2017年5月23日火曜日

桶田知道:『丁酉目録』(UWAN-002) 桶田知道インタビュー



 先月第一報で紹介したが、ウワノソラのメンバーである桶田知道が5月31日にファースト・ソロ・アルバム『丁酉目録(ていゆうもくろく) 』を自主制作盤としてリリースする。
 バンド同僚のいえもとめぐみと角谷博栄によるウワノソラ'67のサウンドと対極ともいえる、ワンマンの打ち込みサウンドは、ヒューマンで有機的な80年代エレポップに通じるが、当時リアルタイムでそのサウンドを聴き込んでいた筆者には懐かしくもある。とにかくジャンルの細分化が進み、明確なトレンド意識が瓦解した昨今では新鮮に聴けるだろう。
 なお映像的な詩とシーケンス・ミュージック特有のグルーヴの融合が顕著に現れているリードトラックの「チャンネルNo.1」をはじめとする、全曲のソングライティングとアレンジから演奏はすべて桶田一人によるものだ。
 9曲中6曲にはいえもとがヴォ-カリストとして参加し、「チャンネルNo.1」を含む3曲で桶田自身がヴォーカルを取っている。その他にこれまでのウワノソラ関連作のクレジットでは見掛けなかった中垣和之とウラアツシがコーラスとして「チャンネルNo.1」に参加している。
 ここではリリースを間近に控えた、桶田へのインタビューを掲載する。


   

 ●まずはウワノソラとしての活動が、角谷君といえもとさんのウワノソラ'67と、今回のソロプロジェクトに別れた経緯を桶田君の視点から聞かせ下さい。

桶田(以下O):「ウワノソラ’67」のリリース時に角谷君が言っていた通り、各々の趣向の違いです。
ウワノソラ1stが出て直後くらいに次作について話していたら、角谷君が「ウワノソラ’67」の企画について話してくれました。
面白いと思いましたが、それを次作のサウンドコンセプトとして持っていくのは段階が早いね、ということになり、僕はその頃ロジャー・ニコルズをはじめA&M系を愛聴していたので、「いえもとさんをヴォーカルに立てて各々違うアプローチのものを作れたら面白いね」ということになりました。
結局僕が当初考えていたコンセプトは破綻してしまったのですが、そもそも「ウワノソラ’67」自体、あくまで本隊のサイドプロジェクトという位置付けなので、サウンドコンセプトの整合性よりも、各々が違う趣向のものを作るということで、この一連のサイドプロジェクトの流れに帰結させることが先ず念頭にありました。

●ロジャー・ニコルズやA&M系の曲調やサウンドでアプローチしたのも聴きたかったですよ。一応VANDAのサイトなので、その頃聴いていたアルバムを記憶の範囲で挙げて下さい。

0:68年作の『Roger Nichols & The Small Circle of Friends』は勿論、Paul Williamsの70年作のソロ『Someday Man』や両氏のデモ集『愛のプレリュード』は今でも愛聴しています。
その他The Parade『Sunshine Girl』 、Harpers Bizarre『The Secret Life』、The Match『A New Light』などはほぼほぼ不可抗力で行き着き、Free Designの『Kites Are Fun』『You Could Be Born Again』『Heaven/Earth』も同時期に買いました。あとは少し趣向が異なるかもしれませんが、Margo Guryan『Take a Picture』、The Millennium『Begin』をよく聴いていました。
邦楽ではピチカートファイヴの『Couples』、コーネリアスの『THE FIRST QUESTION AWARD』など、平たく言うところの「渋谷系」の中でも特にロジャー・ニコルズの影響を感じられる作品を聴いていました。日本語詞なので当初はある意味手引きのような作品でした。

●名だたるソフトロック名盤が並んでいますが、昨年リリースされたロジャー・ニコルズの未発表デモ及びCM・主題歌集の『Treasury』は聴きましたか?
曲作りのヒントが隠されているので、桶田君をはじめ若きソングライターは必聴ですよ。

0:『Treasury』は発売日に購入しました。これは本当に貴重なアルバムですね。ロジャー・ニコルズはもちろんですが、これは濱田高志さんの功績も大きいですよね。
職業作家の作品に興味を持ったらとことん追求したくなるので、特にDISC2にCM提供曲が収録されるという情報を得てからは発売日までずっとソワソワしていました(笑)。

●気が早いかも知れませんが、それぞれのサイドプロジェクト(ソロプロジェクト)の作品を発表したことで、ウワノソラ本体のセカンド・アルバムの制作にも着手していると考えていいですか?
また具体的にそちらのレコーディング状況はどうなっていますか?

