2016年の末になって全ての音楽ファン、特にソフト・ロックが好きな方には、史上最高峰のCDがリリースされた。全69曲中68曲が初登場。それもロジャー・ニコルスが1967年に作曲家デビューしたから70年までだけでも14曲の未発表デモ、Small Circle Of FriendsのメンバーやParadeのメンバーでのデモなど初めて聴く曲ばかりで、これほどの衝撃は数年に一度ぐらいしか味わえない。71年から83年までの未発表デモ15曲もプラスしたのがディスク1、ディスク2はCM・主題歌集で、あのロジャーがメジャーになるきっかけとなったクロッカー銀行のCM「We’ve Only Just Begun」や、コダックのCMでその後ポール・アンカが歌って大ヒットになったオリジナル「Kodak-Times
Of Your Life」のCMなど39曲も聴くことができる。通して聴くといかにロジャー・ニコルスの書くメロディが美しいだけでなく、転調などを駆使して他の作曲家には真似ができない開放感のある曲作りができるという事を改めて味わうことができた。さらに本作が日本のみ企画だというという事が嬉しい。ロジャーとの交渉は22年にも渡る親交によって成し遂げられたもので濱田高志さんの努力と情熱、それ以外ない。思いだせば23年前に宮治淳一さんとVANDAでおそらく日本初のRoger Nichols Discographyを作った時に濱田さんから漏れや間違いの指摘がありそれからずっとVANDAで執筆してもらい、長くロジャーのワークスを追ってきた。濱田さんの凄いところは、私がロジャー・ニコルスのファン、ミシェル・ルグランのファンと聞いてそれならVANDAにご自身で連載してみませんか?とお願いした時、つまりその時点では遠い日本の一介のファンでしか無かったのに、その真摯な姿勢で詳細な研究を行い、それが評価され、今や二人の絶対的な信頼を勝ち得て作品集を作り、さらに自宅へ泊りにいったりするほどになったことだ。私としてはそのスタートから知っているので月並みな表現だがDreams Comes Trueという言葉は本当にあるんだと、圧倒されてきた。その時には冨田勲、山下毅雄、宇野誠一郎の話もして、その後この日本の大御所3人にも会って(※山下毅雄のみ生前会えず)作品集を作っている。その濱田さんの最もやりたかった仕事がこの2枚組のCDであることは間違いない。発売日は12月21日とあと6日、必ず購入しよう。
まずはデモを集めたディスク1から。デモを作った年代順に収録しているが、この並べ方がまず最高だ。妙な曲順の意図など不要だからだ。曲作りの変化が分かっていくのが楽しい・最も初期のワークスとしてロジャー・ニコルスがA&Mのハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのために「Treasure
Of San Miguel」を書いたのはファンならご存知だろうが、なんと4曲のデモを作っていたとは知らなかった。3曲が1967年で、まず「Everything’s
Cool」はなぜハーブ・アルパートが採用しなかったのが不思議なアップ・ビートの快作、つなぎの展開も心地いい。「Straight
Ahead」はアップテンポで勇壮、これもいい曲だった。「Treasure Of San Miguel」もデモで収録、木琴がなくギターからスタート、よりビートが効いていて非常に新鮮だ。1曲だけ1968年のデモで、「Trippin’
at The Mardi Gras」は、より構成が複雑になり、その分メロディが埋没した感があるがこれも趣がある。みなティファナ・ブラス用ということでトランペットがリードを取り、ギター、ベース、ドラムが入った完成度の高いデモで、作曲家デビュー時からこのレベルなことに驚かされた。さて次に待望のロジャー・ニコルス、マレイ・マクレオド、メリンダ・マクレオドの3人のロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ(以下SCOF)のデモだ。録音は1967年に戻る。まずはロジャーがトニー・アッシャーに会って最初に作った「Just
Beyond Your Smile」のデモ。ピアノのイントロからスタート、デモなどでザックリした部分はあるものもあの3声のハモリはまったく同じで非常に爽やかだ。続いてヴォーグスが歌ってレコードになった「Just What I’ve Been Looking For」のSCOFのデモ。こちらもピアノのリードから始まり、ヴォーグスとはかなり違うコーラスで、まさにSCOFそのもの。個人的にはヴォーグスよりこのデモの方が好きだ。この曲の時にマレイ・マクレオドのもうひとつのワークスであるパレードのメンバーであるスモーキー・ロバーズと知り合い、ロジャーとの初の共作になった。そして「Wait And See」もスモーキー・ロバーズとの共作で、ロジャー・ニコルス、マレイ・マクレオド、スモーキー・ロバーズの3人で吹きこんだデモになった。