グレン・キャンベルは、自分にとって文句なしのレジェンドだ。アメリカを代表するミュージシャンのグレンは2011年6月にアルツハイマー病である事を公表したが、2008年から記憶障害が始まりながらも2年かけて録音した大作『Ghost On The Canvas』を2011年8月にリリース、内容も素晴らしく、まさにファイナルのスタジオ・アルバムで高い評価を受けた。それから6年、最新作『Adios』がリリースされた。なぜ新作?それは病気が分かり、この2011年に新曲をレコーディングしていたからだ。こういう絶望的な病気の中でも歌が歌えるうちに音楽を作ろうというグレン・キャンベルの姿勢はミュージシャンの鏡だ。もちろん人間としても。冒頭の曲はあの『真夜中のカーボーイ』の「Everybody’s Talkin’」で、出来はニルソン以上、PVが見られるので是非聴いて欲しい。歌い方とアレンジがニルソンそのままなので、原曲の爽やかさがそのまま生かされている。私はニルソンだからというこだわりは無く、曲が最も好きなタイプの曲なので、このグレンのカバーは最高で最後の贈り物だった。ちなみに私はこの『真夜中のカーボーイ』が、映画史上ベスト3に入るほど好きで、アメリカの光と影をこれほど切なく、しかし陰鬱にならず明るさを湛えながら描いた映画はなく、特にダスティン・ホフマンの「ラッツォ」の演技は壮絶で、今もなお、夢中になって見入ってしまう。ジョン・バリーの書いた物悲しいハーモニカのテーマ曲も素晴らしく、1969年のアカデミー作品賞に輝いている。あまりに映画が好きだったので映画の話に脱線してしまったが、まずはこの冒頭の「Everybody’s Talkin’」1曲で買う価値はある。そして12曲中、タイトル曲を含む4曲が、盟友ジミー・ウェッブの曲だ。1965年にデビュー、1967年~1969年のジミー・ウェッブはまさに神懸かりの名曲を次々に書き、グレンに書いた「By The Time I Get To Phoenix」「Wichita
Lineman」「Galveston」はポップ・チャートでも大ヒットになりグレンに成功とグラミー賞をもたらした。その他もフィフス・ディメンションにはこれもグラミー賞曲「Up Up And Away」とアルバム全体が名曲で覆われた『The Magic
Garden』があるし、リチャード・ハリスの大ヒット「MacArthur Park」や枚挙にいとまがない。1970年代以降のジミーの曲は60年代のような輝きは無くなったが、素晴らしいバラードを数多く残しており、グレンには長く楽曲を提供してきた。「Adios」は1989年リンダ・ロンシュタットの『Cry Like A Rainstorm』、「Post Card From Paris」はジョン・デンバーの『The Flower That Shattered The Store 』、この2曲に加えて「Just Like Always」と「It Won't Bring Her Back」は1993年のジミーのソロアルバム『Suspending Disbelief』で発表された曲。どの曲もアコースティックなサウンドによる落ち着いたバラードに仕上がっている。「She Thinks I Still Care」は1972年のアルバム『Glen Travis Campbell』に収録されていた2回目のカバーで、心地いいカントリーナンバー。ウィリー・ネルソンが参加した彼の自作の「Funny How Time Slips Away」は、雄大なサウンドが心地良い。ウィリーはテキサス出身のカントリー界の超大物で、シンガーソングライター、ギタリストとしても高い評価を得ているレジェンド。そしてグレンのコーディネーターでアルバムでも中心になったカール・ジャクソンの「Arkansas Farmboy」のあとは、テキサス出身のカントリーシンガーソングライターで1964年にはグラミー賞を取るなど多くのヒットを放ったものの56歳で亡くなったロジャー・ミラーの「Am I All Alone」を、グレンと現在のカントリー界のレジェンド、ヴィンス・ギルが参加して歌う。力強いビートのカントリーだ。そしてボブ・ディランの「Don't Think Twice, It's All Right」が登場する。説明は不要、ディランはシングル「Blowin’ In The Wind」のB面で発表し、PP&Mがカバーして大ヒットになるなど知らない人はいないはず。もともとカントリータッチだったので少し強めてアレンジされた。そしてもう故人であり「Goodnight Irene」などの大ヒットで知られるアトランタ出身のカントリーシンガーのジェリー・リード作の「A Thing Called Love」。ギター2本、ベース、ピアノでシンプルに仕上げているのがいい。しかしこれだけのクオリティのセッションを行うことができたグレンだが、2012年までプロンプターを使って最後のツアーを行い、その後、ドキュメンタリー映画『Glen
Campbell I’ll Be Me』用に2013年1月「I’m Not Gonna Miss You」を録音し、完璧な歌を聴かせてくれたが、映画ではツアー最終日であることもグレンは分からなくなっていたが、それでもあの声と歌、そしてレッキングクルーの腕利きギタリストとしてのギタリストの腕前は変わらなかった。(佐野邦彦)
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