2025年3月20日木曜日

ヤギの見つめた音楽の記憶〜1966年のフィルム・ミステリー〜San Diegoそして『Pet Sounds』

        

  昨年数枚のポジフィルムを手に入れたことから、筆者の驚くべき発見の旅が始まった。ポジフィルムには、1966年の日付が記されており、スキャンしてみると数匹のヤギが写っていた。何の変哲もない動物園の風景と思いきや、そのヤギたちの姿には妙な既視感があった。しばらく考えていると、あるアルバムのジャケットが脳裏をよぎった——The Beach Boysの名作『Pet Sounds』だ。 
 さらに思いを巡らせると、筆者はSan Diego動物園グッズを長年収集してきたが、その中でも特に敷地内の子供向けエリアの写真は、滅多に目にすることがなかった。その場所が、正に『Pet Sounds』の撮影場所そのものであって、このポジフィルムの中に現れる場所と一致するのではないか?
 筆者は、今まさに何かを掴みかけているような感覚に包まれながら、さらなる証拠を追い求めることとなる。『Pet Sounds』のジャケット写真といえば、メンバーたちがヤギに餌を与えているシーンで有名だ。この写真はSan Diego動物園で撮影されたと言われているが、筆者が手にしたポジフィルムのヤギたちと見比べると、どこかで見たような個体がいた。ひょっとすると、このヤギは同時代に存在し、The Beach Boysのジャケットに登場したヤギと何らかの関係があるのではないか? この仮説を裏付けるために、筆者はさらに深く調査を進めた。
 ここにきて、さらに深く掘り下げる必要がある―ポジフィルムの撮影場所が、果たして「Pet Sounds」のジャケット画像と一致するのか? この疑問が頭から離れず、再度ジャケットを手に取る。そして、そのヒントを探す旅が始まった。 
 「Pet Sounds」のジャケット。誰もが一度は目にしたことがある、あの象徴的な画像。何度も何度もその細部を見つめながら、筆者は少しずつ、ある一致点を見つけ始めた。ジャケットの左隅、あの細かい部分に、思いもよらぬヒントが隠されていたのだ。 
 ポジフィルムをもう一度見返すと、その中の一枚に、 まるでその屋根の柄が重なるような瞬間が現れる。あの畜舎の屋根の模様が、ポジフィルムのある部分の柄と不思議なほど一致しているではないか――。これはSan Diego動物園のものに間違いない。 それから、ジャケット写真のアウトテイクを入手し、そこに写っているヤギの特徴と、筆者のポジフィルムに収められていたヤギの特徴を比較した。耳の形、角の長さ、毛の色合い、体格……細かく照らし合わせると、やはり一致する可能性が高い個体がいることに気づいた。 
 オリジナル画像のトリミング前の状態で、『Pet Sounds』の撮影時のヤギたちの写真を再確認してみる。最初に見たときは、明確な答えを見つけられずにいた。しかし、何かが引っかかる――その記憶の片隅に、ふとある個体が浮かんだのだ。
画像A左端の白黒ヤギ

 アウトテイク画像を見てみよう。 画像Aをじっくりと見つめ直してみると、そこに見覚えのあるヤギの姿があった。いや、もしかしたらこれこそが、筆者が探し求めていた個体ではないか?と感じた瞬間だった。
画像B右端の白黒ヤギ

 そのヤギの毛皮の模様は、他のどのヤギとも明らかに異なり、目を引く特徴があった。そして、その特徴的な毛皮の模様をよく見てみると、画像Bにも酷似する個体がいた――これが決定的なヒントだ。 

筆者蔵のポジフィルム

 ここで筆者の中に浮かんだ仮説は、撮影がどの順番で行われたのかを考慮したものだ。Al、Mike、Dennis、Brian、Carl――彼らの立ち位置を踏まえると、撮影はおそらくB→Aの順番で進められたに違いない。ヤギは、まずAlに向かって突進し、次にその動きがBrianとCarlの間に向けられる。そして、最終的にこのヤギは、Brianに撫でられているのだ。 
  San Diego動物園を訪れたThe Beach Boysだが、彼らの訪問は決して穏やかなものではなかった。当時の新聞記事によると、彼らは新アルバム『Our Freaky Friends』(後に『Pet Sounds』に変更)のジャケット写真を撮影するために動物園を訪れた。 記事には、撮影中に動物たちがストレスを感じ、動物園の広報担当者Bill Seatonが「動物たちはストレスで壊れそうだった」とコメントしたことが記されている。特に、メンバーがヤギやゾウ、ゴリラとポーズを取る際、動物たちが慌てていた様子が報じられていた。最終的に、動物園側はThe Beach Boysの訪問を「もう歓迎しない」とまで言い切ったという。
The Beach Boysの行状を報道した
当時の地方紙記事

