2019年公開の映画『Once upon a time in Hollywood』は批評家からの評価も高く、 日本国内興行成績は『Kill Bill』に次ぐ2位を記録した。さらに第92回アカデミー賞では10部門ノミネートの上、出演者Brad Pittは助演男優賞を受賞するという栄誉 まで得た。
本作は1969年8月9日をピークにそれまでの半年間を架空の人物と実在の人物が 混在するストーリーとなっており、ラストシーンでは史実であるCharles Manson とその配下達(以下Family)が引き起こした連続殺人事件の一つRoman Polanski 邸でのSharon Tate殺人事件に向けた監督Quentin TarantinoからのHollywood流リベ ンジといえよう。犯罪サスペンスものとして一流の内容であるのは確かであるものの 今回は弊誌読者流視点の楽しみ方を紹介させていただく。
前回拙稿でも述べさせていただいたが、The Beach BoysメンバーDennis Wilsonと Charles Mansonとの出会い・親交は1969年にあっても続いていた。そのあたりの 消息を匂わせるセリフが本作でも出てくるのだ。
Charles MansonがPolanski邸に侵入し『Dennsi Wilsonの知り合いだがTerryはいるか?』 とPolanski邸の人物に尋ねるシーンがある。 TerryとはTerry Melcher、山下達郎もオマージュを捧げたBruce&Terryのメンバーに してByrdsなどのプロデューサー。このシーンで流れるのはPaul Revere & the Raiders の『Hungry』プロデューサーはもちろんTerry Melcher、作曲はBrry Man/Cynthia Weil 思わずニヤリとせずにはいられないシーンである。
このシーンは実際の出来事に基づいており、検察の記録からわかるのはTery Melcher は現地(以下Cielo Drive)から転居済みであったので、既に不在であった。 Cielo Driveでは女優のCandice Bergenと同棲しており、下記の図のゲストハウスに 住むオーナーから本宅を借りて住んでいた。
Terry MelcherとCandise Bergen
Cielo Driveが空室予定なのを聞いて Roman PolanskiとSharon Tateが入居契約を結んだのが1969年2月12日、入居日が 2月15日であった。
また、Charles MansonがPolanski邸に侵入した際(3月23日)の対応した相手が、 史実ではSharon Tateのお抱え写真家のShahroh Hatamiであった。映画では元交際 相手のJay Sebringであり、Jayは当時の大人気ヘアスタイリストで多くの有名人を 顧客に持っていた。
1963年4月5日のThe Beach Boysこの時もJayのスタイリング
なお、The Beach Boysもデビュー以来お世話になっており、Brianも一時期Jayの店舗 を行きつけにしていた。
また、guest houseに住んでいたオーナー宅へ夜間に再度侵入したとの証言も残っている。
本作ではアウトテイクになったが、別の家でTerryを探し求めるMansonのシーンがある。 そこでは『実はThe Beach Boysの20/20に入ってる曲を提供している』などとMansonに 言わせているのだ!正式テイクに採用されていればファンも身を乗り出しているだろう。
また本作の主役の一人、Leonaldo DiCaprio演ずる俳優人生の岐路に立つハリウッド俳優 Rick Daltonの邸宅はPolanski邸の正門の向かって右側に位置しており、史実とは違う設定。
当然架空のキャラクターの家なので実在しない場所ではあるが、作品のところどこに虚実混ざっているところが本作の魅力だ。
1967年には閉鎖されていたが何故か映画の中では1969年に復活
同様のことが撮影セットでもあり、1969年には閉店していたナイトクラブPandora's Box が再現されている。同所は結成当時のThe Beach Boysがよく出演していた場所であり、Brianの最初の妻Marilynとの出会いの場でもあった。
その他のキャスティングとして若き日のSteve McQueenや女優である一方girl singerとして 弊誌ではおなじみConnie Stevens、またサウンドトラックでも使われている"Mama Cass" Elliot に Michelle PhillipsのThe Mamas and The Papas勢。制作にはColumbiaが関わってい たので、Screen-GemsやOdeつながりでLou Adler役もいるかと思ったが残念ながら出演なし。
