2017年4月22日土曜日

☆Paul McCartney:『Flowers In The Dirt(Deluxe Edition)』(ユニヴァーサル/UICY78247)3CD+1DVD


ポール・マッカートニーの1980年代の最高傑作と評価の高い1989年リリースの『Flowers In The Dirt』が毎年恒例のDeluxe Edition(今までのSuper Deluxe Edition。外盤と表記を合わせた)でリリースされた。またも『Wild Life』と『Red Rose Speedway』が飛ばされて残念だが、ポールとエルヴィス・コステロの共作が4曲収録された事で知られるこのアルバム、ポールがこのBoxにコステロと2人で曲を作った時のOriginal Demoと、それらの曲を1988年にバンドで録音したデモの1988 Demo9曲ずつ(内5曲は未発表曲)それぞれ分けてCDに入れ、計CD3枚、プラスコステロとのデモ作りなどが目玉のDVD1枚の4枚組でBoxを構成した。アルバム関連のB面曲などを日本のみで1990年に2枚組のSpecial Packageでリリースされていたが、その他のこの当時のアルバム未収録曲がダウンロードのみに回され、それも全てではなく中途半端でこのBoxの価値は大きく下がった。このコステロとのデモは2枚足しても65分しかなく1枚に圧縮できるので、膨大なアルバム未収録曲を2枚に分け、つまりあと1CDをプラスするだけでコンプリートだったのに、大きく期待を裏切った。そしてダウンロードにはアルバム未収録トラックが13曲入ったのだが、ダウンロードなのになぜか多くの曲が落としている。未だに海外のリリースが無くこの日本のみSpecial Packageでしか聴けない「P.S.Love Me Do(Studio Version)」が入らなかったのは、外国人は特に残念だろう。さらにSpecial Packageに収録されていた「Figure Of EightSingle VersionだがEdit)」の5インチCDシングルなどに入っていたソロになって『Give My Regards To Broad Street』に次ぐ2回目の新録音「The Long And Winding Road(Studio Version)」、「Figure Of EightSingle Version )」の3インチCDシングルには「Rough Ride」のツアーメンバーによるリハーサル・ヴァージョン、そしてこの2曲は『Flowers In The Dirt』セッション時の録音ではないが「Put It There」の5インチCDシングル収録の「Same Time Next Year」(『Back To The Egg』時の録音)と「Mamas Little Girl」(『Red Rose Speedway』時の録音。現行の『Wild LifeCDボーナストラック入り)が落ち、さらに「This One」の5インチCDシングル収録の「I Wanna Cry」も落ちたまま。13曲のダウンロードの内10曲は未CD化など全て廃盤、合計すると19曲もCDにしないというのは大失策で、後述の配信のみのコステロとのカセットデモ3曲も加え22曲をCDとして形にしなかったという点で個人的には不満一杯のDeluxe Editionだった。なお、今までのCD2枚だけの簡易版Deluxe EditionSpecial Editionに表記を変えた。

さてオリジナル盤は誰でも知っているので内容は省略、このBoxの目玉のポールとエルヴィス・コステロのデモ2枚の紹介に移ろう。まずはアルバムに収録された4曲の共作曲から紹介する。

まずベストナンバー「My Brave Face」だが、オリジナルデモはアコギのバックで、2人で快調にハモるがこの曲のキャッチーさはこのラフなデモでも十分際立っている。1988デモはバンドなのでベースが弾け、演奏は完成版よりシンプルだがハーモニーは厚く完璧だ。249秒くらいで一瞬ギターを3拍子で弾くのでドラムも一瞬止まり、いかにもリハーサルらしい。ロッカバラード風の「You Want Her Too」のオリジナルデモは、かけあいのコーラスなど、ギターだけのデモでも雰囲気は十分。1988デモはイントロ、エンディングの独特のフレーズは出来上がっているがデモなのでヴォーカルがシングルだったり、サビのキーボードがないなどシンプル。もちろん最後のジャズの演奏もない。ア・カペラで歌いだし、42秒からのサビからブライアン・ウィルソン風のサウンドが挟まるのが面白い「Don't Be Careless Love」だが、オリジナルデモではその部分は普通のハモリで自然な流れだが、1988デモではレコードと同じバスヴォイスのコーラスになるので雰囲気が出てくる。ただバッキングがシンプルでキーボードなどがプラスにならないのでブライアン・ウィルソン風にはならない。徐々に盛り上がっていく重量感のあるバラード「That Day Is Done」も、オリジナルデモからアコギに加えピアノも入り雰囲気が出ていて、1988デモはコーラスも入りさらにポールの振り絞るバラードになっている。ここからは未発表のコステロとのデモだ。「The Lovers That Never Were」のアコギ+ピアノのバックで、ポールはさらに振り絞ってシャウトして歌うので、「Wild Life」の時代を思い起こされる。1988デモだとバンドサウンドになり、振り絞るがシャウトが弱い。「Tommy's Coming Home」のオリジナルデモは、アコギに2人のハモリが爽やかでビートルズ風。ただ1988デモは重めのドラムが加わりSEが加わるなどオリジナルデモのような爽やかさが失われている。「Twenty Fine Fingers」のオリジナルデモは、アコギ+ドラムで、ロカビリーのよう歌いだしからメロディアスなメロディが入るロックンロール。1988デモだとバンドになってよりギターのリフなどメリハリがついてカッコよくなっている。シングルB面などにはピッタリだった。「So Like Candy」のオリジナルデモは哀調を帯びた「Bluebird」路線の洒落た曲で、アコギのオリジナルデモは下降するベースラインなど雰囲気が出ているが、その後の曲の展開が「Bluebird」のように心に響かない。1988デモのバンドになると哀調パートから変化するとドラムがアップテンポになり、その響かない部分がより目立つ。もっと練ればアルバム収録曲になったかもしれないのに惜しい1曲。「Playboy To A Man」のオリジナルデモは7分ちょっとあるがこのピアノとアコギのロックンロールのデモは3分もなく残り4分は「The Lovers That Never Were」のより完成されたデモで、なぜ切り離してこちらを単独で使わなかったのは謎だが、ポールはこのBoxを出すにあたって最初のデモの粗削りな歌声を残しかたったのだろう。なおこのプラス分はHidden Trackという事らしい。1988デモは「Playboy To A Man」のみでバンドサウンドになったら一気にビートがタイトになりデモよりはるかにカッコ良くなっている。ポールのベースも最高で、何かに使って欲しかった。