 San Diego動物公園とWilson一族には、音楽の世界では知られざる歴史的な繋がりがある。数代前、Wilson一族はアメリカ中部から西部への移住を決意し、SanDiego近郊に葡萄畑を開くことに挑戦した。しかし、厳しい土地条件と経済的な困難に見舞われ、彼らの試みは残念ながら失敗に終わった。その結果、Wilson家は尻尾を巻いて故郷に戻ることになったという。 しかし、この失敗の歴史には一つの皮肉が待っていた。葡萄畑の近くには、後にSan Diego動物公園の姉妹施設となるサファリパークが開業している。そして、その「仇の地」であるSan Diegoが、後にWilson一族にとって重要な舞台となったことは、まさに運命的な出来事だった。 Wilson家の歴史を受け継いだBrianは、父祖の失敗した地であるSanDiegoを舞台に、音楽の名作『Pet Sounds』を生み出した。Brianは、父祖が苦しんだ土地を逆に、自らの芸術的表現の場として活かしたのだ。このアルバムは、彼の音楽的才能だけでなく、Wilson家の歴史に対する一種の復讐のような意味も込められているのかもしれない。 さらに興味深いのは、Wilson家の辛酸を舐めた葡萄畑が、Brian自身も関わったアルバム『Orange Crate Art』のパッケージに使われているという事実だ。このアルバムは、BrianとVan Dyke Parksの共同制作によるもので、Wilson家の過去を象徴するかのように、葡萄畑の写真がジャケットに使われている。 
1904年当時のThe Wilson grape ranch

 このように、Wilson家の歴史とSan Diegoは、Brianの音楽と深い繋がりを持っている。父祖の失敗した地が、彼にとっての創作の源泉となり、名作『Pet Sounds』という音楽的な遺産を生み出したことは、まさに皮肉であり、また感動的でもある。Wilson一族の歴史が音楽を通じて新たな意味を持つ瞬間は、音楽ファンにとっても、また新たな視点を提供してくれる。
 
  筆者は長年にわたってSan Diego動物公園関連のグッズを細々と収集してきたが、その中でも特に秀逸なのが1965年のパンフレットだ。

 このパンフレットに使用されている書体がCooper Blackであり、『Pet Sounds』のデザインワークに何かしらの影響を与えているのは明らかである。 Cooper Blackは、20世紀初頭に生まれた特徴的な書体で、太く丸みを帯びたデザインが特徴だ。この書体は再び注目され、特にポップカルチャーや音楽業界で多く使用されるようになった。『Pet Sounds』のアルバムジャケットに採用されたロゴフォントの印象と、緑を基調にした1965年のSan Diego動物園パンフレットのデザインには共通点が多く、The Beach Boysのデザインチームが何らかの形でこのパンフレットからインスピレーションを得た可能性は否定できない。
左下が撮影場所のChildren's Zoo

      
      Children's Zoo拡大図:右上に件の畜舎らしきものが確認できる

 筆者の脳裏に残る、あのひっかかる点。まだ解決しきれていない、このヤギの謎がどうしても気になる。何度も再チェックし、再調査を繰り返す中で、 筆者はついにそれを見つけた――いや、むしろそれが私を見逃すはずがなかったのだ。 何かで見たような気がする、その姿。何度も見返すうちに、ある記憶が蘇った。それは、「Sub Pop」からリリースされたシングル盤(1996年 SP363)のジャケットだ。あのシングル盤に使われていたヤギが、ポジフィルムに写っているヤギと一致しているのではないか? 白黒のヤギの後ろ姿が中心となるそのジャケット。写真のディテールは異なれど、そのヤギの輪郭や毛皮の模様、そしてその存在感が、ポジフィルムに映るヤギの姿と最終的に重なった。まさにこれこそが、筆者が探していた「何か」だった。 そして、その全体像が徐々に明らかになってきた。

