce Springsteen(1975年) 
6 二人は片思い / ポニーテール(1976年) 
7 白い港 / 大滝詠一(1982年) 
8 Someday / 佐野元春(1982年)
9 もう一度 / 竹内まりや(1994年)
10 Don’t Forget The Sun / The Explorers Club(2008年) 

●ウチタカヒデ
1 Don’t Worry Baby / The Beach Boys(1964年)
2 New York's A Lonely Town / The Trade Winds(1965年) 
3 All Strung Out / Nino Tempo & April Stevens(1966年) 
4 I Wish It Could Be Christmas Everyday / Wizzard(1973年)
5 Say Goodbye To Hollywood
  / Ronnie Spector And The E-Street Band(1977年) 
6 青空のように /大滝詠一(1978年)
7 Don't Answer Me / The Alan Parsons Project(1984年) 
8 ハートのイアリング / 松田聖子(1984年) 
9 Your Lies / Shelby Lynne(1999年)
10 シェリーに首ったけ / ウワノソラ'67(2015年) 



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 (2月12日テキストにて / 設問作成・編集・文:ウチタカヒデ)

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