昨年夏の『八月の詩情』から半年、Lampがオリジナル・アルバムとしては2008年の『ランプ幻想』以来5作目の『東京ユウトピア通信』を2月9日にリリースする。
新作毎に進化し続ける彼らのサウンドは更に磨きが掛かり、より色濃くなったブラジル音楽のリズム・アプローチが曲に躍動感を与えている。 ポップス・ファンであれば迷わず入手することを強くお勧めする。 そもそもLampのブラジリアン・ミュージックへの傾倒振りは、ファーストの『そよ風アパートメント201』(03年)収録の「部屋の窓辺」からあった訳だが、それが『ランプ幻想』ではボサノヴァだけに留まらず、リーダーである染谷大陽のイニシアティブによってディープなミナス・サウンドのエッセンスを消化し新たな1ページを開く。
今作はその進化形というべきだろうか、曲毎のリズム・アプローチやハーモニーの展開は更に複雑に構成されていて、聴き込む程にアルバムのトータリティとポップスの芳潤な匂いを強く感じさせられるのだ。彼らがよくカテゴライズされるシティポップという地平では、もはや捉えることができないグループ(バンド)になってしまった。
完成度ではLamp随一と疑う余地の無かった「雨降る夜の向こう」(『ランプ幻想』収録)の向こうを張る、白眉の曲を今作から1曲選ぶのは至難の業ではあるが、それだけ各楽曲のクオリティにムラが無く、サウンドや質感は異なるがスティーリー・ダンの『彩』(77年)にも似たアルバム全体を通して多幸感を得られるのではないだろうか。
レコーディングは前作『八月の詩情』と同時並行におこなわれているが、それぞれが持つ季節感はきちんと分かれており、切なくもハートウォームな冬の情景を思わせる歌詞の世界は、セカンドの『恋人へ』(04年)にも通じる。またガロ誌や『オートバイ少女』などで知られる、漫画家の鈴木翁二が描くジャケットのイラストの色調もそんな世界観を一層引き立てるエレメントになっているのはさすがである。
作曲は8曲中で染谷が6曲を提供し、永井祐介の単独作品は1曲に留まっているが、「過ぎる春の」(『残光』(07年)収録)以来の染谷と永井の公式な共作となる「遠い旅路」(初期仮題「永井バラード」)が興味深い。作詞では二人に加え、Lampのサポート・パーカッショニストの尾方伯郎とのMinuanoでメインヴォーカルの他、作詞も担当する榊原香保里が単独で2曲、染谷との共作で3曲を提供している。
アルバムは既にライヴ・レパートリーとして知られる「空想夜間飛行」から清々しく始まる。アレンジ的にはトニーニョ・オルタにも通じるギター・カッティングとスキャットをアクセントに終始バチーダが繰り返され、クラヴィネットのリズミックなフレーズ、スキャットに呼応するテナーサックス、情感を揺さぶるストリングなど聴きどころが多い。
続く「君が泣くなら」は変拍子からミディアム・サンバ、ワルツ等々パートが目まぐるしく展開する、永井と榊原の掛け合いヴォーカルによる必殺パターンで、エレピの跳ね方やバックビートで響くクイッカーなどはコルテックスの「L'enfant Samba」を彷彿させる。この構成力と完成度はいかにも染谷作品らしい。
アコーステック・ギターとスティーヴィ風のアナログシンセや甘いフルートのフレーズに導かれた、榊原の無垢なヴォーカルから始まるのは「冷ややかな情景」。エレキ・ギターの激しいフレーズを持つサンバへと展開し、スルドのベース・パターンが永遠の鼓動を刻みながら、永井がリードを取る普遍的なメロディへと続く。曲の後半パートではプログレッシヴなインスト・パートへと発展するという構成も圧倒される。
一転してピアノの刻みで静かに始まる永井のバラード「遠い旅路」は、前作の「夢をみたくて」(『八月の詩情』収録)にも通じる不毛の愛と青春の喪失感が漂う。染谷が加えたパートがどこかを探るのも一興だ。この曲後半でエピフォンとレスポールと思しき二種類のギターによるソロ(ビートルズ『アビーロード』風)が繰り広げられるのは、ビートルマニアである永井のアイディアだろうか。
榊原と永井が優しく掛け合う「君とぼくとのさよならに」は、フラッシュバックする風景を切り取った良質なラヴ・ソングで、寄り添うように絡んでいくデヴィッドTを思わせるギターのフレーズは効果的にこの曲を演出している。しみじみといいと感じられる曲が、アルバム中盤にひっそり収まっているのは名盤の証なのだ。
「心の窓辺に赤い花を飾って」は唯一の永井の単独作品で、音像にはジョビンとエリス・レジーナの『バラに降る雨』(74年)にも通じるリリカルなMPBのエッセンスが潜んでいる。後半サイケデリックな逆回転ギターを経て、ピアノで奏でられるフレーズが気になったらアルバムを繰り返し聴きたくなる筈である。
『残光』でアンニュイなワルツで披露されていた「ムード・ロマンティカ」は、今作ではアップテンポなサンバにリアレンジされている。こういったスタイルではバッキング・ミュージシャンの技巧的プレイに耳がいくが、ギタリスト、ピアニスト、フルート奏者が水を得た魚のように繰り出すフレーズがたまらない。
ラストの「恋人と雨雲」はミディアム・サンバのパートを持つ、洗練されたライトメロウなポップスで70年代シティポップにも通じる。後半ギターソロを中心としたブラジリアン・フュージョンに展開にするのは余裕の現れだろう。またLamp通ならば、リズム・ブレイクでクイッカーをバックに奏でられるハイトーン・シンセのフレーズに即座に反応して欲しい。
最後にもう一度繰り返すが、5年先10年先も聴いているだろう、このアルバムは絶対にお勧めなので多くのポップス・ファンの耳に届いて欲しい。そう切に願うばかりである。
(テキスト:ウチタカヒデ)
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