2019年8月9日金曜日

Minuano:『蝶になる夢を見た』(Botanical House / BHRD-012)☆尾方伯郎インタビュー


パーカッショニスト尾方伯郎のソロ・ユニットMinuano(ミヌアノ)が、2010年のセカンド・アルバム『ある春の恋人』以来9年振りに、サード・アルバム『蝶になる夢を見た』を8月11日にリリースする。
ファーストの『Love logic』(09年)と『ある春の恋人』の2枚のアルバムでは、70~80年代のブラジリアン・ミュージックやジャズのエッセンスをちりばめつつポップスとして昇華していたが、本作では尾方のパーソナリティとイマジネーションをより活かした、一種コンセプチュアルなトータル感に耳を奪われた。
昨年8thアルバム『彼女の時計』をリリースしたLampのヴォーカリスト、榊原香保里をフューチャーしていることで彼等の熱心なファンも本作を待ちわびていたことだろう。
ブラジリアン・ミュージックをはじめジャンルレスなスタンスでポップ・ミュージックをクリエイトしていく姿勢は、 先月全国流通されたがレビューのタイミングを逃してしまったGUIROの 『A MEZZANINE』にも通じており、そのサウンドを構成する数々の音楽的エレメントに興味が尽きないのだ。
ここでは前作から実に9年振りにおこなった、尾方氏へのインタビューをお送りしよう。

●先ずはサード・アルバム『蝶になる夢を見た』のリリースおめでとうございます。 前作『ある春の恋人』から9年が経ちましたが、この期間はどのような活動をされていましたか?
また本作の曲作りやプリプロはいつ頃から始めましたか?

尾方伯郎(以下尾方):ありがとうございます。プリプロですが、セカンド発表後の2011年頃から始めています。ただ、思うように作れなかったり、作っても納得できなかったりで半分ほどボツにしたので、一部を除いたほとんどの収録曲は2015年以降に作ったものかと思います。
この間、Lampのライブやツアーがあったり、別の企画に没頭していたりした時期もありましたが、実感としては9年間、寝ても覚めても本作のことを考えていたという歪んだ記憶しかありません。とにかく時間の流れが早過ぎました。

●ご自分で納得がいかない曲をボツにされるのは理解出来ますが、それが半分ほどになるというとのころに尾方さんの強い拘りを感じました。
収録中11年のプリプロ時に作った曲はどの曲でしょうか?ソフトロック系の「流星綺譚」は前作までのテイストが残っていますよね。
またアルバムの軸となるリード・トラックの「終わりのない季節」はいつ頃作られた曲ですか?

尾方:2011年当時、曲として基本的な形ができていたのは「蜃気楼」、「真夜中のラウンジ」、「夏の幻影」の3曲。また、「機械仕掛けのハートのための不完全な戯曲」は、原型となる曲を2013年頃に作っているので、これら数曲が比較的早い時期の楽曲ということになります。
「終わりのない季節」が出来たのは確か2016〜17年頃、「流星綺譚」はその少し前くらいだったかと思います。

【アルバム・ダイジェスト】  

●音源を聴いたファースト・インプレッションは、前二作に比べて非常にコンセプチュアルで、複雑な展開とアレンジが施されているなと感じました。組曲のように構成されていて、アルバム全体で一つの作品になっていうような印象を受けました。
この様なアルバム・コンセプトは当初からプランしていて、曲作りをしていったのでしょうか?  

尾方:つまらない返しで申し訳ないのですが、一曲一曲を完成させるだけで精一杯でした。その繰り返しと積み重ねの結果としてこの形になったというのが実情で、何らかのコンセプトを狙うような余裕はなかったです。狙って作ってこれだったらもう少し格好もついたのですが、壁に向かって無作為にペンキをぶちまけたら偶然にも自画像になりましたと、それくらい強烈な意外性を私自身も感じています。

強いていえば、曲の並びには工夫を凝らしたと言っていいのかもしれませんが、この曲はこの配置しかありえないという場所に収まるべくして収まった感も強いので、あれこれ腐心した末の成果だと自分の口で言うのもちょっと違う気がします。この辺の感覚は言葉にするのが難しいです。

●成る程、アクション・ペインティング的な偶然性から生まれたトータル感なんでしょうね。でもそれは後で考えると必然だったのかも知れませんよ。曲順に関してはジグソーパズルのピースの当てはめていくような作業だったように感じますが、実はそれもアルバム作りでは非常で大事でもあり、悩みながら楽しめる作業ではないかと思うのですがいかがですか?  