0:ウワノソラ本体については非常にマイペースで進行しています。一進一退に近いので、現状特筆してお知らせすべき事がなく残念ですが、こちらも出来るだけ早くお知らせできるよう頑張ります。

●ウワノソラのセカンド・アルバムも首を長くして待っていますからね。

0:ありがとうございます。是非とも楽しみにお待ちいただけますと幸いです。

●今回のソロプロジェクトではこれまでのウワノソラや、当然ですがウワノソラ'67とサウンド・アプローチが全く異なりますね。 そもそも桶田君の音楽趣向は、本作のようなワンマンの打ち込みで構築していくサウンドだったんですか?

0:打ち込みモノも好きですが、もちろんそうじゃないのも好きです。 ウワノソラ1stの時の僕の曲や「Umbrella Walking」のように70s的なものも好きですし、今回趣向したもののように80s〜90sも好きで、個人的に一貫して趣向しているスタイルというのは特にありません。
音楽趣向というよりは、作業スタイルという点で打ち込みを選びました。ただ単純に一人で音を重ねていく作業が好きで、せっかくのソロ名義だし出来る限り一人でやりたいとも思っていたので。

●作業スタイルでの選択ということですが、例えばリードトラックの「チャンネルNo.1」は、分解能が低い頃特有のシーケンサーのグルーヴの曲ですから、打ち込みありきでの曲といえますよね?
よろしければ打ち込みで使用したシーケンサーやソフトを教えて下さい。

0:確かにそうかもしれませんね。「チャンネルNo.1」もそうですが、本作の中でも比較的生っぽいアプローチをしている「陸の孤島」なんかでも後ろの方でリズムボックスのような打ち込みをしています。
作業は全てLogic Pro Xで行いました。 今後は本物のCR-78や808も使ってみたいですけどね…。

●ウワノソラの1stでは「摩天楼」と「マーガレット」が桶田君のソングライティングで、「さよなら麦わら帽子」と「恋するドレス」は曲のみ角谷君と共作でしたね。
ウワノソラ・ファンを代表して質問しますが、「摩天楼」のアレンジで「Jolie」風のオルガン・ソロやオブリは角谷君のアイディアだと聞いたことがあるけど、許せる範囲でバンドならではのヘッド・アレンジや共作の種明かしをして下さい、ここは桶田君でここは角谷君とかね(笑)。

0:「摩天楼」は高校時代に作った曲で、アレンジは角谷くんのアイディアが多くを占めています。尺と間奏部のブレイクする部分は原曲を反映していますね。
アルバム未収録ですが「Umbrella Walking」も同様で、僕が自らくすぶらせていた曲を角谷君が上手く仕上げてくれた感じです。
「マーガレット」は僕の編曲であると同時に唯一自分でギターを弾いている曲です…(笑)。
「さよなら麦わら帽子」では、Aメロは僕、Bメロ(サビ)は角谷君です。最初は超バラードだったんですけど気づいたらこういう仕上がりになっていました(笑)。
 そして「恋するドレス」なんですが、あれ実はクレジット表記ミスなんですよね(笑)、実際は全て角谷君によるものです。この場をお借りして訂正させていただきます(笑)。


   

●「摩天楼」や「Umbrella Walking」のエピソードは興味深いです。
年長メンバーである角谷君がサポートしてくれたという感じですね。
そして「マーガレット」での儚さは本作の収録曲でも行かされていると思いますよ。
また「さよなら麦わら帽子」がバラードだったとは意外です!
アルバム収録曲中最もクロスオーバーな展開だったからね。僕の古い知人でもあるヤマカミヒトミのサックスもそっちのテイストで吹いていますよ。

0:実際のレコーディングは角谷君主導でしたが、結果的に僕が作った当時指向していたサウンドとなり、自分主導では出来なかった部分などが分かったという点でも勉強になりました。
アルバムにアップテンポで軽快な曲が欲しいね、と言っていた時に僕がバラードを作っちゃったので(笑)。ヤマカミさんにも素晴らしい演奏をしていただいてとても感謝しています。

●アルバム・タイトルの『丁酉目録(ていゆうもくろく) 』には、古きよき文学の薫りがしますが、この影響はどこから?