2019年はMansonとFamilyが起こした連続殺人事件からちょうど50年、米国内では事件 発生時から熱烈に追いかけるウォッチャーがおり、その当時を回顧する著作や企画が 多く行われた。
Tom O'Neillによる20年間にわたる労作
それらの中でも弊誌向けの内容となっているのが本作である。 そもそもManson事件は法廷では殺人罪による有罪判決済みであるが、本作の筆者は 事件の再整理をしていくうちに公判記録と警察や検察の尋問記録と様々な証言との 食い違いを発見していく。筆者は真摯にこれらの現実に向き合えば合うほどタイトルの とおりChaos=混沌に包まれていく。と、いう内容であり大きな陰謀や超自然的な存在 を取り出すような奇抜な仕掛けもない。
本国ではベストセラーかつManson研究の入門書
Manson事件を研究する上で必須といえば、Manson事件では検察官を務めたVincent Bugliosi によるHelter Skelterである。Manson事件を総括する目的で書かれた本であり、事件の指揮をとった人物による公判記録の解説本と言っていい内容となっている。この公式見解の中の矛盾をTomはVincentへのインタビューを行ったり 愚直に食らいついていく。
Terry Melcherについては公判ではほとんで証言がなく裁判の中では、Mansonとは面識はあったものの向こうから会いにくるのみで数度会った後、事件前には 交流もフェード・アウトしたことになっていた。ところが、警察などの公式記録を調べると なんと犯行前後に渡って会ってレコーディングなどに立ち会っていた、と言う証言まで出てくるではないか、さらにはVincent自身がTerryから同様の証言を得ていることも判明する。他のManson本と違い本作の面白いところはTerry Melcherへ筆者が突撃インタビューを行う所だ。筆者をなだめすかすかと思えば、逆上したり生々しい生前のTerry Melcherの様子が窺われるのは本作のみだ。同時にDennis Wilsonの共作者として有名なGregg Jakobson("Celebrate the News", "Forever"が有名)の果たす立場の大きさが今まで以上であったことが、行動範囲の大きさから分かる。
Greggは孤児であったが養家がLos Angelesになったので地元の学校では多くの有名人の子弟と交流し、次第にHollywoodで芸能関係の職を得ることとなった、スタントマンやタレントスカウトを経てBruce & Terryとも仕事をするようになった。The Beach Boysがハワイ公演の際、前座がBruce & Terryだったので彼らを通して Dennisとは意気投合し、それ以来親交を深めてきた。
GreggはMansonの裁判でも積極的に参加し多くの証言を行っており、当時の内幕の一部をLance Fairweatherの変名でRolling Stone誌へ寄稿している。Greggの一連の行動は実はDennisや Terryの代理と思われる行動もあり、実際そのように行動している記録もあるため謎はまだまだありそうだ。
現在でもThe Beach Boysサイドから積極的にMansonに関するコメントは殆どない。
1968年リリースのリングルB面Never Learn Not To LoveはManson作であったことは今では明らか であるが、1971年のRolling Stone誌のインタビューで実はManson作であったことと、作曲者の クレジットは行わない代償として10万ドル相当の物をMansonに渡したことをDennisが答えているのが初出である。その後原曲Cease To ExistからNever Learn Not To Loveへと改作されたことに激怒したMansonはDennisiと親交を断ったことが多くの評伝類で記されているがDennis本人は明言していない。
1971年Rolling Stone誌"Beach Boys: A California Saga, Part II"で DennisがManson作品『Cease To Exist』を元にした旨認めた 過去の取り上げ方を手元の資料で確認してみると 。
●Friends/20/20(CDP 7 93697 2)米国盤
1990年にCDで未発表曲を加えた過去のリマスター盤が好評を博した ここにおいても、Never Learn Not To Loveについての解説は原曲はCease To Existとだけ言及し Mansonの記述は一切ない、ライナーの最後にあるBrianのコメントも一切ない。 。
●The Beach Boys/David Leaf (1985edition)
The Beach Boys伝の中でも基礎的文献になるであろう名著、David Leaf 自身も彼らからの厚い信頼を得ている。
なんとわざわざCharles Mansonの章(2ページ)を設けている、基本的にVincentの著書からの公判記録であり何故かNever Learn Not To Love改作のくだりがすっぽり抜けている。
