さらに思いを巡らせると、筆者はSan Diego動物園グッズを長年収集してきたが、その中でも特に敷地内の子供向けエリアの写真は、滅多に目にすることがなかった。その場所が、正に『Pet Sounds』の撮影場所そのものであって、このポジフィルムの中に現れる場所と一致するのではないか?
筆者は、今まさに何かを掴みかけているような感覚に包まれながら、さらなる証拠を追い求めることとなる。『Pet Sounds』のジャケット写真といえば、メンバーたちがヤギに餌を与えているシーンで有名だ。この写真はSan Diego動物園で撮影されたと言われているが、筆者が手にしたポジフィルムのヤギたちと見比べると、どこかで見たような個体がいた。ひょっとすると、このヤギは同時代に存在し、The Beach Boysのジャケットに登場したヤギと何らかの関係があるのではないか? この仮説を裏付けるために、筆者はさらに深く調査を進めた。
ここにきて、さらに深く掘り下げる必要がある―ポジフィルムの撮影場所が、果たして「Pet Sounds」のジャケット画像と一致するのか? この疑問が頭から離れず、再度ジャケットを手に取る。そして、そのヒントを探す旅が始まった。
「Pet Sounds」のジャケット。誰もが一度は目にしたことがある、あの象徴的な画像。何度も何度もその細部を見つめながら、筆者は少しずつ、ある一致点を見つけ始めた。ジャケットの左隅、あの細かい部分に、思いもよらぬヒントが隠されていたのだ。
ポジフィルムをもう一度見返すと、その中の一枚に、 まるでその屋根の柄が重なるような瞬間が現れる。あの畜舎の屋根の模様が、ポジフィルムのある部分の柄と不思議なほど一致しているではないか――。これはSan Diego動物園のものに間違いない。
それから、ジャケット写真のアウトテイクを入手し、そこに写っているヤギの特徴と、筆者のポジフィルムに収められていたヤギの特徴を比較した。耳の形、角の長さ、毛の色合い、体格……細かく照らし合わせると、やはり一致する可能性が高い個体がいることに気づいた。
オリジナル画像のトリミング前の状態で、『Pet Sounds』の撮影時のヤギたちの写真を再確認してみる。最初に見たときは、明確な答えを見つけられずにいた。しかし、何かが引っかかる――その記憶の片隅に、ふとある個体が浮かんだのだ。
画像A左端の白黒ヤギ
アウトテイク画像を見てみよう。
画像Aをじっくりと見つめ直してみると、そこに見覚えのあるヤギの姿があった。いや、もしかしたらこれこそが、筆者が探し求めていた個体ではないか?と感じた瞬間だった。

画像B右端の白黒ヤギ
そのヤギの毛皮の模様は、他のどのヤギとも明らかに異なり、目を引く特徴があった。そして、その特徴的な毛皮の模様をよく見てみると、画像Bにも酷似する個体がいた――これが決定的なヒントだ。
筆者蔵のポジフィルム
ここで筆者の中に浮かんだ仮説は、撮影がどの順番で行われたのかを考慮したものだ。Al、Mike、Dennis、Brian、Carl――彼らの立ち位置を踏まえると、撮影はおそらくB→Aの順番で進められたに違いない。ヤギは、まずAlに向かって突進し、次にその動きがBrianとCarlの間に向けられる。そして、最終的にこのヤギは、Brianに撫でられているのだ。
San Diego動物園を訪れたThe Beach Boysだが、彼らの訪問は決して穏やかなものではなかった。当時の新聞記事によると、彼らは新アルバム『Our Freaky Friends』(後に『Pet Sounds』に変更)のジャケット写真を撮影するために動物園を訪れた。 記事には、撮影中に動物たちがストレスを感じ、動物園の広報担当者Bill Seatonが「動物たちはストレスで壊れそうだった」とコメントしたことが記されている。特に、メンバーがヤギやゾウ、ゴリラとポーズを取る際、動物たちが慌てていた様子が報じられていた。最終的に、動物園側はThe Beach Boysの訪問を「もう歓迎しない」とまで言い切ったという。
The Beach Boysの行状を報道した
当時の地方紙記事
San Diego動物公園とWilson一族には、音楽の世界では知られざる歴史的な繋がりがある。数代前、Wilson一族はアメリカ中部から西部への移住を決意し、SanDiego近郊に葡萄畑を開くことに挑戦した。しかし、厳しい土地条件と経済的な困難に見舞われ、彼らの試みは残念ながら失敗に終わった。その結果、Wilson家は尻尾を巻いて故郷に戻ることになったという。