 撮影の順番を考慮してみると、筆者は次第にその流れを辿り始めた。順番としては、「Sub Pop 画像→画像b→画像a」の流れだ。まるでそれが 一つのストーリー となって進行するかのように、ヤギの姿が変化していく。特に注目すべきは、Sub Pop画像のアングルがそのヤギの最も特徴的な角度を捉えており、そこから次第にヤギの動きが視覚的に繋がっていく。 ここで重要なのは、このヤギの動きだ。最初に「Sub Pop」のジャケットで撮影されたこのヤギが、次第に動きながらカメラの前に移動し、そして最終的に「画像a」のアングルに辿り着く。これらの写真が、単に個別に存在しているわけではなく、まさに 一つの流れ として機能しているのだ。 これからも、歴史に埋もれた小さな発見が、意外な形で名作と結びつく瞬間があるかもしれない。まるで音楽の中に隠された一音が、新たな意味を持つように、過去の記録もまた、私たちに新しい物語を語りかけてくれるのではないだろうか。

近年発見されたCBSのニュースフィルム
ここにもいた

2025年3月8日土曜日

松尾清憲 40thアニバーサリーライブ Matsuo Kiyonori 40th. Anniversary Live

 ソロデビュー40周年を迎えたシンガー・ソングライターの松尾清憲(まつお きよのり)が、鈴木慶一と白井良明(共にムーンライダーズ)杉 真理をゲストに迎え、一夜限りのスペシャルなアニバーサリーライブを5月3日に開催する。
 昨年6月に12thアルバム『Young and Innocent』(SOLID RECORDS / CDSOL-2028)をリリースして、往年の音楽ファン達から好評だったのが記憶に新しい。サウンド・プロデューサーにはmicrostar佐藤清喜に迎え、これまでにない”新たな松尾清憲の音楽フィールド”を感じさせたのもこの成功に繋がっている。 同作を聴いて気に入った読者は、明日3月9日10時から一般チケット発売となるので、是非このメモリアルなライブにも足を運んで欲しい。
 
『Young and Innocent』


 改めて松尾のプロフィールに触れておくが、1980年に「伝説のバンド」とリスペクトされた、”CINEMA”(シネマ/他のメンバーは鈴木さえ子、一色進など。 プロデュースはムーンライダーズの鈴木慶一)でデビューし、音楽通を唸らせるそのブリティッシュロック系サウンドは話題となる。
 そしてCINEMA解散後の84年にソロデビュー・シングル「愛しのロージー」(プロデュースはライダーズの白井良明)を発表しCMにも使われスマッシュ・ヒットする。翌年同曲を収録したファースト・ソロアルバム『SIDE EFFECTS~恋の副作用』をリリースし、CINEMA時代以上に音楽ファンに知られる存在となった。
 また87年には『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』の参加や「バカンスはいつも雨(レイン)」のヒットで知られるシンガー・ソングライターの杉真理とのポップス・バンド、“BOX”(他のメンバーは小室和幸、田上正和)、同じく杉と96年に”Piccadilly Circus”(他のメンバーは伊豆田洋之、上田雅利など)を結成してアルバムをリリースしている。
 2023年にはCINEMA時代から旧知の仲である鈴木慶一とのユニット「鈴木マツヲ」を結成し、『ONE HIT WONDER』(日本コロムビア)をリリースしたばかりである。
 ソングライターとしてもこれまでに、鈴木雅之のヒット曲「恋人」(1993年)をはじめ、稲垣潤一からおニャン子クラブまで幅広く多くのアーティスト、アイドル達に楽曲を提供している。 

松尾清憲 40thアニバーサリーライブ
Matsuo Kiyonori 40th. Anniversary Live

出演者の体調不良により
中止が発表されました

開催日時:2025年5月3日(土)
開場:16:30 開演:17:30

会場:新代田 FEVER
東京都世田谷区羽根木1-1-14 新代田ビル1F 

出演:松尾清憲with Velvet Tea Sets 
(小泉信彦(key)/平田 崇(g)/高橋結子(dr)/五十棲千明(b))

スペシャルゲスト: 
鈴木慶一(CINEMAプロデュース・鈴木マツヲ)
白井良明(1st~3rdアルバムプロデュース)
杉 真理(BOX・Piccadilly Circus・Co-Composer)