●Heroes And Villains True story of the Beach Boys/Stevens Gaines
1988年に邦訳でも上下2巻で出版され、当時としてはスキャンダラスなバンドヒストリーを 描いたものとして話題となった。
レコードコレクター誌でも”『ビーチ・ボーイズ リアル・ストーリー』が生み出した 新たな誤解/山下達郎”という記事が出るほどであった。
オリジナルのペーパーバック版では19ページにわたりVincentの著作プラス独自取材から得た Mansonとの関わり、Never Learn Not To Love改作時のMansonの怒りも記述している。
●The Nearest Faraway Place/Timothy White
邦訳でも出版され、バンドヒストリーというよりは生活文化誌を徹底した取材と解説で彩る名著。
アカデミックな分、Mansonについては1ページ半の記述ありNever Learn Not To Love改作時のMansonの怒りについては記述なし。
●The Real Beach Boy/John Stebbins
バンドというよりDennis Wilson伝なのでMansonとの関わりは避けられず、独自取材による逸話も 多い。Mansonについては11ページの記述ありNever Learn Not To Love改作時のMansonの怒りについては記述なし。
現在でもManson案件は上記の様な取り扱いであり、音楽的な見地からのアプローチはないかと 思っていた矢先、2019年にDVDのリリースがあった。
Manson Music From An Unsound Mind(2019 DVD)
Mansonの事件前からの音楽面での軌跡を辿るという企画で見ごたえのある内容となっている。以前にもドキュメンタリー映画で『Cease To Exist』(2007)があったが過去映像の編集 が大半であり、DennisやTerryに見捨てられたMansonが両者に怨恨を持ち犯行に至るストーリー となっている。
本作はインタビューも豊富でGregg Jakobson, Stephen Desper, Phil Kaufman, Ed Roach, Ernest Knapp, Jon Stebbins, Dominic PrioreとThe Beach Boys関連の関係者総動員でファンも楽しめる内容となっている。
本作で述べている犯行動機が他と少し違い、例の終末思想というより、ヒッピー・コミューン指導者の裏の顔として行っていたが 薬物取引でのいざこざから起きた殺人を隠蔽し警察捜査撹乱のためBlack Pantherの仕業に見せかけた、というものだ。また、音楽業界へのキャリアの可能性を最後に断ち切ったのはTerryと印象付けているが、Mike Love界隈からの同調圧力か?
最後に本作及び手元の資料から分かるMansonのセッションを記録しておく。
人生の大半を矯正施設や牢獄で過ごしたMansonであったが、幼少より歌声に優れ、またギターを戦前のギャング団の大物Alvin Karpisから教わり、遂には年に数十曲の自作曲も持っていた。獄中生活中にThe Beatlesの米国上陸にも影響された、その間独学でScientologyや 洗脳技術を身につけ、1967年西海岸へ移送された。
Frankie Laineばりの歌声とギターの腕前を評価したのが、当時薬物所持で入獄中だった Phil Kauffman、後にGram Parsons死去時彼の遺体を無断で持ち出し火葬した奇行で有名になるが、当時はHollywoood界隈で端役俳優やRolling Stonesの運転手を勤めていた(どこか 映画Once Upon A Time In Hollywoodに重なるところが面白い。)
両者は釈放後連絡を取り合い、既にFamilyを率いつつあったMansonに目をつけたPhilは「イエス・キリストみたいなイかれた連中がいる」と、Universalへ映画と音楽両方で売り込んだ。その後UniのGary Strombergよりレコーディングのオファーが届く。セッションは3時間以上行われるが、 音楽及び映画についての話は進展しなかった。マスターテープは現存しており、上記ドキュメンタリー映画『Cease To Exist』の中でBrian邸での録音と称されて使われている。
その後、Familyが増え根城をMalibuにある廃屋Spiral StarecaseへMansonは移した、 短期間であったがバンドThe Milky Wayを結成しライブは短期間だけで解散する。
その当時 Mansonは作家Robert A. Heinleinの作品を耽読していた、この事は後に終末思想へと影響を 与えたと言われている。