どこか期待を感じさせる歌いだしから曲が進むとハーモニーが厚くなり明快になっていく。見事な転調と3人の重なり合うハーモニーでサビ、そしてメインに戻るこの見事な展開はまさにパレードそのものだ。この曲もデモとは思えない傑作だ。続いてロジャーがUCLAで作曲を教えていたというハル・レヴィと書いた唯一の曲「I Wish I Knew」のデモで、リンダ・ボールという歌手が歌っていた。ロジャーはリンダ・ボールの歌唱を評価していないが、地味な曲ではあるが心を打つメロディがあり、さすがロジャー。なおこの曲は元シーカーズのジュディス・ダーハムのソロに同名の曲がありこの2人のクレジットが書かれていたのでロジャー・ニコルス・ワークスに入れていたが、後に修正されており、同名異曲を音楽出版社が混同して間違えたものと判断している。ここまでは1967年、以降は1968年のデモだ。まずはクロディーヌ・ロンジェのウィスパリング・ヴォイスで人気がある「It’s Hard To Say Goodbye」で、この曲がポール・ウィリアムスと書いた最初の曲だそうだ。ロジャー本人が歌うデモで、そのくせのないソフトな歌声がこの美しいメロディに映える。ピアノ中心のシンプルなデモだが、やはりSCOFを感じさせてくれ、クロディーヌ・ロンジェのヴァージョンより好きだ。次がアメリカン・ポップス・ファンにとっても驚愕の事実、SCOFによるニコルス=ウィリアムス作の「Brady Bunch」だ。え?ブレディ・バンチ?アメリカではCDやDVDもみな復刻されるほどの人気TVドラマシリーズだが、なんとロジャーは主題歌を頼まれ提供していたのだ。とても浮き浮きするような主題歌で、SCOFの歌声も爽やか、完璧な出来でプロデューサーも気に入っていたのにボツにされた。TVなどの巨大メディアではこういう見えざる手が働くものだ。次はポールが歌う「Out In The Country」のデモであの『We’ve Only Just
Begun』収録のデモと同じもの(1969年)。ただし『We’ve
Only Just Begun』は盤おこしに対して、こちらはマスターより。ここから1970年。「Let Him Be King」「Talk It Over In The Morning」「Watching Out For You」はロジャーが書いた時の記憶がないというデモだ。この頃のデモは、みな歌は共作者のポール・ウィリアムスである。サウンドはこの2人のデモ集『We’ve Only Just Begun』と同じ構成で、時期的に入らなかっただけだ。「Let Him Be King」はややスローなしっとりとしたバラード。「Talk It
Over In The Morning」はイントロのコードから浮き浮きしてしまう軽快なポップ・チューン。アン・マレーやエンゲルベルト・フンパーディンクなどがカバーしたが、最もハイ・トーンのヴォーカルでソフト・ロック的なアプローチをした無名のシロ・モーニングというグループのカバーが一番人気があった。このデモもそれに近く、まさにソフト・ロックである。「Watching Out For You」はさらにソフト・ロック的なメロディを持ち、下降していく部分など「Out In The Country」をどこか思い起こさせる。次は1971年でロジャーとポールにとっても自慢の名曲「Travelin’ Boy」のデモだ。ロジャーはこのデモは見つからなかったがアセテート盤が残されていたのでそこから音を録ったというほどの思い入れがある。ロジャーはアート・ガーファンクルのカバーとポールのソロアルバムを上げていたが、この曲が最も輝いたのはハイ・トーンのヴォーカルとクリアなコーラスが輝いたホリーズのテリー・シルベスターのソロであり『Complete Works 1969-1982』で聴ける。そして「Mother
Lode」はミディアムの明るいタッチの曲で間奏のホーンが心地良い。そしてカーペンターズのために書いた「I
Won’t The Last Day Without You」が登場、明快なメロディとしっかりとした構成の快作だが、カーペンターズのヴァージョンにあるブリッジがない。この曲をカーペンターズに聴かせたところブリッジを欲しがりブリッジを書き足したら、レコーディングの後はリチャード・カーペンターがブリッジを勝手に直していてどうしようもなかったと残念だというコメントがあった。あの『The Wrecking Crew』のBlu-rayには映画でカットされた映画の3倍もの未発表インタビューが収録されていたが、その中で丸ごとカットされていたのがそのリチャードのインタビューだった。彼はどの曲をセレクトするのかのセンスは自分にあり、それもデモようにはせず自分なりのアレンジを入れる…と自慢げに話していた。見ていて不快な印象を受ける受け答えであり、その当時もずいぶん勝手にやったのだろうとすぐに言葉の意味を理解できてしまった。