■Sチケット(自由席):9,500円 (+1drink) 
Sチケット(自由席)=椅子席
※整理番号順でのご入場となります。
■スタンディング:7,500円 (+1drink) 
各チケットは入場時ドリンク代600円頂きます。 

一般チケット発売:
3月9日(日)10:00AMより発売開始!
購入ページURL


(テキスト:ウチタカヒデ


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

Young and Innocent [ 松尾清憲 ]
価格:2,842円(税込、送料無料) (2025/3/2時点)


2025年3月2日日曜日

近藤健太郎:『Strange Village』

 The Bookmarcsやthe Sweet Onions、近年はSnow Sheepでの活動でも知られる、近藤健太郎がソロ・シンガーソングライターとしてのデビュー・アルバム『Strange Village』(blue-very label/FLY HIGH RECORDS / VSCF-1780/blvd-049)を3月5日にリリースする。
 2021年5月に7インチでリリースしたファースト・ソロシングル『Begin』から約4年、その間にThe Bookmarcsの『BOOKMARC SEASON』(2021年9月)やSnow Sheepの『WHITE ALBUM』(2023年3月)といった別グループでの曲作りやレコーディングを挟みながら、ソロ用の楽曲を仕上げていった姿勢には敬服するばかりだ。

 本作では近藤が敬愛するThe Beatles(特にポール・マッカートニー)をはじめ、60年代以降の英国ロックや同国の70年代パワー・ポップ、80年代前半のネオアコースティック、70年代アメリカン・ポップスから映画音楽に至るまで幅広い音楽ジャンルへのオマージュを隠すことなく内包させた集大成というべき、全編英語歌詞のアルバムを完成させたのだ。“Strange Village”というタイトルはこれまでの作品からは意外ではあったが、少し不思議で魅惑的なポップス、空を超え夢の中で見た物語の世界を旅するように聴いて欲しいという、近藤の想いがあるという。 
 共同プロデューサーには、『Begin』でもタッグを組みサウンド作りで全面的に関わってきた及川雅仁で、これまでにRicaropeや常盤ゆう等のサウンド・プロデューサーとしてインディーポップス・ファンには知られている。 またゲスト・ミュージシャンには、伝説のコラボレーション・アルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』(1982年)に参加したシンガーソングライターの杉真理を筆頭に、small gardenの活動や小林しのとのコラボも記憶に新しい小園兼一郎、名古屋市を拠点に活動をするインディーポップ・デュオthe vegetabletsの西田浩一と西田美紀が参加している。ミックスダウンは及川、マスタリングはmicrostarやnicely niceでの活動の他、昨年は松尾清憲の『Young and Innocent』のサウンド・プロデューサーを務めた佐藤清喜が担当しているのも注目だ。
 アルバム・デザインにも触れておくが、名作『ジョンの魂』(1970年)を彷彿とさせるコンポジションのジャケットやブックレット写真とデザイン全般はfumika arasawa、ブックレット写真の一部はdavis k.clainが手掛けており、blue-very label作品ではお馴染みのアートディレクション・チームが手掛けている。


 弊サイトではお馴染みの近藤のプロフィールにも改めて触れよう。1998年に男性3人組のポップス・バンドthe Sweet Onions(以降オニオンズ)を結成し音楽活動を開始する。同バンドでは2枚のフルアルバムをリリースしている。2000年にはオニオンズのドラマー高口大輔に、Coa Records所属のバンドHarmony Hatchのメイン・ソングライターだった小林しのと3人組ユニット”Snow Sheep”を結成し、23年越しでファーストアルバム『WHITE ALBUM』をリリースしたのは記憶に新しい。
 そして2011年には、アコースティック・ユニット”manamana”を主宰していた、作編曲家でギタリストの洞澤徹との男性2人のポップス・ユニットThe Bookmarcsを結成し、これまでに3枚のフルアルバムをリリースしている。この様に多岐に渡る形態で活動し、それぞれでボーカル、ギター、ピアノ、ソングライティングを担当しており、オニオンズが所属する自主レーベルphilia recordsも主宰して、CDリリースやイベント企画、小林しのや藍田理緒への楽曲提供やサウンドプロデュースも手掛けてきた実績の持ち主である。 
 現在はラジオ番組『The Bookmarcs Radio Marine Café』(マリンFM)のナビゲーター、『ようこそ夢街名曲堂へ!』(K-mix)の準レギュラーとして出演するなどラジオ・パーソナリティーとしての顔も持っている。

