2020年10月25日日曜日

一色萌:『Hammer & Bikkle / TAXI』(なりすレコード / NRSP-789)

 

 女性プログレ・アイドルグループXOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ エクストリーム)のメンバー、一色萌(ひいろもえ)がソロデビュー作となる7インチ・シングル『Hammer & Bikkle / TAXI』を11月3日(レコードの日)にリリースする。 
 カップリング曲を見て気付いた人は、なかなかの英国ロック・マニアだ。70年代に活動した伝説のパブロック/パワーポップ・バンド、デフ・スクール(Deaf School)の代表曲「TAXI」(77年)の日本語カバーである。  

 まずは一色と彼女が所属するXOXO EXTREMEについて紹介するが、2015年5月結成のxoxo(Kiss & Hug)(キス・アンド・ハグ)を母体に、翌年12月に一色萌らが参加してXOXO EXTREMEとなり、現在4名のメンバーで都内のライブ・イベントを中心に活動している。プログレッシヴ・ロックでパフォーマンスするという斬新さで注目されており、現メンバー中一色が最も活動歴が長いのでリーダー格といえる。

 ここでは筆者による収録曲の解説と、一色が本作のレコーディング中に聴いていた曲を選んだプレイリスト(プラス 筆者選デフ・スクール・ベスト)を紹介しょう。 
 「Hammer & Bikkle」は、佐藤望と共にカメラ=万年筆の活動で知られるキーボーディストの佐藤優介のソングライティングとアレンジによる書き下ろしのオリジナル曲だ。筆者は8月半ばに入手した音源を聴いて気付いたのだが、この曲のイントロはニック・ロウの「Half a Boy and Half a Man」(『Nick Lowe and His Cowboy Outfit』収録 / 84年)のそれをオマージュしている。
 このモッドでパブロック色の強いサウンドと、一色の正確なピッチで艶のあるキャンディ・ボイスとのギャップは新鮮でいたく感動した。パンキッシュなコンボ・オルガンを中心に殆どの楽器は佐藤がプレイ(及びプログラミング)しており、ギターのみbjonsの渡瀬が参加している。その渡瀬はいつものギター・スタイルとは異なるクランチ・サウンドでプレイしており、この曲に大きく貢献している。 


 カップリングの「TAXI」は、熱心な英国ロック・マニアには説明不要だが、リバプールで結成された70年代英国のパブロック/パワーポップ・バンド、デフ・スクールの77年のシングル曲の日本語カバーである。しかも今回そのデフ・スクールのメンバー本人達が、本カバー・プロジェクトのためにリレコーディングを敢行してくれたというのから信じられないニュースなのだ。

Deaf School

 因みにこの曲は彼らのセカンド・アルバム『Don't Stop the World』(77年)にも収録され、バンド史でも代表曲の筆頭に挙げられるが、チャート的には振るわなかった。このバンドには強烈な個性と才能のあるメンバー達が多く在籍し、元アップル・レコード重役のデレク・テイラーがA&Rマンだったのにも関わらず大きな成功には至らず、3枚のオリジナル・アルバムを残して78年にバンドは解散してしまう


 その後ギタリストでメイン・ソングライターだったクライヴ・ランガーは、エンジニアのアラン・ウィンスタンリーと組んでプロデューサー・チームとして、マッドネスの『One Step Beyond...』(79年)やデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズの『Too-Rye-Ay』(82年)、エルヴィス・コステロの『Punch The Clock』(83年)等々名作を数多く制作している。筆者は特にコステロの2枚やゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツの『Flood』(90年)、モリッシーの『Kill Uncle』(91年)を愛聴していたので、クライヴのことは一流プロデューサーとして認識していたのだ。
 またベースのスティーヴ・リンジーは、79年にニューウェイヴ・バンドのThe Planets(ザ・プラネッツ)を結成し2枚のアルバムをリリースしており、レゲエのビートをロック的解釈で取り入れて注目される。そのサウンドは日本のムーンライダーズや一風堂(リーダーは土屋昌巳)にも大きな影響を与えた。  