ちなみにHeinleinの『夏への扉』山下達郎にも影響を与えており インスパイアされた同名の曲がアルバム『Ride On Time』に収録されている。
1968年8月頃(殺人事件のちょうど1年前)にGold StarまたはVan Nuys近郊のスタジオで セッションが行われる、後に出るMansonのアルバムLIEのマスターテープとも言われている。ちなみにVan NuysはOnce Upon A Time In Hollywoodの主役の一人Cliff Boothが暮らす トレーラーハウスの近くにあるドライブインシアターがある場所だ。
同時期にBrian邸でのセッションが行われた、これはDennisがMansonを自身の Brother Recordからデビューさせようと決めたので、デモテープ作成の必要があったためだ。Steven Desperの証言では制作にはTerry Melcherも関わっていると話しており、目的は不明である。レコーディングはMansonとハウスエンジニアのSteven Desperとの二者で行われた。レコーディング中はMansonとFamilyの奇行に辟易し、特にBrianの妻Marilynは彼らの不潔さには激怒していたとのこと。当時のテープは事件後も破棄されていない模様。
さらに1968年末から1969年初頭にDennisの家でTerry MelcherはMansonとデモを試聴し、Cielo Driveへ移動後Columbiaとの契約の可能性を探りレコーディングの話をしていた。 その後Gregg JakobsonからMansonの意を受けたのか?
Manson一味が当時暮らしていた Spahn Ranch(映画の中でも再現されており、盲目のオーナーまで登場 映画村のような場所)へ来訪を促される。それを受けてTerry Melcherはwrecking crewの一員でもあるギタリストMike Deasyを同道させた、彼は野外録音システムを持っていたからだ。現地では愛と平和のコミューンが待っているかと思われたが、実際は暴力と洗脳が支配するデストピアであることが間もなく分かり幾つかの演奏を収録した後退去した。その後もGreggを通じで何度もオーディションの申し出がMansonよりあったが、Terryは固辞し続けた。
また同時期目的は不明であるがLos AngelesのWilder Brothers Studioでレコーディンが行われている、このことは公判記録にもあり、あくまでMansonとGreggとの間で行ったことになっている。Wilder Brothers Studioは名前のとおりWarner,Walter,Georgeの三兄弟で戦前/ 戦後をコーラスグループで活躍し、その後スタジオ業も営んでいた。なお、Wilder BrothersがLes Brown楽団にいた当時、メンバーの一人Georgeはリードシンガーと結婚する 。 その名はDoris Day Terryの実母である。
Greggの行動を見ると、どうやらTerryやDennisの意を受けてMansonとの間に立って重要な役割を果たしていたようだが、現在でもGreggは当時の自身の状況を話してくれているが The Beach Boys周辺には悪影響が及ばないようなスタンスを続けている。
近年Steven Desperがネット上で明かした事実によれば、上記Brian邸でのセッションは 『心して聞いていただきたい、(あのセッションは)"event"の起きた数週間前だった』 とのことである。"event"がManson一味の殺人事件であるならば、実際は1年後の1969年7月頃になってしまう、そうなれば今までのTerryやDennisの行動が全く違うものになる。
前回の拙稿でも述べたとおり、Dennisは1969年中葉までマスメディアにはMansonとの親し身をアピールしている、Stevenの発言は逆にこれを補完することになってしまうのだ。
今後もThe Beach Boysサイドはこの件は明確なコメントもなく避け続けるであろう。
1969年4月9日人気テレビ番組The Mike Douglas ShowにThe Beach Boysは出演し、当時リリースしたばかりのシングル『I Can Hear Music』に続き、Mansonの曲『Cease To Exist』を下敷きにした、『Never Learn Not To Love』を演奏した。
『I Can Hear Music』のB面は 『All I Want To Do』である、あえて全米にこの曲を披露したDennisの内面はいかに?
Mansonへの決別だったのか? それともMansonエバンゲリストとして全米に向けた第一声であったのか?
Mike Douglas Show出演時の画像
Manson逮捕後リリースされたアルバム『LIE』より
The Beach Boysと同郷のバンドRedd Crossのカバー
(text by MaskedFlopper)