さていったい何から書けばいいのか分からない。だってビーチ・ボーイズの『Smile』が正式リリースされたのだから。40年以上もビーチ・ボーイズのファンだった私にとって『Smile』は見果てぬ夢だと思っていた。その夢が叶ったのだ。冷静さを保つことが難しい。
『Smile』という未発表アルバムの存在を知っても長く何の情報も入らず、そして1983年に遂にオリジナルのジャケットをそのまま使ったブートレグのLPがリリースされるのだが、それを手にした時の感動は今も忘れられない。今から見れば『Smiley Smile』など『Smile』後の音源や、Laughing Groovyのテイク、はたまたマイルス・デイヴィスの音源まで入ってしまった代物だったが、それだけでも形になった『Smile』に出会えたことが感激だった。音質が悪いカセットでのレコーディング風景のテープをみんなでコピーして回した時もある。それからはブートレグがリリースされる度に小出しに『Smile』音源が現れるが、1985年には当時ビデオでリリースされた『The Beach Boys An American Band』で、1966年12月収録の『Inside Pop』でのブライアン弾き語りの「Surf's Up」や「Mrs.O'Leary's Cow」の映像などが登場、ついに公式に『Smile』の封印が解かれることになる。1990年になってCD時代に入ると『Smile』音源流出は加速、オフィシャルではビーチ・ボーイズの2イン1のCDのボーナストラックに『Smile』音源が入り始めてから、『Good Vibrations』のボックスセットで遂にミニ『Smile』が披露される。ブートレグではVigotone、GIMAなどのレーベルで『Smile』完成版をそれぞれ披露、もちろんその当時に入手可能だった音源を集めたものだったが、我々ファンは『Smile』というジグソーパズルのピースを必死に集め回った。これには伏線があり、1966年の末にキャピトルの早くリリースを!という要請に、ブライアンは手書きの曲目リストを提供していたことに始まる。キャピトルはいち早くその曲目でジャケットを約50万枚も作って待ちかまえていたものの1967年5月に『Smile』はキャンセルされた。膨大なセッションで『Smile』というパズルのピースは数多く残されていた。そしてトラックリストというパズルが完成した時の絵も出来ていたのだ。あとは集めたピースをどう当てはめればいいのか、ひとつの曲が色々なブートレグで別の名前が付けられていたりして、どれが正解なのか誰もはっきりとは分からない。だいたい実際にレコーディングされていたのかも不確かで、その頃のブライアンは『Smile』について触れられることを極端に嫌がっていたので、正解が言葉で語られることもなく、ファンの間でそれぞれ自分の『Smile』を、想像して作っていた。
そして伝説のブートレグSea Of Tunesの『Unsurpassed Masters』シリーズで、『Smile』音源でCDが計4枚、そして「Good Vibrations」だけでも別にCD3枚という膨大な量の『Smile』のセッションの模様が披露され、これでパズルのピースはほぼ出揃ったと思っていた。このシリーズ、量は多いが選ぶ作業をしていないので似たテイクが続き、ファンも食傷気味になってしまう。それから12年間は新たな『Smile』音源流出が無くなっている。2004年にはブライアン本人がソロで『Brian Wilson Presents Smile』を新たに作り上げ、このアルバムはブライアンのソロ・アルバムで最大のヒットになる。このアルバムでブライアンの頭の中にあった『Smile』はどんなものだったのかは分かった。そして残るは、最も肝心な当時の『Smile』音源の、ブライアン本人がチョイスした準「完成版」と、セッション風景だけとなる。
こうして手にしているのが、1967年にリリースされる予定だったロック史上最も有名な未完成アルバム『Smile』の全貌であり、『Smile』というジグソーパズルの完全版なのである。もちろん全てのトラックを収録したのが正しくは完全版なのだが、その中から選りすぐったトラックを集めているのでこれを完全版と言いたい。ただ、完全版であって完成版ではないのだが、これが1983年か28年も続いたカケラ探しの旅の帰結かと思うと感慨深い。飛び散った四魂の玉(注:「犬夜叉」)のカケラを集めると望みが叶うと言うが、確かに『Smile』という見果てぬ夢はこれで叶ったと言えよう。
これからの紹介分は今までの膨大なブートレグときちんと突き合わせたものではないことを初めにお断りしておこう。これだけ素晴らしい音質で発表されれば、ブートレグとの比較はあまり意味がなくなるし、確かにブートレグでしか聴けない音源もあるのだが、そういうものは内容面でも退屈な場合が多い。それにこの『Smile Sessions』で初めて聴く音源が多く、その内容も良く、もう出尽くしたと思った音源はまだ数多く残っていた