 
近藤健太郎 (Kentaro Kondo) "Strange Village" 
1st.full album trailer 

 ここからは筆者による収録曲の詳細な解説と、近藤と及川が曲作りとレコーディング中にイメージ作りで聴いていたプレイリストを紹介する。
 冒頭の「We aren't free (as it is now)」は、ビートリーな導入部からマニアは唸るだろう。敢えて挙げないが、メンバーのソロ含め複数の曲がオマージュされているので聴いて確認しよう。本編はアコースティック・ギターの刻みと複数のエレキギターから構築されており、導入部でも演奏されるメロトロンやアナログシンセを模したカシオトーン含め近藤が演奏し、及川もベース以外に他のエレキギターやドラム、パーカッションまで担当して2人でこのサウンドを完結させている。タイトルにもある”We aren't free(僕達は自由じゃない)”という問題意識のある歌詞と、近藤の爽やかな歌声とのギャップが英国ロック直系である。
 続く「Find Love」は、キャッチーなメロディとプリティなサウンドが印象的なラヴソングで、この曲も近藤と及川の2人だけでレコーディングされており、近藤による一人多重コーラスも聴きものだ。
 そして「The Magic Is Coming」だが、これまでの近藤のソロ曲では主流でなかったブルーアイドソウル系の濃いサウンドで、センター右寄りのエレキギターのカッティングと左チャンネルのクラヴィネット系キーボードの刻みが心地いい。このサウンドのカラーは、恐らく共同プロデューサーの及川のセンスやThe Bookmarcsの洞澤からの影響もあるだろう。本曲にはthe vegetabletsの西田浩一、美紀夫妻がコーラスと同アレンジで参加して、その存在感のある歌声を聴かせており、small gardenの小園兼一郎もサックス・ソロで特徴的なプレイを披露して、マジカルでポジティブな歌詞の世界を演出している。筆者はマスタリング直後の音源を聴かせてもらって、ファースト・インプレッションで最も反応した曲である。
 再び2人だけでレコーディングされた「Floating Bird」は、近藤が弾くエレピのリフやヴォコーダーをかましたコーラスが耳に残る。プリティなサウンドと対比した、”Stop watching silly TV shows(馬鹿げたTV番組を観るのをやめよう)”の歌詞が、スノッブな近藤の心情を現わしていて、Prefab Sproutのパディ・マクアルーンに通じるものを感じた。


 弊サイト読者が最も好むだろう「She Is Mine」は、シャッフル・ビートで始まる、とっておきのソフトロックである。この愛すべき曲には、伝説のシンガーソングライター杉真理がコーラスで参加し、その美声でこの曲を格調高くしている。アレンジ的にもよく練られていて、及川がプレイするヴィブラフォンの旋律を聴いて切なくなるビーチボーイズ・ファンもいるだろう。詞曲共に完成度が高く、本作を代表する曲の候補としても挙げておきたい。
 変拍子ビートのパートを持つ「City In The Cloud」は、目まぐるしく転回し実験的でありながらポップスとしてまとまっている小曲だ。連打されるキックのシンコペーションを強調させる的確なマイキングがなされていたり、突然ピアノのグリッサンドが挿入されたりとアイデアも素晴らしく、よく研究されている。
 一転して「Tonight」では、アコースティック・ギターのアルペジオによる静かなラヴソングで、曲の進行に合わせてアコースティック・ピアノやリズム隊が加わっていく。対位法のオブリガードはMaaya Kosekiによるフレンチホルンで、この曲の雰囲気に効果的である。
 続く「Ebony Night」でもKosekiのフレンチホルン、更にMarin Sugawaraのフルートが加わることで、本作の”少し不思議で魅惑的なポップス”というコンセプトに沿ったアレンジが施されていて聴き飽きない。トッド・ラングレンの「The Night the Carousel Burnt Down」(『Something/Anything?』収録/1972年)を彷彿とさせて好きになってしまう。
 カントリー・タッチのトラベルソング「Silent Adventure」も味わい深い曲で、近藤のアコースティック・ギターのカッティングに及川のパーカッション(ボンゴ)が絡んでいく間奏では、Sugawaraのフルートがソロを取って、旅した土地の景色をフラッシュバックさせてくれる。