尾方:悩みながら楽しんだという言い方も出来ますし、時間をかけて自然にそうなっていったという意味では、逆にほとんど悩んでいないとも言えます。ただ、普通に考えればこの曲がオープナーだろう、といったような定石からは外れたオーダーになったので、果たしてこれがベストか?という迷いは最後の最後までありました。それでも最終的には、常識的な判断より事の成り行きを優先して現状の配置に落ち着いた次第です。

●このユニットは尾方さんがサポート・メンバーとして参加されているLampの榊原香保里さんをヴォーカリストとしてフューチャーリングして、レコーディングにもサポート・ミュージシャンの方がこれまで同様に参加しています。
ソングライターとアレンジャーが異なるとはいえ、Lampサウンドと区別をつけるためのポイントはなんでしょうか?

尾方:違いを打ちだそう、区別をつけよう、そういった感覚はまったくなくて、彼らのスピリッツに少しでも肉薄したいという思いがむしろ強かったくらいです。録音物を聴くだけでは掴めなかったLampの真髄を、ライブやツアーで実際に演奏する度に体感しているわけですから。
しかし、そういった一種の精神論は脇に置いて純粋に技術的な部分で言えば、誰が何を作ったとしても、その人自身のフィルターを通した独自の作品にしかなり得ないので、そこは人為的にコントロールのできない部分ではないかと思います。

いずれにしても、Lampのサポートで演奏機会のある人間は現時点で世界に数人しかいないので、たまたまその一人として刺激を享受できる立場にいるのは、とても恵まれたことです。双方の共通点も相違点も呑み込んで今回やっと実った果実、それが甘いか渋いかは聴く人それぞれでしょうけれど、その実りの萌芽は、やはり自分の置かれている立場、つまりごく当たり前のようにインスピレーションを得られるこの稀有なポジションに、深く根差していると思っています。

『Love logic』     『ある春の恋人』

●『ある春の恋人』から本作『蝶になる夢を見た』までの間にLampは、『八月の詩情』(10年)、『東京ユウトピア通信』(11年)、『ゆめ』(14年)、『彼女の時計』(18年)と4作品をリリースしていますが、尾方さんが受けたインスピレーションのポイントを強いて挙げたらなんでしょうか?

尾方:挙げて頂いたアルバム個別の影響というよりも、あくまでも全体的な傾向の話になりますが、どの作品も当たり前に「ポップス」なわけです。
聴き手をときめかせるポップさを兼ね備えながら自由で複雑な表現を存分に盛り込んで、でも難解とは感じさせない。そういった印象は、時系列でみれば一定の変遷を辿りつつも、巨視的には初期から現在に至るまで一貫しています。表現の濃密さとポップさをいかに両立させるかというこのテーマは、この9年間に限らず終始、私の中で通奏低音のように鳴り続けていた。そういう言い方が一番しっくり来るように思います。

●尾方さんは90年初頭のクラブ・シーンでSpiritual Vibes(スピリチュアル・バイブス)のメンバーとして、近未来を見据えたかのようにラテン・ジャズやブラジリアン・ミュージックとポップスの融合をされていた訳ですが、昨今のネオ・シティポップ・ムーブメントからジャンルレスで多様な音楽性を持ったバンドが活動している昨今のミュージック・シーンをどう見られていますか?  

尾方:Spiritual Vibesは演奏面での参加のみで、制作プロセスの核心に直接タッチしたわけではないのですが、クラブ文脈で多少デフォルメされているとはいえ、ジャズやブラジル音楽がある種のポリュラリティを得た。そういう時代や現場に立ち会えたのは貴重な体験でしたし、この時に得られた感覚が今の自分の出発点にもなっています。ただ、その流れが後のシーンにどう繋がったかという大局的な視点は持ち合わせておらず、あくまでも私的な経験として非常に重要だったと、そういう話でしかありません。

それくらいの個人的なスタンスで音楽に接しているので、現在のシーンについても、自分が直に体験すること以外はまったく把握できていないのが実状です。勉強不足とは思いますが、世間の動きやシーンの動向よりも、置かれた環境で自分がいま何を感じているかという、そこにしか関心がないのかもしれません。
その対象は、昨日観た映画でも今日の車窓風景でも、あるいは過去への悔恨でも未来への不安でも何でもいいのであって、つまり必ずしも音楽でなくても構わないわけです。