ではディスク1から。これらの曲は当時のセッションを元にブライアンが編集したものだという。確かに『Brian Wilson Presents Smile』と共通していて、当たり前といえば当たり前だが、これがブライアンの『Smile』なのである。音質は信じられないほどクリヤーで、編集でプラスされたのか、埋まって聴こえなかった部分が聴こえるようになったのかは分からないが、お馴染みの曲でもえっ!このサウンドは何!こんな音、今まで聴こえなかったという新鮮さが全編に漂う。「Our Prayer」はエコーが少ない『Smile』ヴァージョンで、『Brian Wilson Presents Smile』と同じく「Gee」を挟む。続く「Heroes And Villains」のベースがダイナミックに響き新鮮だ。シングル・ヴァージョンに「In Cantina」が挟まり、最後は「Sections」の一部分で終わる。「Do You Like Worms」は2番にはハーモニーが加わり、「Bicycle Rider」のあとすぐにハワイの歌に繋がり、退屈しない編集となっていた。「I'm In Great Shape」は「Heroes And Villains」のデモの後半での弾き語りしか歌がないので、その歌にディスク2で初めて登場した「Heroes And Villains」のセッション時の演奏を被せていた。「Barnyard」に被る歌も「Heroes And Villains」のデモから引っ張ってきたと思われる。歌入りの「My Only Sunshine」のエンディングは色々な曲の一部のように扱われるお馴染みのパート(こういう書き方しかない)へつながる。このあたりの短い曲は曲間をあけずに一気に聴かせるよう、編集されている。「Cabin Essence」はヴォーカルのミキシングを大きく聴こえるよう若干変えていた。「Wonderful」はハーモニーの部分が強調されさらに美しい仕上がりだ。「Look」は「Good Vibrations」のメロディの部分にハーモニーが加わっている。「Child Is Father Of The Man」はソウルフルなアカペラからあの壮大なインストパートの入ったテイクに繋がり、両方のパートを入れたいいとこ取りの編集で二重丸。「Surf's Up」の前半はブライアンのヴォーカル、そして『Smile』時のオケであり、後半は『Surf's Up』からと、内容重視で編集されていた。「I Wanna Be Around/Work Shop」はバックのギターなどの演奏がクリヤー。ほぼメドレーのように「Vega-Tables」へ。「Mama Says」のパートからはタムが入るなどかなりオーバーダブされたテイクを使っている。アカペラパートも入り、後半は編集を重ね、セッションの時よりずっといい出来だ。「Holidays」のエンディングはマリンバの「Wind Chimes」のセッションにつながり、『Smiley Smile』ヴァージョンでの唯一の聴きものであるエンディングの美しいコーラスパートをそこに重ねていて、これもまた編集が素晴らしい。そしてすっと「Wind Chimes」へ入っていく。間奏の演奏が淡々と続く部分も変えられていて、エンディングも別のセッションと上手につなげて編集されている。「Mrs.O'Leary's Cow」はホイッスルからストリングスヴァージョンになり、コーラスも加わるテイクが使われた。「I Love To Say Da Da」は「Cool Cool Water」で使われたアカペラを、セッション時の音源を使って少し長く引っ張り、あの「ワッワッ」というテイクへつなげている。この部分のコーラスは追加されていた。「Good Vibrations」もシングル・ヴァージョンと思いきや、『Smile』セッション時のトラックも取り込んでいた。このブライアンの編集した『Smile』は、ベースがあるとは言うものの、そのまま聴くと冗長なテイクも編集でつなげこれがベストという作りになっていた。まさしくこれが『Smile』と、胸が張れる素晴らしいアルバムに作り上げてくれた。
ボーナストラックでは、本編では入れられなかった「Heroes And Villains」の様々なパートを集めた「Sections」の長いヴァージョンや、「Vega-Tables」の笑い声コーラス入りの初めて聴くベタに歌うデモ、「He Gives Speeches」のデモなどが収められた。特にブライアンのピアノ弾き語りによる「Surf's Up」のまったく初登場のデモには感動した。さらに8分以上に及ぶ「Smile Backing Vocal Montage」は色々な曲のコーラスパートをアカペラにして集め、アカペラとしては初めて聴くものが大半で実に充実していた。「Cabin Essence」のアカペラまで聴くことができる。シークレットトラックは67年に実際にラジオで流れた『Smile』のCMである。
続くディスク2。「Heroes And Villains」のセッションだけでこの面のほとんどを占めている。この曲は『Smile』の元とも言えるほど、前述の「I'm In Great Shape」や「Barnyard」「Mama Says」など色々な曲に派生している。そして膨大なパターンで歌と演奏が録音されていて、完成形を意図してこれだけ録音したのか疑問だ。結局、こんなにも録音されたトラックの大半はその当時、使われていない。歌の入ったテイクを多く入れているのでハーモニーの実験場のようなセッション集は聴きものだ。冒頭は「Our Prayer」のハーモニーの練習風景。