 本作後半はファースト・ソロシングル『Begin』収録曲のアルバム・ヴァージョンが収録されており、オリジナルの7インチのアナログからCDのデジタル用にミックスが施されている。先ず「American Pie」は、12弦ギターのアルペジオが肝になったマージービート・ポップロックで、オリジナルのイントロにあったSE類がオミットされたことで、尺が短くなっている。
 ピアノを中心にした美しいバラードの「Heaven」は、オリジナルとほぼ変わらない尺で音質を向上させたミックスになっている。この曲は2021年当時弊サイトのインタビューで近藤が触れているが、2013年頃にピアノだけで作ったデモを寝かしていたあと、ヴァースのメロディを変えてリメイクして良い仕上がりになったという。The Dream Academyのケイト・セント・ジョンのプレイを彷彿とさせる印象的なオーボエ・ソロは、「Ebony Night」でフルートをプレイしたMarin Sugawaraである。
 ソロシングル・タイトル曲「Begin」は、「American Pie」と同様に20秒ほど尺が短くなっているが、オリジナルのエンディングのSEがオミットされただけで本編に違いはなく、音質向上されている。The Beatlesの「For No One」や「Mother Nature’s Son」などポール・マッカートニーの影響下にあるソングライティングは、典型的な近藤作品といえる。フレンチホルンのソロは他収録曲と同様にMaaya Kosekiのプレイであり、この曲でも存在感を発揮している。

  曲順は前後するが、「Begin」前の12曲目の「My Sweet Farm」は、熱心なポール・ファンは一聴して分かるが「Ram On」(『Ram』収録/1971年)をオマージュして、主に近藤がウククレでプレイしている小曲だ。及川はメロディカ(鍵盤ハーモニカ)でソロやコードをつけて、近藤と2人でハンドクラップをするなど、レコーディングの楽しい雰囲気が伝わってくる。なお本収録は“Village Version”で、オリジナル・ヴァージョンは今後発表されるだろう。
 本作ラストの「Change My Mind」は、近藤のアコースティック・ピアノと及川のコントラバスを中心に演奏されるバラードで、かけがえのない友情を讃えた歌詞が秀逸であり、イノセントな近藤の歌声に心打たれる。及川はジャズ・ミュージシャンの奏法であるピッツィカートでコントラバスをプレイしており、エレキベースでは出せない重低音を響かせ、この曲をより一層崇高な音像に導いているのも聴き逃せない。


 最後に総評となるが、複数のバンドやグループで活動してきた近藤健太郎が、一人のシンガーソングライターとして紡いできた楽曲を収録した集大成といえる本作は、収録曲全てが丁重に構築されている。より近藤らしさが滲み出た作品を聴きたいと思った音楽ファンや筆者の解説を読んで興味を持った読者は、リンクしたサイトから予約入手して聴いて欲しい。


近藤健太郎『Strange Village』プレイリスト

 
近藤健太郎
◎ずっと好きで聴いてきた曲、愛あるオマージュを感じる音楽、
浮遊感が心地よいサウンドを中心にセレクトしました。

 ■Every Night / Paul McCartney(『McCartney』 / 1970年)
 ■Be Nice to Me / Todd Rundgren
(『Runt.The Ballad Of Todd Rundgren』 / 1971年)
■魅惑の君 / BOX(『BOX POPS』 / 1988年)
■Forever / The Explorers Club(『Freedom Wind』 / 2008年)
■DREAMIN' / Benny Sings(『CITY MELODY』 / 2018年)


及川雅仁
◎製作中、ビートルズ関連以外でよく聴いていたものです。
音質や編曲についても影響を受けたと思います。
ベニーシングスは以前近藤さんに教えて頂いてから大分ハマりました。

■Pay You Back With Interest / The Hollies
(『For Certain Because』 / 1966年)
■Long Promised Road / The Beach Boys(『Surf's Up』 / 1971年)
■Fight the Power, Part 1&2 / The Isley Brothers
(『The Heat Is On』 / 1975年)
■Another Day / Jamie Lidell(『Jim』 / 2008年)
■LATE AT NIGHT / Benny Sings(『CITY MELODY』 / 2018年) 
 


 (テキスト:ウチタカヒデ) 








[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

Strange Village [ 近藤健太郎 ]
価格:2,999円(税込、送料無料) (2025/2/22時点)