ビーチボーイズ(The Beach Boys)のブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)へ1999年7月11日の来日時、帝国ホテルにてインタービューを敢行した。
新曲中心のアルバムとしては88年の『Brian Wilson』から10年、実質上のセカンド・ソロ・アルバム『Imagination』が昨年に発売されたのは記憶に新しい。間に『Sweet Insanity』という幻のアルバムがあったものの、およそ10年サイクルでしかフル・アルバムを発表できなかったブライアンが、まさかソロ・ツアーを やるなど思いもしなかった。そのソロ・ツアーが実際にアメリカで行われたと聞いても、それはスペシャル・イベントで続かないだろう、ましてや日本に来るな んて想像もしなかったが、日本公演が発表となり、にわかに騒然となった。
Web VANDAのBBSも以降、ブライアン来日の書き込み一色になる。ああ、こんなに多くの人が待っていたんだと嬉しく思って見ていたが、本当に来るんだろう か、ドタキャンもあるのではと、一抹の不安を抱えて「その日」を待っていた。
そんな中、来日発表の時からバーン・コーポレーションの椎名さんには、『Beach Boys Complete』の改訂版用にブライアンのインタビューが取れないかと頼んでいた。椎名さんよりBMGへ話が行き、BMG側は基本的にOKとのこと、あとはブライアン次第ということになる。
そして来日の2週間前、招聘先とブライアン側とのミーティングで結論が出るということになり、遂にブライアン側の OKのサインが出る。やった!と喜んだものの、インタビューは15分という制限が付いたため、もうこうなっては、枝葉末節なことでも聞きたいことを聞いてしまおうと、全体の流れをある程度無視して質問を13問に削る。通訳はWebVANDAのShinnieこと岩井さん、質問事項をメールして英訳を頼み、いよいよインタビューの7月11日がやってきた雨まじりの日曜日、BMGの人との待ち合わせの1時間前の11時半に、私と岩井さん、椎名さんで集まり、簡単なミーティングをする。そして滞在するホテルへ向かうと、少しロビーで待たされたあと、ブライアンの滞在する部屋の前まで案内される。
ここで打ち合わせなどワンクッションと思いきや、「どうぞブライアンが待っていますので」いきなり部屋の中へ通されてしまう。「えーそりゃないよ、心の準備っていうものが」と心の中でつぶやきながら部屋に入ると、いきなりソファに座ったブライアンの姿が目に飛び込んできた。
圧倒的な存在感。オーラを発しているかのようだ。ブライアンは視線を机の上に落とし、その表情は堅い。上はアロハでリラックスした格好だったが、いかにも神経質そうで、緊張が走る。スタッフに声をかけられ、ブライアンはやっと我々を見た。
あわてて握手をするが、ブライアンは手を添えただけで力はまったく伝わらず、温かい手の温もりだけが感触として残った。
岩井さんが我々を紹介するが、私のところでにこやかにほほ笑んだ長身の男性が握手にやってきた。デビッド・リーフ、『Good Vibrations Box』の解説を書いたり、『The Beach Boys』という本も書いた、有名な音楽ライターだ。『The Beach Boys Complete』を見てとても気に入ってもらえたようで、私がそのライターということで、挨拶にきてくれたのだ。ブライアンも『The Beach Boys Complete』をペラペラめくり、66年の日本公演の写真を興味深げに眺め、ひとこと"Good"そしてインタビューが始まる。
ここからの話は『Beach Boys Complete』の改訂版をご覧いただきたい。 ブライアンは始終無表情ながら、質問には必ず答えてくれた。カート・ベッチャーの事を聞いた時には、カート関連の曲をずっと集めている私が知らない曲をブライアンは歌い出した。また作曲方法について聞いた時も「Back Home」「California Girls」の一節を歌うなど、かなり誠実に答えてくれたのだと思う。ビーチボーイズに影響を受けたミュージシャンとして「カート・ベッチャー、アソシエイション、そしてフォー・シーズンズ」(あえて入れてみたのだが)と聞いたら、ブライアンは目を向いて「フォー・シーズンズだって?」。やばいと思ったそのとたん岩井さんが「いや、カート・ベッチャーとアソシエイションです」と言い直し、事なきを得た事もあった。ブライアンは途中で水を飲んでいたが、そのグラスを持つ手は細かく震えており、体調は万全ではないようだった。
