退院したら待望のレイ・デーヴィスの新作『Americana』が届いていた。amazonで日本盤の方が早く届くとあったので日本盤にしたのだが、帯に10年ぶりのオリジナル・スタジオ・アルバムとあり、おや、その間に何枚も買ったがと思ったが、アルバム2枚は企画もの、あとはライブ盤ゲスト参加の2枚で、2007年の『Working Man’s Cafe』から確かに10年も経っていた。このアルバムは2013年10月に出版された同名のレイ・デーヴィス著の本を、レイ自身で音楽としてビジュアル化したくなったものだという。私はこの本を知らなかった。5か月以上入院していた頃で、余裕もなく、お恥ずかしいことに存在も知らないまま。ただ通して聴いてレイの思いが十分に通じる傑作で、このCD単体で楽しめば十分だ。本から3年半、レイの憧れのアメリカはさらに変容していて、新しい思いも加味されている気がする。冒頭でレイは『本作「アメリカーナ」はアメリカという国をテーマにしたアルバムというわけではないし、「アメリカーナ」と呼ばれる類の音楽に焦点を当てた作品というわけでもない。僕がアメリカを通じて表現しているのはより良い未来-あの素晴らしいハイウェイに沿って動いていく夢のような明るい未来である』の文で締めているが、果たしてそうだろうか。確かに最もイギリス人らしいイギリス人、つい最近、ナイトの称号をもらって「サー・レイ・デーヴィス」になった男が、それほど強い思いがアメリカにあるのかと思うが、アルバムを聴けばいかにレイがアメリカに憧れ、愛し、その問題点を見抜き、異質な人間を締め出そうとしている現状も見つめながら、最後はまだ希望は捨てない…という内容がいかにも彼らしく、このアルバムは、明らかにアメリカをテーマにしたアルバムで、アメリカへの強い思いが溢れている。「ではない」と言っているのは、現実のアメリカをシニカルに批判する類のアルバムではないという事だろう。自分もレイよりは若いが、TVに映る、勇敢なカウボーイや勇壮な騎兵隊の活躍を胸躍らせて見ていて、そして小学生の時は「コンバット」「爆撃命令」「特攻ギャリソンゴリラ」などのアメリカ軍の戦争TVドラマに夢中になり、「ウルトラゾーン(=アウターリミッツ)」「ミステリーゾーン(=トワイライトゾーン)」という日本のドラマにはないSFのタッチに震えながらハマり、そして分かりやすい「タイムトンネル」に胸躍らせた。TVの「ディズニーランド」もしかり、アメリカは日本より先に進んだ国で、正しく勇敢な国だと思ってみていた。そしてみな年を取るたびに色々な面が見えてきて、決してそうではないと思うのだけど、自分が好きになったロックを生み出したアメリカは特別な存在であり、アメリカの正義は正義ではなかったと自ら暴いていくアメリカの民主主義にも憧れを持ち続けた。レイは物質文明にアンチを覚えながらも、音楽ビジネスの中で逃れることなど到底できず、自分自身に矛盾を常に感じていたからこそ、進歩こそ正義と言う時代に昔からのコミュニティを大切にという曲を書き、時代と戦うことができず落ちていってしまう市井の弱い人を描いた。そして曲に政治や国に対する鋭いメッセージも入れ込んでいた。キンクスはイギリスで1960年代はシングル部門で成功を続けたが、アメリカではミュージシャンユニオンから締め出しを食ったあおりで、チャートに入った曲は少ない。しかし70年代の中盤までのRCA時代を抜けた後、ロックンロールバンドとして再生したアリスタでの大成功はアメリカだった。アメリカのファンが最もキンクスを受け入れ、スタジアムでコンサートが出来る偉大なバンドにキンクスを押し上げたのだ。よくアリスタ時代のキンクスを軽視するようなキンクスファンがいるが、アリスタ時代の溌溂としたキンクスの活躍がなければ、キンクスは今、ビートルズ、ローリングストーンズ、フー、キンクスと並び称される存在になってはいなかった。RCA時代も一定のファンはアメリカでもついており、その後のアリスタの大ブレイクを支えたアメリカに対してレイは並々ならぬ愛情を持っていることがわかる。まず冒頭の穏やかなカントリータッチの「Americana」で、実はアルバムの全てが含まれている。そしてアメリカ的なチープな文化は既に1966年の「Holiday In Waikiki」などで指摘していたが、このアルバムでもレイらしい曲想、キャッチーなフック、そこに「Tired Of Waiting For You」のリフを密かに織り込んだ傑作「The
Deal」や、歯切れよく軽快な「Poetry」で、アメリカ文化のマイナス面を描いている。ただそこには攻撃性はなく、今のレイの立場を無視した書き方をしていない所がいい。何百億も稼いできたミュージシャンが、自らを一介の労働者のような視点で詞を書かれると誰でも嘘っぽく感じてしまう。自分が主人公の時は自嘲し、そうでない時は第三者の視点で描く。曲想はみな穏やかだ。そのあとはアコースティックギターで静かに始まるが、夢に生きるのかい?現実に生きるのかい?と歌う「Rock’n’ Roll Cowboys」、傍観者でいないで現状を変え、未来の世界(環境)を守ろうと訴えるドライなR&Bタッチの「Change For Change」で、レイは我々にアメリカにとどまらない問題点を突き付けてくる。そして自由社会を守ろうという「Change For Change」の締めに、全てにおいて一番大事なものは何かというレイの意思も強く感じた。レイは実際にニューヨークやニューオリンズに住んでアメリカ文化を十分に体験してきた。広大な大地に地平まで続くハイウェイ、その先にある虚飾と退廃に満ちた大都会、そういうアメリカがレイは好きだった。美しいバラードの「A Long Drive Home to Tarzana」、そしてキンクス風のエレキギターが入った「The Great Highway」という曲でレイの中の夢のアメリカ、でも到達できないアメリカが綴られる。この穏やかな2曲の後のさらに軽快なタッチの「The Invaders」で、一気に今のアメリカの現状に我々は叩き込まれる。入国管理官に「侵略者」と罵られる異文化の異国人。敵意を持った野蛮人、危険、アメリカの敵だ。僕たちの世界はすっかり変わり、二度と元には戻らない…現状のアメリカをとらえているが歌詞の内容と裏腹に曲想はカントリータッチで爽やか、怒りを吐き捨てるような曲にまったくしていないのがいかにもレイ。最後は「Wings Of Fantasy」で、現実を忘れて夢の中へ幻想の翼を広げ夢に生きる…と希望を捨てていないと添えながらヘナヘナ飛んでいくのもいかにもレイ・デーヴィスだった。(佐野邦彦)
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