1972年の「Footprints On The Moon」はジュディ・リンという歌手が取り上げた曲で、メロディも歌詞も素晴らしいとロジャーが誇る曲。確かに聴いてみると巧みに転調を重ねに重ねているが少しも不自然でなくかつ流麗という、まさにロジャー・ニコルス・マジックの曲。このディスク1のハイライトの1曲にいれるべき名曲だ。ここからはロジャーの作詞の相手がジョン・ベティスに変わる。1972年の「Love’s A River Flowing」、1973年の「Always On My Mind」でデモを歌うのもジョン・ベティス。ジョン・ベティスの声は癖がなく、声を伸ばす部分などSCOFを聴くような瞬間もある。「Love’s A River Flowing」はカーペンターズ用に書いて完璧だと思ったが取り上げてもらえず、スカイラークがカバーしたという。歌いだしに哀調があるが、そこで開放されていくのがロジャーという快作。「Always On My Mind」もロジャーは取り上げてくれればヒットしたはずと自信を示していたが、軽快なポップ・チューンながら途中で素晴らしい転調とブリッジがあり、こういうセンスを持ち合わせたコンポーザーはロジャーだけだろう。そしてジェリー・ゴフィンと共作した1973年の「It Started Again」のデモはランディ・マーが歌ったが、はっきりとした歌い方で今までにはない雰囲気があった。マイナー調が続きでおやと思ったがサビでメジャーに展開してやはりと思ったナンバー。1974年の「Without Words」はまたジョン・ベティスとのデモだが、ムードたっぷりのバラードで安心して聴ける。1975年は元ラブ・ジェネレーションのジョン・バーラーと共作し、歌もジョン・バーラーが歌ったデモが「Just Being Alive」。イントロは明快なホーンでスタートするが、バックの変わったギターと合わせAメロが覚えにくい実験的な曲で、その後にロジャーのキャッチーなメロディが現れる。1977年のデモはジョン・アレンと3曲を共作、「I’ll Think About You」のデモは久々にロジャー本人が歌う。珍しくビートの効いた歌いだしの曲だが、コーラスパートからのハモリはパレードかSOFC風。残りのデモの「Take A Look」「Why’d You Wait So Long」はマレイ・マクレオドが歌い、マレイの爽やかな歌声にマッチしたどちらも爽快な佳曲だった。そしてもう1980年。共作者はジョン・ジェニングスの「Looks Like It’s You
and Me Again」で、デモは声量があるキャロル・チェイスが歌う。歌い方もあるが堂々としたAORで時代を感じさせる。次はブライアン・ウィルソンとの共作などでも知られるスティーブ・カリニッチと書いたデモ「When All The Love Songs Have Been Written」は名前も分からないスタジオ・シンガーが歌ったデモだが、この曲も非常に伸びやかなバラードでそのままレコードになってもまったく問題ないデモだ。1982年のデモは久々ポール・ウィリアムスと書いたデモ「I’m Comin’ Home」でスタン・ファーバーが歌う。この曲のロジャーのコメントはないが、アップテンポの爽快な曲想と織り込む転調は昔のようで、10年前の作品ではと思ってしまう。ディスク1のラスト「The Pictures Of You」はダヴィッド・シガーソンと共作した非常に美しいバラードでマイケル・ディーズが歌う。サビでの転調はいかにもロジャーのセンスで、このデモもそのままリリースできるレベルだった。
ディスク2はCM、主題歌などを集めたものだ。まずはあまりに有名なエピソードだが、ロジャーが一躍メジャーになった「We’ve Only Just Begun」の元となった1968年のクロッカーシチズン銀行のCM「Crocker National Bank」である。遂に出会えた。トニー・アッシャーがスキーで怪我をしたためポール・ウィリアムスを推薦、ロジャーが最初のヴァースのメロディをポールに聴かせるとすぐにWe‘ve Only Just Begun to liveと歌い、直ちに完成させたという。このCMを聴いたハル・ブレインがリチャード・カーペンターにこの曲は手直ししたらヒットするぞと勧め、サクセスストーリーがスタートする。次は70年代初期にロジャーが書いたバンカメリカードの30秒CM「Bankamericard」が2本。最初はストリングスで後半に女性ヴォーカルが入るしっとりしたヴァージョン、次はホーンからすぐに女性ヴォーカルになる明るいヴァージョンだった。70年代中期の「Heinz-It’s A Good Feeling」は女性ヴォーカルによる快活なCMで中間の間奏にさりげなく転調を入れている。