第15回のMoody Bluesのリード文で書いた、ミュージック・ライフの「プログレッシブ・ロックの旗手 ピンク・フロイドとムーディー・ブルース」という記事からピンク・フロイドが始まった。ムーディー・ブルースに関しては前の原稿をご覧いただくとして、ピンク・フロイドにはシングルがない。キング・クリムゾンもあるのに。当時の中1にとってLP1枚は今の1万数千円の値段なのでおいそれを手が出せないがどうしても聴きたい。三軒茶屋にあったレコード店に行くとピンク・フロイドの最新盤『原子心母』が壁にかかっていた。ジャケットには乳牛だけが写っていてグループ名もアルバム名もなく、帯でピンク・フロイドと分かるあまりに斬新なデザインに、これは買うしかないと確信した。A面の組曲「Atom Heart Mother」にすぐに夢中になり、1971年に箱根アフロディーテという野外イベントにピンク・フロイドが来日すると分かり、中学の仲間と行く計画を立てた。ピンク・フロイドが登場する時間からいって、泊りがけは必須。しかしまだ中2だったので他の親の反対にあい泣く泣く諦めた。幸い翌1972年にピンク・フロイドは再来日、東京体育館に見に行くことができた。1曲目はタイトルも決まっていない『The Dark Side Of The Moon』が20分以上始まったのだ。プロト・タイプで、レコードで聴いた時は「これは違うな」と思ったもの。中学生の時、ピンク・フロイドは音楽の範疇を超えた存在だった。夜、部屋の照明を全部落として見えるのはステレオの光だけ。そこでピンク・フロイドを大音量でかけてトリップするのだ。家族の迷惑などどこ吹く風で…。好きなアルバムは『Atom Heart Mother』。ロジャー・ウォ―タースが嫌いだろうが関係ない。アルバムB面の「Summer ‘68」も大好きだった。「Fat Old Sun」「If」もいい。『Meddle』は「Echoes」にとどめを刺す。「One Of These Days」も。そして『A Saucerful Of
Secret』が大好きで、タイトル曲はもちろん「Remember A Day」「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「Let
There Be More Light」がいい。『Ummagumma』のスタジオ・サイドは嫌いで、ライブ・サイドは最高に好き。特に「Careful With That Axe, Eugene」「Astronomy
Domine」がいい。地味な『More』は「The Nile
Song」「Cymbaline」。『Obscured By
Clouds』はどうでもいいアルバム。そして『The Dark Side Of The Moon』は彼らの頂点で、アルバム自体で一作品と思っている。しかし以降はロジャー・ウォータースのワンマンバンドと化していき、リック・ライトがお払い箱扱いになっていくので、その後のアルバムには思い入れがない。ちなみシド・バレットへの神格化も自分にはないので、初期の作品では「See Emily Play」「Arnold Layne」「Astronomy Domine」「Interstellar Overdrive」に時代はずれるが「Julia Dream」が好きという程度。ギターのリフなど画期的な才能を持っていた人であったことは間違いない。チャートを見てもらえば分かるがピンク・フロイドはイギリスではトップ10、アメリカでは40位すら入れないバンドだったが、『The Dark Side Of The Moon』が全米1位になりその後なんと15年間、733週、アルバムトップ200にランクインし続け、おそらく二度と破られないギネス記録になった。1500万枚以上のセールスもあり、コンセプト全体をロジャー・ウォ―タースが考えて作った『The
Dark Side Of The Moon』は、ピンク・フロイドを、イギリスの一プログレ・グループから、世界を代表するロック・バンドに変えたのだ。そしてバンドはロジャーの意図のもとアルバムを作るようになり、ロック色が増して幻想的な部分は減っていく。『The Wall』は2300万枚のセールスと大成功を収めるが、ロジャーはリック・ライトをクビにするなどグループは空中分解し、ロジャーは脱退、残ったメンバーはピンク・フロイドの名前を引き継ぎ、その後はデイブ・ギルモアのピンク・フロイドは米英で1位になるなど好セールスを収め、ロジャーはピンク・フロイドのライブに自分のソロ・ツアーのライブをぶつけるが惨敗し、ショックで10年間ライブを行えなかった。『LIVE 8』で1回だけ4人が揃ったものの、わだかまりは少しも解けず、リック・ライトの病死により、デイブ・ギルモアはピンク・フロイドの終焉を宣言した。自分には『The Dark Side Of The Moon』までが自分の好きな4人のピンク・フロイドで、以降は幸せには見えない。その4人がロックの可能性にチャレンジし続けていたボックスセット『The Early
Years 1965-1972(Box Set)』で今まで封印されていた膨大な映像、音源が楽しめ、自分にとってのピンク・フロイドはこれで十分だった。『The Dark Side Of The Moon』は入っていないが、そこまでが重要なのだ。