しかし、この失敗の歴史には一つの皮肉が待っていた。葡萄畑の近くには、後にSan Diego動物公園の姉妹施設となるサファリパークが開業している。そして、その「仇の地」であるSan Diegoが、後にWilson一族にとって重要な舞台となったことは、まさに運命的な出来事だった。
Wilson家の歴史を受け継いだBrianは、父祖の失敗した地であるSanDiegoを舞台に、音楽の名作『Pet Sounds』を生み出した。Brianは、父祖が苦しんだ土地を逆に、自らの芸術的表現の場として活かしたのだ。このアルバムは、彼の音楽的才能だけでなく、Wilson家の歴史に対する一種の復讐のような意味も込められているのかもしれない。
さらに興味深いのは、Wilson家の辛酸を舐めた葡萄畑が、Brian自身も関わったアルバム『Orange Crate Art』のパッケージに使われているという事実だ。このアルバムは、BrianとVan Dyke Parksの共同制作によるもので、Wilson家の過去を象徴するかのように、葡萄畑の写真がジャケットに使われている。

1904年当時のThe Wilson grape ranch
このように、Wilson家の歴史とSan Diegoは、Brianの音楽と深い繋がりを持っている。父祖の失敗した地が、彼にとっての創作の源泉となり、名作『Pet Sounds』という音楽的な遺産を生み出したことは、まさに皮肉であり、また感動的でもある。Wilson一族の歴史が音楽を通じて新たな意味を持つ瞬間は、音楽ファンにとっても、また新たな視点を提供してくれる。
筆者は長年にわたってSan Diego動物公園関連のグッズを細々と収集してきたが、その中でも特に秀逸なのが1965年のパンフレットだ。
このパンフレットに使用されている書体がCooper Blackであり、『Pet Sounds』のデザインワークに何かしらの影響を与えているのは明らかである。 Cooper Blackは、20世紀初頭に生まれた特徴的な書体で、太く丸みを帯びたデザインが特徴だ。この書体は再び注目され、特にポップカルチャーや音楽業界で多く使用されるようになった。『Pet Sounds』のアルバムジャケットに採用されたロゴフォントの印象と、緑を基調にした1965年のSan Diego動物園パンフレットのデザインには共通点が多く、The Beach Boysのデザインチームが何らかの形でこのパンフレットからインスピレーションを得た可能性は否定できない。
左下が撮影場所のChildren's Zoo
Children's Zoo拡大図:右上に件の畜舎らしきものが確認できる
筆者の脳裏に残る、あのひっかかる点。まだ解決しきれていない、このヤギの謎がどうしても気になる。何度も再チェックし、再調査を繰り返す中で、 筆者はついにそれを見つけた――いや、むしろそれが私を見逃すはずがなかったのだ。
何かで見たような気がする、その姿。何度も見返すうちに、ある記憶が蘇った。それは、「Sub Pop」からリリースされたシングル盤(1996年 SP363)のジャケットだ。あのシングル盤に使われていたヤギが、ポジフィルムに写っているヤギと一致しているのではないか?
白黒のヤギの後ろ姿が中心となるそのジャケット。写真のディテールは異なれど、そのヤギの輪郭や毛皮の模様、そしてその存在感が、ポジフィルムに映るヤギの姿と最終的に重なった。まさにこれこそが、筆者が探していた「何か」だった。
そして、その全体像が徐々に明らかになってきた。
撮影の順番を考慮してみると、筆者は次第にその流れを辿り始めた。順番としては、「Sub Pop 画像→画像b→画像a」の流れだ。まるでそれが 一つのストーリー となって進行するかのように、ヤギの姿が変化していく。特に注目すべきは、Sub Pop画像のアングルがそのヤギの最も特徴的な角度を捉えており、そこから次第にヤギの動きが視覚的に繋がっていく。
ここで重要なのは、このヤギの動きだ。最初に「Sub Pop」のジャケットで撮影されたこのヤギが、次第に動きながらカメラの前に移動し、そして最終的に「画像a」のアングルに辿り着く。これらの写真が、単に個別に存在しているわけではなく、まさに 一つの流れ として機能しているのだ。
これからも、歴史に埋もれた小さな発見が、意外な形で名作と結びつく瞬間があるかもしれない。まるで音楽の中に隠された一音が、新たな意味を持つように、過去の記録もまた、私たちに新しい物語を語りかけてくれるのではないだろうか。
近年発見されたCBSのニュースフィルム
ここにもいた