 今回の一色のカバー・ヴァージョンの話題に戻すが、実に43年の歳月を経てデフ・スクールのメンバー達にリレコーディングさせてしまった、彼女とレーベル代表やスタッフの情熱には敬服するばかりだ。激しいパート転回を持つ3分半のソナタというべきこの曲は、それ相当の演奏力を伴うがここでも色褪せることはなく、オリジナル・ヴァージョンより円熟感を増したプレイを聴くことが出来る。
 ここでも一色のキャンディ・ボイスとのギャップは成功していて、不毛の愛をテーマにした歌詞の世界観を引き出している。
 日本語の訳詞とナレーションは、伝説のバンド“シネマ”(日本のデフ・スクールといえる。リード・ヴォーカルは松尾清憲)のベーシストで、現在“ジャック達”を率いる一色進(いっしき すすむ)氏が担当しているのも見逃せない。

【一色萌がレコーディング中に聴いていたプレイリスト・プラス】

●TAXI / Deaf school(『Don't Stop The World』/ 1977年)

●The Celtic Soul Brothers / Kevin Rowland & Dexys Midnight Runners (『Too-Rye-Ay』/ 1982年)

●So It Goes / Nick Lowe(シングル『So It Goes』/ 1976年)

●Believe me / Madness(『One Step Beyond...』/ 1979年)

●The Invisible Man / Elvis Costello & The Attractions (『Punch The Clock』/ 1983年)

●あ!世界は広いすごい / ゆるめるモ!(『Talking Hits』/ 2017年)

●恋のすゝめ / 僕とジョルジュ(『僕とジョルジュ』 / 2015年 )


 数量が限られた7インチ・シングルなだけに、興味を持った音楽ファンは大手レコード・ショップで早急に予約して入手しよう。
JETSET  

(ウチタカヒデ)

2020年10月21日水曜日

【ガレージバンドの探索・第十回】The Pirates

 昨年末、関西に帰省するバンドメンバーに頼んで大阪のレコード屋さんで買ってきてもらったThe Piratesの7インチ (Back Stage Records – 5001)。バンドのことを少し調べてみたのだけれど、数ある一発屋のガレージバンドと同じように情報はあまり見つからなかった。僅かに出てくる情報も、Jonny Kidd & The Piratesと間違えられていたり、カリフォルニア出身だ、ニューオーリンズ出身だ、とかだいぶ錯綜しているけれど、おそらく正しくはルイジアナのバンドと思われる。オリジナル盤のリリースは65年か66年のようだ。

Cuttin'Out  /  The Pirates

 コンピレーション『VA - Don't Be Bad! 60s Punk Recorded In Texas』(CDSOL-8345 Solid Records/Big Beat)に収録されていて分かったのだけれど、プロデューサーは、Sir Douglas QuintetやBarbara Lynnのプロデュースで知られる Huey P. Meaux(The Crazy Cajun)だった。このコンピはHuey P. Meauxが60年代に手掛けたガレージパンク作品を集めたものだそう。

 ガレージのコンピは地域で括られているものをよく見る。音楽性によってジャンル分けされたりするのは、自分好みの音楽に出会える道しるべとして便利なものだと思うのだけれど、ガレージは地域性が色濃いことや、バンド自体よりも曲単位で知られることが多い特性もあって、どこの地域のバンドかを知るのがジャンル分けと同じように特に役立つのかもしれない。

 The Piratesについて、レコードコレクターの間でこれはガレージじゃない、R&Bだという人もいて意見が分かれるらしい。そういえば、ガレージが好きだという話をすると、ガレージって何?と聞かれることがあるのだけれど、いつも上手に説明できない。

 よく成り立ちとして説明されているのは、60年代半ばにブリティッシュ・インベイジョンの影響を受けたアメリカの若者がガレージ(車庫)で演奏していたことが始まり、というもので、そういう形式なのでもともとは本当に音が悪かったのだろう。そんな環境の中で生まれた味わいを含む音、音楽が今はガレージという1ジャンルとして確立した、ということかもしれない。

 激しいのもあれば、大人しそうなのもあったり、傾向として演奏が下手な場合も多いけれど、下手ならガレージになるわけでもなく、どういうものかと考えると難しい。ただガレージが好きな人は、聴いた時にそれがガレージだと分かる、というような音楽なんじゃないかと思う。

【文:西岡利恵




2020年10月17日土曜日

bjons:『抱きしめられたい』(なりすレコード / NRSP-775)



 
ポップスバンド、bjons(ビョーンズ)が7インチ・シングル『抱きしめられたい』を10月24日にリリースする。なおこのシングルはカップリング曲を含め既に配信リリースされていたが、7インチ・アナログという温かみのあるメディアで聴くことを勧めるので紹介したい。
 