★PINK FLOYD (~1973)
☆オリジナル・アルバム
1967 『The Piper At
The Gate Of Dawn』(EMI-Columbia/Tower)2007 Reissue『40th Anniversary
Edition』(もともとUK11曲、US9曲で選曲も違っていたが、この40周年記念盤で、UKアルバムの中核11曲はステレオ&モノで収録。そしてシングルのみの5曲と別ヴァージョン4曲も追加された。ただし1968年の「It Would Be So Nice」と「Point Me In The Sky」のシングルは入らず、後の『The Early
Years 1965-1972(Box Set』に収録され解決する。UK6-UK131
1968 『A Saucerful Of
Secrets』(EMI-Columbia/Tower)UK9
1969 『More』(EMI-Columbia/Tower)※OST。UK9-US153
1969 『Ummagumma』(Harvest/Capitol)UK5-US74
1970 『Atom Heart
Mother』(Harvest/Capitol)UK1-US55
1971 『Meddle』(Harvest/Capitol)UK3-UK70
1972 『Obscured By
Clouds』(Harvest/Capitol)※OST。UK6-US46
1973 『The Dark Side
Of The Moon』(Harvest/Capitol)2011Reissue
『Immersion Box Set)』(CD3枚+DVD2枚+Blu-ray1枚)※音源はオリジナル版(2011Remix)、1974年ウィンブリーでのライブ、1972年にアラン・パーソンズがエンジニアを努めたEarly Mix9曲に「The Hard Way」「Us And Them(Demo)」「Money(Demo)」「The Travel Sequence」に1972年のブライトンでのライブ「The Travel Sequence(Live)」「The Mortality Sequence(Live)」「Any Colour You
Like(Live)」収録。UK2-US1
☆必要な参加盤
1970 『Zabriskie
Point』(MGM)※映画『砂丘』OSTで7曲参加している。『The Early Years 1965-1972(Box Set)』と内容は被らない。
1971 『Relics』(Starline)※1971年の未発表曲「Biding My Time」収録。UK32-US152
1995 『London ’66-‘67』(See For Miles)※16分46秒の「Interstellar Overdrive」と11分55秒の「Nick’s Boogie」収録。
☆必要なコンピレーションBOX
2016 『The Early
Years 1965-1972(Box Set)』(Parlophone)10CD+8Blu-ray+9DVD+5EP
今まで聴いたことも見たこともない音楽と映像の両方をこれだけ究極に集めたボックスのアーカイブはこのピンク・フロイドぐらいだろう。シド・バレット時代から『The Dark Side Of The Moon』未満までの未収録音源とほとんど初登場の映像を恐ろしいまでに集めて収録した。Blu-rayとDVDは同じものなので、本ボックスはCD10枚+Blu-ray8枚のボックスと言って良い。音源も凄いが、映像の方がより凄い。というのもコンサートを丸ごと収録というものはなく、ほとんどが各国のテレビで放送されたスタジオ・ライブやPVなのだ。これはファンにとって最高の贈り物で、大枚払う価値は十分過ぎるほどある。本ボックスの次のアルバムは『The Dark Side Of The Moon』であり、こちらは既に様々な音源を集めたボックスが発売済みだ。要はこのボックスで極端な話、ピンク・フロイドは完成する。自分はピンク・フロイドに1970年に出会ってからのファンだが、こうやってボックス全部を紹介するにあたって、自分の趣味趣向が反映されるので、その事だけあらかじめ書いておきたい。まず自分はシド・バレット時代のピンク・フロイドに思い入れがない。次の「A Saucerful Of Secret」は大好き、『Ummagumma』のライブ・サイドは大好きだが、あまりに前衛的なスタジオ・サイドは苦手。そしてロジャー・ウォータースが不満を言おうが自分にとってピンク・フロイドに目覚めた『原子心母』こと『Atom Heart Mother』は燦然と輝く最高傑作。『Meddle』も大好きだが『Atom Heart Mother』が劣るとは思わない。そして『The Dark
Side Of The Moon』も明らかな最高傑作。今までの試行錯誤は全てここに結実したと言える。以降のアルバムは『The Wall』を頂点に評価は高いが、もう本ボックスのような素材までは集めたいと思わない。サントラの『More』と『Obscured By Clouds』は、それぞれ光る曲があり、個人的には後者の方が好きだが、サントラなので同一視はできない。こういう偏見で紹介させていただこう。
