好きなコメンテーターの中瀬ゆかりが推薦していたので、コミックの「ど根性ガエルの娘」(白泉社)を買ってすぐに読んでみた。著者は大月悠祐子で、「ど根性ガエル」で一世を風靡した吉沢やすみの娘である。「ど根性ガエル」は少年ジャンプで1970年から6年連載、TVアニメも30%超のヒットで1972年から2年放送と吉沢やすみの出世作だった。個人的にも大好きで、マンガの舞台によく出てくる石神井公園や三宝寺池まで何度か行くほどだった。今でいう「聖地巡礼」である(笑)しかしこの一作で吉沢やすみはマンガ界から消えた。その後のヒット作がなく、一連の「消えたマンガ家」になったのだ。超売れっ子になったマンガ家が、ネタが浮かばなくなって苦しみ、原稿を落とす、そして失踪するというケースは数多く知られている。自身の2度に渡る失踪時代とその後のアル中治療入院を自らマンガにした吾妻ひでおの「失踪日記」は、話は実は深刻なのだがその軽妙な筆致で大ベストセラーとなり、その内容の高さから「日本漫画家協会大賞」など名だたる賞を2005年に総なめで受賞している。吉沢やすみは1982年に3カ月失踪、連載3本、読み切り10本を落としてマンガ家としてのキャリアはほぼ終わりを遂げる。その後はギャンブル三昧で印税の蓄財は使い果たす。基本的に子供がモンスター化した父親を見て書いているので、その変貌ぶりは恐ろしい。まず貯金から。貯金がなくなれば家で金目のものを売り払い、妻の財布を盗む、ついには子供2人のお年玉も探し出して盗んでギャンブルにつぎ込んでしまう。クレジットカードを何枚も作って金を作り、サラ金の借金まで作っていく。金を持つと数日雀荘など入り浸って帰宅せず、金が無くなると、異臭を放った体で2日ほど寝て風呂に入ってまた金を持ち出してギャンブルへ…という悪夢のサイクルで、「ど根性ガエル」で稼いだ数千万はほどなく使い果たしてしまった。妻には、自分が子供の頃、両親が共働きで寂しい思いをした事を理由に働くことを許可しなかった。しかし家からお金がいっさい無くなった時に、食事をしようとする吉沢に「家には大人の食べるものはない」と拒否、激怒して暴れられるが、これで「子供が帰ってくる時間内」と言う条件で奥さんは働きだすことができ、その後の吉沢家の家計を支える柱になる。奥さんが看護師だったことが吉沢家にとってこれ以上ないラッキーだろう。DVも受けたのにこの奥さんは献身的に働き、吉沢の借金も返していく。衝撃なのは、自分のお年玉を盗まれたまだ子供時代の娘に、「やっちん(弟)は男の子なの。男の子がお父さんを尊敬できなくったら可哀そうでしょう?だからお父さんはお金を盗んでなくてすべてあなたの思い込みなんだってやっちんには話してあるの。あなたは私と同じ女だからわかってくれるよね?あなたは優しい子だもの」しかし後になって筆者はこの母親の嘘に合わせたことを後悔する。後に筆者の財布ごと盗まれ、吉沢に問い詰めると「財布は駅前のゴミ箱に捨てた」と吐き捨てる。その模様を聞いた母親は筆者を責める。「どうして。お母さんが一生懸命家族をまともな形にしようとしているのに。それをあなたが壊すの」これに対し筆者は遂に「お母さん、あなたが家族を不幸にする。全部あんたのせいでェェェェ」なじる。しかしここは娘、母親の辛さにも思いをはせている。その後、短大へ進んだ筆者だが、ストレスで拒食と過食を繰り返し、卒業はしたが引きこもりになる。既にマンガ家をめざしていた筆者だが、吉沢への精神的依存度が高い母親は、父親の「娘にはマンガを描く才能がない」ということを鵜呑みにして筆者にマンガ家を諦めるよう迫り、就職をすることをのませる。