 彼らbjonsは、2017年にヴォーカル兼ギターの今泉雄貴、ギターの渡瀬賢吾とベースの橋本大輔の3人で結成された。サポートメンバーにドラムの岡田梨沙(元D.W.ニコルズ)、キーボードの谷口雄(元森は生きている、現1983)を加えて都内を中心にライヴ活動をしている。2018年5月にはファーストアルバム『SILLY POPS』をリリースして、ポップス・マニアからの評価も高い。同年7月には同アルバアムから7インチで『ハンバーガー / そろりっそわ』をシングル・カットしており、ジャケット写真が熱心なソフトロック・ファンには知られるThe Paradeの日本編集盤のそれをオマージュしていて楽しい。
 2018年12月にはアルバムの大瀧詠一作品カバー集『GO! GO! ARAGAIN』にも参加しており、「雨のウェンズデイ」をカバーしている。またメンバーの渡瀬は、Spoonful of Lovin'とroppen(橋本も参加)のメンバーで、今年6月に紹介したポニーのヒサミツの『Pのミューザック』でもプレイしており、セッション・ギタリストとして様々なレコーディングやライヴで活躍している。弊サイト企画の『名手達のベストプレイ第8回~デイヴィッド・T・ウォーカー』に参加してくれたのも記憶に新しいと思う。 


 ここでは筆者による収録曲の解説と、bjonsの3人が本作のレコーディング中に聴いていた曲を選んだプレイリストを紹介しょう。
 タイトル曲の「抱きしめられたい」は、カーティス・メイフィールドによる「We've Only Just Begun」のカバー(『Curtis/Live!』収録/ 71年)よろしく、ナチュラルトーンの繊細なギターのフレーズに導かれて静かに始まるスローナンバーだ。
 ソングライティングを担当した今泉の気怠そうな鼻腔から響く声質は一度聴いたら忘れられず、スタイルのみを踏襲したネオ・シティポップ系とは明らかに異なるメロウネスなサウンドと共にこのバンドの個性となっている。渡瀬のデイヴィッドT系の巧みなギター・プレイと、チャック・レイニーを彷彿とさせる橋本の職人的ベースラインにも聴き惚れてしまうのだ。

 
抱きしめられたい / bjons  

 カップリングの「フォロー・ユー」は、谷口の小気味良いウーリッツァーのコード・ワークがリードするリズミックな曲調で、ドラムの岡田を含めた手練達によるリズム・セクションのコンビネーションがとにかく素晴らしい。70年代のジェームス・テイラーとセクションの関係性にも通じる歌と演奏である。

 【bjonsがレコーディング中に聴いていたプレイリスト】
 

●Running Away / Joey Dosik(『Game Winner』/ 2018年) 
◎David T. WalkerとJames Gadsonが参加したVulfPeckバージョンも素晴らしいですが、本人名義の録音では柔らかいアレンジで楽曲の強さが際立っています。「抱きしめられたい」のアレンジの取っ掛かりになった楽曲です。(今泉)

●So in Love / Curtis Mayfield
 (『There's No Place Like America Today』/ 1975年)  
◎楽曲制作〜アレンジ期間中、何年かに一度くる”カーティスにぞっこん”期が来ていました。シンプルなグルーヴに緩めのホーン、カーティスのヴォーカルも最高。飽きの来ない楽曲です。(今泉) 

●Honest Man / Fat Night(『Honest Man』/ 2017年) 
◎アレンジ期間中にプレイリストで知ったシカゴの4人組バンド。素性はほとんど知りませんが、絶妙な湯加減の演奏が気持ち良く展開も鮮やかです。(今泉)  

●Voce E Linda / Caetano Veloso(『Uns』/ 1983年)
◎とにかく美しい楽曲。シンセの音に80年代っぽさを感じますが、それがまた妙な郷愁感を醸し出していて、なんだか儚い。レコーディング期間に繰り返し聴いていました。(今泉)


●Dupree / Kirk Fletcher(『Hold On』/ 2018年) 
◎個人的にブルース回帰している近年、最も影響された人。洗練されたコード感、歌うようなソロ、リズムギターの躍動感などどれも素晴らしく、REC期間中もヘビロテ。来日公演も最高でした。(渡瀬)

●Rosalee / The Chris Robinson Brotherhood 
 (『Big Moon Ritual』/ 2012年)
◎夏は毎年グレイトフル・デッドの季節ですが、去年のREC期間はその影響下にあるCRBもよく聴きました。ニール・カサールの空間系とファズの使い方は「フォロー・ユー」などで参考にしています。早すぎる逝去がなんとも残念。(渡瀬) 