このボックスは7枚の箱に分かれていて、ここで明確に区別される。
まずはセット1でシド・バレット時代の音源が集められている。時代はCDの冒頭を除き全て1967年。CDは2枚で、ディスク1の最初の6曲は1964年から65年にロンドンのデッカ・スタジオでの録音で、昨年『1965 Their First
Recordings』で公開された初期キンクスやストーンズのようなR&Bタッチのロック・ナンバー。他に1stアルバム未収録シングル曲の他、2010年にリミックスしたバレットの曲が並び有名な未発表曲「In The Beechwoods」「Vegetable Man」「Scream Thy Last Scream」がオフィシャル初登場。この時期の「Jugband
Blues」も初。最初の曲はインストで洒落たコードを使っていて面白い。他の2曲はいかにもバレット。CDのディスク2はスウェーデンのストックホルムのクラブのゴールデンサークルでのライン録音のライブが7曲。ただしヴォーカルは入っていない。演奏の迫力と質は最高で、スタジオ録音よりはるかにロックであり、バレット時代のベストではないか。あのポップな「See Emily Play」が重厚なロック・サウンドになっていて驚かされた。その他は前衛アーティストのジョン・レイサムとのセッション9曲が並ぶが、前衛音楽であり個人的にはまったく興味がない音源。映画用に作られたが映画自体未発表で終わる。ヨーコ&ジョンのザップル作品といい、前衛音楽は自分にはまったく不要だ。
セット1の映像は、カラーで画質もよくサイケデリックなインストを演奏し続ける「Nick’s
Boogie」、演奏はないが冒頭でバレットが変な漢字のハッピを着ている画質の良いモノクロの「Arnold
Layne」のPVは聴きやすい。ナレーションが入りサイケな演出が入るBBC『The Look Of The Week』の「Astronomy Domine」はまあまあ。演奏がないPVだがカラーで画質が抜群によくOut Takeと合わせて2通り撮影された「The Scarecrow」、リップシンクのカラーPV「Jugband Blues」、モノクロのリップシンク「Apples And Oranges」などレア映像のオンパレードだが、曲が面白くないなあ…その点、画質は悪くても『Top Of The Pops』でのリップシンクの「See Emily Play」は嬉しい。その他は前衛音楽だったり、映像がアメーバ状だったりで、個人的に苦手。
続いてのセット2は1968年の音源。CDは1枚で冒頭の4曲はリーズナブル。シングルのみでコンピでしか聴けない5枚目のシングル「It Would Be So Nice」「Julia Dream」と7枚目の「Point
Me At The Sky」「Careful With That Axe,Eugene(Studio
Single Version)」が冒頭の4曲。次の2曲はLAで8月22日に録音された未発表トラックで「Song 1」「Roger’s Boogie」は、前者がマイナー調の『More』っぽいインスト、後者は前半がア・カペラの歌の実験的なもの。そしてBBCで6月25日収録の3曲で、最初の2曲はタイトルは違うが「Careful With That Axe,Eugene」と「A Saucerful Of Secret」。そして「Let There Be More
Light」は演奏がシンプルかつ間奏のデイブ・ギルモアのギターがロックっぽく「Eight Miles High」みたいで面白い。「Julia Dream」は間奏の幻想的なギターがない。そして12月20日BBC収録の「Point Me
At The Sky」「Embryo」「Interstellar
Overdrive」もスタジオ・ライブなので、既発表ものと違う。「Point…」はキーボードが薄いし「Interstellar…」はイントロがリフではなくキーボードとまったく違う。
さて肝心な映像は、まず2月18-19日にベルギーのブリュッセルのTVで放送されたモノクロの7曲で全て音はレコード、バレット時代の曲が多いがギターはギルモアだ。この中で、スタジオでリップシンクながらライブのような映像は「Corporal Clegg」「Set The Controls For The
Heart Of The Sun」でこれがベスト。ちなみに「See Emily Play」は野外でのコミカルな最も見たことのあるPV。別番組だがベルギーで同時期放送の「Apples And Oranges」はリップシンクの演奏ものだが曲に合わせておふざけ気味。そしてこのボックス2で最高の映像がカラーで2月20日にパリで放送されたリアル・ライブの4曲だ。その曲が「Astronomy Domine」「Flaming」「Set The Controls For The Heart Of