ディスク3は、「Do You Like Worms」のインスト部分のトラックからスタート。ブートレグで聴くことが出来た音質の非常に悪い、荒っぽい初期のヴァージョンは入らなかった。「My Only Sunshine」は歌なしのものが披露され、その後はピチカートのデモから昔は「Barnyard」と呼ばれていた『Smile』でしょっちゅう登場するインストになる。これも「My Only Sunshine」なのかな。「Cabin Essence」はインスト時のもので、「Doin' Doin...」のコーラスが入ったテイクは収録されていない。「Wonderful」はインストから、「Rock With Me Henry?」という不思議なコーラスが呪文のように入るテイクに移る。実験的な試みだ。「Look」「Child Is Father Of The Man」はインストでのセッション風景。後者は雄大なアレンジの方だ。このあたりもそうだが、今までブートレグで聴いてきたテイクと思いきや、聴いたことがないギターソロが出てきたりして、初登場のものがかなりあることが分かる。「Surf's Up」は、インストトラックの後は「George Fell Into His French Horn」と名付けられていたお遊びの実験トラックが入っていた。でもこれって「Surf's Up」のセッションにしていいのかな?そしてブライアンの弾き語りのお馴染みのピアノデモだ。「I Wanna Be Around/Workshop」は冒頭に参加ミュージシャンたちの即興と思われる初登場のジャズ演奏が入っていて面白い。そして「Vega-Tables」はダラダラとした感じの「Mama Says」を入れたセッションで面白いものではない。
ディスク4はその続きだが、「Vega-Tables」のFadeとサブタイトルされたテイクは初めて聴くメロディのインストで、別の曲と言ってもかまわないだろう。続くBallad Insertはあの美しいアカペラパートのハーモニー。「Holidays」は初期のセッション風景。「Wind Chimes」はインストだパートがサビ中心だ。「Mrs.O'Leary's Cow」も同じくセッション風景。「I Love To Say Da Da」は最初のピアノだけのパートが面白い。ピアノのベースパートがランニングしてメロディがあり洒落た感じになっている。もちろん初登場。後半は「Cool Cool Water」のエンディングになる部分だ。そして実際に歌が入って「Cool Cool Water」になるが、これは録音日から言って『Smile』用ではない。その後の「Smile Additional Sessions」は個人的にこのボックスで最も注目した部分のひとつだ。みな初登場のトラックで、トラックリストを眺めていったいこれはどんな曲なんだろうと、長く知りたかった謎がこれで明らかになった。まずはハンドクラップによる初めて聴く「You're Welcome」、楽しいトラックだ。『Smile』放棄後すぐに録音された「You're With Me Tonight」にもハンドクラップが入っていて明るいトラックになっている。ここからが目玉。謎のトラックだった「Tune X」。カールの曲だが、ストリングスを使い壮大な雰囲気を持つインストだ。そしてこれも謎のトラックだったデニスの「I Don't Know」。下降する「Sunny Afternoon」のようなベースが続くインストナンバーだった。「Three Blind Mice」はかつてテープで出回った謎の曲だったが、ついにはっきりと正体が分かった。65年10月と最も古い録音のインストだが、既に『Smile』に入れてもおかしくない雰囲気があり、先進的なブライアンの能力を伺える。最後は「Heroes And Villains」の初期ヴァージョンで終わる。
ディスク6は全て「Good Vibrations」のセッション集。他の『Unsurpassed Masters』と違って整理されていて、またシングルとは異なるソウルフルな歌入りのヴァージョンを最後に両方とも収めたため、充実した内容になった。 最後にファンならどうしても内容を知りたかったシングルの「Heroes And Villains Part1/Part2」を紹介しよう。Part1は「Cantina」ヴァージョン。Part2は「Sections」(『Good Vibrations Box』のものとは違ってエンディングが『Smile Sessions』ヴァージョン)だったが、これが正解だったのだろうか。他に「Vega-Tables」のシングルと『Smile』ディスク1のLP、ブックレット、ポスターが収められている。ともかくこのボックスは値段のことなど考えず黙って買うしかない。ロック史上最高の天才であるブライアン・ウィルソンが、最もその才能を発揮していた時に作り出した音楽を、最高の音質で聴くことができるのだ。チャレンジマインドに溢れた音楽を堪能できる。これを買わなきゃビーチ・ボーイズ・ファン、ロック・ファン、いやポピュラーミュージックのファンではない。(佐野)
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