●Love is the Key / Isaiah Sharkey
 (『Love is the Key』/ 2019年)
◎いわゆるネオ・ソウル文脈の中で最初に気に入った人。まるでカーティス!なこの曲は言うまでもなく、他の曲もヒップホップを通過したビートにワウを絡めたメロウなギターがよく合います。(渡瀬) 


●Dear Abby / Clarence Carter
 (『Lonelines & Temptation』/ 1975年) 
◎御大C.Cが、プライベートスタジオで制作したアルバムから。3分程の曲中、半分は語っていますが、得意の高笑いはないので安心して身を委ねられます。
George Jacksonとの共作、南部産スウィートソウルの佳作。(橋本) 

●This Is Your Night / Johnnie Taylor
 (『This Is Your Night』/ 1984年) 
◎同年亡くなった、Z.Z.Hillの魂を引き継ぐかのようなMalacoからの1枚目。作曲にGeorge Jackson、御大J.Tが歌えば、極上のスローバラードに仕上がるのは当然なのです。(橋本) 

●I Touched A Dream / The Dells
 (『I Touched A Dream』/ 1980年)
◎Dells史上、最高のバラードと言っても差し支えのない曲。クレジットを眺めるだけで、胸高なるシカゴサウンドが聞こえてきます。50年代から活動し、とにかく素晴らしい作品だらけ。愛しています。
(橋本)
 

 数量が限られた7インチ・シングルなだけに、興味を持った音楽ファンは大手レコード・ショップで早めに予約して入手しよう。 

(ウチタカヒデ)

 

2020年10月12日月曜日

Argyle:『DOWN TOWN / ぼーい・みーつ・がーる』(unchantable recoerds/UCT-32)

 

 大阪を拠点に活動する大所帯パーティー・バンドのArgyle(アーガイル)が、13年振りの新作として7インチ・シングル『DOWN TOWN / ぼーい・みーつ・がーる』を10月14日にリリースする。

昨年紹介した宮田ロウの『ブラザー、シスター』の先行シングル『悲しみはさざ波のように』と同様、弊サイト企画”ベストプレイ・シリーズ”の常連であるグルーヴあんちゃんが主宰するUNCHANTABLE RECORDSからのリリースだ。

 彼らは大阪のクラブシーンで人気のバンド、hot hip trampoline schoolやa million bamboo、pug27等で活躍中のキーボード兼ヴォーカリストのキャイこと甲斐鉄郎を中心に、1995年に結成されたホーン隊とフルートを含む総勢10名のバンドだ。これまでに『HARMOLODIC』(2003年)と『Go Spread Argyle tune』(2005年)のオリジナル・アルバムをリリースしており、本作は2007年の7インチ・シングル『WALK OUT TO WINTER』(アズテック・カメラのカバー)以来のリリースとなる。 

 本作『DOWN TOWN』のオリジナルは、弊サイト読者にはお馴染みの山下達郎と大貫妙子が参加した伝説のバンド、シュガー・ベイブ(1973年~1976年)の唯一のアルバム『Songs』(75年)と同時リリースされたシングルとして世に出た。この曲はリリース時より後の80年にシンガー・ソングライターのEPOが、デビュー・シングルとしてカバーしたヴァージョンが一般的に知られるようになった。これは当時フジテレビ系の人気バラエティ番組『オレたちひょうきん族』のエンディング・テーマ曲に採用されたことも大きく影響している。

 伊藤銀次の作詞で山下達郎の作曲のクレジットになっているが、サビのリフレインは伊藤のソングライティングであったことがマニアには知られている。またよく言われるアイズレー・ブラザーズ「If You Were There」(『3 + 3』収録/73年)へのオマージュではなく、ザ・フォー・トップス「I Just Can't Get You Out Of My Mind」(73年)を意識していたということだ。筆者作成のプレイリストを聴いてみて欲しい。)

  今回アーガイルのカバーではヴォーカルには、元クリームチーズオブサン(原田茶飯事がフロントマンだった)のメンバーで、現在は前川サチコとグッドルッキングガイ(甲斐も参加)を率いる前川サチコを迎えて、彼女のチャーミングな歌声をフューチャリングしている。