The Sun」「Let There Be More Light」で選曲も素晴らしい。ニック・メイスンのドラミングがなんともカッコ良く、レコードよりよりロック色が強く文句なしだ。他映像処理されている曲は省略で、4月にローマで放送されたカラーの「It Would Be So Nice」は1分半もないがリップシンクの演奏もので存在自体珍しい。5月にローマで放送された「Interstellar Overdrive」はギルモアがいない別録音の演奏で、ギターがいない違和感があるが迫力があって聴きもの。レコードでは2分半ぐらいに出てくる通信音みたいな奇妙なリフだが、冒頭でロジャー・ウォータースがベースで弾いていて、弾き方にも驚かされた。8月にベルギーで放送されたモノクロでリップシンクの「Astronomy Domine」にもギルモアは映っていない。そしてここから先はギルモアも入って4人での演奏になる。9月にパリで放送されたモノクロでリップシンクの「Let There Be More Light」「Remember The Day」はスタンダードな映像ながら好きな「Remember The Day」が珍しいので嬉しい。もう一つの目玉の10月のパリでの「Let There Be More Light」「Flaming」は、カラーで観客も入ったライブで内容が素晴らしい。前者は重量感が増して迫力あるロック・ナンバーになっており、後者も好きな曲ではなかったがライブでは聴ける曲になっていた。そして「Let There Be More Light」はスタジオ・ライブで11月にパリでカラー放送、さらにテンポが遅くヘヴィな演奏になっていてさらにロック。このディスク2のピンク・フロイドのライブ映像はロック色が強まりレコードより魅力的な演奏を聴かせてくれていた。
セット3のCDは1969年の『More』『Ummagumma』関連中心である。CDのディスク1はまず『More』のアウトテイクが4曲。2曲の別ヴァージョンはよりビートが効いたもの、「Hollywood」はマイナー調インスト、「Seabirds」は曲ではないBGMで、まあ全て内容はどうでもいい代物だ。間に「Embryo」が挟まるがハーベストのサンプラー『Picnic』のみ収録されていたオリジナルで、この曲の為にコンピの『Works』を持っている必要もなくなった。そして5月12日のBBCセッションで、『More』から「Cymbaline」「Green
Is The Colour」、『Ummagumma』から「Grantchester
Meadows」「The Narrow Way」と「Careful
With That Axe,Eugene」。最初の3曲はアコースティック色が強いのでスタジオ・ライブでも大きく変わらない。「The Narrow Way」は歌の入ったPart3。これは曲がつまらない。「Careful…」はたった3分半で特徴的なベースのリフがなくロジャーの叫ぶ声もない。残るは8月9日のアムステルダムでのライブで「Interstellar
Overdrive」は後半のギルモアのギターはいいが幻想的なオルガンが長いのでいまひとつ。他はこの時代のライブ定番「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「Careful
With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of Secrets」の3曲で、おそらくロジャーの叫び声や裏声のコーラスはあったんのだろうがこの録音には入っていない。演奏に迫力があって新鮮。CDのディスク2はこの時代ピンク・フロイドが完成しようとしていた『The Man』と『The Journey』という2つの組曲で9月17日のアムステルダムで披露したものが収録されている。どちらも『A Saucerful Of Secrets』『More』『Ummagumma』からの曲も使っていてこの時代の産物と分かる。『The Man』は7曲で、「Afternoon」が後に『Relics』でホーン入りのものが収録されたジャズ風で洒落たフレーズもある「Biding My Time」のことで、「Daybreak」は「Grantchester Meadows」、「Nightmare」は「Cymbaline」で、アルバムのものとは違うテイク。残り「Work」「Doing It」「Labyrinth」パーカッションだけ、「Sleeping」は即興の幻想的なインストでまさに『Ummagumma』のスタジオ・サイド、まったくつまらない。一方の『The Journey』は8曲で、「The
Beginning」は「Green Is The Colour」、「Beset By Creatures Of The Deep 」は「Careful
With That Axe, Eugene」、「The Narrow Way Part3」はアレンジは違うがタイトルは同じ、別の曲と言っていいほどアレンジが違うが「The Pink Jungle」は「Pow R. Toc H」、そして「The End Of The Beginning 」は「A Saucerful Of
Secrets」の最後のオルガンのパートをアレンジしたもの。他は「The Labyrinths Of
Auximines」は『More』でも出てきそうなBGM風曲、「Footsteps / Doors」はパーカッションのみ、「Behold The
Temple Of Light」はギターコードを発展させたインストで、これも既発表の曲以外、どうといった内容ではないのでボツになって当然だっただろう。