次の1974年の「Kodak-Times Of Your Life(Original Demo)」は素晴らしいメロディのストリングスとピアノによるインストで、もちろん後に歌詞がついてポール・アンカが「Times Of Your Life」として歌って大ヒットとなったオリジナル。この曲もついに出会えたなあ。「Mastercharge」も2ヴァージョン。最初はフルートがリードのアップテンポの爽やかなインスト、後者はホーンを使ったゆったりしたテイクで職人技だ。1976年はロジャーのお気に入りという「Dodge Trucks」で、声量のあるジーン・モーフォードという歌手が歌っているので曲想といいロジャーであることを忘れる。同年のマイケル・ディーズが歌う「Kodak-Born and Bred」もきれいなチューンでこれも声量のある歌手。考えてみればこちらはCMの世界で、インパクトがないとCMにならないのだなと分かる。そしてキャロル・チェイスが歌う、日本のCM用に作られたお馴染みの「Nescafe-One World Of Nescafe(Disco Version)」だ。キャッチーな快作だが本作にはディスコ・ヴァージョンが収められた。以前、『Nescafe CM Song Collection』に収録されたお馴染みの「Nescafe-One
World Of You And Me」は、こちらはイントロの構成から違う別テイクでの収録だ。「Kodak-When
You Got What It Takes」はケイシー・シシックという歌手が歌ったドラマティックな佳曲(CM用ではなく従業員用レコードだというから驚く)で、後にカーペンターズが取り上げアルバム『Made In America』に収録した。ここからのCMは曲数が多く1980年10曲、1981年4曲、1983年1曲と15曲もあるので印象に残ったものだけ紹介するが「The Drifter(There’s
No Place Like Hilton)」はもちろんあの「The Drifter」の替え歌でマイケル・ディーズが歌ったもの。勇壮なオーケストレーションによるインスト「Western Airlines-Great Places Of The West」は、ジョン・アンドリュース・タータグリアの「Poto Flavus」を彷彿とさせる。みな我々も知っている超一流企業のCMばかりだ。次は主題歌集など。1971年のインストの「Somebody Waiting(Underscore)」はドキュメンタリー映画の背景に使われたものだという。ポール・ウィリアムスが詞を書いたデモが『We’ve Only Just Begun』で聴けるのでお分かりの方もいると思うが、こうやったストリングスのインストになると雰囲気が一変する。全くノーコメントなのが1973年録音でジェリー・ゴフィンと共作、歌がランディ・マーという「Write A
Song To Someone」だが、同じ組み合わせでディスク1に「It Started Again」にあるので、一連のデモかもしれない。トム&ジョン・バーラーが歌う1975年の「Good Mornin’ Captain(Demo For Captain
Kangaroo)」は、ディスク2では珍しいソフト・ロック・テイストのヴォーカル、ロジャーは「素晴らしい歌声。ハリウッドで有数のシンガーの歌声だよ」とコメントしているが、当然この2人はラブ・ジェネレーションの中心になった兄弟だ。アルバム3枚を出した後、一流のセッション・シンガーになっていたとは知らなかった。1979年のTVドラマ主題歌の「Hart
To Hart(Original Theme For Hart To Hart)」は、どこか牧歌的なインストで、ドラマの内容がドンパチものに変わったとたんBGMに替えられたという。1980年の「Games
People Play(Title Theme For TV Sports Show)」は職人技のインスト、1981年の「Now」はディーン・ピッチフォードとの初めての共作でセッション・シンガーのケイシー・シシックが歌ったこのテイクをカーペンターズが気に入って、シングル曲にもなったが、このレコーディングがカレン・カーペンターの最後の録音になったという。以降は1996年1曲、2000年以降の曲が5曲でどれも素晴らしいバラード集。最後はNHKのFM用に録音した自身の7曲のメドレー・インストだった。(佐野邦彦)
なお2月7日にHMVのみで500枚限定のセレクトLPがリリースされるが、曲は20曲しかないものの「The Tomboy」「A Song For Herb」「Travelin’」と3曲の未CD化の曲が入るのでこちらも予約のお忘れなきよう。
ハル・ブレインが、リチャード・カーペンターに、We‘ve Only Just Begun to live は手直ししたらヒットするぞと勧めた、という話は、初めて聞きましたが、
返信削除それは、ハル・ブレインが、どこかのインタビューで語っていたのでしょうか?
もし、ご存じであれば、その出典を教えて下さい。