そのことを母親は喜んで弟に報告するが、既に家の中では既に家で最も精神年齢が高く、吉沢にも母親にもクールに接している弟が、母親に「お姉さんからマンガ家になる夢を取ったら何も残らない」と言ってマンガ家を続けさせるよう説得する。その後、吉沢は警備員や清掃員としてまじめに働き、社会復帰を果たす。今は、著者である娘がマンガ家どうしで結婚し子供が生まれ、吉沢夫婦と同居しているので、吉沢は孫との生活が生きがいになっている。現在2巻まで出ている「ど根性ガエルの娘」。この話が時系列に書かれているのではない。ここに父・吉沢やすみが少年ジャンプで連載を持ち人気マンガ家になるサクセスストーリーや、吉沢夫妻の出会いから結婚・出産までの、幸せな時代もインサートされている。吉沢が失踪した後、無職になった時は、忙しすぎて一緒にいられなかったので嬉しかったなどとのたまう母親、ところどころで家族のために「親」として動く吉沢のエピソードなど入れ、どろどろの内容にはなっていない。父親への尊敬を感じさせる部分もある。やはり本作は、娘から見た家族のストーリーであり、普通の家庭ではまったくないが、家族への愛がベースにある。女性向けのマンガだ。私は、やはりどんなつらい経験も笑いに変えてしまう吾妻ひでおの壮絶な『失踪日記』の方が好き。ここには本人視点なので妻と娘のことは少ししか出てこないが、家族関係が悪くないのは伝わってくる。吾妻ひでおが家族にストレートに感謝するようなマンガを描いては「らしく」ない。この『失踪日記』と、花輪和一が、モデルガン好きが高じて実銃を入手してしまって懲役3年の生活を描いた「刑務所の中」は、小学生の息子2人がボロボロになるまで読んだ、本当の愛読書だった。後者には刑務所ものに満ちている絶対服従の刑務官への反感、食事がまずい、厳しい規則により自由がないなどの権力に対する「恨み」のようなものを書くが、花輪のマンガにはそれがなにひとつない。食事は、犯罪者には十分な食事で、工夫しだいでさらに美味しくなるとか、刑務所で見つけたわずかな楽しみ、もともと群れるのが嫌いな人だが大部屋なので孤立することなく冷静に囚人達を観察、特に懲罰を受け、個室の懲罰房で病院の薬袋を一日中作る日々が楽しくてずっとここにいたいと言ったり、ともかく刑務所が何か楽しい世界に見えてしまう。これも花輪和一の筆致の上手さで、子供は親が読んでみなといって渡したマンガなど読まないのが普通だが、この2冊は絶対読んで夢中になるはずと確信して渡し、あまりにハマって繰り返し読むんで、自分の保存用に買いなおしたほど(笑)この2冊に比べ「ど根性ガエルの娘」は基本、大人向けの少女マンガだ。吉沢やすみを知っていれば驚きをもって読めるだろう。心を病んだと言われる「マカロニほうれん荘」の鴨川つばめ、「ハイスクール!奇面組」の新沢基栄、新興宗教の教祖になった「エースをねらえ!」の山本鈴美香などは「消えたマンガ家」の氷山の一角で、人気作で燃え尽きるマンガ家は競争が激しい「少年ジャンプ」から富樫義博、ゆでたまご、とりいかずよしなど数多く生み出されてきた。その中で、絵の抜群の上手さを生かし、マンガを描くのをやめてポップなイラストで今もイラストレーターの第一人者の江口寿史のように大成功を収めた人もいるが、江口は唯一の成功例で、吉沢やすみも「消えた」その一人。娘がマンガ家になって再び脚光を浴び、これだけ幸せな人はない。(佐野邦彦)
※下の写真は「ど根性ガエル」の舞台によくなった三宝寺池。昔よく行って、懐かしいので載せた。静かで美しく、都内で一番好きな水辺だ。井の頭公園よりずっとおススメ。
0 件のコメント:
コメントを投稿