そういう意味では、ミュージックシーンも含めた社会全般と一定の心理的距離があり、自分の中で勝手に作られた並行宇宙でただ一人暮らしているようなものです。一般的にはあまり好ましい状況として映らないかもしれませんが、そういうプライベートな架空世界から今回の作品が生まれてきているという側面は、少なからずあると思います。



●レコーディング中のエピソードをお聞かせ下さい。 

尾方:優等生っぽい答になりますが、参加ミュージシャンやエンジニアの方々との触れ合いは楽しかったです。とはいっても、レコーディング当日は時間の縛りもあって何かと慌ただしく、ゆっくり話をするような余裕はないのですが、そこは音楽関係者同士ですから、こちらの問いかけに音で答えてもらう非言語コミュニケーション中心で。

奏者さんの中にはちょくちょく顔をあわせる人もいれば、お久しぶりの人もいる。昔から知っているのにこれまでお願いする機会のなかった人もいれば、紹介を受けて初めてご一緒した方もいる。皆さん例外なく優秀なので、放っておいても勝手に良いパフォーマンスをして曲を膨らませてくれるし、こちらの至らないところはこっそり補ってくれたりもします。いやミュージシャンやエンジニアって本当にすごいなと、他人事のように実感しました。

特にクラシック系の楽器奏者さんは、いわゆるバンドマンとは異なる文脈で音を出す機会も多いはずで毎回軽く緊張するのですが、皆さん申し合わせたかのように親身で解釈も的確、もちろん演奏も全力投球です。こういった異ジャンル間の接近遭遇は、私の場合レコーディング以外では滅多に起こらないので、振り返ってみれば豊かな時間だったと、懐かしむというと大袈裟ですが、そんな気持ちが今も残っています。

●本作制作中に聴いていた楽曲を10曲挙げて下さい。

尾方:なにしろ長期に渡ったので、聴く音楽も次々に入れ替わりました。取りあえず、この9年間のある時期に繰り返し聴いていた曲、印象に残っている曲を挙げてみます。 ポップス以外のジャンルが多く、今回の新作に直接の影響は見出せないかもしれません。尚、制作期間以前から継続的に親しんでいる定番曲は外しました。

1. Fred Hersch 「At The Close Of The Day」
  『In Amsterdam: Live At The Bimhuis』 (2006) より
 (spotify試聴プレイリストでは別ver)

2. Dani Gurgel 「Depois」
  『Agora - Dani Gurgel E Novos Compositores』 (2009) より

3. Fabian Almazan & Rhizome 「Alcanza Suite: I. Vida Absurda y Bella」
 『Alcanza』 (2017) より

4. Jon Hopkins 「Candles」
 『Monsters (Original Motion Picture Soundtrack)』 (2010) より

5. Michael Franks 「When The Cookie Jar Is Empty」
 『Burchfield Nines』 (1978) より

6. Francis Hime 「Atrás Da Porta」
 『Francis Hime』 (1973) より
 (spotify試聴プレイリストでは別ver)

7. Kurt Rosenwinkel 「Gamma Band」
 『Star of Jupiter』 (2012) より

8. Brian Eno & Harold Budd 「First Light」
 『Ambient 2 The Plateaux Of Mirror』 (1980) より

9. Allan Holdsworth 「Tokyo Dream」 
 『Road Games』 (1983) より 

10. Jóhann Jóhannsson 「Heptapod B」
 『Arrival (Original Motion Picture Soundtrack)』(2016) より





●最後に本作『蝶になる夢を見た』の魅力を挙げてアピールして下さい。  

尾方:アルバム全体にコンセプチュアルな印象があるというお話を頂きました。それは偶然の産物という話もしましたが、成り行きはどうあれ、アルバムトータルで聴いた時にこそ何かが伝わる作品になったという思いは確かにあります。

アルバム単位で聴く習慣が薄れている昨今の時代性とは相反しますが、今回のアルバムをまるまる通して聴いて頂ければ、一周回って逆に新しい体験になるのではないか。
そういうところに、この音楽の持ち味があるのではないか。そんな気がします。本作は化学反応の主体ではなくあくまでも触媒であり、聴いてくださる方それぞれが主人公になって、無自覚に胸に秘めた何かを感じ取る。そんな風景や物語を、私は漠然と思い描いています。 

(インタビュー設問作成/文:ウチタカヒデ)


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