さて映像へ移ろう。1月22日のパリでのモノクロのリップシンクのライブ「Set The Controls For The Heart Of The Sun」「A
Saucerful Of Secrets」は編集で短くなっている。4月14日ロンドンのロイヤル・フィスティバル・ホールは『The Man』のモノクロのリハーサル。「Biding My Time」を最後までジャズタッチで演奏した「Afternoon」、アコギの弾き語りの「Cymbaline」は非常に聴きやすく、「Beset By Creatures Of
The Deep 」はベースパターンも変えて「Careful…」のイメージから遠いアレンジ、「The End Of The Beginning 」はまさに「A Saucerful
Of Secrets」の最後の部分だった。続く10月11日ドイツのエッセンでのモノクロのライブの「Careful With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of
Secrets」は出来が非常に良くいよいよ60年代ピンク・フロイドのライブが完成した感がある。前者は幻想的かつ迫力満点の演奏で、ロジャーの叫びの後のギルモアのアドリブのヴォーカルも聴くことができる。後者は幻想的な部分とロック的な部分のメリハリがはっきりつくようになり、エンディングにもコーラスの代わりにギルモアのヴォーカルが入って完成度が増した。そして本映像のメインの10月25日のベルギーでのライブはカラー、まずは「Green Is The Colour」からスタート、「Careful With
That Axe,Eugene」「Set The Controls For The Heart Of The
Sun」の2曲になるがこの「Careful With That
Axe,Eugene」はこのセットだけでなく、本ボックス全体の中でも最高クラスの出来のライブだ。あのロジャーの叫びまでにロジャーは4回Come Onとつぶやき期待値はマックス、そこでロジャーの叫び声は今までに聴いたことがない全力の叫び声でまさに断末魔、それが5回も入るのだ。これほど狂気に満ちたこの曲のライブを聴いたことがない。曲が終わったあとのロジャーの放心した顔がライブの凄さを物語る。「Set The Controls For The Heart Of The Sun」のライブもニックのドラムと共に全ての楽器が極限まで重なり合いその迫力はまさにピンク・フロイド。本当に素晴らしい。最後はフランク・ザッパが飛び入りし、メインのギターを弾いた「Interstellar Overdrive」で終わる。演奏もザッパのギターも非常に素晴らしいが、ギルモアの弾くフレーズとはイメージが明らかに違うので、これはライブならでは産物ということだ。
セット4のCDは1970年、いよいよ個人的に最も思い入れがある『Atom Heart Mother』の登場だ。そしてディスク1はいきなり11月20日にスイスのモントルのライブの「Atom Heart Mother」から始まり度肝を抜かされるだろう。この曲のレコードはオーケストラとコーラス隊が入っているので、ライブではメンバーの演奏だけのバンド・ヴァージョンと、オーケストラ等を招いたオーケストラ・ヴァージョンがあり、こちらはバンド・ヴァージョン。レコードは23分あるがコーラス隊の部分などそいで18分でまとめているが迫力があってなおかつ抒情的でピンク・フロイドの最高傑作のひとつといっていい。ロジャーは嫌いらしいが、ロン・ギーシンにオーケストラ部分を書いてもらったのが嫌なのだろう。まあ偏屈なロジャーのいう事、まともに聞く必要などない。続いて7月16日のBBCのセッションが6曲でこちらのリアル・ライブで最高の出来だ。まずは「Embryo」、スタジオの倍以上の11分の大作となっていて、当時のこの曲へのメンバーの思いが感じられる。曲自体は中間部に幻想的なパートが入るが基本はオーソドックスな曲。アルバムからは「Fat Old Sun」で後半はヘヴィになる。「Green Is The Colour」は牧歌的な仕上がり。そして「Careful With That Axe,Eugene」の登場だ。ライブでの狂気は無いが、やはりロジャーの叫びに向かっての盛り上がりといいこの曲には異様なパワーがある。まさに代表曲のひとつ。再びアルバムから最もシンプルかつ美しい「If」を挟んで、再び「Atom Heart Mother」が登場する。今回はホーン・セクションにコーラス隊が入ったオーケストラ・ヴァージョンで、レコードに近いサウンドが再現される。メインテーマのあとがチェロではなくホルンになるが、どのパターンでもこの後のギルモアのスライド・ギターが美しい。R&Bパートのあとのミュージック・コンクレートの部分もこのヴァージョンに入るので総尺が25分、しかしまったく飽きさせない。