 アレンジ的にはアーチー・ベル&ザ・ドレルズの「Tighten up」(68年)に、弊誌監修の『ソフトロックAtoZ』(初版96年)の巻頭カラーページでお馴染みのアルゾ&ユーディーンの「Hey Hey Hey, She's O.K.」(『C'mon And Join Us!』収録/68年)をミックスしてオマージュしたイントロに先ずはやられてしまう。「Tighten up」のグルーヴは、本編サビのリズム・セクションでも引用されており、ホーン・アレンジにはバーバラ・アクリンの「Am I The Same Girl」(68年)のそれを意識しているから更にたまらない。長年クラブシーンで活動していた彼らならではのサウンド・メイクは成功している。

 カップリングの「ぼーい・みーつ・がーる」は甲斐のオリジナルで、flex life (フレックス・ライフ)の青木里枝がフューチャリングされており、彼女のハスキーでソウルフルな歌声が聴きものだ。

 独特のシンコペーションのリフが効いたR&Bパートと、ブリッジのボサノヴァ・パートのコントラストが効果的で、アーガイルにしか出来ない折衷感覚のシティポップ・センスはさすがである。元メンバーで現在NEIGHBORS COMPLAIN(ネイバーズ コンプレイン)で活動するギタリストのGottiのプレイも全編でデイヴィットTを彷彿とさせて、筆者も初見で気に入ってしまった。 

 数量に限りのある7インチ・シングルなので、筆者の解説を読んで興味を持った音楽ファンは早めに入手して聴くべきだ。 

(ウチタカヒデ)

 

2020年10月7日水曜日

sugar me:『Wild Flowers』(WILD FLOWER RECORDS / WFRSM-10002)



 女性シンガー・ソングライター寺岡歩美のソロ・プロジェクトsugar me(シュガー・ミー)が、5年振りのオリジナル・アルバムを10月7日にリリースした。
 弊サイトでは昨年11月に紹介したクリスマス・コンピレーション・アルバム、『Natale ai mirtilli』に参加したことも記憶に新しいsugar meは、寺岡のトライリンガルな歌詞世界をポップ且つアコースティックなサウンドをバックに、ナチュラルで個性的なヴォーカルで表現する希有なソロ・ユニットである。
 これまでに2枚のオリジナルと1枚のカバーアルバムをリリースしているほか、FUJI ROCK FESTIVALやRISING SUN ROCK FESTIVALなど大型野外音楽フェスへの参加やフランスでのソロ・ツアーを成功させている。またソロ活動以外にもCMや映画、アニメーションへの楽曲提供をはじめ、その容姿を活かしてモデル業や映画出演、FM番組のDJとその活動フィールドは多岐に渡っているのだ。

 サード・フルアルバムとなる本作『Wild Flowers』は、昨年彼女が移住した長野県松本市で立ち上げた、自主レーベルWILD FLOWER RECORDSからのリリースで、これまでに交流のあった著名ミュージシャン達の参加も見逃せない。NEIL & IRAIZAのメンバーでコーネリアスでの活動で知られるキーボーディストの堀江博久、赤い靴のメンバーで大橋トリオにも参加するドラマーの神谷洵平がプレイしているのをはじめ、アレンジャーとしてはハヤシベ・トモノリ(Plus-Tech Squeeze Box)、フランスのミュージシャンのORWELLことジェローム・ディドロが参加している。 
 なお本作には、現在HTB北海道テレビで放送中の情報番組、『イチオシ‼』のコーナー、『ジブンイロ』のテーマソングとして使用され、5月に先行配信された「Follow The Rainbow」も収録されているなど話題も多い。


 ここでは筆者が気になった主な収録曲の解説と、寺岡が選曲したプレイリスト【sugar meのルーツとなる楽曲】を紹介しょう。

 冒頭の「Gift From The Sea」は、全編に打ち込みトラックを導入した点でsugar meとしては新境地だろう。リヴァーブ・エコーと音の隙間を活かしたサウンドに漂う寺岡のヴォーカルがひたすら気持ちいい。3人組ユニットlittle moaの5MBSが、バックトラックのアレンジとプログラミングを担当している。 
 続く「Land Of Tomorrow」は、生楽器とプログラミング・サウンドが有機的に融合された心地よい音像が80年代後期のギター・ポップにも通じて耳に残る。アレンジとプログラミングはORWELLのジェローム・ディドロが担当しており、神谷の生ドラムの他、ベースの近藤零、ピアノのプログラミングでかしわさおりが参加して、寺岡のアコースティック・ギターと美しいヴォーカルをサポートしている。