先に少し書いたがこのBoxは専用サイトからアルバム曲以上の曲数のナンバーがダウンロードできる。その1は『Flowers In The Dirt(2017 Remaster)』。リマスターをダウンロードに回したのは正解で、例えば「My Brave Face」はオリジナルのポールの中央に大きく鳴るベースが小さくなっていて他のギターなどは聴きやすいが、曲の良さを損なっている。その2とその3は前述したオリジナルデモと1988デモの24Bit版。これはある意味、CDと同じとも言える。その4はこのボックスの最大の欠点、アルバムに伴ってリリースされたCDシングルや12インチのみの曲を不完全に集めたもので、どこがダメなのかは冒頭の文を参照して欲しい。そのため配信の目玉はその5の3曲のエルヴィス・コステロとのカセットデモ。「I Dont Want To Confess」はアコギだけのバックの粗削りな曲で、いい曲だがまとまりがなく光るものがない。ボツで当然か。「Mistress and Maid」はカセットの保存状態が悪く音が歪んでいる。この曲も悪くはないが、曲として統一感はあるものの光るものがない。「Shallow Grave」もマイナー調の曲で、このカセットデモは全てマイナー調。サビのハモりに少しビートルズを感じる。

さて最後はDVDだ。まずは『Music Video』で10曲のPVが収められている。「My Brave Face」はまず日本人が日本語で自分はポールのコレクターで人生を懸けていると熱く語る当時、見たことがあるPV。最後のこの日本人はポールのベースを最高の逸品と披露すると日本の警察官2人に連れていかれるシーンがインサートされていて、ポールの歌と演奏よりこちらの方が印象に残るという事で演奏シーンとスタジオシーンのVersion2を作った。「This One(Version1)」はシングルジャケットのヒンズーの神様のようなイラストから始まり、ポールも瞑想していて後半はインド人がいっぱい登場する。つぶった目の上大きな目を書いたベタなギャグのような後半が薄気味悪い。Version2はカメラがストップモーションを多用していて見づらい。後半メンバーは古いイギリス人の軍服を着ている。「Figure Of Eight」はライブ仕立てで別撮りのようだが観客も映る。「Party Party」はアニメーション。「Ou Est Le Soleil」はポールが横スクロールのゲームを見ているPVで面白い。「Put It There」はモノクロのPVで、白人と黒人の2組の父子を微笑ましく描き感動的。「Distractions」はポールの弾き語りの部分がモノクロで、どちらも曲が素晴らしいのでしっとりとしたPVだ。「We Got Married」もライブ仕立てで、こちらはツアーでの観客をインサートし、日本のツアーのシーンも見える。

次の『Creating Flowers In The Dirt』は3部作で最初の「Paul And Elvis」が目玉。ポールがバイオリンで遊ぶシーンからスタート、「My Brave Face」をコステロのみが歌ってバンドが演奏するデモでここでしか聴けない最も粗削りでロックンロールな演奏が楽しめる。ポールはずっとキーボードを弾いているのみ。「Twenty Fine Fingers」はポールとコステロがアコギを持ってバンドも入れ2人で歌うデモ。こちらはポールがリードだ。途中からドラムにアレンジを加えて全く別のアレンジに変わるのが楽しい。「Tommy's Coming Home」は2人の短いア・カペラ。そして再び「My Brave Face」だがコステロがアコギでポールはベース、ここでも歌はコステロのみのアップテンポのバンドデモ。笑ってしまって終わってしまう。そして演奏のテープを聴きながらやっとポールとコステロがユニゾンで歌い、コーラスパートは3人でハモる。歌だけの録音だがカチッと決まっている。『Bud In The Studio』はスタジオでのポールのリラックスしたレコーデング風景のクリップ。「Put It There」でポールがズボンをめくって生足で足を叩いてビートを付けるなどリラックスしている。他でもピアノを弾きながら狂ったようにシャウトするのも楽しい。「Motor Of Love」「Put It There」「This One」「How Many People」「Don't Be Careless Love」のデモが披露され、最後はポールが「Hello Goodbye」のエンディングを歌って終わる。198788年にHog Hill Mill Studiosで録画されたものだ。『The Making Of This One』はディーン・チャンバレンが「This One(Version2)」のPVの監督しているクリップ。ラストは既にソフトとして販売された事があるツアーメンバーの演奏のリハーサルを集めた映画『Put It There』なので詳しくは紹介しないが、『Flowers In The Dirt』の曲だけでなく「C.Moon」「The Long And Winding Road」「Ain’t That A Shame」「Let It Be」などの曲が入るので楽しい。冒頭のポールの「ジョンレノン以上の相棒はいない。どうしようもない真実なんだ。彼は怪物だから。彼以上の仕事相手はいない。バンドの一員でいることはロールスロイスを所有するよりぜいたくだね。」の独白には泣けた。(佐野邦彦)


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