続いてディスク2は1970年の映画「砂丘(Zabriskie Point)」のサントラ。ピンク・フロイドはサウンドトラックを担当しながら、レコーディングした16曲中3曲しか監督のミケランジェロ・アントニオーニは使用しなかった。2010年の同名のサントラにはその3曲とボーナストラックの4曲が入っていたが、この16曲は全曲初音盤化だ。冒頭と最後でコーラスの歌が入る「On The Highway」と「Climbing High(Take1)」(サントラのTake1と書いていないものとは別テイク)は爽やかで、そして5つのアレンジによる洒落たインスト「Love Scene」(サントラの2つを入れると計7曲)もあれば、ロックンロール、ヘヴィなR&Bもあり、変幻自在。「Explosion」は叫びといい明るいタッチの「Careful With That
Axe,Eugene」(サントラの「Come In Number 51, Your Time Is Up」とは別物)、ピアノ主導の「The Riot Scene」は後の『The Dark Side Of The Moon』で「Us And Them」になっている。「Take Off」は「One Of These Days」の原型だろう。最後に収録月は不明だがスタジオで1970年に録音したというバンド・ヴァージョンの「Atom Heart Mother」が登場する。セット4で3回目、冒頭のバンドのライブより2分半長い。どこか違うかというとエンディングでテーマが再度登場するが最初のライブは勇壮な演奏が1回だけで終わるのに対してこちらは1度収束してあの抒情的な3連符の部分が出てきて再び勇壮なテーマになるのでその部分が多い。ただ完成度的には最初の方が上で、中間部の抒情的なパートにファルセットのコーラスを入れたり、細かい工夫があった。
ではセット4の映像だ。ラストを除き全てカラー映像である。最初に4月30日のサンフランシスコのライブでまず「Atom Heart Mother」がバンド・ヴァージョンで登場するが映像がアメリカの穀倉地帯か何かの空撮が延々続きつまらない。ただしCD最後の初期のものではなく前半の抒情的な部分ではメンバーの姿が映りファルセットでコーラスを担当する様が見える。また空撮になるが後半のR&B風の後半からメンバーの姿が再び登場、エンディングは短く、やはり初期のライブ構成ではない。次の「Cymbaline」「Grantchester Meadows」「Green Is The Colour」は歌っているギルモアのアップが多く(「Grantchester
Meadows」はロジャーとの掛け合いだが)ここではロジャーへのカメラがかなり少ないのに気づく。「Careful
With That Axe,Eugene」は肝心な部分で映像が反転とかサイケデリックな処理をされてガッカリ。「Set
The Controls For The Heart Of The Sun」ではいよいよ盛り上がる部分でロジャーが銅鑼を叩くようになりさらにこの曲は盛り上がるようになった。続いて8月8日のフランスのサントロペでの「Cymbaline」のサウンドチェック。誰もいない会場でメンバーはみな上半身裸でロジャーにいたっては海パンだけだ。Summer Of Loveというべきか自由な時代が伝わってくる。続いてバンド・ヴァージョンの「Atom Heart Mother」が前半の抒情的なファルセットの部分から登場。続く「Embryo」は完奏する。中間の幻想的なパートはリック・ライトが大活躍だ。「Careful With That Axe,Eugene」ではロジャーの肝心な絶叫シーンはみなニックのドラミングを裏から撮るカメラで、この頃のカメラアングルの酷さを痛感する。「Set The Controls For The Heart Of The Sun」はやはり盛り上がる部分でロジャーが銅鑼を叩くので、この曲はこの時代がベストの演奏をしている。ただしこのサントロペのライブも強いライト越しのアングルで画面が暗く、雰囲気優先の演出が残念だ。内容が素晴らしいのにカメラ演出が古臭くて…。そのあと12月5日パリでの即興演奏「Instrumental
Improvisations」と短い「Embryo」が挟まる。さていよいよ最後は7月18日ロンドン・ハイドパークでの「Atom
Heart Mother」のライブで、ここではオーケストラ・ヴァージョンで全て見られる。バンドの目の前にフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルが演奏をフォロー、コーラスはメンバーの後ろにジョン・オリディス・コワイアが控える。残念ながらモノクロで画質もイマイチだが一切の映像処理がないのがいい。レコードの完全再現ができるので、エンディングのアンサンブルがいったん出たとのリックの不協和音のようなキーボードのあとのしばらくのミュージック・コンクリートはリックのテープ操作で流れ、そこに最後はブラスが被って、最後にピンク・フロイドと合わさって勇壮なエンディングで大団円へとつながっていく。21分という長尺で、ピンク・フロイドのライブの頂点だろう。残念なのは最後がフェイドアウトだ。
なおこのセット4のみBlu-rayは1枚なのにDVDは2枚、尺は短いし内容は同じなのに理由は不明だ。Blu-rayとDVD1に音だけの『Atom
Heart Mother』の4.0 Quad mixが収録されていたが、私にとってはレコードと同じ音源なのでどうでもいい。