インタビューが終わり、向こうの方から記念撮影はどうとアプローチしてくれる。その際ブライアンは我々の肩にすっと手を回してくれたが、これには驚いた。
そしてみんな手持ちのCD(雨が降っていたのでLPを持ってきた人はいない)にサインをしてもらったが、私が日本のみの企画の『The Beach Boys Single Collection』、これは自分がシングル・ヴァージョンのマスター探しに奔走したものなので記念にと思って出すと、デビッドがすっと来て、そのボックスを手に取って中身を出してマネージャーとしばらく話をしていたのが印象的だった。
最後に江村さんからもらったEMレコードのCDを4枚持っていき、ブライアンにこのCDはすべてトニー・リヴァースのワークス(ブライアンとトニーはイギリスのコンベンションで会ったことがある)だと言って渡すと、はじめて嬉しそうに笑顔を見せた。やはりブライアンが関心があるのは音楽なんだなと、納得のリアクションだった。
その後ブライアンはサングラスをかけ、メリンダ、デビッド、あとマネージャーなどと連れ立って部屋を出ていった。行く先はHMV数寄屋橋店でのサイン会。 BMGの人に誘われ、我々もHMVでのサイン会を見ていくことにする。
椎名さんはブライアン側のフラッシュ禁止という条件での暗い室内で高感度フィルム撮影に不安があったので、フィルムを買って撮影再チャレンジとなる。
HMVではすでに人垣が何重にもできていた。そして抽選で当たったサインをもらえる50人が並んでいる。そしてブライアン登場。大変な歓声だ。机にはマイクが並べられていたのでブライアンは挨拶でもするのかなと思ったが、椅子に座ったブライアンは通訳に一言。「ではもうサインを始めましょう」と、すぐにサイン会が始まる。
『Pet Sounds』や『Good Vibrations』のボックス、『Pet Sounds』『Imagination』のジャケットが多かったが、『Surfin' Safari』や『Stack-O-Tracks』を持ってくる人もいる。デビッドが何度もブライアンに耳打ちして、ブライアンの後ろでスタッフが打ち合わせを始めた。この隙に、『Pet Sounds』と『Good Vibrations』のボックスを裏表に組み合わせた知能犯が表にサインをもらうとすぐに裏返しにしてもうひとつサインをもらう。さらにスタッフが目を離していることをいいことにカバンからパンフレットを出して都合4つもサインをもらっていった。ブライアンも嫌そうにまだやるのみたいな顔をしていたが、いったいこの図々しい奴は誰だったのだろう。そして主催者から、ブライアンの好意でここにいるすべての人にブライアンが握手をしたいと、突如握手会に変わる。見に来ていた人はラッキー。
こうしてHMVでの取材は終わり、私はデビッドに『Beach Boys Complete』を送る約束をして、会場を後にした。インタビュー、サイン会という実務での中心は明らかにデビッドで、インタビューでは「そうだねブライアン」と何度も声をかけていたし、サイン会で繰り返された耳打ちなど、デビッドの指示と助言でブライアンが動いていたのはほぼ間違いないだろう。
翌12日は、東京での初日である。9日の大阪公演は大いに盛り上がったそうで、ブライアンは日本が一番僕を歓迎してくれていると始終上機嫌だったと、昨日呼び屋さんから聞いていた。これは当然、東京も盛り上がらないと。自分の席は真ん中の8列目と絶好のロケーションで、これはいい。よく見ると斜め前は萩原健太さん。
まずは15分程度の自伝風の映画が上映され、気分がゆったりと落ち着いていく。そして映画が終わると同時に「The Little Girl I Once Knew」のイントロ。ブライアンの姿に大歓声が起こった。もちろん総立ち、夢に見たこの一瞬がやってきたと、心は躍る。ファルセットのリードを全面的に担当したジェフリー・フォスケット、そしてワンダーミンツのハーモニーは完璧で、今までみた過去2回のビーチ・ボーイズのライブでのハーモニーなど比較にもならないクオリティだ。