Flower In Anger / sugar me 

 神谷と近藤のリズム隊が終始ファンキーなプレイをする「Flower In Anger」は、緊張感のあるヴァースとそれを解放するサビの展開のコントラストが素晴らしく、非常にクールなナンバーである。
 ジェロームがアレンジとプログラミングを担当したもう一曲の「Nancy」も独創的で、筆者のファースト・インプレッションでは本作中のベスト・トラックだ。フランス北東部の芸術薫る同名の街に捧げたというその曲は、アメリカン・ルーツ・ミュージックを原石とするオールド・タイミーな曲調を巧みに掬い上げ、同地の風景が目に浮かぶ繊細でドリーミングなサウンドに仕上げている。メロトロン系のキーボードで奏でた木管アンサンブルのオブリガート、ジェロームとはORWELLやVariety Labの仲間である、ティエリー・ベリア(Thierry Bellia)がプレイする小型電子鍵盤楽器“オプティガン”がいいアクセントになっている。


Follow The Rainbow / sugar me
 
 番組タイアップ曲で先行配信された「Follow The Rainbow」は、WebVANDA読者には特にお勧めできるサンシャイン・ポップであり、魅力的なソフトロック・サウンドだ。現代的によくアレンジされており、寺岡の声質を活かしているのは、リミキサーとしても高名なハヤシベ・トモノリの職人的センスならではだろう。 
 後期ビートルズのジョン・レノン的ソングライティング・センスが光る「Black Sheep」は、シンプルなアレンジながらフレンチ・ポップに通じるのは、寺岡の歌唱法と堀江博久の巧みなピアノ・プレイによるものだろう。手数の多い神谷のドラムも効果的である。
 続くバラードの「About Love」でも堀江のピアノをフィーチャーしており、自身のアコースティック・ギターとのシンプルな編成の一発録りで、表現力豊かに歌われる。曲そのものの素晴らしさが滲み出た名演といえる。 

 自身の結婚を機に書き上げたという「Table For Two」は6/8拍子でシンプルな編成ながら、好きにならずにいられないソングライティングである。特に2コーラス目から入るエンドウシンゴによるストリング・アレンジがこの曲を格調高く豊かなサウンドにしている。筆者は86年にドリーム・アカデミーがカバーしたザ・スミスの「Please Please Please Let Me Get What I Want」を想起して、たまらない気持ちになってしまった。 
 ラストの「夜はやさし」は、故郷である北海道の震災時に家族への思いを綴った小曲で、普遍的な曲調は時代を超えた懐かしさを強く感じさせる。かしわさおりのピアノと自身のアコースティック・ギターで歌われるハート・ウォームな歌声は多くの人を魅了するだろう。  

 本作全体の総評として、sugar me=寺岡の巧みなソングライティングと個性あるヴォーカルを各アレンジャーやミュージシャン達がより良く活かしており、そんな面々をアサインした彼女自身のプロデュース力も強く評価したい。収録曲のトータル感もあり、これからの季節に自宅で長く聴ける、丁寧でジェントリーな音作りは聴く者を選ばないだろう。

   
 【sugar meのルーツとなる楽曲のプレイリスト】 

●In My Life / The Beatles(『Rubber Soul』/ 1965年) 
◎オールタイムベスト 

●Company / Rickie Lee Jones(『Rickie Lee Jones』/ 1979年) 
◎SSWを始めるきっかけの人 

●Sugar me / Lynsey De Paul (『Surprise』/ 1973年)
◎毒っ気のある甘さ、名前の由来になっている1曲

●Je ne sais pas mourir / Orwell (『Exposition Universelle』/ 2015年)
◎今作アレンジ参加もしているフランスの友人

●L'aquoiboniste / Jane Birkin (『Ex Fan Des Sixties』/ 1978年) 
◎フレンチ・ポップを好きになるきっかけの曲 

●You go to my head / Billie Holiday (『Billie Holiday Sings』/ 1952年)
◎一番好きな歌い手

●Son of Sam / Elliott Smith (『Figure 8』/ 2000年) 
◎SSWの理想像

●Foolish Love /Rufus Wainwright (『Rufus Wainwright』/ 1998年) 
◎印象に残っているライブ

●Paper Bag / Fiona Apple (『真実』/ 1999年)
◎衝撃を受けた人

●Jesus Was A Cross Maker / Judee Sill
  (『Live In London The BBC Recordings 1972-1973』/ 2007年) 
◎一度でいいからライブを聴いてみたかった


 (ウチタカヒデ)