セット5は1971年。CDはたったの5曲で9月30日のBBCセッションが収録された。最初は「Nothing Part 14」と名付けられた「Echoes」のキーボードと「One Of These Days」のベースが合わさったような作品で7分ある。そのあとは「Fat Old Sun」で後半はロック。やっと「One Of These Days」が登場、この曲は日本で当時ヒットしたことを抜きにしても今聴いてもカッコいいロック・ナンバーでワクワクしてしまう。ここでまた長い「Embryo」が登場、ピンク・フロイドの並々ならぬ愛情を感じるが、次のメンバーの誰もが傑作と言い切る「Echoes」に雰囲気や構成が似ている気がしないでもない。そしていよいよ26分半の本命「Echoes」が登場する。これだけ長尺の曲なのにキャッチーなコーラス部、R&Bタッチの演奏パート、幻想的なパート、「One Of These Days」のベースを使って盛り上げるロックパート、そしてコーラス部へ戻るとまったく飽きさせない。アルバム『Meddle』が今でも高い人気を誇るキーの曲だ。
セット5の映像は1971年で表記のあるもの以外カラー。まずは断片なのが惜しいドイツのハンブルグでの2月25日のブラスとコーラスを従えた「Atom
Heart Mother」が最初と最後に映る。セット4最後のイギリスのブラスより明らかに上手なので全編が見られなくて惜しい。「A Saucerful Of Secrets」も断片のみ。続いて6月15日のフランスの教会内での「Set The Controls For The
Heart Of The Sun」はロジャーの銅鑼でもりあがっていく1970年以降のヴァージョンだが、画質の良さ、正統で均等に向けられるカメラ、そして演奏の質の高さでこの曲のベスト映像だ。続く「Cymbaline」も同様だ。7月1日オーストリアのTVでが、ブラス・コーラス付のモノクロの「Atom Heart Mother」が見られるが残念ながらこれもコーラス部の断片のみ。しかしボーナス・マテリアルで再登場した映像はカラーで収録され、三連符に入る部分からの映像がモノクロより長く見られる。ただ三連符の部分がチェロなので音はレコードからだろう。さらにオーストラリアのシドニーのTVでは「Careful With That Axe,Eugene」のロジャーの絶叫からの断片がモノクロ。こういう断片物はみなメンバーのインタビューとセットだ。
そしていよいよ本ボックスのメインと期待していた、1971年8月6-7日の日本初来日の箱根アフロディーテの映像だ。計画していたのに行けなかった無念の思いは年がたつほどつのりそれだけピンク・フロイドには思い入れがあったので、箱根アフロディーテの映像が見られるなんて45年来の夢、高額な本ボックスを購入した決め手は「箱根アフロディーテ」の映像だった。箱を開けて真っ先に見たのはこの映像だ。ただしこの映像は前から流布していたものらしい。来日時のオフショットやインタビュー、そして会場での演奏風景は同じものがあり、ブートを買わない自分としてはどこが初登場なのか分からないが、曲は一番好きな「Atom Heart Mother」であり、画質が悪かろうがもう心から満足できた。インサートされた羽田空港とJAL、空港でのメンバー、箱根登山鉄道、芦ノ湖の遊覧船、大涌谷のロープウェイ、そしてホテル(おそらく記者会見を開いたホテル・ニューオータニ)、一番気難しいと言われたギルモアは笑顔でファンが差し出した『原子心母』のジャケットにサインをしている。そして芦ノ湖畔の会場と集まる大観衆、こういった素材が箱根アフロディーテと大きく書かれたステージの上のピンク・フロイドの演奏シーンと何度かオーバーラップする。演奏シーンと曲はシンクロはしていない。そのうち会場に霧が下りてくるシーンが映る。「これが伝説の箱根アフロディーテでピンク・フロイドが演奏している時に出てきた霧か!」とこのワンシーンでも感動。「Atom Heart Mother」はバンド・ヴァージョンで15分余を完奏。これだけで十分だ。映像の最後にテレビ埼玉のリクエストの文字が出たので、この映像は当時のTVで放送されたことは間違いない。
セット6のCDの内容は1972年『Obscured By Clouds』の2016 Remixなので省略。これを聴くと1969年の『More』や今回初収録1970年の「砂丘(Zabriskie Point)」から2年で曲作りとサウンドが洗練されたのは驚異的だ。ただピンク・フロイドらしさも失われつつあり、あまり興味が持てないアルバムである。このCDは日本盤では最初から入っていたディスクと差し替え用で入っていたのだが、セット6で最初に『Obscured By Clouds』のタイトルで入っていたのは『Live At
Pompei』であり、セット6のBlu-rayに映像付きで5曲入っているが、この「間違いCD」はさらに35秒長く叫び声も違う「Careful With That Axe,Eugene(Alternative Take)」まで入っていた。交換不要なので1枚得した勘定だ。内容は映像の方で。
映像は1972年で、まずは『Obscured
