若きシンガー・ソングライター、伊藤尚毅(いとうなおき)が初の全国流通作となるセカンド・アルバム『伊藤尚毅の世界』を12月2日にリリースした。
2016年の自主制作ファースト音源『Bon Voyage~盆旅行記~』が、坂本龍一によるFMプログラム“RADIO SAKAMOTO”のデモテープ・オーディションにノミネートされたことで、その日本語ロックの原点回帰的サウンドが注目され、某カルチャー雑誌や音楽誌でも取り上げられてブライテストホープとして期待されているシンガー・ソングライターなのだ。
1994年生まれという若さながら、70年代日本のフォーク・ミュージックに影響を受けたという彼がクリエイトする楽曲は、はっぴいえんどのファースト・アルバム(通称ゆでめん)やセカンドで永遠の名作『風街ろまん』、細野晴臣の『HOSONO HOUSE』に通じる。
本作は京都府出身のロックバンド、本日休演(ほんじつきゅうえん)のリーダーでメイン・ソングライター兼ギタリストの岩出拓十郎がプロデュースとエンジニアリング、ミックスまでを担当しており、独特な音像や質感も彼の手腕によるところが大きい。レコーディングは岩出の出身大学である京都大学の軽音学部スタジオで、19年8月の僅か2日間で録音されており、本日休演からはドラマーの樋口拓美も5曲に参加している。 因みに岩出と樋口は、18年に弊サイトで筆者が絶賛したツチヤニボンドの『Mellows』にも参加していた。
またゆらゆら帝国、SCOOBIE DO等を手掛けている中村宗一郎によるマスタリングも注目したい。
『伊藤尚毅の世界』アルバム・トレーラー
ここでは筆者が気になった主な収録曲の解説をお送りする。
「裏通りの風鈴売り」はフォーク調のイントロ~ヴァースからいきなりブギウギに変貌し、サビの後半では岩出がサックス、樋口がトランペットをフリージャズ・スタイルでプレイする。人を喰ったような展開であるが、冒頭曲のインパクトという点では成功しているだろう。
伊藤の特徴あるバリトン・ヴォイスはダブル・トラックになっており、全8曲中4曲でこの手法によりたらされる質感は、本作の大きな特徴の一つになっている。この曲で伊藤自身はアコースティック・ギターをプレイし、岩出はベースとキーボード、樋口のドラムによる編成である。
続く「いい天気」は一転して静かなるネイチャー・ソングで、伊藤のアコギのアルペジオと樋口のハープシコードのリフが美しく絡み合う。ザ・バンドの「In A Station」(『Music From Big Pink』収録/68年)に通じる甘美なそのメロディは、伊藤と岩出によるコーラスも相まって遙か遠い野山を駆けていくようだ。
筆者が最も釘付けになったのが3曲目の「公園日和」である。エレキギターにべースとドラムのスリーリズムを基本とした、ゆるいミッドテンポのブルーアイドソウル風のポップスで、坦々としたメロディなのだが、ウーリッツァーのミニマルなフレーズやメロトロン系のストリング・パッド、リヴァース・エコーとクラップが計算されたかのように配置されて唯一無二の音像を生みだしている。特徴ある伊藤のダブル・トラックのヴォーカルやコーラスも含めたその独創性は、弊誌読者をはじめとするソフトロック・ファンにも大いにアピールする、桃源郷ブルーアイドソウルと呼んでしまいたい。
風見鶏 / 伊藤尚毅
(企画・撮影・編集:おもちプロダクション)
「風見鶏」は一聴するとフォーク・ロックのようだが、岩出と樋口によるリズム隊のグルーヴは、細野晴臣の「蝶々-San」(『泰安洋行』収録/76年)にも通じるチャンプルー・ミュージック風である。この風通しのよいグルーヴでモラトリアムな青春賛歌と呼ぶべき歌詞が歌われる。特徴あるハモンド・オルガンによるフレーズの響きも懐かしくも新しい。
本作中最もハード且つサイケデリック・サウンドの「盆」は、岩出が本職のギターで活躍する。メロトロン系のキーボードや木管のファゴット・ソロが入るなど初期トラフィックの匂いもするが、伊藤のヴォーカルや歌詞の世界観はやはり『ゆでめん』(70年)に通じる。荒削りだが味のあるファゴットは、京都在住のインプロ・プレイヤーの佐藤諒の演奏だ。
伊藤がピアノのみで歌う「日がな一日」は2分弱の小曲ながら、ローラ・ニーロのソングライティング・センスにも近く、伊藤の今後の可能性を秘めている。
本作全体を通して強く感じたのは、伊藤尚毅の唯一無二の個性と若くほとばしる才能に他ならない。
弊サイトで多く紹介している、技巧的和声感覚と洗練されたサウンドを持つポップスや、ポストパンク・ルーツで洒脱なギターポップのミュージシャン達とは明らかに異なる、言わばガラパゴス的なその独自のスタンスは前出のツチヤニボンド(新作を期待)やGIUROにも近いかも知れないが、筆者はそんな音楽家こそ貴重な存在であるが故に今後も応援していきたいのだ。この解説を読んで興味を持った音楽ファンは是非入手して聴いて欲しい。
(ウチタカヒデ)
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