2曲目の「This Whole World」では途中のアカペラがレコードと同じに再現され、これも嬉しい。ブライアンはマイクのパートを基本的に歌う。中音域でふらつく時があるが、これだけの長丁場を、大きな声で歌い続けることができたのは、以前では考えられない復活ぶりだ。歌詞はキーボードの前の2つのプロンプターで密かに写しだされているので間違うことはない。「Don't Worry Baby」「Kiss Me Baby」「In My Room」「Surfer Girl」と素晴らしいバラードが続き、ここではみんな座って聴いていたが、「California Girls」から再び立ち上がり、ビートの効いた「Do It Again」で大いに盛り上がる。「I Get Around」では観客が正確にレコードと同じハンドクラップをしていて、みんなにわかファンじゃないことが伝わってくる。「Let's Go Away For Awhile」「Pet Sounds」とブライアン抜きのインストもなかなか良く、演奏力もかなりのものだった。
途中15分の休憩が入って「Wouldn't It Be Nice」からスタート。このキーでの入り方は今のブライアンには難しいようで、出だしは怪しかったが、コーラスが始まると一気にレコードと同じハーモニーに包まれていく。「Sloop John B」でも途中のアカペラ・パートがきちんと再現され、ファンを喜ばせた。そして「Darlin'」。ブライアンがこの名曲を歌うということでさらに盛り上がる。そして今名盤として再評価が最も高まっている『Sunflower』、このアルバムは私がビーチ・ボーイズを聴き始めた時の最新盤でこのアルバムによってビーチ・ボーイズの虜になっていた恩人のようなレコードだが、この中から「Add Some Music To Your Day」を披露(そのかわりに「This Could Be The Night」は外れた)してくれた。ゆったりとして暖かいハーモニーに聴き惚れたのは私だけではあるまい。ブライアンがリードを取る「God Only Knows」は、聴く人間を敬虔な気持ちにさせる力がある。名曲とは正にこういうものだ。「Good Vibrations」はレコードと寸分違わずに演奏し、ビーチ・ボーイズでの観客に歌わせるヴァージョンとは違って新鮮だった。そして「Help Me Rhonda」でさらに盛り上がる。
アンコールは2回あり、1回目は「Caroline No」から始まり「Fun Fun Fun」まで4曲続くが、ベストは「All Summer Long」。その陽気な雰囲気とポジティブな歌声は、それまでのブライアンには感じられなかったもので、私の回りでもベスト・ナンバーという人が多い名演だ。そして2回目は弾き語りで「Love And Mercy」。ブライアンの歌声には表情があり、感動的なエンディングだった。
このコンサートでは他に「Your Imagination」「Lay Down Burden」「South American」と3曲のソロでのナンバーがあるが、どれもブライアンの歌声は文句なしだった。それは自分が今、歌えるキーで曲を作っているからであって、ブライアンは今を生きるミュージシャンなんだということを実感させてくれる。確かにブライアンの音程は不安定なことがあるし、ぶっきらぼうな歌い方をする。そこのあたりを批判する人もいるが、ブライアンに何を望んでいるのだろう。
私のような長年、ブライアンを見守ってきたファンにとっては、新曲を出すことから始まって、ここまで人前で歌えるようになっただけでも嬉しいのに、ワンダーミンツらの好サポートでレコードと同じハーモニー、サウンドがステージで再現されたことで十分満足だった。
14日にもコンサートに行ったが、すべてにぐっとよくなっていた。ブライアン自身も余裕が出て来ているようで、途中で「東京読売巨人軍」のハッピを来て登場し、「Tokyo Giants」のMCに大喝采のシーンもあった。
全日行った萩原さんは「どんどん良くなっている。今日が最高じゃない」と言っていたが、その言葉を裏付けるように、閉演後に行ったバック・ステージでは、萩原さんはダリアンに今日はニューヨークと並んで最高のコンサートだったと言われたそうだ。ブライアンとメリンダ、デビッドはすぐに部屋から出てしまってホテルへ帰っていってしまったが、残ったワンダーミンツとジェフリーを囲んで、何度も記念撮影が行われていた。
こうしてブライアンのソロ・ツアーはあっという間に終わってしまった。ブライアンの口から聞いたところでは、次は「ロックンロール・アルバム」だとか「アンディ・パレイ・セッション」、さらに「ライブと新曲」という3種のアルバムが企画に上がっているようだ。 リプリーズ/カリブのリイシューも年内に予定されている。
ポジティブになったブライアンが再び日本に来ることも夢ではないだろう。マイクとブルースらと共にのビーチ・ボーイズとしての活動にも期待したい。
(佐野邦彦)
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