By Clouds』関係のモノクロ&カラー映像でスタジオシーンがうつるのみ。7月29日のロンドンの「Set The Controls For The Heart Of
The Sun」「Careful With That Axe,Eugene」のライブで、前者は演奏も演出もさらに磨きがかかり、最も盛り上がった部分のロジャーの銅鑼の最後には銅鑼の回りから火が出る演出でさらに盛り上げた。後者もさらに完璧な演奏で文句の付けようがない。そしてバレエとピンク・フロイドの融合という「ピンク・フロイド・バレエ」は11月に行われたそのニュース映像が収録。バレエダンサーの上でピンク・フロイドが演奏している。断片だが「One Of These Days」「Careful With That
Axe,Eugene」「Echoes」を歌っているシーンが幾つかはっきりと見ることができた。そしてビデオ化されていたあの『Live At Pompei』が最高の画質で収録されたのが嬉しい。録画は1971年10月4~7日にイタリアのポンペイ遺跡で「Careful With That Axe,Eugene」「A Saucerful Of
Secrets」「One Of These Days」「Set
The Controls For The Heart Of The Sun」「Echoes」と60分弱もあり、「A Saucerful Of Secrets」など実際の演奏の過程が分かるものもあって素晴らしい。演奏はこの5曲も完璧、非の打ち所がないライブ演奏(観客はいない)で、メンバーの演奏シーンにポンペイ遺跡のシーンやその他のシーンを挿入しているが、メンバー演奏シーンを基本にしているので見やすい。
最後のセット7だがこのセットは1から6に入りきれなかったものを収録したので時代はメチャクチャである。CDではまずバレット時代のBBCライブが並ぶ。1967年9月25日の6曲で、「Flaming」「Scarecrow」「The Gnome」「Matilda Mother」は録音も良く完奏。「Reaction in G」は断片、この時代にこの曲があったのかと驚かされた「Set
The Controls For The Heart Of The Sun」は音質が悪い。1967年12月20日のBBCは未発表の「Scream Thy Last Scream」「Vegetable Man」と「Pow R. Toc H.」「Jugband Blues」はレコードやセット1に比べスタジオ・ライブなのでシンプル。1968年12月2日BBCは後に『Ummagumma』の「The Narrow Way Part 1」で使われたインスト「Baby Blue shuffle In D Major」と、いかにも即興のR&Bインスト「Blues」、マンフレッド・マンのポール・ジョーンズ主役の1968年の映画『The Committee』のサントラ用のインスト「Music from The
Committee No.1」「Music from The Committee No.2」と、1969年BBCのTV用「Moonhead」は未発表で、前者はいかにもサントラ用の軽いインスト、後者は音質は悪いが人類初の月面着陸に合わせてピンク・フロイドが即興で演奏した彼ららしい幽玄な曲だった。ラストは1974年イギルスのウェンブリーでの24分を超す「Echoes」のライブで、サックスが入っているのが面白い。
映像は2枚ありディスク1には1967年5月にロンドンで放送された演奏なしの「Arnold Layne(Alternative Version)」、1969年7月22日にドイツで放送された演奏なしの「Corporal Clegg」と演奏シーンも含めた「A Saucerful Of
Secrets」はどちらも音源はレコード。70年にイギリスのバースでのライブにホーン・セクション&コーラス付きで出演した「Atom Heart Mother」の一部、1970年7月28日にオランダのロッテルダムのライブに出演した時の「Set The Controls For The Heart Of The Sun」と「A
Saucerful Of Secrets」の一部を集めたものは画質はイマイチだがカラー。1972年5月22日にオランダのアムステルダムのライブに出演した時のナンバーは「Atom Heart Mother」「Careful With That
Axe,Eugene」「A Saucerful Of Secrets」で、「Atom Heart Mother」はバンド・ヴァージョン、カットは無いが回りの話し声が入ったりカメラが1カメでふらついていたりと完全なオーディエンス画像。1972年という最も充実した時代のライブなので、ブートを商品化したのは英断だ。ディスク2は映画『More』と映画『LaVallee(Obscured
By Clouds)』が丸ごと収録され、カルト映画ファンにはたまらない贈り物だろう。
あとコロンビア時代の初期アナログ・シングル5枚のオマケあり。(音源はCDと同じ)
オマケ〇シングルチャート
66 Arnold
Layne-UK22、See Emily Play-UK6
(作成:佐野邦彦)
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