0:特筆すべき影響はありませんが、ソロ名義で作品を出すということに大きな意味を感じ始めた頃、2017年に出るべくして出たという意味合いをこめて「丁酉」を冠したかったというのがあります。
十干十二支は60年周期なので、まぁこのタイトルは今年以外ありえないだろうなと(笑)。今年付けそびれると次は86歳になるまでこのタイトルは付けられないので(笑)。

●更に長寿命社会が進むわけですから、86歳でアルバムをリリース出来るかも知れませんよ (笑)。

0:そうなるといいですね(笑)。そのための第一歩として先ずこのアルバムを皆さん手に取っていただいて次作も作れるようにしなければいけません。何卒よろしくお願いいたします(笑)。

●曲作り中に特に影響を受けたアーティストやそのアルバム、曲があれば教えて下さい。

0:曲作り中に主に聴いていたのは、ムーンライダーズの『マニア・マニエラ』『青空百景』『ANIMAL INDEX』『最後の晩餐』や、平沢進さんの『時空の水』『サイエンスの幽霊』、ピチカートファイヴの『ピチカートマニア!』、そこから派生して、戸川京子さんの『涙』などです。
サウンド面でもそうですが、歌詞も印象的なアルバムだと思います。

●なるほど、特に「チャンネルNo.1」には『NOUVELLES VAGUES』(78年)から『マニア・マニエラ』(82年)の影響を強く感じました。
余談ですが、以前とあるバーで角谷君と明け方まで音楽談義した際、ライダーズの話にもなって最も好きな曲ということで、彼の趣味性から「週末の恋人」(『イスタンブール・マンボ』収録 77年)を当てたことがありましたが、ハース・マルチネス風の曲調にポルタメントが効いた退廃的な弦アレンジを施した芳醇なサウンドは時代を超越していますよね。
本作の話題に戻りますが、「お砂糖を少し」のサウンドにはやはりライダーズの「さよならは夜明けの夢に」(『イスタンブール・マンボ』収録 77年)の構築方を踏襲していて、いえもとさんのヴォーカルは大貫妙子風だし非常に感動的でした。挙げられたアルバム以外にも、坂本龍一が手掛けていた頃の大貫さんのアルバムを感じさせる瞬間がありましたが、いえもとさんのヴォーカルのカラーもあるかも知れませんね。

0:そうですね。ムーンライダーズの「さよならは夜明けの前に」や「スタジオ・ミュージシャン」(『NOUVELLES VAGUES』収録 78年)のようなバラードは作りたいなと思っていましたし、アルバムとして成立させるには必要なことだと、あくまで私感ですがそう思っています。
大貫妙子さんでいえば『cliché』(82年)をよく聴いていました。
シュガーベイブまで遡っても、大貫さん作の曲には影響を受けていると思っています。上述のウワノソラ1stの時の「マーガレット」はそのつもりで作った部分もありますし、いえもとさんの声の良さが一番伝わりやすいのはこういうバラードなのかとは思っています。そういった意味でも「お砂糖を少し」は一番安心して聴いて頂けるのではないでしょうか。

●『cliché』は名盤ですね。特に「色彩都市」は後生に残る曲だと思います。今年復活したあの小沢健二も「指さえも」(97年)でオマージュしていますよ。

0:「色彩都市」は大貫さんの作品の中でもっとも好きな曲です。
本家と並んで88年の薬師丸ひろ子さんのヴァージョンも愛聴しています。「指さえも」はオマージュだったとは知らなかったです。あらためて聴くととても新鮮な印象ですね。

●曲作りからレコーディングの期間は?またレコーディング中の苦労話や面白いエピソードはありますか?

0:だいたい2016年6月〜翌3月ぐらいです。打ち込み主体だったので作曲と同時に編曲、レコーディングも進めていました。比較的長いほうだと思うのですが、ワンマンスタイルは良くも悪くもスケジュールに左右されないので、今思うともっと長く、あるいは短くなった可能性もあります。
苦労話…になるかどうか分かりませんが、冬のとある晩、バイトから帰宅して自室に入った時、股の下を野良猫が駆け抜けていったんですよね。どうやら家の中に忍び込んでいたらしく、僕の部屋のドアだけ開けっ放しにしていたのでそこに落ち着いたようです(笑)。
家の中を逃げ回るので追い出すのに1時間以上かかり、その間自室に何度も出入りしてその度に荒らすもんですから「頼むからパソコンだけには触れてくれるな!今は制作中なんだ!」と説得しました(笑)。

