宮崎駿に匹敵する作品を作ったアニメーション監督は、故・出崎統だけだった。TVアニメの「ガンバの冒険」「宝島」、そしてこの「劇場版エースをねらえ!」である。この3作でどれが最高傑作か選べと言われれば、「劇場版エースをねらえ!」を選ぶ。ただしマンガとTVアニメの「エースをねらえ!」は嫌いだ。べたな少女漫画にあるあるの、いじめや妬みなどがイライラして見ていられないからだ。しかし出崎は劇場版だからこそ、そういう余分な部分をそぎ落とし、テニスへの努力、主人公の心の繊細な描写を織り込みながら、スポ根でも恋愛ものでもなく、ドラマティックながらトータルでは胸を焦がすほどの爽やさを残してくれる奇跡の傑作に仕上げた。上映当時は、ずうとるびのメンバーの実写映画との抱き合わせというひどい扱いだったが、あまりの素晴らしさに上映後は口を開くのも惜しいほど。これだけの感動は「太陽の王子ホルスの大冒険」や「2001年宇宙の旅」「七人の侍」を見た後などほんの少しの映画以外得られない。しかし手塚治虫は上映された1979年のベストアニメーションは質問に、この抱き合わせの悪さもあってヒット作にならなかった「劇場版エースをねらえ!」とまだ一般的に無名に近い宮崎駿の初映画監督の「ルパン三世カリオストロの城」を選び、我々コアなアニメーションファンからさすが手塚、審美眼はあると唸らせてくれたもの。宮崎は監督でもあり超一流のアニメーターなので、誰も真似が出来ない風をつかむ動き、そして実写ではありえないがアニメーションでこそ楽しめる超人的な動きなど、「動き」の宮崎演出に比べ、出崎統は「止め」を駆使し、光と影のコントラスト、早いカット割りなど全く別の手法のシャープな演出で、見事なアニメーションを作り上げた。これは宮崎が、東映動画長編アニメーションという多くの作画枚数をかけて作品を作れた環境下で育ったのに対し、出崎は手塚の虫プロダクションで極度に作画枚数を減らしてコストダウンしないといけない演出家だった出身の違いもあったように思える。演出から作画、動画、背景、そして脚本までできるスーパーマンの宮崎は作る作品はみな傑作だったが、出崎は極端な話冒頭、冒頭に書いた3作が宮崎に匹敵する作品で、あとは少しレベルが落ちる。でも「ガンバの冒険」「宝島」で描かれる友情と、男が惚れる男が描けるのは出崎の真骨頂と言えるだろう。実はこういうものは自分は苦手なのだが、出崎演出では、「七人の侍」を見た時のような、そういうものを信じる熱い思いをたぎらせてくれたのだ。「宝島」の最終回は今でも思い出すだけで涙が出てくるほど、大人の男の美学を見せてくれたもの。前提が長くなったが、「劇場版エースをねらえ!」は主人公・友人・ライバルもみな女子校生、男性は、主人公を見出した鬼コーチ、淡い恋心を抱くテニス部の上級生、あとその友人くらいだ。いつも熱い男の話を演出していた出崎だが、本作では主人公とその親友の描き方は、当時の女子高生そのもので違和感がなかった。その普通の明るい、一介の一年生のテニス部員が、新任の鬼コーチが女子テニス部全員に対してマシンによる最速の打球を打ち返すように指示、その中、無理な体勢から強烈なレシーブを1球だけ返すことができた主人公にそのコーチは将来性を見込み、1年生なのにレギュラーを指名する。そこでの主人公の当惑やテニス部の圧倒的なエース選手のコーチの選任への懐疑はテンポよく進むことで重くなくなり、特に原作やテレビアニメでげんなりさせられたレギュラーの座を奪われた上級生の執拗ないじめはスッパリ切り捨てていた。時間の関係によってもたらされた大胆なシナリオが実に効果的だったといえる。他の重要なファクターである鬼コーチが隠していた重病と残された時間への思いなどもテンポよく進めたためウェットな部分が少なく、主人公がついにテニス部のエース選手を破るまでを小気味よく描いた。ただそこをスポ根にしなかったのは、親友との心温まる交流や、合宿で偶然起きた憧れの先輩男子部員(もちろんエース)との実にプラトニックな、お互いの気持ちが通い合う出来事などを織り込んだので、汗と根性にまみれたストーリーにならず、一女子高生の部分もきちんと表現されていた。自分は「青春」という言葉が気恥ずかしくて嫌いだが、この映画は数少ないいい意味で青春映画にもなっている。そして演出の出崎の力を最も発揮できる作画監督の杉野昭夫の作画力、素晴らしい曲とBGMを書いて作品を爽やかに彩った馬飼野康二の力も非常に大きかった。声優の人選も見事。全てが揃った奇跡の傑作がこの『劇場版エースをねらえ!』だった。この作品は時がたつたびに評価が高まり、2001年にはDVDとBGMを集めたCDをセットにしたDVDボックスが発売された。写真右だ。映画の主題歌は少年探偵団というグループが担当、とても爽やかな傑作だったが、長くCD化されず、前述のボックスに少年探偵団の歌声はなかった。(当時ドラマ編LPがリリースされたが、レーベルがキング、シングルはCBSソニーだったのでなんと主題歌をパルというグループのリレコになってしまっていた)DVDになっても歌を入れられなかった理由は不明だが、その後、主題歌はコンピCDにようやく収録され、今回ついにその主題歌とBGMを2枚組のCDに入れた『劇場版エースをねらえ!総音楽集』(サウンドトラックラボラトリー)が遂にリリースされた。ここにはシングルの主題歌AB面とそのカラオケも入り、主題歌の「まぶしい季節に」のカラオケはなんと嬉しいコーラスパート入り。そしてCDはオリジナル・サウンドトラックとオリジナル・トラックに分けて収録、前述のボックスとの比較を検証してみた。まずいえることはDVDボックスのCDのトラックはみな収録されていることだ。その中の「ある日のゴエモン」の中のアクセントM-5 T2はこのCDのみの気がするが1秒程度のピチカートで、長さの違うものは他でも聴けるので全部入っていると言っていいだろう。「総音楽集」で初登場のトラックは6曲目のM21、11曲目のM39、13曲目のM45、21曲目のM-65で、M39 以外は劇中の少年探偵団の劇場サイズの歌だった。タイトルを書かないのは、CDで曲名が異なるからだ。もう1枚のオリジナル・スコアに関しては初登場は前述の主題歌のカラオケAB面と、BGMではトラック5,7,10,16,17,20,22,23,36,30,33,35,37で37は少年探偵団の劇場サイズの歌。CDには馬飼野康二のインタビューや完璧なトラックリスト、出崎統のコメントがある。この少し前にBlu-ray版の『劇場版エースをねらえ!』がリリースされたが、2008年に初めてBlu-ray化されたものに2005年のDVDに収録された出崎統へのロング・インタビュー(音声のみ)がプラスされた充実したもの。ジャケットの絵だけは最近描いたものでイメージが違うのが残念だが…。でも昔持っていたDVDボックスは手放さない方がいい。というのもブックレットが付いていて、そこには設定集と出崎統のロング・インタビュー、そして庵野秀明監督が1P寄稿していてこの作品を絶賛している。これらはDVDボックスのみだ。まだ見たことのない人はまずBlu-rayを買って見て欲しい。絶対保障、自分がショップなら気に入らなければ返金する…と書き添えるほどの傑作だ。(佐野邦彦)
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