●なんか都心では考えられない長閑な話ですが、今後は戸締まりをしっかりして下さい。 大事な機材も置いている訳ですから(笑)。

0:ご忠告ありがとうございます(笑)。 僕は別に猫嫌いとかそういうのではないので、あの時力ずくで追い出してしまった猫へのせめてもの気持ちを「お砂糖を少し」の歌詞の最後に記しています(笑)。
あまり歌詞について明言するのはちょっとアレですが、こればっかりはあの猫ちゃん無しでは思いつかなかったと思うので(笑)。

●なるほど「お砂糖を少し」の最終節「迷い猫おいで ミルクをあげよう」はそこからね(笑)。

0:詞を考えるのもすごく時間がかかってしまうのですが、こういったある意味貴重な体験っていうのはやはり良い刺激になるということをあらためて感じました(笑)。

●最後にこのアルバムの自己ピーアールをお願いします。

0:とりあえず、無事リリースの運びとなったことに安堵しています(笑)。生音が主だったウワノソラ1stやウワノソラ’67とはまた違う側面としてお聴き分けの上、お楽しみいただけたら幸いです。


 インタビューは本題の『丁酉目録』はもとより、筆者が愛してやまないウワノソラのファースト・アルバムにも触れながら多少脱線したが、彼等のファンには楽しんでもらえたと思う。
 ではインタビュー中触れていない曲も含め解説しておこう。
 冒頭の「philia」は、坂本龍一が手掛けた、大貫妙子の「CARNAVAL」(『ROMANTIQUE』収録 80年)に通じるヨーロピアンなテクノAORで、複数のシーケンス音とパッドから構築されるクールなサウンドにいえもとのフラットなヴォーカルが非常にマッチしている。
 続く「陸の孤島」は、トルコ民謡風変拍子のリズム・トラックとフレットレス・ベースが醸し出すサウンドと、かしぶち哲郎直系といえる懐古浪漫な歌詞の世界観が絶妙に溶け込んで完成度が極めて高い。
 桶田がヴォーカルを取る「モーニング」は、80年代後期に流行ったラテン寄りのニュージャックスイング系の落ち着いたビートをバックに、一人称のネガティヴながらユーモラスな歌詞とのギャップが面白い。
 余談だが筆者と交流のあるシンセサイザープログラマー、エンジニア、サウンド・プロデューサーの森達彦氏が本作中最も気に入った曲でもある。
 「チャンネルNo.1」は、多くのリスナーがベスト・トラックに挙げそうだが、なにより曲構成の見事さには目を見張る。
 ライダーズの「いとこ同士」(『NOUVELLES VAGUES』収録 78年)やバグルスの「Elstree」(『The Age of Plastic』収録 80年)に通じる泣きのメロディ、アクセントになっている男性コーラス(中垣和之とウラアツシ)がリフレインするパートは、「花咲く乙女よ穴を掘れ」(82年)のそれを彷彿させるし、エレメントを例えたら枚挙に暇がない程だ。

 インタビューでは同じくライダーズの「さよならは夜明けの前に」(77年)のサウンドを引き合いに出した「お砂糖を少し」は、何より曲そのものが普遍的に素晴らしい。褒めすぎかも知れないが、宇野誠一郎氏を思わせる時空を超える幻想的なメロディーラインはただただ聴き惚れてしまう。
 「有給九夏」からラストの「歳晩」への流れは本作のハイライトの一つでもあり、前者は小気味いいキュートなヴァースのサウンドが特徴的だが、意外な転回パートを内包していて聴き飽きないように工夫されている。
 後者は以前ライブ会場限定で手売りされていたCD-R『あそび vol.1』にプロトタイプが収録されていたが、そちらのヴァージョンではいえもとがヴォーカルを取っていた。ここでのヴォーカルは桶田自身によるヴァージョンなので入手可能なら聴き比べて欲しい。間奏のシンセ・ソロが、デイブ・スチュワート&バーバラ・ガスキンの「I'm in a Different World」(84年 ドリフターズのカバー)を彷彿とさせて、多幸感に包まれながら本作を締めくくれるのだ。

 以上のように極めて濃い内容ながら本作『丁酉目録』は、自主制作アルバムなので初回プレスは数に限りがあるため、インタビューとレビューを読んで興味を持った読者は下記リンクからいち早く予約して欲しい。
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(設問作成/文:ウチタカヒデ)





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